torino_y
2025-01-14 20:59:39
5686文字
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『九宝のせかい』小編11

騎士の国のとある街にて。エドワードと少年の会話。



 騎士の国の街は、どこも立派で堅牢だ。建物はどれも頑丈な石造り。道も平らにした石で綺麗に舗装されていて、馬車に乗っていても他の国のようにガタガタ揺れることが少なく、ここまでの旅路はとても快適だった。また多くの街は周囲を高い石壁で囲まれていて、外からの魔物の襲撃を防げるようになっているのだと、ウィリアムが教えてくれた。
 騎士の国はその名の通り、勇敢で屈強な騎士団によって魔物の脅威から守られている国だ。容赦なく人を襲い、街を破壊する凶悪な魔物。騎士の国は自国が有する騎士団の力によって魔物を退けることで、人や文化を守り、技術を育てる余裕を掴み取った。その血と汗の結晶が、今エドワードの目の前に広がっている平和な街の姿なのだ。一人ベンチに座ったエドワードの目の前では、街の子どもたちが無邪気な笑い声を上げながら、石造りの家々の間を走り回っている。その光景を見て、エドワードは自然と口元に笑みを浮かべた。

(ここは良い街なんだぞ。他の国でもこういう平和な街が増えるといいな)

 エドワードが走り回る子どもたちを目で追っていると、一人の少年がエドワードの目に留まった。彼は少し離れた広場にある噴水の縁に、両手をぐっと握りしめたまま一人で俯いて座っている。何かに耐えるようなその様子が、エドワードにはどうにも気にかかった。少年の周囲を見ても、近くに保護者や友人はいないようだ。エドワードは笑みを引っ込め、ベンチを立った。

「ねえ、君」

 エドワードは少年に近づいて声をかけた。弾かれたように顔を上げた少年はとても幼く、エドワードの目には十歳くらいに見えたが、人間の年齢の判定には自信がないので正確ではないかもしれない。その幼い少年の目は潤んでいて、あと少しで涙が落ちてきそうだった。何かに耐えているように見えたのは、どうやら泣くのを我慢していたらしい。そのウルウルの瞳を真っ直ぐエドワードに向けて、少年は不審者を見るような目でエドワードを睨みつけている。それに気づいて、エドワードは慌てて両手と首を左右に振った。

「あ! オレは怪しいモノじゃないぞ!」
……あなたのこと、この街で見かけたことないですけど」
「この街には初めて来たから、見たことなくて当然だぞ! オレは旅をしてるからね」
「はあ……それで、旅人さんが僕に何の用ですか」

 少年はエドワードが旅人だと聞いて一応納得してくれた様子だったが、依然として警戒するように顔をしかめている。見ず知らずの大人に声をかけられて警戒するのは当然だ。エドワードは気分を害することもなく少年の隣に腰を下ろすと、努めて穏やかな声音を出しながら少年に問いかけた。

「用ではないんだけど、君のことが心配だったんだぞ。どこか痛いところでもあるのかい?」

 それを聞いた少年は意外な質問だったらしく、一瞬、ぽかんとして目と口を開いていた。しかしすぐに怒ったように眉間にしわを寄せ、口を引き結んでしまった。しばらく待ってみても、少年は口を開こうとしない。警戒されているようだが、それは不審者に対する警戒というよりも、話すことでエドワードが叱るんじゃないかという警戒のように感じられた。少年の怒ったような様子を見るに、すでに誰かに叱られたことがあるのだろう。だから、答えることを拒否している。
 エドワードは困って眉を下げたが、少年は無言のわりにその場を離れようとしない。だとすると、少年は本当は誰かに話したいと思っているのだろう。だったら多少時間がかかったとしても、粘り強く話を聞いてあげるべきだ。人には想像もできないほどに永い時を過ごしてきたエドワードにとって、人間の子どもの話を聞く時間など取るに足らない一瞬だ。
 それに、相手は今初めて会った名前も知らない赤の他人だが、一度気づいてしまった以上、困っているかもしれないのに放っておくことはエドワード自身の信条に反してしまう。エドワードは意識して明るい声を出して話を続ける。

「怪我じゃないなら、何か困ったことがあるのかい? オレでよければ相談に乗るぞ!」
……
「何かをなくして見つからないとか? オレも今なくし物を探して旅をしてるから、気持ちは分かってあげられると思うぞ」
……
「それか、友達がいなくて寂しいとかかい? 友達はオレもいないからあんまりアドバイスできないけど……
「友達ならいます。あなたと一緒にしないで下さい」
「それはよかったぞ! でもじゃあ、どうして泣きそうな顔をしてたんだい?」

 少年はすぐには答えなかったが、エドワードは辛抱強く待った。少年の中で話してしまいたい気持ちと、黙っていればそのうちエドワードが諦めて立ち去ってくれるのではないかという期待が静かに戦っていた。しばらくの間、少年は黙ったまま地面を睨みつけていた。
 しかしやがて何かに耐えかねたように、少年は悔しそうな顔をしながらようやく重い口を開いてくれた。

……僕のお父さんが、仕事に行っちゃったんです」
「そうなのかい。お父さんはどんな仕事をしてるんだい」
「騎士です」
「それは立派な仕事だぞ! 君は騎士のお父さんが好きじゃないのかい?」

 エドワードの質問を聞いた少年は勢いよく顔を上げて、エドワードの顔をキッと睨みつけた。その顔には先ほどよりも激しい怒りの表情が浮かんでいて、エドワードはありもしない心臓がドキリと脈打ったように錯覚した。年齢に似合わぬ怒気の強さにエドワードが驚いて口を閉じると、少年はすぐに気持ちを萎れさせ、再び俯きながら絞り出すように声を発した。

……嫌いです。あんな仕事」
……どうしてだい? 街と人々を守る、誇り高い仕事だと思うけど」
「だって……だって、騎士は危ない仕事だから」
「まあ、それは確かにそうだぞ。何かを守るためには誰かが戦わなきゃならないからね」
「僕はそれが嫌なんです。お父さんに怪我してほしくないし、死んでほしくない……
……君はお父さんのことが大好きなんだね」
「別に、大好きとかじゃないけど。お父さんはこの街のみんなのために自分が頑張らなくちゃって言ってたけど、それって本当に僕のお父さんがやらなきゃいけないことなんでしょうか。みんなのために僕のお父さんが危ない目に合ってもいいってこと? それでお父さんが死んじゃったら、街のみんなが助かっても僕もお母さんもちっとも嬉しくない。僕のお父さんは、お父さん一人しかいないのに。お兄さんは、僕のお父さんがみんなのために命がけで騎士をやるのが良いことだと思いますか?」

 少年は言いたいことを一気に吐き出すと、気持ちを落ち着けるように肺にたまった空気を吐き出した。いつの間にかエドワードに対する警戒心も忘れたらしく、今度は何か期待するような眼差しを向けてエドワードの答えを待っている。
 エドワードは腕を組んでしばし考えた。恐らくこれから話すエドワードの答えは、少年が期待するような耳障りの良い内容ではないだろう。そう分かっていても、たとえ子どもが相手だとしても誤魔化したり、良い顔をしようとしたりしないで、誠実に話をするべきだとエドワードは思っている。エドワードは真剣な顔つきで少年を見据え、ゆっくりと話し出した。

「オレはさっきも言ったとおり、騎士の仕事は誇り高くて立派な仕事だと思ってるぞ。君の言う通り、騎士の仕事は危険と隣り合わせで、だからこそ、誰にでも騎士の務めを果たせるわけじゃない。君のお父さんはその数少ない騎士としての力を持っている人で、君のお父さんが騎士として街を守ってくれるからこそ、この街の人たちや、君の家族が、こんなに平和に暮らせているんだと思うぞ」
……そんなの分かってるけど、でも僕はお父さんに危ない目にあってほしくないんです」
「そうだね。その気持ちはオレにも分かるぞ」
「分かるって……お兄さんのお父さんも、騎士をやってるんですか?」
「いや、オレにお父さんはいないぞ。でも、オレと一緒に旅をしてくれてる人がよく危険に巻き込まれるから、君がお父さんを心配する気持ちは分かるんだぞ」
「ふーん……それなのにお兄さんは、騎士は良い仕事だって思うんですか?」
「思うぞ」
「どうして……?」

 首を傾げた少年は、心底意味が分からないというような顔をしていて、そのあどけなさにエドワードは思わず笑みをこぼした。まだ幼いこの少年が、どうか悲しい思いをしなくて済みますように。エドワードはそう願い、この気持ちが少年に少しでも伝わるよう、真っ直ぐに答えを紡いでいった。

「オレは確かにその人のことを心配してるけど、その人がやってることが間違ってるとは思ってないぞ。彼は人を助けるために危険を顧みないだけだから。誰かのために行動することは、オレは正しくて、良いことだと思ってる。君もそれは分かってるんだぞ」
……はい」
「でも、それでも納得できないことだってあって当然なんだぞ。君がお父さんを心配して、そうなってほしくないと思うような未来を嫌うのは当たり前のことだぞ。君の気持ちもまた、正しいものなんだぞ」
……そうなんですかね」
「そうだぞ!」
「でもじゃあ僕、どうしたらいいんですか。騎士は良いことだけど、やめてほしいのも正しいなんて、そんなの困ります」
「どうしたらいいか、オレの中には答えがあるけど、それが君にとっての正解とは限らないと、オレは思ってるぞ。だってこれは、君と、君のお父さんの問題だから」
……
「だから君はその質問を、オレじゃなくてお父さんにぶつけてみるべきだぞ。騎士をやってるお父さんを尊敬してるけど、それでお父さんが怪我をするのは嫌だって、ちゃんとお父さんに伝えるんだぞ。それで君の望み通り、お父さんが騎士をやめてくれるとは限らないけど、気持ちを伝えることで、きっと何かが変わるはずだぞ!」
……僕、お父さんを尊敬してるなんて言ってないし、お父さんに騎士をやめてほしいとも思ってないです」

 少年がそっぽを向きながら、ばつが悪そうにそう言うので、エドワードは思わず笑い声を上げた。それに怒った少年が振り返りざまに全力で突き倒そうとしてきたが、人間の子どもの全力程度ではビクともしないエドワードに、少年の方が弾き飛ばされかけて、エドワードはさらに笑った。後ろに傾いた身体を元に戻して、少年はしばらくふてくされたように黙っていたが、やがて何かを決意したような表情をしてエドワードを見据えた。

「僕、前にお母さんに怒られたんです。それがお父さんの仕事なんだから、そんなこと言っちゃ駄目だって」
「うん」
「でも、お母さんだってお父さんのことが心配なはずだし、まだお父さんには仕事のことをどう思ってるか聞いたことないから、お父さんと話してみようと思います」
「うん、そうするんだぞ」
「お兄さん、ありがとうございました。僕、家に帰ります」
「幸運を祈るぞ! バイバイ!」

 手を振ったエドワードに少年は一瞬だけ笑顔を浮かべると、エドワードに背を向けて駆け出して行った。
 少年の背中が見えなくなり、エドワードが手を下ろして立ち上がったところで、頭にゴーグルを付け、右手に頑丈そうな革のグローブをはめた、茶色い髪の男——エドワードと二人でずっと旅をしている相棒のウィリアムだ——が正面から歩いてくるのが見えた。

「ウィル!」

 エドワードが大きな声で呼ぶと、ウィリアムはこちらに気づいて呆れた表情をした。ウィリアムは小走りになって噴水に辿り着き、鋭くねめつける視線をエドワードに向けた。

「お前、店の前で待ってるって言ってたのに、なんでこんなところにいるんだよ」
「ごめん! いい街だなーと思って眺めてたら、いつの間にかここまで来てた」
「まったく、探すの苦労したんだからな。ほら、一回宿に戻って荷物置いたら、協会で仕事探すぞ」
「はーい」

 二人は並んで歩き出した。協会というのは、トレジャーハンター協会のことだ。二人はそこで納品依頼や魔物の討伐依頼をこなして、旅の資金を集めている。だからウィリアムとエドワードは、騎士に引けを取らないほど危険と隣り合わせの日常を送っている。
 エドワードはウィリアムを心配している。だってウィリアムはエドワードとは違い、ただの人間なのだから。胸にはきちんと心臓があるし、鼓動が止まれば簡単に命を落としてしまう。だからウィリアムが危険なことに巻き込まれたり、自分から首を突っ込んだりしているとき、エドワードはいつでも穏やかな気持ちで見ていられるわけじゃない。
 けれど、ウィリアムが困っている人を放っておけない性分なことは分かっているつもりだし、エドワード自身、そんなウィリアムが好きなのだから仕方ない。だからエドワードは、ウィリアムを一人で行かせるのではなく、自分も一緒に危険に飛び込むことにした。一緒にいれば自分がウィリアムを守ることができる。それに一人より二人の方が、できることも増える。これが少年には教えなかった、エドワードが出した答えだ。
 もちろん、二人がいつでも一緒にいられるわけじゃない。そういうときはできるだけ二人で話し合って、二人の気持ちの落としどころを探すようにしている。そして、互いを信頼して、それぞれがやるべきことをするのだ。
 エドワードは先ほどの少年を思い出した。あの少年とお父さんは、エドワードとウィリアムとはまた違った答えを出すのだろう。どんな答えになるとしても、二人が納得して、信頼しあえるような結果になるといい。自分たちのように。
 エドワードがそんな風に願って隣を歩く相棒をそっと盗み見ると、ウィリアムはすぐに視線に気づいてバッチリ目が合った。それがなんだか嬉しくなって、エドワードは機嫌のいい笑顔を咲かせる。これからもこうして、二人で並んで歩いていけるように。エドワードはいつもそう願っている。