勝利の雄叫びよろしく随分上機嫌で楽しげな声を残して海面に打ち上げられる二つの影を見送ってどのくらい経ったか。恥でしかない無様な恰好で優雅に泳ぐタダ飯たちを恨みがましく眺めていれば、腹の空き具合を丁度良く満たしてくれそうな身の程知らずで魔物の国に相応しい下卑た嘲笑を隠さず寄ってくる気配にタマトアの双眸がぎょろり動く。
「これはこれは…。ご自慢の煌めきを散りばめ、Zzz昼寝に興じておいでかな」
大根役者も開いた口が塞がらない演技の下手さ。日陰者が懸命に気取っている滑稽な姿に付き合ってもいいが如何せん興が全く乗らない。
白けた雰囲気で目線を揺らめく海面に戻すタマトアが余程お気に召さなかったらしい。爛れぬめつく表皮に覆われた異形の手がこれ見よがしにタマトアを中心として広がっていた沈没船の財宝の一部を掴み握り潰した。
「どうやら自分の置かれた立場を理解していないらしい」
「Oh…俺を輝かせてくれていたシャイニー達よ。最後の断末魔まで眩いのを誇らしく思うぜ」
致し方なく何処ぞ名も無き魔物に付き合ってやる寛大な蟹に感謝しな。太々しい態度で巨鋏を海底火山噴火まで秒読みな魔物に向かって払えば、案の定というべきか碌に距離を計らない安全圏から一方的に甚振ればいいものを激情に駆られたまま尾を撓らせ振り下ろしてくる。
──あからさまな挑発に乗っちまうなんて
──よく此処で生き残れたな?
──それともなんだ… 多寡だかひっくり返った蟹程度、お前如きでも勝てるなんて夢みちまったか?
深海に浮かぶ二つの三日月の下、つい先程まで自我を持っていた肉塊がタマトアの問いに応えるように蠢いた。
久方振りの食事。味はイマイチだが、今は鋏にこびり付いた血の一滴も惜しい。肉厚な舌で舐めゴクリと飲み込む。
上下が元に戻った世界へ熱烈な再会の挨拶をする前に…、魔物の血で不健康に光る嘗て甲羅を彩っていた金属を人間より遥かに多い足で踏み潰した。事のついで華麗なタップを決めた所でタマトアの心に燻る自分を出し抜いた人間に対する忌々しい火は消えない。寧ろその火が勢いを増して大火となり邪悪な笑みを作らせるまでに至った。フジツボ塗れの不衛生な歯を剥き出して嗤う大蟹の笑い声は遥か頭上の海面に波紋を増やした。
「待ってなベイビー。お前の血肉は俺の胃袋に入り、骨はとびっきりの場所に飾ってやる」
そうと決まれば統一感は必要だ。自分を飾り立てることに一切妥協してはならない。
ゴミになり果てた古着を蹴とばしたタマトアは、その日からありとあらゆる生物を狩りその亡骸で甲羅を着飾った。死が漂う甲羅の天辺にあの子の骨を飾れば、さぞ友も血相を変えて喜んでくれるだろう。
脆い骸を器用に大きな鋏で摘まみ甲羅に乗せる作業が一段と楽しくてどうしようもない。
タマトアの狂気孕む眼光が見据える先はいつだって出会い頭臆していた矮小な人間の小娘が中々どうして豪胆な行動と知恵を持って出し抜いて行った憎たらしく愛おしささえ感じる、あの輝き。
嗚呼、喉から鋏が出るほど欲しくてたまらない。血肉で胃を満たし、骨で甲羅を飾る瞬間が待ち遠しくてしょうがない。
あの子が満足できる舞台を整え意気揚々鼻歌まじりで迎えに行くのを見計らってか、神々の噂をちょいと小耳に挟みナロのもとに出向いたが、細部まで拘り抜いた甲羅がナロの八つ当たりですっかり剥げちまった。
その場を最高な歌で誤魔化したがどうにも釈然としない。当たり障りのない笑みの裏側、タマトアが胸中「ありゃ同種の雌にモテない性格だ」と愚痴っているのを知ってか知らずかナロと同席していたマタンギが同じタイミングで虚空を見遣り、何事も無かったように話を再開した。
「それにしても、あの人間の腕とオールに刻まれた模様……」
「ええ、そうよナロ。あなたが一番分かっているじゃない」
起こった出来事を認めたくなくて言い澱むナロに変わって手枷を嵌められたマタンギが品のある笑い声を零し怪しげな紫苑の瞳を眇めた。
「俺もいるんだけどお分かり?」
愛嬌たっぷりに振舞い詳しい説明を催促する馴れ馴れしいタマトアに心底うんざりな溜息を吐いたマタンギの視線がナロに移され「話しても?」と問い掛ける。
ナロもナロで変に隠さない方がマシだと考え目頭を揉みながら顎をクイっと動かした。許可の合図である。
「あなたに恥を掻かせた子が神々の祝福を授かってデミゴッドの生を受けたの」
「デ、デミ……? おいおいおい、俺を揶揄おうなんて──マジか」
表情が一秒も待たずに変わる光景はまさに百面相。タマトアが大いに狼狽えている間にもマタンギは淡々とタマトアを出し抜き恥を掻かせた──、モアナの事を話した。
「……と、いうわけ。気が済んだ?」
「お、おぉ…」
事務的に尋ねるマタンギの声を右から左通り越して最早聞こえていないタマトアは生返事をして、今来た道を覇気のない足取りで戻っていく。兎角呼び止める義理は無いナロはその背中を興味薄な目で見下ろし、マタンギは肩を竦めるもモアナの無事を心の中でそっと祈っていた。
一歩二歩、と。規則正しく動いていた脚を止め、左右非対称の瞳孔を限界まで見開いたタマトアが喉奥まで見えるほどに大口を開けて、ナロ達の前で披露した悪役高笑いを遥かに超える嗤い声を陰鬱な雷雲犇く空に向かって放った。
「Ah~…。ったく、どこまで驚かせてくれるんだ嬢ちゃんは…」
気が済むまで嗤い切ったタマトアが息を整え独り言ちる。まだこの双眸で確認していないが、成りたて半神半人の左腕に刻まれたタトゥーとオールは金色に輝くときたもんだ。
「実に俺好みだ」
ラロタイの底から這い上がる低い地鳴り染みた声音が愉悦で堪らないと謳う。数多の骸も悪くなかったが、やはり着慣れた輝きに勝るものはない。
しかも、誂えたかのような輝きをその身に宿す人間を──モアナを是が非でも甲羅を彩る一部に加えたい。他の誰でもない、自分が彼女の輝きを手に入れる。
「はやく会いたいぜベイビー」
愛の囁きとは程遠いおどろおどろしい死の香り漂うタマトアの焦がれる声は冷たく水気のない乾いた風となって遥か遠くにいるモアナの緩いカーブの掛かった柔らかな髪を撫でて行ったのだった。
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