えなが
2022-08-01 09:57:20
2142文字
Public レノフィ
 

レノフィの初夜翌日の話

魔法舎に来る前の話。初夜の翌日にぼんやりしてるレノックスとそれをからかうフィガロの話



 早朝に目を覚ましたレノックスは、起き上がってベッドの上に座り込み、後ろ頭をぼりぼり掻いた。ぼんやりした頭で自分の昨夜の記憶を疑っていた。はたして本当に起こったことなのか、はたまたひどく生々しい夢だったのか判別しかねている曖昧なものが頭の隅に残っている。
 昨日はじめてフィガロを抱いた。多分。
 内容に関してあまり自信がないのは、彼の痕跡が部屋に少しも残っていないからだ。
 自分の中にその記憶があるにも関わらず、昨日自分が一人で眠りについたのと変わらないいつもの朝の光景が部屋に満ちていた。
 家具や小物の配置も換わっていなければ、他人のにおいもなく魔力の残滓も一切ない。汚したはずのシーツもさらっとしている。だが、確かにフィガロの両手がそれをきつく握りしめていた、そのシワの形までつぶさに思い出せる。行為の最中は眼鏡を外してよく見えなかったはずなのに。
 獣のように荒い息を吐いて、汗でぬめった手のひらで、彼の白い腰を引き寄せ打ち付けた、その疲労も今は微塵も残っていない。
 そんなもの、彼が魔法を使えばあとかたもなく綺麗に出来る。
 フィガロは朝起きるのが苦手だと言っていたから、このまま抱き合って共に眠ったならば、朝日とともに彼の寝顔を見ることが出来るのだろうな。誰かと朝を過ごすのは久しぶりだ。朝食は何を食べよう。そう思いながら昨日は眠りに落ちた。
 だからこそ、目が覚めて自分の隣にいるはずのフィガロが姿を消していたことにひどく落胆していた。
 行為に明確なきっかけはなかった。しかし、美味い酒と静かな会話と彼が触れた指先につられて、はじめた行為にしてはとても気持ちがよかったし、彼の顔も今まで見たことがないようなものだった。
 いつもの微笑と余裕はなりを潜めて、眉根を寄せて苦痛と快楽の狭間で悶えた顔で甘えた声を漏らし、「レノ」と自分を呼んだ。その音に心が乱され酷く興奮したのを覚えている。薄く膜の張った濡れた瞳を見つめながらキスをした。感触も表情も息づかいだって鮮明だ。
 思い出そうとすればするほど、寝起きだというのに変なところに血液が集まる心地がする。レノックスは深いため息をついた。なんとか気を鎮めながら身支度をして小屋から出る。
 もしかして、あれは都合のいい夢だったのかもしれない。そう思いながら、朝の走り込みに出かけた。



「はい、これで大丈夫。動かしてみて」
「ありがとうございます。フィガロ先生。おかげさまで、問題ありません」
「ならよかった。レノは背が高いから転んで頭をぶつけるだけで骨折する可能性もある。いつも言ってるけど、危険を察知したら魔法を使うといい」
「はい」

 レノックスは次の冬に備え、自分や麓の村人たちのために、いくつかまとめて薪割りの作業をしていた。それ自体には別段問題なかったが、ふとした瞬間に昨晩のことを思い出して手が止まるときもあった。煩悩を振り払うようにして無心で斧をふるい続け、散らばった薪を乾燥させるためにかき集めていたら、木の根に足をとられて転んだ。
 咄嗟に地面についた手に体重を思い切りかけてしまい、手首を軽くねんざして変に腕の筋をいためてしまっていた。
 箒に乗り、フィガロのいつもの往診が終わった頃に診療所を尋ねた。そも大した怪我ではなかったが、彼に診てもらえばあっというまに元通りになるのと、顔が見たかったというよこしまな動機があった。
 昨日の今日で会ってみれば少しは昨夜の話題も出るかと思ったが、フィガロはいつもと変わらぬ調子で自分に接する。薬品と薬草のツンとしたにおいをまとわせた、南の優しい医者だった。

「きみは用心深いから次はないと思うけど。体も鍛えてるしね。こういう不注意からの怪我って珍しいじゃない」

 ほら、レノ。と掲げた指先にはシュガーがつままれていた。口を開けると中に放り込まれる。甘いようなしょっぱいような、フィガロのわずかな魔力を感じて口内に唾液がじわりとひろがった。

「実はフィガロ先生の事を考えてて」
「そうなの? え~、俺って罪深いなあ」

 わざとらしくふざけた調子でフィガロは体をくねらせた。いつもなら冷ややかな視線や呆れたようなため息が返ってくるところだが、レノックスは表情をかえないままだった。いつもと様子が違うことにさすがのフィガロも気づき、彼の次の言葉を促す。

「まだ何か言いたそうだね」
「はい。昨晩のあなたはとても可愛らしかった、と」

 フィガロは目を見開いてレノックスを見上げ、顔を見つめて大きくまばたきをした。冗談です、と付け加える前にフィガロのほうが、ふ、と目を細めて息を吐いて笑った。

「そう。じゃあ次の俺はもっとかわいいかも」

 まなじりを下げてにっこり微笑む。人をからかい、挑発するときの表情だ。そんな彼の表情をいつも見慣れているはずなのに、レノックスの内にはよこしまな感情で満たされ心がざわめくのを感じた。
 レノックスはごくりと唾液を飲み下した。「次」があるのかと思えばまた思考が煩悩に埋めつくされてしまいそうだ。フィガロはツンと上向いて目を閉じる。その頬に手を添えて、そっと口を近づけた。昨日と違わぬ感触だった。