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えなが
2023-05-15 23:58:45
3896文字
Public
フィガファウ
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フォ学の過去捏造(高校生フィと低学年ファ)
低学年ショタファウストと情報屋に片足突っ込んでる物騒な高校生フィガロ。カプ要素薄いけどそのうちフィガファウになる。
「ファウスト、見て。煙が出てる」
幼馴染みの指さすほうを見るために、僕は顔をあげた。
川向こうに建てられた工場にある、一際背の高い煙突が、夕暮れのオレンジの空に向かってもくもくと灰色の煙を吐き出している。みなで遊んでいる広場からでもよく見えた。
本当だ、と僕は小さく呟いて、幼馴染みと共に煙を眺めていた。
日の入りをつげるサイレンと、子どもはもう帰る時間だと告げる町内放送がスピーカーから鳴ってきて、みんなかくれんぼや鬼ごっこをやめて、各々の家に帰っていく。
どこからともなく夕飯の美味しそうなにおいが漂ってきて、急にお腹が空いてきた。
「今日はどうする? 家に寄ってく?」
アレクの提案に僕は首を横に振り、大丈夫、と答え、首から紐でぶらさげた家の鍵をぎゅっとにぎりしめた。
僕の両親は二人とも働いていていつも帰りが遅い。そんな僕をアレクはよく家に呼んでくれたけど、今日は宿題が多いから、僕はさびしい家に帰ることにした。
アレクと分かれて土手の道を行く。川向こうの工場は、まだ煙を空へ伸ばしていた。
僕らから見えるのは敷地の裏手側にあたるのだろうか。工場に出入りする人たちを見たことがない。
一見稼働していないように見えるのに、あの煙突の根元にはきっと誰かがいるのだ。何かの機械を動かして、ごうごうと燃料を燃やしているに違いない。
何が詰められているわからない鈍色のタンクが並び立ち、剥き出しの鉄骨が外壁を取り囲んでいる。外周に沿ってあつらえられた階段や、長い梯子を使っている人は見たことない。
生まれたときから当たり前にそばにあるけど、一体何をしているのかわからない、用途不明の町外れの工場。その存在は子供心を掻き立てるものがあった。
「何をする場所なんだろうね」、僕らはよく話をしていたけど、僕らは真実に興味なんてなかった。ネットで調べたり、大人に訊ねたら正体はすぐにわかっただろうけど、僕もアレクも、ミステリアスなものに憧れていたかった。はっきりしない曖昧なままでいたほうが、不思議でいたほうが僕らは幸せだったから。
校舎の窓から見る姿と土手から見る姿では存在感が別物で、ほんの少しの冒険心を与えてくれていた。
ある日、アレクが金網の一部が緩んでいることに気がついた。いつかの放課後に、工場のすぐ近くまで寄ってみたらしい。
土手側のフェンスに穴があいていて、まだ小学生の僕らの体ではそのやわらかい金網をくぐり抜けられるだろうというのが彼の見立てだった。
さっそく僕らは放課後に集まって、工場見学に行くことにした。
なんとなく危ないことをしているのはわかった。だけど、僕らは金網に張り出されていた「危険」の文字が読めないほど子供だった。
はじめはドキドキしたし、緊張した。誰かに見られるかもというスリルがあったけど、敷地内には人の気配がなく、そこはすぐに僕らの新しい遊び場になった。
僕らはたびたび放課後に土手に集まって、工場の敷地に入り込んだ。誰もいなかった。僕らが潜り込んだ区画には死角になるような建物がいっぱいあったが、どれも施錠されていて、中に入ることは出来なかった。シャッターが閉まり切ったさびれた建物と、濁った色をした池がいくつかあるだけだった。
夕暮れ時に子どもの声はよく響いたと思う。でも咎めて来る大人はどこにもいなかった。僕はある程度帰りが遅くても親に心配されないことを理由に、いつも仲間の最後まで残っていて、あたりが暗くなるまで遊んでいた。
ある程度の探索は終えたつもりだけど、何か真新しいもの見つけることが出来るかもしれない。夕暮れどきにみんなが帰っていく背中を眺めながら、漠然とした自信にかられ、僕はわくわくしながら敷地の中を歩いていた。
カラスの鳴き声があたりに響き渡る。日の入りのサイレンの音が、オレンジの空にフェードアウトしていく、そのときだった。
どさっ、どさっ、と何か重いものを放り投げたような音がした。
僕はどきりとした。ここで、僕の仲間以外の人間を見たことがない。みんな帰ったと思い込んでいたけれど、誰かのこっていたのかも。そう思いながら、僕は建物のかげから音のするほうをそっと覗き込んだ。
大人が立っていた。いや、大人じゃない。彼は黒い制服に身を包んでいた。袖口も襟も赤くふち取られ、腕には白いラインが二本入っている。
高校生だ。それも、「不良校」の生徒だ。
知らない人には気を付けて。特に不良校の生徒には。家族にはそう口が酸っぱくなるほど言われていた。この地区の高校には不良校・芸能校・進学校の三つがあるのは小学生でもみんな知っていた。だけど学校のある場所が少し離れているのか、通学路や僕らが遊ぶような公園であの制服を見ることは滅多になかった。
「不良」という言葉は耳にしたことあるけど、その存在はかなり不透明だった。不良ってなんだろう。普通の高校生とは違うんだろ。悪いことをする人? じゃあちょっと不良はちょっとよくないね、というのが僕のまわりの認識だった。
青い髪をした不良の彼は、じっと池を見つめている。池の中には黒いビニールに詰められていた何かがあった。さっき音を立てたのは、あれを投げ入れる音だったのかもしれない。大人が腕を回して抱えきれるかどうかというぐらいの大きさのそれは、ぶくぶくと泡を立ててゆっくりと沈んでいく。
中身は僕には見当もつかなかった。高校生の彼が何をしたのかもわからない。何かよくないものを詰めて池に捨てたのかもしれない。それ自体はとても悪いことだけど、僕は決定的瞬間を見ていない。彼が池のほとりに佇んで、ただ水面を見つめている、その光景を見ただけだ。
高校生の横顔はなんの感情もないかのように無表情で、僕はその顔になぜだか背筋がぞっとした。
見てはいけないものを見てしまったんじゃないか。すぐにその場から離れなくてはいけないのでは。そう思い後ずさった。心臓の音がバクバクとうるさい。僕の足は震えていた。
音を立てずに慎重に。緊張していた。だからいけなかったのかもしれない。
「あ」と僕は短い悲鳴をあげた。足がもつれて、尻もちをつく。僕は咄嗟に顔をあげた。僕の視線の先には、池を眺めていた高校生がこちらをじっと見ていた。相変わらず、くちびるは引き結ばれたままで、驚いたそぶりも見せていない。
透き通った青い髪も、灰色の瞳もただ単に綺麗だと思った。なのに、不良校の赤いラインの学ランは、言っちゃわるいけど全然似合っていなかった。
彼は僕をしばらく見つめて、あーあ、と言いながら後ろ頭を掻いた。
「あまり派手にやりすぎるな、て。俺もオズのこと言えないな」
そんなことを呟いた。小さく息をついたあと、僕にそっと歩み寄る。
立ち上がれないままでいる僕を見下ろして、にこりと目を細めて笑った。
悪い人には見えなかった。悪い人に見えないからこそ怖かった。
夕日も制服も工場も、とてもこの人に不似合いだった。こんな場所にいること自体、奇妙に思えて仕方がなかった。
「危ないから子どもは入っちゃダメだよ」
僕は小さくうなずいた。立てる? と差し伸べられた手をとり、ゆっくり立ち上がる。ズボンや手のひらについてしまった砂を、彼が手で軽く払ってくれた。
不良校に行く人は怖い人ばかり、悪い人ばかりだと近所の人が噂していたけど、お兄さんは全然そんなことはなかった。
僕が視線を合わせられないまま、緊張で身構えたのがわかったのか、はは、と小さく笑っていた。
お兄さんは自分のポケットに手を突っ込んで細い棒のついたキャンディをふたつ取り出した。
「プリンとレモン、どっちの味が好き?」
「えと、
……
ぷ、プリン」
「ん。じゃあ、はい」
「あ、ありがとう」
僕は渡されたキャンディを口に含んだ。プリンの甘い味にほんのりカラメルがまざっていて、とても美味しい。お兄さんは僕が選ばなかったほうの味をくわえて、よかった、俺レモン好きだから。と笑った。瞳の中心が緑にキラキラ光っていることに僕は気づいた。星のような、宝石のような、不思議な色と形をしている。
彼の容姿も、存在も、初めて目にするものだった。まるでこの世のものではないような、とても不思議な雰囲気だった。
「カギっ子か。お父さんもお母さんも、帰りは遅い?」
首からさげたカギに目をとめて、そう尋ねる。僕は小さくうなずいた。
「じゃあちょっとお兄さんの家に遊びにこない? おやつもまだあるし、ちょっとお話しようよ。もちろん、無理にとは言わないけど」
僕は迷った。ついていってはいけないと頭ではわかっているのに、すぐには断れなかった。
何のために建てられたかわからない工場で、この町で見たことがないような人がいて、だけど悪い人じゃなさそうだ。まるで夢の中にいるみたいだった。
「歩きながら考えよっか」
彼は僕の手をやさしく包んでそっと引いた。
一緒に歩きながら、僕は、あの池の中に沈められたものの正体が気になって仕方がなかった。
僕はゆっくり振り返る。その頭をそっと撫でられて歩いているほうを向かされた。お兄さんの手はひんやりしていた。
知らない人に何かをもらってはいけません。知らない人についていってはいけません。
教師や親の言いつけをふたつも破ってしまったことに僕の胸はドキドキしていた。
僕はまだ、危険の文字が読めない子どもだった。
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