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千代里
2025-01-14 07:59:57
6461文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その29
「褒め殺しだったな」
「うっ」
「強くて優しくてかっこいい紳士的なお兄さん、か。俺が出会った頃は、お前らにもぎこちなさってのがあったのに、随分とまあ」
「う
……
からかうのはやめてください、ルーシャンさん」
「いいじゃないか。それに、ヤルマルのあれは、わかっててやってるぞ」
揶揄ってるとわかる年配冒険者の声に、ノエは必死の抵抗をしてみせたが、年の功には勝てそうになかった。
オデットが無意識に口にした賞賛の言葉。それ自体は嬉しかったものの、平然とした顔で横で聞いていることもできるわけもなく。
居た堪れなくなって、中途半端になった作業を抱えて部屋から出ていったノエ。その後を、すかさずルーシャンが追いかけてきたのだった。
扉を閉めて、ようやくオデットたちの声が聞こえなくなったと思いきや、今度はルーシャンにニヤニヤ笑いと共にばしばしと背中を叩かれる。結果、ノエは薪を抱えたままその場で蹲ってしまった。
「なんだ、照れてるのか?」
「そうなのかもしれません
……
。いえ、嫌だったわけではないのですが、どんな顔をして聞けばわからなくて」
「お前はああいうの聞いても驕り高ぶるって性格じゃないんだから、ありがたくもらっとけばいいんだよ」
今度は揶揄いとは異なる真摯な言葉であったが、それでもノエはなかなか顔を上げられなかった。
自分はオデットが並べてくれた賞賛の言葉を受け取れるほど、絵に描いたような善人ではない。人並みに欲もあれば、臆病風に吹かれる時だってある。彼女が思うような活躍は、結局ノエが意地を貫いて得た成果に過ぎない。
だが、それはそれとして思うのだ。
彼女が無邪気に、そして真摯に語ってくれたノエへの賞賛が、
(誇らしい
……
っていうのかな。嬉しい、というのも少し違う気がする)
胸の中で風船のようにぐうと膨らむ、この感情を何と表せばいいのか。
手で顔を包むように覆い隠して、数度深呼吸を挟む。むずむずする気持ちも、そうすると次第に落ち着いてきてくれた。
「実際、お前と出会った頃は、随分と生き急いでいるやつがいたもんだと俺も思ったがな」
「生き急いでいるように?」
「シェーダー族の坊主を助けた時、あわや誤解された親に殺されそうになってただろ。あの時、お前、抵抗らしい抵抗をしてなかったじゃないか」
「それは
……
」
あの時は、それが正しいと思ったが故の行動だった。きっと今でも同じ選択をするだろう
――
と言いかけ、ふと口をつぐむ。
その様子を見て、ルーシャンもノエが何を考えたのか察したのだろう。
「今のお前なら、相手を傷つけるようなことはしなくとも、なす術なく殴られるなんて選択はしなかったろうさ」
「
……
そうでしょうね。あの頃の僕は、何となく正しいように見えることをしていた。
……
そういう選択しかできていなかったんです」
とはいえ、今の選択が絶対的に正しいとは言わない。ただ、自分が傷つけられても構わないという選択はしていないだろう。
ノエが傷ついて帰れば、誰よりも悲しい顔をする人がいると骨身に沁みて分かった今となっては。
「お前はお前なりに、単なる小さな女の子じゃなくて、オデットっていう人間に真剣に向き合った。だからこそ、彼女はああいう形でお前を褒めるんだろうさ」
「ルーシャンさん
……
」
ようやく手を顔からどかして、眼前の男を見上げる。
彼もまた、ノエと同じく、夕飯のために下拵えをしていた野菜の山を傍らに置いていた。そんな有様なので様になるとは言い切れなかったが、彼は口角を吊り上げ、どこかおかしげな微笑を見せて、
「それとも、オデットと付き合って今の形になったお前は、前のお前より不出来だって思うか?」
「
……
いえ。前の僕は、ルーシャンさんの言うように、頑なで融通の利かない部分があったとは事実ですから」
シェーダー族の親子の一件を除いても、かつての自分の生き方がどれだけ危うく見えていたか、今だからこそ見えてくるものがある。
父に見捨てられたときからずっと、形のない正しさを求めていた。
献身的に見える自己犠牲は、自分自身を納得させるための材料でもあった。そういうものが正しいと言い続けていれば、少なくとも救われなかった過去の自分が頷いてくれるから。
そんな生き方が、自己満足の延長に過ぎないと分かってからも、ノエの行動に大きな変化は見られていない。
ただ、一歩前に進み出る時、今ならかつてより柔軟に自分も、周りの顔も見ることができているように思うのだ。
「少なくとも、僕は僕が選んだ道を歩いている。そう思えるだけ、僕は成長したのだと思います」
「誰かの命令やら使命やらに盲目的に従っている方が楽だって見方も、あるにはあるけどな。今のお前が自分の考え方に沿ってるって信じられるなら、それでいいんじゃないか」
「はい、ありがとうございます。そういえば、ルーシャンさんも出会った時から少し変わったように思います」
「俺がか?」
「はい。もしかしたら、単純に以前より親しくなったからそう思うだけなのかもしれませんが。そういえば、ルーシャンさんは、先ほどの話では自分がどちら側にいると思いますか?」
話のついでに、ノエは彼へと話題を振り返す。
ついでに、廊下の壁に背を預けて座り直し、途中になっていた薪をまとめる作業を再開した。
「どちらっていうと、自分のやりたいことは自分で選んでるのか、他人の命令にに任せてるのかってことか?」
「はい。僕の目から見れば、ルーシャンさんは間違いなく前者だろうと思いますが」
聞くまでもないことだっただろうかと、ノエが思いかけたとき、
「どっちも
……
ってところだな」
予想外の返答があった。
「誰かが遺した道を追いかけているところもあるし、自分で決めてやるって思って動いてるところもある。俺自身、今となってはよく分かっちゃいないんだ」
ノエが驚いたように数度瞬きをしていたので、ルーシャンは「意外か?」と片眉を持ち上げる。
「意外
……
と僕が言っていいかはわかりませんが、僕の目からは、ルーシャンさんはは常に自分の行動について、自分の意思で選び取っているように見えていました」
「はっはっは、そりゃ俺を買い被りすぎってものだ! 褒めてくれるんなら、その言葉はありがたくもらっておくけどよ」
からからと笑いながら、ルーシャンは干し野菜を食べやすい形に削り落とす作業を再開する。褒められたのが照れ臭かったのか、いつも通りを装っているものの、少し大きめに干し芋が削られ、カゴの中へと落ちていった。
「まあ、なんだ。色々お前にもあるんだろうが、とりあえずお嬢ちゃんはあちらの兄さんとはある程度話ができたみたいでよかったな」
「はい。ミラベルさんにも立場や理由があるのでしょうが、オデットの話題に付き合ってくれて助かりました」
オデットにとってはもどかしいことだろうが、ミラベルにはミラベルの考えがあるのだろうとは、ノエにも分かっていた。
彼がオデットの将来を憂う気持ちは、ノエにも覚えがある。かつて、かつてノエがオデットを保護した直後の思考によく似ていたからだ。
だからこそ、ノエは一概に彼の考えを否定できずにいた。
「お前にとっちゃ、あちらの兄さんはライバルにあたるんだろうが、若人としてはどう考えてるんだ?」
「ライバルって
……
別に僕はミラベルさんを敵対視しているわけではありませんよ」
「だけど、オデットがミラベルと話してるときの若人は、なんだかもの言いたげな顔してたぞ」
ルーシャンに言われて、ノエは思わず顔に手を伸ばす。
表情に出すまいと押し殺したつもりだったが
――
と思った矢先、ルーシャンの「やっぱりか」という声が飛んでくる。どうやら、自分は彼の言葉に誘導されてしまったようだ。
ノエは軽くかぶりを振る。
「思うところがまるでない、といえば嘘になります。ただ、それも含めて、僕は自分の気持ちを既にオデットに伝えていますから」
オデットは、ノエの考えを承知の上でミラベルと言葉を交わすことを選んだ。
ノエも、自分の中にあるちくちくと主張する苦い思いの理由を知っていて、今はそれを上手く乗りこなす方法を模索している段階である。
「自分でも、幼稚な反応なのだろうとわかってはいます」
「いやいや、そこまで卑下しなくてもいいだろ。今まで、オデットとお前と二人で上手くやってたところに、いきなり知らないやつが入ってきたんだ。お前が受け入れにくいって感じるのは当たり前だ」
「そう言ってもらえると、僕も少し気持ちが楽になります」
ミラベルは、オデットがノエとは共有できない過去の思い出を共有できる立場にいる。そればかりは、ノエがどれだけ欲しても手に入れることのできない領域の話だ。
だが、オデットはこれからもノエと共にいたいと願ってくれている。ミラベルと出会ったことで、今まで以上にノエと共にいる自分を強く意識するようになったのだろう。
「あちらさんも、その辺の事情は汲んでくれるんじゃないか。あの兄さん、お前より年上だろ。年長者ってもんは、若者の焦りやら何やらがよく分かるものだ」
「そういうものでしょうか」
「なまじっか、歳が近いと尚更な。どうせなら、お前もあっちに混ざってきて三人で兄妹ってできたらいいんだけどよ」
「流石にそれは、向こうも困ってしまうでしょう」
「ははっ、だろうな。いきなりこんなでかい弟ができたらなあ」
冗談だとわかっていたので、ノエもルーシャンにつられて笑いをこぼす。
ノエには腹違いの妹こそいれど、自分より年上の兄姉はいない。実際、この夢みたいな想像が現実になったとしたら、と想像したいところだったが、今ひとつ具体的な想像はできなかった。
ひとしきり笑った後、ふとノエはあることを思い出す。
「そういえば
……
ミラベルさんはニヴェールの家が預かってる遺産の調査を担当していると話していました。ディアヌさんの話していたように、まだ彼が調査を続けているのですね」
自分とオデットのことから話題を逸らしたい意図もあったが、この件も気にかかっていたことの一つだ。とりわけ、目の前にいる先輩冒険者にとって大きく関わり合いのあることである。
なぜなら。
「
……
あの遺産というのは、前にルーシャンさんが話していた件の
……
ですよね」
言葉を濁していたものの、ルーシャンにもノエの話したいことは伝わったようだ。
それは、グリダニアにて起きたニヴェール家にまつわるひと騒動の際に知ったことだ。
ルーシャンがかつて養子として引き取られた貴族の家は、一夜の火事によって一族全員が亡くなっている。その家の遺産は、ニヴェール家に回収され、魔術的な仕掛けが残っているものについては実態を解明するために調査を進めている、という話だ。
ルーシャンも、大っぴら明言こそしていなかったが、ノエの指摘を受けたときは隠そうとはしなかった。
「今更ではありますが
……
断りなくミラベルさんの同道の話を進めてしまって、すみませんでした」
「ん、どうしてお前が謝るんだ?」
「ルーシャンさんにとっては、あまり嬉しい話ではなかったのではありませんか」
気遣わしげな物言いのノエ。それに対して、ルーシャンは目を軽く伏せ、
「そりゃ、手放しで喜ぶってわけにはいかないのが人間ってものだがな。ミラベル本人が、親父たちの財産を引き継いだわけでもないんだ。第一、あの家には財産を継げるような正当な後継はいなかった。前にも言っただろ」
ルーシャンは、あくまで貧民街にて拾われた養子にすぎない。血筋を重んじる貴族にとって、彼の立場では後継者を名乗るには不足だった。
そして、家の後継者になるはずだった直系の血縁者は、原因不明の火事により当主と共に命を落としている。
「とはいえ、オデットに縁があるあいつが
……
恐らくは、親父の遠縁の親戚だって話には、ちょっとばかし驚いたけれどな」
ふ、と眼差しに険が混じったのは、身内と言えなくもない人物が、よりにもよって裏切りのような行為を働いていると知ったからだろうか。
それも含めて、ルーシャンはミラベルが遺産の調査について話した際、静観を決め込んでいたのだ。
「安心しろ。今すぐあいつに食ってかかってどうこうするつもりはないさ。そんなことしたら、お前への心象も悪くなるだろ」
「気遣いいただき、ありがとうございます。でも、もしルーシャンさんがやりたいことがあって、僕がその妨げになるというときは、ちゃんと自分のやりたいことを優先してください」
いつまでも、彼のような『大人』の厚意に頼り切りではいけないとノエは己に言い聞かせる。
オデットが、ノエの思っていた以上に自分の意思を貫くために歩き出していたのと同じように、ノエもヤルマルやルーシャンの気遣いにいつまでも寄りかかっているわけにはいかない。
特に、目の前の男は自分の感情をそれとなく隠すのが上手く、ついつい頼ってしまいたくなる人であるのだから。
「言われなくても、そういうときはちゃーんと俺は俺の気持ちを優先する。これでも、四十年近く人間ってやつをやってるんでね」
常のようにからりとした笑みでまぜ返すと、ルーシャンはよいしょとカゴを抱える。ちょうど、ノエも薪の整理を終えたところだ。
折しも、扉が開く音が聞こえて、男性メンバーに割り振っていた部屋からオランローが顔を覗かせた。
「オランロー、もう寝具の準備を終わったのか?」
「ひとまずはな。ついでに、荷物の整理も済ませておいた。それで、具材の準備はできたのか」
「おう。さて、後はオランロー先生が料理してくれるのを待つとするか」
「別に、あんたたちがやってもいいんだぞ」
ふっと口角を緩めて、オランローはルーシャンから食事の材料を受け取る。
ここ数日の旅では、宿の者が食事を用意してくれるとき以外は、オランローがほとんど調理を担当していた。その理由はたった一つ。
「オランローが作ってくれる料理の方が、僕たちが作ったものより美味しいからね。できるなら、今度コツを教えてもらえるかな」
「だったら、一緒にやるか。この旅宿は、これまで使っていた施設より広い。一緒に調理をしていても問題ないだろう」
着々と予定を埋めていくオランロー。そろそろオデットの誉め殺しも終わった頃合いだろうと、ノエが広間に続く扉を開く。
中に戻ると、オデットが広間の机に突っ伏し、ゲルダがその背中を摩っていた。どうやら、ノエに聞かれたことに気がついて、羞恥のあまり撃沈してしまったようだ。
苦笑いをこぼしながら、彼女の頭手を伸ばして撫でてやる。オデットの頭は小さく動いたが、顔は上げてくれなかった。不貞寝を決め込んでいるのは、撫でたのがノエだと気がついているからか。
次いで、再び扉を開く音が響く。そちらは、玄関口に続く廊下からのものだ。
今まで外に出ていたサルヒとイレーナがコートから雪を払い落としつつ、中へと素早く体を滑り込ませた。
「結構時間がかかっていたな。何かあったのか」
真っ先にオランローが二人へと問う。サルヒは何か言いたげに目を伏せ、彼女の代わりにイレーナが一歩前に進み出た。
「この宿から少し離れた洞穴に、野営の跡があった。しかも、一人二人というわけではさそうだ。すでに立ち去った後のようだが、いなくなったのはここ二、三日のことだろう」
「つまり、旅人が近くにいたってことかい? こんなに近くに宿泊用な建物があるのに、わざわざ外に泊まるなんて奇特なことをする人もいたものだね」
「ヤルマル殿。問題はそこなのだ」
イレーナは眦に力を込めた厳しい面持ちで、そうでなければよいのにと願うように呟く。
「もしかしたら
――
あれは異端者の野営の跡かもしれない」
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