超能力ってのは万能じゃない。万能じゃないからこそ創意工夫をもって痒い所に手を届かせる。しかし、トライ&エラーの精神なんていう高尚なものは持ち合わせていない。加減を覚えるべく何度も繰り返す事務的な面倒くさいことは御免被る。
だが、表面張力でギリギリまで水が入ったコップにコインを入れるスリルってのは格別でたまんねぇな。突発で来る高難易度のゲームをクリアした達成感で脳内をドーパミン漬けにしたい欲の大波、乗るしかない。
「(暴走しない程度に微調整っと……)」
結果、前回の失敗を踏まえ概ねハーフ&ハーフになって分身した超条巡<善>と<悪>が再び珍宿西交番に降臨したことで後輩である一本木直は、痛みが消えない頭を押さえ深く長い溜息の尾を交番内で吐く羽目になったのだった。
「なんで懲りずにまた分身してるんですか先輩ッ!!」
じいちゃんにこってり絞られたのを忘れているとしか思えない振る舞いに一本木が吠えた。吠えたが見た目は子供頭脳もまあまあ子供な超条とこれぞ悪い成人男性のお手本よろしくな見た目の超条の二人は全く意に返していない。一本木を生意気な目で見上げていた超条<善>がそっぽを向き、同じく一本木を眺めていた超条<悪>がやたら首が痛いのか押さえ目が合ったかと思えばウィンクを飛ばす始末。それがまた一本木に油を注ぎ怒りのぷこぷこ炎が収まらない。
宥め役のローボはタイミング悪く充電中のため物言わぬ鉄の塊と化し、一本木の怒りのボルテージは上昇の一途を辿るばかり。
怒りのあまり「いっそ投げてスッキリした方が早いんじゃ…」という脳筋ゴリラ思想は、やや下から聞こえるぶっきら棒な呼び声で霧散した。
「仕事やったぞ」
生意気な少年声。テストの答案用紙を親に見せるような動きで書類を渡してくる超条<善>に一本木は面食らいつつも書類を受け取った。念のため目を通す──、ぱっと見不備らしい不備は見当たらない。
「先輩やれば出来るじゃないですか」
「世界を救う俺ンとって、こンくらい余裕だぜ」
ドヤ顔で腕を組み胸を張ってふんぞり返る姿が逆に微笑ましい。
今回はちゃんと<善>の方が仕事をしてくれるならば仕事をサボっているもう一人には目を瞑ろう。一本木が目を閉じて頷いていると、やにわ下方からまた声が掛けられた。
「なあ」
閉じていた瞼を開けた一本木の視線が声を追い向けられた瞬間、超条<善>の視線が床に落とされ手を後ろに組み床を軽く蹴る素振りをしてみせた。その様子に首を傾げる彼女を<善>は何度もチラ見しては、口を尖らせそわそわもじもじ。
しばらく一本木が気付くのを待ってみるも一向に気付かない鈍臭さに<善>がやや小馬鹿にした口調で呟いた。
「俺、頑張ったンだけど」
「(──え)」
咄嗟に口から出掛けた声を胸中で呟くことに成功した一本木の顔が顰められる。
なに当たり前の仕事をして「偉いだろ?」オーラ出してんだこの先輩は。しかしながら、仕事をしないよりかマシか、と自分自身に言い聞かせた一本木は腰を屈め背の低い超条<善>と視線の高さを合わせ柔和に微笑んだ。
「よく頑張りました」
まるで近所の子供を褒めるような優しい声音で言えば、照れ臭いようで<善>が「…ん」と小さく言い頬を仄かに赤らめ──、あろうことかおずおずと頭を差し出してきたではないか。
これには一本木の体も忽ち凍り付き苦笑しか漏れなかったが、子供の上目遣いの威力は凄まじく例えそれが分裂した超条だとしても抗えやしなかった。
「え、えらいえらい」
頭の隅へ今ぎこちなく頭を撫でている少年の正体を追いやっていた一本木の肩が不意に重くなった。ここにいるメンバーを一瞬忘れていた彼女が振り返れば、変に愁眉を送っている超条<悪>が肩を押さえていた。万年肩こりか。
「先輩(悪)どうしましたか」
身近にある可能であれば忘れたかった問題と向かい合う覚悟を決めた一本木が問い掛ける。
彼女のそんな態度をひらり舞う蝶でも眺めるような目でフッと笑う超条<悪>の心底腹立つ態度に一本木の拳が固く握られる寸前、如何いうわけか柔く小さな手がするり手を握ってきたため拳形成に失敗。
その行為を問いただす時間も惜しい。ならば逆の手で、と思っている間に指の長さや太さの違いを分からせるように絡みつく超条<悪>の指にいよいよ一本木の顔が不快に歪む。
「ポンちゃん、そんな顔しないでくれよ。ほら、俺だって仕事やったんだからさ」
ねちっこく絡みついていた指の間に知らず挟まれていた書類。眉間に深く刻まれた皺を解かずに掴まされた書類に目を通す。一応こちらも問題なさそうだった。
そして、一本木が書類を確認したのを見るや<善>と<悪>双方が超能力を使って書類を机に置いた。
「はいはい。書類仕事終わったから自由にさせろってことですよね」
「それもそうだけど、その前にポンちゃん俺も褒めて」
「はいはいはい。えらいえらいです先輩(悪)」
投げやりな態度で褒めた一本木は気付かなかった。超条<悪>の顔付きが俄かに蠱惑的な色に染まっていくのを。
「大人の俺には”それ”してくれないの?」
耳元で囁く低く艶めいた男の声は簡単に純粋すぎる一本木の頬と耳に熱を灯す。
咄嗟に距離を取るべくパンプスに力を込めるも、細腕の割にしっかり男性らしさを兼ね揃えている超条<悪>の腕が一本木の肩を抱き寄せ、体全身を使ってしがみ付いている超条<善>によって動けなかった。
しかも、二人の大きさの違う手がそれぞれ一本木の手を掴み離さない。
「先輩たちっ! なんか変で──」
「「逃げないで」」
成熟した男性とあどけない少年の声が一本木の切羽詰まった声に被さり遮る。有無を言わせない圧に一本木は力なく身を捩る他なかった。
狼狽えに狼狽える彼女の反応を楽しむとは違う色味を帯びた瞳で見下ろしている超条<悪>が白い手袋を嵌めている一本木の手を自身の口許へと誘う。白手袋の端を食み焦らすようにじわじわと隠れていた素肌を晒していき、たっぷり時間を掛けて脱がした温もり残る手袋を持直し、わざとらしく白色にリップ音を弾かせた。
普段のパワーバランスであれば覆すことなぞ容易い。だのに振り払うことが出来ずに身を竦める一本木の姿に超条<悪>の薄く開いた唇から熱を孕んだ吐息が零れ、直向きに彼女を見上げ続けている超条<善>は抱き締める力を強め顔を腹部に埋めた。
一本木の脳内は正常な判断を下す能力を失い半ば混乱から泣きべそをかこうとしていたその時。
「すみません。うちの後輩がそちらに・・・」
正しく天の助け。最近珍宿西交番で迷惑を掛け捲っていたキャリア組の先輩恵那院が訪れた。
傍から見れば無抵抗の女性が成人男性と少年に迫られている状況というのに恵那院の表情が崩れることは無かった。どんな状況でも冷静沈着。されど、このあとの食レポは大いに荒れること間違いなし。
「恵那院さんっ!!」
恵那院の出現にて一瞬で来た隙を見計らって超条ズから離れた一本木がさっと交番入り口で佇んでいる恵那院の後ろに隠れた。顔だけ覗かせるその姿はまさに小動物。この人の後ろなら大丈夫という安心感が滲み出ている姿に恵那院は目だけ彼女に向けすぐさま前に戻した。
「やあ、この前ぶりだな」
胡散臭い笑顔を称える<悪>と打って変わって<善>は終始一本木を背中に隠す恵那院を剣呑とした目で睨みつけていた。隠す気が毛頭ない招かねざる気配は超能力が使えない恵那院にも肌で感じ取っていた。
だが、無意識かきゅっとシャツを掴んでいる一本木をこのまま残しておくわけも行かず──。
「ちょっと話でもしませんか」
ズボンに入れていた手を出し臆せず交番内に足を踏み入れたのだった。
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