77nairo
2025-01-18 23:00:00
1426文字
Public
 


 大量の坊主たちを詰め込んだ大型バスは、もうかれこれ二時間近くパーキングエリアで足止めを食らっていた。エンジンが唸り、暖房はしっかり効いているはずなのに、窓から忍び入ってくる冷気のせいで右肩あたりが寒い。カーテンを閉めてベンチコートを羽織っても、全身がじわじわと冷えていくのがわかった。
 車内テレビで流れていたドラえもん映画はとっくに終わっていて、代わりに運転席で流れているラジオの音声がかすかに聞こえる。予想外の大雪で大型トラックが立ち往生した高速道路は、まだ通行止め解除の目処が立たないらしい。
 松本は少しだけカーテンを開けて、雪の張り付いた窓に向かってはあっとため息を吐いた。道路上で止まらなかっただけマシとはいえ、遠征帰りの疲れた身体をバスの座席に押し込めているのは結構辛い。たぶん他の部員たちもそれは同じで、みんなやたらとトイレに行ったり自動販売機に向かったりして、少しでも身体を動かそうとしているようだった。
 ずっと交通情報を流していたラジオから軽快なメロディーが流れてきて、松本は視線を運転席の方へ移した。スキー用品を扱う店のCMソングとして世に出たこの曲は、もはや冬の定番になっている。
「これ、都会の人が書いた歌詞だよな」
 隣でじっと目を閉じていたはずの一之倉が、ポツリと呟いた。松本が振り向くと、一之倉が器用に右眉を上げている。
「時間も電車も止まってほしいって、少なくとも秋田の人間は書かないだろ」
「確かに」
 松本は頷いたけれど、もともと雪の降らない地方出身だから、この歌詞の作者が言わんとすることはわからなくもない。地元では雪なんて一年に一回降るか否かの一大イベントで、ちょっとロマンチックであるとすら思っていたのだ。
 だがしかし、秋田で二回目の冬を迎えた今、雪は日常風景になった。雪だけで電車が止まることは少ないけれど、雪の重みで倒れた木が線路を塞いだり暴風が伴ったりすれば、丸一日電車が止まる。今日のように道路が塞がれて車が立ち往生することもある。
 寮に戻ったら雪かきもしなければならないことを思って、松本はもう一度ため息を吐いた。
「松本、席替わって」
「え?」
 一之倉は松本の返事も待たずに立ち上がって、一旦通路へ出た。それから、わけもわからず首をかしげている松本の手をぐいと引いて立ち上がらせる。するりと窓側の席に滑り込んだ一之倉は、窓枠にタオルを置いて目張りをし、カーテンをきっちり閉めた。
「ほら、座って」
 松本は言われるがままに通路側の席に座り、そして気付いた。
「いや、それだと一之倉が寒いだろ」
「松本の右肩が冷えるよりはいい」
「は?」
 一之倉のセリフの意味を考えて、松本は黙り込んだ。松本は右利きだ。シュートを打つときも主に使うのは右手で、肩だってもちろん大事にしている。
「いや、まあ、一之倉は両利きだろうけど」
 一方の一之倉はもともと左利きで、箸や鉛筆は矯正して右で使えるようになったけれどバスケは左のほうがやりやすいと聞いたことがある。
 だからこれは、あくまでもチームメイトとして合理的に判断した結果の席替えだろう。そうに決まっているのに、松本の頬はじわじわと熱くなっていく。
 きっと自分の顔はもう真っ赤になっている。急激に血行が良くなってじんじんする松本の右耳に、一之倉が囁いた。
「ちなみにこれは別にチームのためってわけじゃないよ。松本が俺の大事な人だから」