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えなが
2022-08-03 23:28:07
5129文字
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レノフィ
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ブラッシュ(レノフィ)
レノの耳にピアスをあける話。
魔法舎に来てからレノはピアス穴をあけたのかもしれない、という妄想。
レノの身だしなみを整えるのが好きなフィガロがいます。
クロエの新作衣装に身を包んだレノックスは少し窮屈そうに首と肩を回した。
「袖を通すときに、ちょっと苦しいかもしれない」
「え、本当? じゃあもう一回採寸しちゃおうか」
クロエが呪文を唱えると、一度合わせた服はするりと脱げ、傍らのトルソーにふわりとかかる。代わりに複数個の巻き尺が宙に浮いてするするほどけてレノックスの体を取り囲み、首や肩、二の腕や胸囲のサイズをはかっていく。クロエがひとつひとつ確認しながら手元のノートにメモを取っていった。
「確かに、フォーマルな衣装は前のサイズだと苦しいかも。ちょっと手直しするね」
クロエはサイズを確認しただけですぐに直すべき箇所が頭の中に入っているようだ。再び呪文を唱えて軽く人差し指を動かすだけで、ひとりでに仮縫いの糸がほどけ、布を寄せ、縫製されていく。
「すまない」
「このくらい全然! それにしてもすごいなあ、レノックスって、年はいくつだっけ」
「だいたい四百
……
ぐらいだな」
「じゃあラスティカと近いのかな? 魔力が成熟すると体の成長が止まるっていうけど、筋肉はきちんと育つんだね。魔法舎に来たばかりのときと、全然サイズが違うよ」
「そうなのか」
クロエは感心しながらレノックスの逞しい二の腕を軽くはたく。えい、と自分も腕を曲げて声をあげ、力こぶを作ってみせた。到底レノックスには及ばない細腕に、ふたりは声をあげて笑った。
「俺も鍛えてみようかなあ」
「いつでも歓迎する。毎朝、朝食前に鍛錬してるから。カインとシノもいる」
「う~ん、どうしよう。朝はラスティカがとにかく起きなくて、そっちが忙しいんだ」
「ああ、なるほど」
クロエの師匠は非常にのんびりとした性格で、朝に弱いどころか朝食に顔を出さない日すらある。
「じゃあこれ、また着てみて」
あっという間に手直しが終わった上着をレノックスは身につけた。今度はサイズがぴったりだった。
「問題ない」
「よかった~。じゃあこれで進めていくね」
クロエはほっと胸を撫で下ろした。そのまましばらくレノックスには立ったままでいてもらい、クロエは踏み台に乗ってレノックスと同じ目線に立ちながら、服に追加する別の飾りや刺繍模様をイメージして書き留めたり、コサージュなどをあてがう。ちょっとごめんね、と前髪に触れて額が出るように後ろに撫でつけ、ううんと唸る。
「レノックス、これは相談なんだけどさ」
「どうした」
「ピアスの穴、とか。あける気ない? もちろん無理にとは言わないんだけど」
「
……
ピアス?」
うん、とクロエは頷いた。
「あのね、レノックスは髪の色も目の色も濃くて、メガネも黒くて、それで前髪が重めだから、髪の短さを生かして、耳につけるような淡い銀細工の装飾品がすごく似合うと思ってて。それで、この前はイヤーカフス
……
耳に引っかけるだけのものを付けてもらったけど、俺としては、あれが結構気に入りで」
「ああ」
「レノックスは素朴な印象があるから、もっと大胆な大ぶりのパーツを身につけても似合うと思うんだよね。ギャップ萌え、て賢者様に教えてもらったんだけど。もちろん、イヤリングでもいいし、でも、任務や式典目的だと長時間着用する必要があって、そうすると耳が痛くなっちゃうからなあ
……
。ピアスだと、一回あけちゃえばいいだけだし、レノックスのお洒落の幅が広がって、俺としては、あくまで俺としては嬉しいんだけど
……
」
しゃべりながら段々自信なさげになってくるクロエを励ますようにレノックスは静かに頷く。こと服飾のセンスに関しては彼が魔法舎の中で一番確かだ。それは彼がデザインした他の魔法使いの衣装を見ていても常に感じている。たまたまあける機会がなかっただけで、耳に穴をあけたくないこだわりも特にない。彼がピアスを勧めるのなら、そちらがベストなのだろう。
「そうだな。少し、考えてみる」
レノックスの返答に、クロエの表情が明るくなった。
+++
丁寧なノックの音を受けて「はい、どうぞー」と客人を迎え入れる声がかかる。失礼します、と挨拶をしてレノックスはフィガロの自室へ足を踏み入れた。
カーテンのかかってない窓の外は暗い。夜もふけていたが、フィガロは酒も飲まずに机に向かい、資料とノートを広げ、何か書き物をしているようだった。
「レノじゃない。どうしたの」
「お仕事中でしたか、すみません」
「別にいいよ。急ぎじゃないし」
フィガロは帳面と羽根ペンをすぐにしまい、部屋の隅にある置物状態の椅子を魔法で引き寄せ、レノックスに座らせるようすすめた。向かい合った状態で、「一緒にお酒でも飲む?」とイタズラっこのようににっこり笑う。
「いえ、その、実は
……
」
そうして、レノックスはクロエに言われたことをフィガロに相談した。
「なるほど。それで、俺のところに来たの?」
「はい。フィガロ先生なら穿孔もお得意かと思いまして」
「なにそれ。まあいいよ、ピアスの穴ぐらい軽くあけてあげよう」
「ありがとうございます」
レノックスの話を一通り楽しんだフィガロは、立ち上がって歩み寄る。少し屈んで、どの辺がいい? と耳たぶをつまみあげ、小指でそろっと耳の裏や首筋をくすぐった。
「わからないので、お任せします」
ほのかに性的な接触を漂わせる指の気配を感じながらも、レノックスは眉一つ動かさずにフィガロに告げる。
「お任せでいいの? すごく予想外の変なところにあけちゃうかも」
「あなたのことは信頼してますので」
「からかいがいがないな。
……
ちょっと痛いけど、俺の注射ぐらいだよ。すぐに傷も塞いであげよう。じゃあ行くね」
《ポッシデオ》、と唱えるとバチッと両耳を針が貫くような痛みが襲った。耐えられぬほどではなかったが、突然のことだったのでレノックスはビクリと体を跳ねさせ、息を詰めてかたく目を硬く瞑った。
再びフィガロは呪文を唱える。刺すような痛みが次第に引いていき、じんじんとしていたはずの傷はまたたくまに何も感じなくなっていた。
「はい、おわり。人間だったらこのままピアスを入れて穴を固定させるんだけど、フィガロ先生は優秀なのでその必要はないよ。すぐに好きなアクセサリーで遊び放題」
「
……
これは?」
耳の穴を確かめようとレノックスが軽く触れると、そこには既に何か硬いものが填まっていた。
「フィガロ先生からのプレゼント、似合ってるよ」
魔法で取り出した手鏡を渡され、覗き込む。耳たぶには、自分の瞳と同じ、暗くて赤い、小さな石がきらめていてた。
「これ、それなりの値打ちがあるやつでは
…
」
「南の国の鉱山でたまたまとれたやつだよ。開拓初めのころかな。お土産にもらったんだ。価値についてはわからない。純度も知らない。ムルに聞いてみるといいよ」
「はあ、ありがとうございます」
再びフィガロがレノックスの耳に触れる。耳の外側を、誘うように指先が伝った。それには反応しないまま、フィガロ先生は、とレノックスが口を開いた。
「ピアス穴はどのぐらいあるのでしょうか」
「触ってみる?」
フィガロはレノックスの手を取って、傍らのベッドに導いた。
寝そべるフィガロに誘われるまま、レノックスは彼の体をそっと組み敷く。フィガロの耳を親指と人差し指でつまんで、丹念になぞる。性行為の最中にふとくすぐったり、甘噛みすることはあっても、こうして近くでしっかり見たことはなかった。触ってみると、少しばかりの凹凸がところどころにある。耳たぶの柔らかい部分だけでなく、軟骨にもいくつか、穴がふさがった痕跡があった。
「
…………
」
レノックスはそのまま、フィガロの耳に口を付けた。耳たぶを食んで、吸って、優しく吹きかける。
「っ、ふふっ
……
レノ
……
」
たしなめるように名を呼んだが、抵抗の意は含んでいない。くすぐったさに身をよじるばかりの彼を追って囁く。
「結構、あけてらしたんですね」
「ふはっ、そこでしゃべる? まあいいけど
……
そうだね、塞がってるのがほとんどだけど、痕跡は残したほうがまたあけたくなったときに、わかりやすいからね
……
」
そうだ、とフィガロは自分のシャツをたくしあげて、レノックスの片手をへそに触れさせた。
「前はここにもあけてたよ。こっちは完全に治しちゃったから、痕跡はすっかりないけど」
「そうですか」
フィガロの腹は温度が低かった。その薄い腹を撫でて、さらにめくりあげるように手をシャツの中へと差し入れる。胸と腹をさすり、ふたりは至近距離で見つめあった。フィガロがレノックスの顔からメガネを外す。
それを皮切りに合わせたくちびるをほんのわずか吸って、食んだ。フィガロの舌が薄く開かれたレノックスの口の中に侵入して、大人しい本能を引きずり出すかのように舌を絡めた。表面をこするだけですぐに離れる。べ、とフィガロは舌を出す。
「ここにもしてたよ、ピアス」
「舌ですか?」
「うん。でも邪魔だから、取っちゃった」
フィガロに引き寄せられるままに、レノックスは再度口を重ねた。キスしながらぐしゃぐしゃと髪を撫でられる。
「髪も少し伸びたね、切ってあげよう。いい?」
「お願いします」
レノックスの返事とほぼ同時に、フィガロは《ポッシデオ》と小さく唱える。太めの黒髪がざくざく、と切り込まれていった。髪型が変わるほどではない。切って散らばった髪を、フィガロはまとめて息かける。ふわふわ漂った髪束は、部屋の隅で燃えて消失した。
「昔のこと、思い出しちゃった」
「どのくらい昔でしょうか」
「レノが初めて俺を訪ねてきたとき。お洒落がどうとか言える状態じゃなかったから」
「はい、その節は、どうも」
「髪も伸び放題で戦乱の傷もそのままだったしね。気迫があって、こわかったよ。あの調子じゃ、聞き込みをしても、もらえる情報は少なかっただろうね」
「あの時はなにかと、フィガロ様には世話焼いてもらいました」
「んーそうだね。散髪してみたのはレノが初めてだったんだけど、上手くいってよかったよ」
「初めてだったんですか?」
「うん、ダメだった?」
「
……
いえ
……
」
「ふふ、レノ。俺って、おまえの身だしなみを整えるのが好きみたい。なんでだろうね」
「さあ、なぜでしょう」
問いかけに応えるかのようにレノックスは顔を近づけ口を重ね、口の端に、頬に、あごに、首筋に口をつけていく。
フィガロの指がレノックスの耳にあてがわれ、ピアス穴の周辺をなぞっていく。傷はふさがったばかりだというのに、背筋がぞわぞわして、幾分熱のこもった息を吐いた。
+++
「え、
……
ピアス?」
レノックスの耳たぶを彩っている控えめの石、彼の瞳に似たワインレッドは黒髪によく映える。髪の合間からチラッとのぞくそれを見て、ふとファウストが声をあげた。
キッチンの作業台に並び立ち、レノックスは自分で釣った魚を捌いており、その横でファウストが水を張ったたらいに、めいっぱい摘んできた薬草をさらしていた。
「ああ、はい。先日から、気に入ったので身につけています」
「穴、昔からあったっけ」
「いえ、先日
……
魔法舎に来てからですね」
「じゃあ最近だ」
「はい、ピアスの方がお洒落の幅がひろがると、クロエのすすめで」
「ふーん、まあ、クロエが言うならそうなんだろうな」
「はい、それで、フィガロ先生に頼んであけてもらいました」
「へえ」
ファウストは一度手元に視線を戻したが、ふと思うところがあって再び顔をあげてレノックスを二度見した。
「え。その穴、フィガロにあけてもらったのか?」
「あ。はい」
なにかまずかったでしょうか。困惑した表情でレノックスもファウストの顔を見た。
「微量とはいえ出血を伴う行為だ。魔法使いに頼むなんて、媒介に利用されたらどうする。相手はあのフィガロだぞ」
「魔力の弱い俺の血を欲しがる魔法使いはいないと思いますが。ましてやあのフィガロ様が」
「そういう問題じゃない」
余計な気を揉ませてしまっただろうか、レノックスは反省しながら、魚のわたを取るために視線を落とす。顔を伏せると、ちょうどいい長さの前髪が額を軽くくすぐった。
ピアスをフィガロからもらったということも、散髪の件も、口にしたらこの主君に苦い顔をさせてしまうのかもしれない。
そう思いながら、もくもくとレノックスは釣った魚を捌き続けた。
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