三崎
2025-01-13 20:40:24
15466文字
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Happy Melty Holy Night

クリスマス…の一週間前くらいにデートするチャ6♂です。2025/1/12 super comic city関西30での無配でした。お手に取っていただいた皆さんありがとうございました!

 ――クリスマス。その謂れも、かつての形も失われて久しいが、ここRaDにおいては、騒ぐ口実の一つとしてドーザーたちから今も愛されているイベントだ。
 グリッド全体を電飾で覆い、巨大なオーナメントをあしらって、グリッドそのものが巨大なクリスマスツリーかのようだ。内部もクリスマスらしく、ガーランドやリースできらびやかに飾り付けられている。ルビコン中どこを探しても、ここまで派手なクリスマスをしている集団はいないだろう。
 クリスマス当日は、近隣のドーザー集団がこのクリスマスツリーを襲撃し、てんやわんやのパーティが繰り広げられることになるのだが……それはまた別の話。
 クリスマスを一週間後に控えたある昼下がり、621はチャティに会いにグリッド086を訪れていた。クリスマス当日はどうしても忙しくなるから、事前にクリスマスデートをしよう、と誘われたのである。
「よう、ビジターさん。メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス……こんにちは」
 到着したRaDのガレージでいつものドーザーと挨拶をして、621はきょろきょろと辺りを見回した。いつも出迎えてくれるはずのチャティの姿が見当たらない。
「悪ィな、ビジターさん。チャティは急なトラブルで呼び出されちまってよ。……ま、あと五分もすりゃ来るさ」
「そう、か……
 621は勧められたパイプ椅子に腰を下ろしつつ、心配そうな表情になった。ここのところ、クリスマスの準備でチャティはずっと忙しそうだ。AIだから疲れることはない、とチャティは言うが、働き詰めでは息が詰まるはずだ。……AIは息をしない、と返されてしまうかも知れないが。
 落ち着かない様子で荷物をぎゅっと抱きしめている621に、ドーザーの男が声を掛けた。
「待ってる間、ビジターさんに〝良いこと〟を教えてやるよ」
「いい、こと……?」
 なんだか、前にも似たようなことがあった気がする。その時は〝良いもの〟だと言って珍しい菓子をくれたけれど、食べるたびにキスをしなければならない菓子だと嘘を教えられ、恥ずかしい思いをする羽目になった。少しばかり警戒しつつ、621は半信半疑で男に聞き返した。
「クリスマスには、ある古い噂があってね……
「噂……
「そうだ。こいつは是非ビジターさんに教えなきゃなと思ってよ」
 男はニッと笑って、その古い噂話を621に教えてくれた。
 それは――
「う、嘘だ……もう、騙され、ない」
「俺だって嘘だろと思ったけどよ、マジなんだよ」
 その噂話を聞いた621は顔をほんのり赤くして、しかし全く信じていない様子でぷいとそっぽを向いてしまった。
「俺だってとんでもない話だと思うけどよ、ゲン担ぎってあるだろ? 俺はチャティとビジターさんに幸せになって欲しくてよォ」
……
 男はそう言うが、いくらなんでも、それはあまりにも突拍子のない話だった。621は男がいくら言っても信じず、やいのやいのと話しているうち、チャティがガレージにやって来た。
「お前、また何か変なことを吹き込んでるんじゃないだろうな」
「! ち、違っ……
「まったく……さあ行くぞ、ビジター。待たせて悪かったな」
 男をぎろりと睨みつけ、チャティは621の手を取った。
 チャティはいつもの作業用ジャケットではなく、仕立てのいいロングコートを着て、髪もヘアワックスでまとめてある。
「今日の、チャティ、は……なんだか、格好いい、な」
「デートというのは格好をつけるものらしいからな。お前もいい服を着ている。似合っている……と思うぞ」
「へへ……
 ウォルターに借りたロングコートは少し重いが暖かく、高価なだけあって着心地もいい。
「やれやれ……
 仲睦まじく去っていく二人を見送りながら、男はしょんぼりと肩を落とした。これも普段の行いのせいか。まあ、今日は二人にめいっぱい楽しんでもらえれば、それでいい。壊れかけたパイプ椅子に腰掛けて、男は悲しげに安煙草に火を付けた。


 ガレージを出た二人は、まずはカーラに挨拶をしに作業場へと向かった。
「やあ、ビジター。いらっしゃい。少し早くて悪いけど、RaD流のクリスマスを楽しんでいってくれ」
「ああ。すごく……きれい、だ。ぴかぴか光ってて……
「はは……まあね。電気代は笑えないけど……
 621の素朴な感想に苦笑しつつ、カーラはウォルターからの手土産と、クリスマスの夜にチャティに渡してもらうプレゼントを受け取った。もちろん、チャティ本人には気付かれないように、こっそりと。
 カーラへの挨拶はそこそこに、二人は早速、グリッドの見物へと繰り出した。屋内に飾り付けられたオーナメントは、可愛らしいものもあれば、少しばかり物騒なものもある。銃を構えたサンタクロースの人形や、小型化したRaD製の武器パーツがあしらわれたクリスマスリース、サンタクロースの帽子を被せられた、スマートクリーナーのプラモデル……手先が器用なドーザーたちがふざけて作ったものにしては精巧で良く出来ている。
 グリッドを歩き回っていると、そこかしこでドーザーたちが呼び止めてきて、作った飾りの説明をしてくれる。これはこの素材にこだわって作ってあるだとか、同じものがこの区画に三つ隠してあるから、気が向いたら探してみろだとか。彼らは二人のデートを邪魔しないよう、二言三言話をして去っていった。
 二人は辺りを注意深く見渡しながら、のんびりグリッドを歩いて行く。細部まで拘った飾り付けの数々は見応えがあって、時間があっという間に過ぎていく。
 ドーザーの男に言われた、隠されたスマートクリーナーのプラモデルの残り二体のうち、もう一体は通路に飾られたクリスマスツリーの根本にひっそりと置かれていた。もう一体がどうにも見つからないまま、二人は同じ区画をぐるりと回り、一息つこうとチャティの部屋へと向かうことにした。
「みんな、楽しそう、だな」
「そうだな。あいつら、クリスマスになるといつもこうだ。普段からこれくらい真面目で丁寧に仕事をして欲しいものだが……
「はは……
 そうは言いつつ、チャティもこの雰囲気は嫌いではないらしい。
「お前の感想を聞けて、あいつらも嬉しそうだった。ありがとう」
 フィーカとクッキーをつまみながら、チャティが言う。普段は彼らの破天荒さに呆れている場面も多いが、チャティはチャティなりにドーザーたちのことを大事に思っている。そんな彼らの関係が、621は好きだった。
……今日のために、色々と準備をしてある。一息ついたら外に出るぞ」
「ああ、わかった」
 RaDのクリスマスの準備だけでも大変だっただろうに、自分のためにも時間と手間をかけてくれたと思うと、621は嬉しくて胸があたたかくなる。一週間後のクリスマスのために用意したプレゼントと、昨日の夜に仕込んできた秘密のお菓子で、そのお返しになれば良いのだが……
 分厚いコートを羽織って部屋の外に出た二人は、下層区画へと向かって歩き出した。ラミーを倒せる程の侵入者しか見られない、RaDで一番大きなツリーがある場所だ。


 日は傾き始め、辺りは暗くなりつつある。しかし、下層区画は昼間と変わらない明るさだ。そこら中に飾り付けられたイルミネーションが、眩いばかりに辺りを照らしている。
「わあ……
 いつか、どこかの惑星のクリスマスマーケットさながらの飾り付けに、621が感嘆の声を上げる。大きなツリーを囲むようにぽつぽつと赤い屋根の簡易露店が建てられて、気の早いドーザーが商売をしている。作業中のドーザーの息抜きに利用されたり、ちょっといけない物の取引がされたり、クリスマス前から露店は大いに活用されているようだ。
「近くで、見てみたい……!」
「もちろん、そのつもりだ」
 チャティは621を連れてツリーの側までエスコートした。
 区画のど真ん中にそびえ立つツリーは、ACの倍ほどの高さがある。生身でも見やすいように露店の数メートル上空に三階建ての簡易通路が組まれており、何人かのドーザーが見物にやって来ていた。
 見物用の通路に続く簡易階段は見た目よりもがっしりした作りで、景観を損ねないよう、きらびやかな電飾とモールで手すりが飾られている。そこをゆっくりと上り、二人は通路の手すりから身を乗り出してツリーを眺めた。
 何もかもが大きく作られたツリーは、飾りに使われているオーナメントの大きさも、通常のものとはスケールが違う。人の背丈ほどあるサンタクロース、キャンディケーン、クリスマスブーツ……天辺に飾られたスターは、遠目でもわかるほど輝いている。
 その色とりどりのオーナメントの中に、見慣れた姿が一つ。
「あ、あれ……サーカス?」
 それに気付いた様子の621を見て、チャティが誰にも気付かれないように口角を上げる。巨大なツリーのオーナメントとなれば相応の大きさが必要で、それ〝ら〟を作るためには、緻密な設計が必要になる。それを手掛けたのはもちろん、RaDの参謀たる高性能提案型AIその人であった。
「さあ、ビジター。あっちの方からも見てみるとしよう」
 トナカイの角が生えたサーカスに釘付けになっている621を促して、チャティは東側の通路へと案内した。四方八方、丁寧に見れば見るほど楽しめる、そんなツリーを用意したのだ。サーカスは確かに可愛らしい仕上がりだが、他にも見てもらいたいものがあった。
「あっ!」
 ツリーの東側に回り込むと、621は早速なにかを見つけた様子だ。指さした先には、赤い靴下を履かされたマッドスタンプ。どうやら、それぞれクリスマスらしい格好をしたRaDのACが飾られているらしい。
「ふふ、かわいい、ね」
 武装はマッドスタンプそのまま、チェーンソーを掲げたポーズをしているから、プレゼントを強奪しようとしているようにも見えなくはない。それはさておき、クリスマスらしい装いのACは随分と621のお気に召したようだ。
「全部で四体ある。探してみてくれ」
「! ああ、絶対、見つける……!」
 きっと自分が見知った機体たちだろう。621はツリーを視界の隅々までじっくりと眺めながら、残る二体の姿を探し始めた。その無邪気な後ろ姿を見つめるチャティの後ろに、ひたりと迫る人影が一つ。
「チャティ……〝四体〟とは、どういうことでしょう?」
……おっと、俺としたことが、数え間違えてしまったようだな」
 どこかしらでちょっかいをかけてくる予感はあった。チャティは振り返り、じとりと彼――オーネスト・ブルートゥを睨みつける。ブルートゥはそんな視線もどこ吹く風で、笑顔を絶やさないまま、口を開いた。
「それは珍しい。一体どれを忘れてしまっていたのでしょうね?」
「さあな。自分の胸に手を当てて聞いてみろ。それと――
 今日ばかりは、絶対に俺たちの邪魔をするな。チャティはそう言うと、621の背を追いかけて行ってしまった。その背中を見つめながら、ブルートゥはクスリと笑う。
「ええ、ええ。こんな素敵な日に、邪魔なんてしませんとも」
 下層から中層に上がる簡易階段の途中、621はサンタ帽子を被ったフルコースを見つけたようで、チャティを手招きしている。そう、デートの最中にちょっかいを出すほどの無粋な真似をするつもりはなかった。なにしろ、すでに仕込みは完了しているのだから……。ブルートゥの不穏な笑みに、二人はついぞ気付くことはなかった。


 中層を半分ほど見て回ると、緑のツリーによく映える赤い機体の姿が見えてきた。
「! あれ、わたしの……
「ああ。世話になっているビジターだから、みんなも是非作って飾りたいと言ってくれてな。お前の機体はほとんどうちの製品で構成されているから、作るのにも苦労はない」
 もちろんそれは建前で、半分は仲の良い相手の機体も作りたいという願望が十二分に含まれているのだが、それはあえて言う事でもないだろう。
 さりげなく飾っておきたいというチャティの思惑とは裏腹に、組み立てを担当したドーザーは、ちゃっかりサーカスとおそろいのトナカイ耳を621の機体につけてやっていたのだが。
「きみと、おそろい……嬉しいな」
 そう言って微笑む621を見ると、チャティも気恥ずかしさより嬉しさが勝った。
 不器用な照れ笑いをするチャティに、621が尋ねる。
「これで全部、かな」
「ああ……いや、もう一体いたような、いないような……
……?」
「まあいい。せっかくここまで上がってきたんだ。頂上からも見てみよう。眺めも良いはずだ」
「ああ、そうしよう」
 言葉を濁したチャティだったが、621は特に気にすることもなく、上層へ続く階段を上っていく。少し見上げれば、ツリーの一番上に飾られた大きなスターが目に入る高さだ。眼下にはきらきら輝くイルミネーションに彩られた区画が広がって、チャティが言う通り、確かに絶景と言える。
……なんだか、いつもの、グリッドじゃない、みたいだ」
「ふ、そうかもな」
 大きなツリーの天辺に近い場所では、ドーザーたちの楽しげな声も微かにしか聞こえない。穏やかに吹く冷たい風が頬を撫で、日暮れの紫の空が遠くに見える。眼下に広がる電灯が穏やかに辺りを照らし、場所と時代が違っていれば、観光名所になりそうな景色だ。
……ん?」
「!」
 ドンッ、と遠くの空から低い爆発音が聞こえ、二人は音がした方向を見た。警報は鳴っておらず、誰かの奇襲でもなく、ただ、光の筋が空へと上っていき、そして。
「あ……!」
……これは」
 薄暗くなった空に、大きな花が咲いた。いつか、古い映像記録で見たものと同じ……とまではいかないが、それに近い、大きな花火。黄色と赤が混ざった花火は、見事に咲いて、ふっと消えた。
「あいつら……
 誰だかはわからないが、おそらく二人がツリーの頂上に到着したのを見計らって打ち上げたに違いない。どこで知ったのやら、花火を好んでいるのを見て、粋な演出をしてやろうと考えた訳だ。
 どこぞの恋人たちなら、ここで熱いキスの一つでもするところだろう。しかし、チャティは人目がある中でキスをしようとは思わない質だったし、何より、621は生で見る打ち上げ花火の迫力と輝きに見入っていて、ロマンチックさどうこうという考えには至っていない。そんな素直さが621の良いところでもあり、ドーザーたちからするとほんの少し焦れったくもあるのだが。
……すごい、きれい、だな」
「ああ。そうだな……
 打ち上げ花火は一発では終わらなかった。次から次へと爆発音が響き、大きさも色も様々な花火がグリッド086の空を彩っていく。不発に終わったものもあったが、それには気付かないふりをして、チャティも素直にRaD謹製打ち上げ花火を楽しむことにした。さり気なく621の手を握り、この演出を企てた奴を探し出し、何かしらの礼をしなければともチャティは思う。まさか、こんなにも洒落たサプライズを受けるとは思わなかったのだ。
……すごかった」
「なかなかの見応えだったな。俺に気付かれないようにあれだけのものを用意するとは……
 打ち上げ花火は、十数発程度で終わった。製造設備がある訳でもないから、これが作れる限界だったのだろう。それでも、下にいたドーザーたちからも歓声が上がっていたし、十分過ぎるほどの出来栄えだ。次は……自分でも作って、621に披露したいと思うほどに。
「風が冷たくなってきた。そろそろ降りよう」
「ああ」
 日が落ちて、イルミネーションが一層明るく見える。眩く光るツリーを横目に、二人は地上へ続く階段を降りていった。
……あ! チャティ、あれ!」
「む……
 下層に近づく頃、上り始めた時とは違う位置から下りてきたからか、621はキャンディケーンを持ったミルクトゥースを見つけた。不本意ながら、こちらもチャティが設計したものだ。とはいえ、あえて作ったことを教えてやるほどの義理はないのだが。
「もっと、仲良く、すればいい、のに……
 複雑そうな顔のチャティに621が言う。チャティはじとりと621を見つめた。
「お前は、ちょっと暢気過ぎるぞ……
 ブルートゥは、今でこそRaDの一員という扱いで、協働することもあるものの、今までの所業を考えれば、チャティにとってはどうにも油断ならない相手だ。621にとっても、一度敵対し、散々からかわれ、危険な目にも遭わされているはずなのだが……色々と抜けたところのある621には、それほど気にしてはいないらしい。
「気をつければ、平気……だ、たぶん」
……だといいがな」
 前科がありすぎるせいで、チャティは今ひとつ納得していない様子だ。二人の確執はなかなか埋まらないらしい。
 二人はニヤニヤ笑うドーザーたちに見送られながら区画を後にした。日も落ちて、そろそろ腹が減ってくる頃だ。クリスマスの夜というのは、豪華なディナーが必要だという。いつもはチャティの部屋で簡単な食事をとる二人だったが、今日は違った。チャティは滅多に人が入らない小部屋を確保して、高級レストランさながらの飾り付けと、食事の用意をしていたのだった。


……チャティ、クリスマスって……こんなに、すごい、のか」
 通された小部屋の扉を開けるなり、621は足を止めて、部屋中を見渡した。天井にはシャンデリア、キャンドルが何本も立てられて、灯された火がゆらゆらと優しく部屋を照らしている。
 ちかちか光る電飾がかけられた小型のツリーに、壁にもモールやリースといったクリスマスらしい装飾が施されて、雰囲気はばっちりだ。テーブルの上には、コーンスープ、マッシュポテトが添えられたミートボール、少しばかり固くなったパンが、ほかほかと湯気を立てている。そのどれもが合成されたものではなく、星外から取り寄せた〝本物〟の食事だ。
「記録によれば、本当はもっと豪勢な食事が用意されるらしい。努力はしてみたが、まだまだだろう」
「でも、すごく……きれい、だし、美味しそう」
 用意するのには、金も手間もかかったに違いない。ありがとう、と礼を言う621の頭を撫で、チャティは席につくよう促した。せっかく、ちょうど良いタイミングで供されるよう遠隔操作したのだから、熱いうちに食べるのが良い。
「いただき、ます……
「いただきます」
 ウォルターに教わっているからか、テーブルマナーは621の方が詳しい。チャティは時折621の手つきを参考にしながら、用意した料理を口に運んだ。
 なめらかに濾されたコーンスープは、とうもろこしの甘さを味わうのにはぴったりだし、とろりと濃いソースで煮込まれたミートボールは肉の旨味とトマト風味の味付けがたまらなかったし、シンプルかつほのかにバターが香るマッシュポテトとの相性も素晴らしかった。パンはやや焼き過ぎていたが、スープに浸して食べると、スープに小麦の香りと香ばしさが加わって、より美味しさが増す。
 普段食べられない食事、それも感想を言い合いながら食べるのは楽しくて、量としては多くないディナーはあっという間になくなった。
「美味し、かった……
「喜んでもらえて何よりだ。だが……
「?」
 チャティは意味ありげに部屋の扉を見つめ、621もそれに続いた。かちゃりと扉が開き、現れたのは二人の膝下ほどの大きさの小さなACサーカス。きゅるきゅると履帯を走らせてやって来たサーカスの手には、透明なカバーがかけられた皿が二つ。
「こういう日には、デザートがつきものらしいからな」
「す、すごい……! 贅沢、だ」
 サーカスの手から受け取った皿には、621が今まで見たことのない、白い粉がかけられた黒い塊が乗っている。
「これは……?」
……ガトーショコラ、と言うらしい。チョコレートで作られたケーキ――つまりはお菓子だな」
「チョコレート……! こんなに、大きい、のか……?」
 拳ほどの大きさのチョコレートがあるなんて、621は知らなかった。しかも、切り分けられたような形をしている……ということは、元の大きさはもっと大きいはずだ。そう考えると、頭がくらくらしてくる。
「言っておくが、チョコレートだけが原料じゃないからな。俺もケーキは食べたことがないが、どうやらふわふわしているらしい」
「ふわふわ……そう、か」
 巨大なチョコレートの塊を想像してしまったが、どうやらそうではないらしい。ついでに、自分が用意した秘密のお菓子とは異なるものと知って、621はホッとした。こちらが用意したものは少し小さいけれど、きっと気に入ってもらえるはずだ。621は壁に掛けておいたコートから、小さな箱を取り出した。
「ビジター、これは……?」
 赤いリボンがかけられた小さな箱。621はそれをチャティの目の前に置いた。
「たくさん、おもてなし、ありがとう。わたしも……何か、渡し、たくて……作って、きた」
 開けてみて、と言う621に促され、チャティはしゅるりとリボンを外し、小さな箱を開けた。そこには。
「チョコレート……の、お菓子……昨日、作った、んだ」
 四つに仕切られた箱の中には、ころころ丸い黒い塊が綺麗に収まっている。ココアパウダーがまぶされたそれは、いわゆるトリュフチョコレートと呼ばれるものだった。少しばかり歪な形をしているのは御愛嬌といったところだが、星外から取り寄せた本物のチョコレートを使って作ってある。溶けて手についた分や、失敗した欠片を舐めたり食べたりして確認したから、味は間違いないはずだ。
……お前が、自分で作ったのか。すごいな、ビジター」
「へへ……
 エアにサポートしてもらいつつ、危険が無いようウォルターに見守ってもらいながらの作業だったから、全く一人で作ったとは言い切れないが、それはそれとして、頑張ったことは確かだ。
「お菓子、作るの……楽し、かった、から……また、きみとも、作りたいな」
「ああ、そうしよう。年が明けたら、な」
 年内はどうしても忙しい。年明けにでも作りやすく美味しそうな菓子のレシピを探してみようと約束し、二人は二種類のデザートに向き合った。
「昨日、たくさん、味見、したから……それは、きみが、食べて」
「そうか。では、ありがたくいただくとしよう」
 二人で分けたくもあったが、自分が作ったものを堪能してもらいたいという気持ちもわかる。チャティは621の好意を素直に受け取ることにして、トリュフを一つ手に取った。指で摘んだ端からじわりと溶けていく感触がする。見た目以上に柔らかく、これは、一口で食べた方がいいものだ。
……!」
 意を決して口の中に放り込むと、それは口内の温度でみるみるうちに溶けていった。すっきりした甘さとチョコレートの香り。それが口いっぱいに広がったかと思えば、儚いくらい、あっという間に消えていく。まるで魔法のような味わいだ。
「ビジター、これは……すごいな。こんなに美味いチョコレートを作るとは」
「お、大げさ、だ……でも、美味しい、よな。すっと溶けて、面白い、し」
 面白い、と表現するのが621らしく、チャティはふっと笑う。そんな621の素直さが、チャティは好きだった。
「お前も遠慮せず食べてくれ」
「ああ。これは……どうやって、食べたら、いいかな」
 流石にウォルターとの食卓にケーキは上がったことがない。聞いたところによれば、と前置きをして、チャティは小さなフォークで切り分けて食べるらしいと教えてくれた。
「わかっ、た……
 621はぎこちない手つきでガトーショコラを一口サイズに切り分けた。言われたほどにはふわふわしていない。すっとフォークで切れはするが、どっしりとした質感がある。
 切り分けたそれをおそるおそる口に運ぶ。どんな味がするのかも気になるし、余す所なく味わわなければと、少しばかり緊張もしていた。そして。
……!」
 それを口に入れた途端、621は驚いて目を見開いた。じっくりと焼き上げたものだからか、チョコレートの香りも深く、濃い。舌の上でねっとりと溶けていくような食感は、今まで食べたことがなかった。心地よいほろ苦さと甘さが口いっぱいに広がって、ああ、そうだ、この味わいにはきっと熱いフィーカがぴったりなはず……
 621がそう思っていると、いつの間にかチャティがサーカスの腹部の格納スペースから熱々のフィーカを取り出して、目の前に置いてくれていた。それを一口啜ると、いつものフィーカの香りと苦味が、ガトーショコラのまったりした後味と混ざりあう。
「ああ……美味しい……!」
 621の反応を見て、チャティも満足げに頷いた。いくつかの候補のうち、フィーカとぴったり合うと評判のものを選んだ甲斐があった。621がチョコレート好きらしいことは、日頃の反応を見れば明らかだったし、きっと喜んでもらえるはずだと踏んでいたのだが、その通りになったようだ。
「チャティ、も、食べてみて」
「ああ、そうしよう」
 美味しいものは一緒に食べるとより美味しくなる。いつの間にか長くなった付き合いの中で二人が学んだことだ。
 チャティも621に続いてガトーショコラを口に運ぶ。621と同じものを味わい、楽しむことが出来る喜びは、何にも代えがたい幸せだ。
 二人は、二種類のチョコレートの濃厚な甘さにとろけたような心地になりながら、じっくりとクリスマスディナーの時間を楽しみ、夢見心地で小部屋を後にした。
「こんなに、楽しいことが、たくさん……いいのかな」
 廊下をのんびり歩きながら、ぽつりと621が呟いた。普段の仕事が仕事だからというのもあって、今日の出来事は非日常にも程がある。そんな621を見て、チャティはふっと笑った。
「クリスマスというのはそういうものらしいからな。問題ない」
「そう、なのか……
 チャティがそう言うなら、そういうことにしておこう。楽しいことは全力で楽しんだ方が、きっと良い。
――あ!」
 チャティの部屋が近づいて、621は扉の前の床を指さした。今日一日かかっても見つからなかったもの――スマートクリーナーのプラモデルが、二人を待つかのようにぽつんと置いてある。
 その側には一通の手紙が添えられていた。
 ――ビジターさんへ。俺たちからのクリスマスプレゼントだ。チャティと楽しい夜を過ごしてくれよ。
「あいつらときたら、本当に……
 まるで、全員で自分たちを見守り、応援しているような調子だ。いつもはチャティがドーザーたちに指示を出し、動かしていることが多いから、これには少しばかり気恥ずかしさがある。しかし、621は嬉しそうにプラモデルと手紙を抱えて笑っている。
「みんなに、お返し、しないとな」
……気にするな。あいつらも楽しんでやっていることだ。お前に喜んでもらえただけで、十分お返しになるさ」
「そう、かな……
 チャティの言葉は、半分は本心だった。残り半分は……621からの〝お返し〟を他の誰にも渡したくない、という、粘っこい思い。クリスマスの夜らしからぬ気持ちかも知れないが、恋仲の相手には、そういった薄暗い感情を抱くこともあるものだ。
「さあ、廊下は冷える。中に入ろう」
「ああ」
 チャティの部屋に入ってしまえば、もう、誰からの邪魔もされない、二人だけの時間だ。部屋の様子がこっそりとドーザーたちにモニタリングされているのはさておいて、長い長い二人のクリスマスの夜が始まろうとしていた。


 体を洗い、あとは寝るだけという状態になった二人は、綺麗に整えられたベッドの上に乗り、621は色んなことを期待しながらチャティと見つめ合った。
 ドーザーの男から妙な噂話を聞かされたが、それはそれとして、クリスマスの夜、もちろんベッドの上でもロマンチックなことをしたい。どう誘ったものかともじもじしている621に、チャティが口を開いた。
「ビジター、お前が知っているかはわからないが、クリスマスには、ある噂がある」
「噂……?」
 昼過ぎに同じ話の切り出され方をしたばかりだ。でも、まさか。621は嫌な予感にどきどきしながらチャティの話を待った。
……クリスマスの夜、六時間続けてセックスをしたカップルには幸せが訪れるらしい。それは性の六時間と呼ばれていて……
「⁈」
 621は驚いて言葉を失った。チャティが話した内容は、一言一句違わずに、ドーザーの男が話した噂話と同じだったからだ。
「な、な……っ」
「昔の人間というのは、なかなか性豪が多かったようだ。俺たちもそれに倣うとしよう。人はゲン担ぎも大事にするというからな」
「え、あ、でも……
「安心しろ。流石の俺も六時間もセックスしたら疑似精液タンクが空になってしまう。だから……スローセックスとやらを試そう」
「ま、待って、待ってくれ……!」
 次から次に流れ込んでくる情報に、621の鈍くなった脳みそは爆発しそうだった。六時間もセックスをする? スローセックスとはなんだ? それに、どうやらこの噂話は本当らしい。なのに、私はこの噂話を嘘だと言って信じなかった。あの男に悪いことをしてしまった……
「ビジター、落ち着いてくれ。もちろん、嫌ならしない」
「あ、ああ……だい、じょうぶだ。嫌、じゃない、けど……
 したくない訳ではない。日付的にはフライングになってしまうとは言え、ロマンチックなクリスマスの夜とやらを過ごせるのを楽しみにしていたのだ。珍しいデザートやドーザーたちの好意で上げてもらった花火は本当に嬉しかった。もちろん、ベッドの上での〝そういうこと〟も期待していた。ただ頭が追いついていかないだけで……
「ビジター……安心してくれ、お前に負担がかからないように、綿密なタイムテーブルも用意してある」
「た、タイム、テーブル……?」
 621には、難しいことはわからない。ただ、チャティが自分のために苦心してくれたこと、これからすることが、きっと完璧で素晴らしいことになるということはわかる。明日、あの男に会ったら謝らなければならないということも。
「さあ、ビジター。とっておきの夜にしよう」
……
 621は恭しく差し伸べられたチャティの手を取り、導かれるように口づけた。優しく抱きしめられ、そのあたたかさと力強さに目を閉じる。
「ん……
 不安に思うことは何もない。今日は、とても素敵な一日だった。夜はまだ長く、チャティが言った通りになるならば、あと六時間は起きていなければならないということになる。それでも、素敵だったという評価が変わることはないだろう。
 二人はまるで優雅なワルツを踊るように、ゆったりと、しかし自然と呼吸を合わせながら、とろけるように甘い夜を過ごしたのだった……


 翌朝……と言うには遅い、昼下がりと言って良い時間。眠い目を擦りながら、621はRaDのガレージへとやって来た。
 楽しいクリスマスデートは終わり、今日はウォルターとエアが待つ拠点へと帰らねばならない。その前に、しなければならないことがあった。
「い、いた……!」
「おう、ビジターさん。お帰りかい」
 ガレージでは、いつものモヒカン頭のドーザーの男が、くたびれたパイプ椅子に腰掛けて安煙草をふかしている。621は男に駆け寄って、ぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめん……きみを、信じなくて……
「へ?」
 まさか真面目に謝られるとは思っておらず、男はぽかんとした顔で621を見上げた。煙草の灰がはらりと床に落ち、男は慌てて灰皿に煙草を押し付ける。
「な、なんの話だ……?」
 ドーザーの男からすれば、昨晩、621はチャティとお楽しみだっただろうし、きっと離れがたく切ない顔をしているだろうと思っていたのだ。出会い頭に謝られるとは、全く予想していなかったのである。
 何もわかっていないらしい男に、621はもじもじしながら口を開いた。
「えっ、えっと、あの……せ、性の、六時間の、こと……
「⁈ お、おい! ビジターさん⁉」
 それを聞いた男は、大慌てで制止しようと立ち上がった。こんな言葉を教えたとチャティに知られたら――
「あれ、本当、だった……ごめん……
「ワーッ、ワーッ! 待て、待ってくれ、ンなことアンタに言わせたら俺がチャティに殺され……
「おい……お前、ビジターに何を教えたんだ……?」
 制止しようとしても、もう遅い。621の背後に立っていたチャティが、冷たい目で男を見下ろしていた。
「お、俺は悪くねえ! 俺はちょっと耳寄りな話を教えてやっただけで――!」
 しどろもどろの言い訳をしつつ、何を言っても無駄という予感もあった。以前ついた嘘とは違い、今回は古いアーカイブに書かれていたそれなりに信頼のおける情報ではあったが、内容が内容だから怒られても仕方ない――そう、思っていたのだが。
「まったく……あんまりビジターをからかうなよ」
「お、おう……?」
 思いの外怒られずに済み、男は拍子抜けした様子で返事をした。機嫌が良いのか、はたまた他の理由かはわからない。だが、殺されずに済むならなんでも良かった。この参謀は恋仲であるビジターには甘く、ボスの言うことは素直に聞くが、敵対する相手には容赦がない。それは同じ集団の一員だからこそ、良くわかっている。
「まあ、その……謝る必要はねえよ。ビジターさんがハッピーだったら俺も嬉しいからよォ。……で、どうだった? チャティとのクリスマスは」
「あ……それは……その……すごく、楽し、かった……
 予想通りの短いコメントだったが、ほんのり頬を赤くして照れた様子なのは、つまりはそういうことだろう。色々と察せる反応にドーザーの男も満足して、そうかそうかと笑った。
……
 その横で、チャティが鋭い目つきで睨んでいることには、気付かないふりをして。


 621を見送ったチャティは、とぼとぼと仕事場――今日は中央制御室――へと向かって歩き出した。愛しいビジターと別れた後とはいえ、寂しさに浸っている暇はない。飾り付けは終わったものの、クリスマス本番を一週間後に控え、やらなければならないことは山積みだった。西区の警備が手薄だから防護壁の強化をしなければならないし、クリスマス前だというのに襲撃してくる馬鹿な連中もいる。迎撃には人手が要り、戦闘があれば何かしらが消耗する。楽しいだけのクリスマスは昨日で終わり、今日からは楽しくも忙しいクリスマスが始まる――
……何か用か、ブルートゥ」
「いえ、ただ通りかかっただけですよ?」
……
 チャティが歩く廊下の先、曲がり角からひょっこりとブルートゥが姿を現した。通りがかったというのは明らかに嘘で、チャティがやって来るのを待っていたに違いない。
「俺は忙しい。用がないならとっとと去れ」
「おやおや、ご友人がお帰りになって寂しいと、素直に仰ったらどうですか?」
「なんとでも言え。お前には東の瓦礫掃除を任せたはずだろう。とっとと持ち場に戻れ」
「やれやれ……では、失礼すると致しましょう」
 ブルートゥはそう言って慇懃無礼な礼をすると、指示された通りの方角へと去って行った。こうも簡単に引き下がるとは、ブルートゥらしくない。わざわざ話しかけてくる理由があったはずだ。それが何かはわからないが……
「ふふ……
 背中にチャティの訝しげな視線を受けながら、ブルートゥは口元をニヤリと厭らしく歪めていた。621が去った後の寂しげなチャティの様子を見るに、自分の仕込みはどうやら大成功だったようだ。
 普段、RaDのドーザーはもちろん、チャティもアクセスするデータベース。その中のクリスマス――特に、クリスマスの恋人たちの過ごし方に関する情報が格納された部分に手を加えたのが、誰あろうオーネスト・ブルートゥであった。
 嘘をつくときは、ほんの少しの真実が混ざっている方が信憑性が増すものだ。だから〝性の六時間〟というワードはそのままに、意味合いだけを改ざんした。初々しく、青臭い恋人たちが素直に騙されて、没頭するような……そして、別れが寂しくて仕方なくなるような内容に。
「ふふ……はは、あはははっ……!」
 彼らがどんな六時間を過ごしたのか、こっそり録画しておいた映像記録を確認するのが今から楽しみで仕方ない――
 ブルートゥは笑い声を堪えることもせず、華麗で軽やかなステップを踏みながら、人気のない廊下を歩いて行った。
 ああ、チャティもご友人も、彼らの恋路を見守るドーザーたちも、どうぞ私に感謝するといい。私のおかげで素敵なクリスマスの夜を過ごすことが出来たのですから!
……なんだ、あいつ」
 突然笑い出したかと思えば、廊下の真ん中から突然踊り出したブルートゥに、チャティはやや引いた顔になる。何を企んでいたかは知らないが、知る気も失せてしまった。
……やれやれ」
 ブルートゥのステップを背に、チャティもまた、中央制御室へ向かって歩き出した。
 621との少し早いクリスマスデートは終わったが、一週間後のクリスマス当日には、まだお楽しみが残っている。
 621に、ハンドラー・ウォルターに渡して欲しい、と言って預けた荷物。その中には、クリスマス当日に621に渡してもらうためのプレゼントが入っている。それを受け取った621は、一体どんな顔で、どんな反応をするだろう。それを直に見られなくても、それを想像するだけでチャティの心はワクワクしてくる。
 別れた寂しさは確かにある。しかし、それと同じくらい、次に会う楽しみも大きかった。寂しがってばかりはいられない。
 チャティは靴音高く廊下を行き、彼のボスが待つ中央制御室の扉を開けた。自身もまたクリスマス当日にサプライズプレゼントを渡されることになるとは、この時はまだ、知らない。


おしまい