小麦の収穫期になると、風が渡る度に小麦が波のように揺れている景色が見られたものだ。風車がゆっくりと、しかし遠目に見ているからそう見えるだけで、近づけば力強く重々しい音を立てて動いているのが見えたものだ。そうした景色は今は見ることができなくなってしまった。
今、目の前にあるのは焼け野原だ。鶏も羊も山羊も、犬すらも、口に入るものは全て持って行かれてしまった。
黒く煤けた建物や人間の焼け残りが放つ悪臭。黒々とした煙が空をも暗くして、今にも雨が降り出しそうだった。
今、雨が降れば泥が煤やしたいと混ざりあいぬかるんだ地面は、更に酷いことになるだろう。進むことも戻ることもできず、体力を奪われて、体が冷え切った結果、また多くの命が失われるのだろう。
雨を防ぐことができそうなのは、風車小屋だけだ。羽は焼け落ちたが、石組みの建物だけは残っている。かつての粉挽小屋だ。
私はなんとか風車小屋の跡地に逃げ込んだ。扉のなくなった入り口から、倒壊する危険のある廃墟に潜り込む。当然、中は暗かった。
音がした。
私は驚いて身構えた。
「だ、誰だ!?」
お互いに動かなかった。中の暗さに目が慣れると、同じように痩せ細った体に目だけが爛々と光る人間がそこに立っていた。
相手も驚いて、身構えているのだとわかった。
そこには先客がいたのだ。相手の顔は見えているのだが、見覚えがない人物だった。
「敵じゃない」
私はなんとかそれだけ搾り出したが、敵とはどちらを指すのだろう。この土地を焼け野原にしたのは、どちらの軍勢だろう。どちらであっても、戦を始めた人間は、ここで生きている人間にとっては敵だろう。
相手は答えない。私は先客からなるべく離れた壁沿いに腰をおろした。会話はない。誰だか知られたくないから、相手の不干渉はちょうどよかった。
生き残ったものは、どうやってこの一年を越えるのだろう。ここにはもう食べ物も体を温める場所もない。
民も軍も所詮チェスの駒だ。酒でも飲みながら優雅に机上の駒を動かし、その結果に応じて、どこかの国が焼け野原になる。無情だ。
私はその無情なゲームによって、故郷を地獄に変えてしまった。
凍えながら、暖炉の傍の安楽椅子を思い出す。ここから生きて帰ったら、とっておきの酒を飲むことにしよう。
そのためには、私が戦を動かす側であるということを知られないようにしなければならない。
どうやって本隊と合流するのかを考える。一晩の同居人が、私の顔を知らないでいてくれることを願った。
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