水樹
2025-01-13 20:15:00
9915文字
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二度は袖を通させない

正月っぽいお話。
成長ifスグアオです。
いろいろ捏造しています。

「さむ……

 吐いた息は降り積もる雪と同じ色をしている。自販機で買ったエネココアは開けないままぬるくなっていた。それでも俺は、バス停に留まっている。
 バスを……いや。アオイを、待っているから。


 友達をやり直して、やがて俺の心にアオイへの恋愛感情がうまれて。友達っていう関係を壊したくなくて、ずっとそばにいられるならそれでもいいやって無理やり言い聞かせて。それから時間が経ってお互いにアカデミーと学園を卒業して、就職もして。……アオイを追いかけてパルデアに就職したときは、ねーちゃんにあきれられてしまったけど。


 そして年末が近づいたころ、アオイから電話がかかってきた。今年はキタカミで年越しをしてみたいんだ、と。

「えと、俺は構わないけど……いいの? こっちで過ごさなくて」
『うん。オーガポンも里帰り? したいだろうし、キタカミの年越しってどんな感じかも気になるから』
「そっ、か。……あ、でも」
『どうしたの?』
……公民館使えねえかも。あそこ、年末年始はいつも宴会場さなってて。べろべろに酔った人達は、そのままそこさ泊まっから」
『そっか……。やっぱりいきなりは難しかったかな。ごめんね。急にこんなこと言って』

 顔が見えなくてもわかるくらいにしょぼくれた声。それをなんとかしたくて、とっさに声をはりあげた。

「あ、の! お、俺ん家でよければ……たぶん、と、泊まれる、よ?」
……スグリの家? いいの?』
「う、うん。じーちゃんとばーちゃんも、きっと喜ぶ、と、思う」
……それじゃあ、お邪魔させてもらおう、かな』
……! ……うん。待ってる!」

 じゃあまたキタカミでねって通話が切れて。時間差で嬉しさやら恥ずかしさやらいろんなものが込み上げてくる。

「〜〜〜〜っっ!!」

 とうとう抑えきれなくなって、近所迷惑にならないようベッドに倒れ込んで枕に顔をうずめた。それでも収まらなくて、手足がばたばたしてしまう。子供みたいだけど、誰にも見られてないならいいやって開き直る。

……にへへ」

 アオイと、年越し。
 好きな人と、過ごせる。
 アオイが、俺の家に泊ま、って…………
 と、ととと、泊まる!?!?
 アオイと、一つ屋根の下で過ごすの!?
 いやじーちゃん達(あとたぶんねーちゃんも)いるけど!!

……わやじゃ」

 翌日。
 帰省用のスーツケースに、買ったばかりの新しい下着と部屋着を無理やり詰め込んだ。


 そんなこんなで今、一足先にキタカミに帰ってきた俺は、アオイを待ちきれずにバス停まで迎えにきてしまっている。
 一日に数本しかないバスの時間は覚えているけれど。到着する時間も分かっているけれど。
 落ち着かなくてずっとそわそわしてしまって。何度も何度も時間を確認して、その度にああ浮かれてんなぁって思うけど。
 それでも。
 少しでも長くアオイといたいなって思うのを、やめることができない。

「! この音……!」

 ライトの灯り。エンジン音。だんだんと近づいてくる見慣れた車体。開くドア。
 乗客は、たった一人。

「アオイ!」
「わ、スグリ? お出迎えありがとう!」
「アオイはお客さんだからな。当然だべ」
…………ねえ、もしかして、だいぶ前から待ってたりした?」
「えっ? い、いや。そんなに待ってな」
「うそ。だってこんなに顔冷たいもん」
「っ!?」

 不意に頬をなでられ、体が固まる。アオイの手はほんのり温かくて、自分で思っていた以上に冷えていたんだな、なんて考えたのは一瞬のこと。

「あーほら、ほっぺたも鼻も赤いし」
…………
……スグリ?」
「っ! こ、ここさ突っ立ってたらアオイも冷えちまうから! ほら行こ!」
「あっ、待って荷物は自分で持つよ!」

 アオイのキャリーケースをひったくるように持って歩き出す。
 顔に吹きつける風が、わずかに火照った頬を冷やしてくれて。だけど心臓は、まだばくばくしたまま。
 雪は、いつの間にか止んでいた。


「ただいまー」
「お邪魔します」
「いらっしゃいアオイさん。ゆっくりしていっておくれ」
「お世話になります」
「アオイ、こっち」
……? 二階?」
「ねーちゃんの部屋使って。ほんとはお客さん用の部屋さ案内すべきなんだけど……
「あたしがいいって言ったのよ。感謝なさい」
「ゼイユ!」
「久しぶりね、アオイ」

 いや挨拶するのはいいんだけど、廊下の真ん中に仁王立ちしないでくんねかな。通れねえ。

……ねえ。こっちはスグリの部屋?」
「え? う、うん。そうだけど……
「そっか。スグリの部屋、隣なんだ……
……?」
「何でもないよ。それじゃゼイユ、お世話になります」
「言っておくけど、散らかしたりなんてしたら手ぇ出るからね?」
「ふふ。うん、気をつける」
「そうだ。長旅で疲れただろうし、外歩いてきて体冷えてるんじゃない? スグ、風呂沸かしてきな」
「な、何で俺が」
「何でもなにもあんた暇でしょ? だって朝からずーっとそわそわうろうろしてて」
「わ゛ーーーー!?!? わ、わかった! わかったから!!」

 バカ! ねーちゃんのバカ! なんでアオイの前でそんなこと言うの!
 くるりと踵を返して、今さっき上がってきたばかりの階段をかけおりる。コートのポケットに入れたままだったエネココアの缶が、反動で足に当たってちょっと痛い。……忘れてた。後で飲もう。


……アオイ、ねーちゃん。入ってもいい?」
「はーい」
「なんでアオイを先に呼ぶのよ」
……なんとなく。アオイ、風呂できたよ」
「ありがとう。今用意するね。……スグリは平気?」
「うん。寒いのは慣れてっから」
「じゃあ、いってくるねー」
「ちゃんとあったまってくるのよ」
「ふふ。はーい」

 アオイが出ていって、ねーちゃんと二人残される。部屋の片隅には、客用の布団が一組鎮座していた。ほんとに、ここに、アオイが。

「アオイがあがったらスグも入っちゃいなさいね」
「え」
「え、じゃないわよ。あんた外に何時間いたと思ってんの! 寒いの平気だって言ったって体は冷えてるでしょ」
「えっ、と……

 待って。それってつまり。
 アオイの残り湯に、俺が、入る、の……

「ってやだ。あのこタオル忘れてるじゃない」
「あ、ほんとだ……
「スグ」
「やだ」
「まだ何も言ってないでしょうが」
「ねーちゃんが届ければいい話だべ。そ、それに……
「なによ」
「あ、アオイと鉢合わせたらどうすんの……?」
「そんなのあり得ないわよ。ほらさっさと行く!」
「う、うう……

 何年経っても横暴きわまりない。きっと一生、俺はねーちゃんの横暴に勝てないのかもしれない。


 脱衣所の扉の前に立つ。心臓が忙しない。
 どうか、もう脱衣所にいませんように。
 いたとしても、まだ服を着てますように。
 意を決して、扉を開けた。

「あ、アオイ? た、タオル忘れてた………………
「えっ」
…………あ」

 ピンク、だ。

「〜〜〜〜っっっっ!?!?」
「〜〜〜〜!!!! ごめん!!!!」

 着替えであろう畳まれた服の上に勢いよくタオルを置いた。ちらりと、薄い紫色が見えた気がする。いや俺は何も見てない。見てないったら見てない!! アオイの裸も! 胸も! 下着も! 何も! 見てないんだってば!!
 ぐるりと回れ右をして廊下へ。その勢いのまま自分の部屋へ。そして、干してくれていたのであろうふかふかでお日様の香りがする布団にダイブ。枕からもほんのりお日様の香りがする。
 けれど。
 脳裏には、さっきの光景が何度も何度も流れて。忘れろ忘れろって必死にかき消そうとしても、かえって鮮明になっていくだけで。

「うう……ねーちゃんのばか…………ばーか……

 隣に聞こえないよう、小さく小さく恨み言を連ねることしかできなかった。

 ちなみにアオイは何も言ってこなくて。それが罪悪感をかえって煽ったけど、もう一度だけ謝って。
 そして風呂には覚悟を決めて入った。意識はなるべくしないように。
 それでも、“さっきまでアオイが、ここに……”なんて考えるだけで反応しそうになるのを抑えるのにかなり労力を割いた。
 なんなら脱衣所がちょっといい匂いしてた気がする。



「アオイ、あんた箸使える?」
「はし……?」
「これよ、これ。その反応だと見たことないみたいね」
「それじゃあフォークとスプーン出しましょうか」
「すみません、ありがとうございます」
「明日の年越しそばも、箸で食べるのは難しそうね」
……としこしそば?」
「風習の一つよ。来年の健康とかを願って食べるの」
「へー、そんなのがあるんだね」
「パルデアにはないの? 似たようなやつ」
「あー……あったかも……?」

 黙って箸をすすめながら、ちらりと横目で、楽しそうに話をしながら食事をするアオイを見やる。視線に気づいたのか、目が合った。……すぐにそらされたけど。
 夕飯を食べ終え、片付けもあらかた終わって。そして今、アオイは。
 こたつでとろけている。
 俺の、隣で。

「なにこれぇ……あったかぁい……もうここから出たくなぁい……
「ふふん。こたつの魅了にはさすがのあんたでも勝てなかったようね!」

 なんでねーちゃんが自慢げにしてんの?

「さらにこれよ!」
……あいすぅ?」
「暖房の効いた部屋。あったかいこたつ。そこで食べる冷たいアイス! さあアオイ、背徳の味を存分に食らいなさい!」
「んむっ!? …………おいしい」
「でしょう?」

 ねーちゃんはアオイの口に突っ込んだスプーンで一口食べると、また一口分すくってアオイの口に突っ込む。アオイもアオイでひな鳥ポケモンみたいに口を開けてアイスを待っている。…………めんこい。

「なによじっと見て。スグも欲しいの?」
「そんなんじゃね」
「まあもうないんだけど」
…………

 なら何で聞いた?
 食べ終えた容器とスプーンを(ねーちゃんの命令で)片付けに台所へ足を踏み入れると、じーちゃん達がにこやかに手招きをしていた。

「どうしたの?」
「スグリ、アオイさんと初詣に行くんだろう?」
……アオイに聞いてみないとわかんねっけど、一応そのつもり」

 初詣という風習も、パルデアにはないらしい。夕飯時の会話にそんなのがあった。

「じゃあお着物用意しなくちゃね!」
「えっ。いや普通に普段着で行く予定なんだけど……
「せっかくアオイちゃんがうちに来てくれているんだもの、晴れ着でご挨拶しに行かなくちゃ失礼よ?」

 だ、誰に??
 というよりこのままだと本当に着物で初詣に行きかねない。俺はある程度慣れているけどアオイは別だ。記憶が確かなら、雪駄だって苦戦していたはずだし。

「ゆっ、雪道さ慣れない履物と着物で歩くのは危ねえから遠慮す」
「ブーツ履いてけばいいじゃない」
「え」
「ついでだからスグもそれにしなさいよ」
「いや、その」
「そうね。そうしましょうか」
「は、話を」

 あれよあれよと話が進んでいく。ばーちゃんに至ってはもう台所にすらいない。

「ふふふ。諦めることねー」
……何でばーちゃんに助け舟さ出した」
…………あたしはもう、あれ着れないもの」
……それが理由?」
「それだけじゃないけどね」

 それよりもあれなんとかしてよ、と指さした先にはこたつに突っ伏して穏やかに寝息を立てているアオイ。

「な、なんとか、って」
「あたしの部屋まで運んでちょうだい」
…………
「返事」
……わかった」

 布団敷いてくるわ、と先に階段をのぼっていってしまう。ま、まあ、体格とか力とか考えれば俺が適任、なんだろうけど。

「アオイ。アオイ起きて」
「んー……やぁ……
「こたつで寝たら風邪さひく。ねーちゃんが布団敷いてくれたから、そこで寝て? な?」
「やぁだぁ……
「アオイ」
「んー……

 何を言ってもぐずり続け、畳の上にごろりと転がる。

「この駄々っ子」
……んふふ」

 ため息を一つ落として。脇の下に手をさしいれ、とりあえずこたつから出すことには成功した。
 したん、だけど。

「やぁ、寒いぃ……
「!?」

 暖を求めたのか、俺の足にしがみついてきた。そして太もものあたりに、その。やわ、柔らかい、もの、が。

「あっ、アオイ! ちゃんと起きて! 自分で歩いて!」
「や」
「〜〜っ!」

 もう一度脇に手をさしいれ、無理やり立ち上がらせる。顔が近くなったことで、アオイのこの状態に合点がいった。ほんのりアルコールのにおい。

……アオイ、もしかして酔ってる…………?」
「ん〜??」

 ふとねーちゃんと食べていたアイスのパッケージを思い出す。……ああ、あれ酒入ってるやつだったな……。いや、それでも半分(以下)でこうも酔っ払うものか……

「アオイ、もしかして酒弱い……?」
「んぅ」
「ちょ、あんまし近づかねえで!」
「やー、寒い」
「うう……

 片腕を肩に回して。ふにゃりとした体を支えるために腰に手を回す。ほ、細っ……!? 密着度が上がったことで柔らかいものがむにゅりと押しつけられるけど、理性を総動員してどうにか階段をのぼりきる。

「ほらアオイ。着いたよ」
「んー」
「ご苦労さま」
……俺ももう寝る」
「ん。おやすみ」

 感触が妙にリアルな夢を見た気がするけど、きっと気のせいだろうな。


「おはよー……
「はい、おはよう」
「おはようございます」
「アオイさんも、おはよう」
「アオイちゃん、朝ご飯食べたら時間もらえるかしら?」
「? はい」

 アオイはきっと喜んであれを着る。別にそれは悪いことじゃない。だけど、それを着ることができるのは。袖を通すことができるのは。……その意味を知ったら、どんな反応をするんだろう。ねーちゃんが、それを着ることができなくなった理由を知ったら。

「わ、綺麗……
「これは晴れ着、特に振り袖っていってね。おめでたい日に着るものなのよ」
「おめでたい日?」
「結婚式とか、初詣とかよ」
「はつもうで」
「スグと一緒に行くんでしょ? せっかくキタカミにいるんだし、着て行ってみたら?」
「え。でも、ゼイユは?」
「あたしは着れないの」
「何で?」
「教えてあげなーい。それにあたしはあんたらと一緒には行かないし。ばーちゃんもアオイに教えちゃだめだからね」
「はあい。着付けは任せてちょうだいねぇ」
「あ、教えてくれないんですね……?」
「スグも知ってるから。気になるならスグに聞きなさい」

 お、俺が話すの……? アオイに……

「スグリー」
「っき、今日は教えてやれね」

 知ってもきっと、着てはくれると思うけど。

……明日なら、いいの?」
「う、うん」
「じゃあ、明日。ちゃんと教えてね?」
「わ、わかっ、た」

 逃げられなくなった。


 年越し自体は問題なく過ごせた。アオイはそばを頑張って箸で食べようとしてたけど、結局うまくいかなくて、フォークで悔しそうに食べてたの、めんこかったなあ。

「明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
……なあに? それ」
「あらこれも知らないのね? 新年の挨拶よ、挨拶」
「ほんとに文化さ全然違うんだな」
「そうだね。でも知ってくの楽しいし、面白い!」
「ならよかった」
「さ、もう寝ましょ」
「うん。…………そうだ」
「?」
「どうしたの」
「スグリ、ゼイユ。明けましておめでとう!」
「! うん。明けましておめでとう」
「おめでとう」

 数時間ばかり眠って。おせちと雑煮に舌鼓をうって。……もちに苦戦してるアオイ、めんこかった。

「それじゃ、お着物に着替えましょうか」
「よろしくお願いします」
「スグリもそろそろ」
……うん」
「ばーちゃん、手伝うわ」
「ありがとねえ」
「ゼイユ、ありがとう」


「スグ、終わった?」
「うん。何かあった?」
…………思った通りだったわ。あんた、そのイキった髪型でアオイの隣に並ぶつもり?」
「!? い、イキって、ない……!」

 あの時より緩めに下めに結んでるのに、なんでそんな言い方されなきゃなんねえの!?

「そこ座りなさい。結ってあげるから」
「や、必要な」
……
……オネガイ、シマス」
「わかればよろしい」

 髪伸びたわね、切らないの? んだなあ、そろそろ切ってもいいかもしれね。あら、案外ロン毛も似合うかもよ? ……手入れ大変そう。そうね、大変よ。ならなんでねーちゃんは髪さ伸ばしてんの? その方があたしに似合うから。……愚問だった。

……はい、できた」
「ありがと」
「うん、我ながらいい出来ね!」
「そういえば、アオイの準備はもうできたの?」
「あとは簪選ぶだけ。玄関で待ってたら?」
「ん」

 玄関にはブーツが二足。そのうちの片方を履いて、そのままうろうろと忙しなく足を動かして歩き回る。

……スグリ?」
「わぎゃ!?」
「待たせちゃった、かな」
「や、へい、き………………

 一瞬、言葉も思考も全部吹き飛んで、真っ白になった。
 目の前に立つアオイが、あまりにも。
 あまりにも、綺麗で。

「どうしたの?」
「あ、や……えっ、と…………。い、行こ、っか」
……? うん」

 いつもよりも、ゆっくり、ゆっくり歩を進める。

「ごめんね、スグリ」
「な、何、が?」
「私が着物、着たいって言ったから……
「アオイは何も悪くね。慣れてねだけだべ」
……ん」

 繋がれた手に力がこもる。
 家を出て数分でアオイが転びそうになって、咄嗟に支えて。転んだら危ないからと、手を繋ぐことを提案した。……ちょっと恥ずかしいけど、アオイが転ぶほうが嫌だから。
 結構早めに家を出たつもりだったけど、キタカミセンターにたどり着く頃にはそこそこ日が昇っていた。だけどかえってそれが功を奏したのか、思っていたよりも人は多くなく。

「屋台出てるんだ。…………なんかいっつも屋台出てない?」
「んなこと」
「だってネモ達と来た時もお祭りやってたし」
「あれはえっと……なんでだっけな……? んでもいつも祭りやってるわけじゃねえのはほんと」
「ほんとにー?」
「ほんとだって!」
――おっ、スグリじゃねえの」
「あ……りんご飴の」

 屋台のにーちゃんは俺とアオイを交互に見つめ、その視線は、やがて繋がれた手にそそがれる。

…………ははーん??」
「な、何……?」
「その子、“まだ”振り袖着れんだな」
「うっ……
……まだって何?」
「は、早くお参りしよ!」
「わ、待ってよ!」

 軽く作法を教えて、二人並んでお参りをする。……そういや、前はここに鬼さまのお面があったからそういう場所っていう扱いだったわけだけど、今お面は全て鬼さま……オーガポンとそのトレーナーであるアオイの手元にあるわけで。そうすっと、今ここ何も祀られてないんじゃ……? …………深く考えるのはやめておこう。

「帰る前にちょっと休憩してく?」
「? 大丈夫だよ?」
……あー。えっとその、振り袖の話も、したい、から」
「そっか。わかった」

 人気が少なそうな座れる場所を探して、先にアオイを座らせる。

「あったかい飲み物もらってくるから、ここでちょっと待っててな」
「うん。ありがとう」

 簡易テントの下で、甘酒が配られていたはずだ。甘酒か……一昨日のことを考えるとちょっと避けたい。

……あ」

「お待たせ。はい、これ」
「これは……?」
「お汁粉だよ。あんこのスープ……って言ったらわかりやすい?」
「へえ……。スグリのは白いけど、それもお汁粉?」
「や、これは甘酒」
「甘酒? お酒なの?」
「酒……ではないけど、アオイは外じゃ飲まねえ方がいいかも」
……どうして?」
…………どうしても」
「むう」

 んなめんこい顔しても駄目。あんなアオイを外で晒すわけにはいかねえ。

「帰り、いろいろ買っていくついでに甘酒ももらうつもりだから。飲みたいなら家で飲んで」
……はあい」
……んで、ええっと」
……振り袖の話?」
……うん。ばーちゃんが言ってた通りそれは晴れ着って言って、めでたい日に着るものなんだけど、その中でも振り袖は着れる人が決まってて」
「そう、なんだ?」
…………ええと」
「?」
……未婚の女の人、だけなんだ。着れんの」
「みこん」
……結婚さしてねえ女の人」
「それはわか……あ、だからゼイユは着られないって言ってたんだ?」
「うん」

 そう。ねーちゃんは去年結婚したから、もう振り袖は着られない。今アオイが袖を通しているそれも、着たところを見たのはたった一度きりだった。

「じゃあ私も、結婚したらこれ着られなくなっちゃうんだね」

 甘酒をこぼしかけた。紙コップがちょっと歪んだ。

「!? アオイ結婚する予定さあんの!?」
「ぅえっ!? な、ないよないない! 綺麗なのにもったいないなあって思っただけでっ……!」
…………そっ、かあ。びっくらこいたぁ……
「もう。そんなに驚くことないのに」
「驚くに決まってるべ。……ずっと前から好きだったんだから」
…………えっ」
「ん?」
「スグリ、いま、す、好き、って……

 ………………
 ………………

「〜〜〜〜っっ!?」

 ばちん、と音が鳴るほど強く自分の口を塞いだ。塞いだところで悪手だったと気付いた。これでは、特別な意味で好きだと言っているようなものだ。

「スグリ、私のこと、好き……なの?」

 口が、動かせない。言葉が、出てこない。

「ねえ、スグリ。スグリは、私のこと、お嫁さんにしたい、の?」

 アオイの顔が赤く染まる。寒さからじゃないってわかるくらいに。
 じっと見つめてくる榛色が揺らぐ。その中にうつる自分もきっと、赤く染まった顔をしている。

「ねえ……答えて。私の好きと、スグリの好きは、同じ、なの?」
……お、同じ、って……?」
「私、スグリが好き。ずっとずっと前から、好きだったの。友達でいいって言い聞かせながら、ずっとスグリの隣にいたいなぁって思ってた。パルデアで一緒に働けるってなったとき、もしかしたら、追いかけてきてくれたのかもって浮かれたりもして。や、妬きもちやいたり、したことも、ある。それくらい…………スグリのお嫁さんになりたいくらい、きみが、好き」
…………

 ああ、情けないな。アオイに、先手を打たれてしまった。
 もう、逃げられない。
 逃げたく、ない。

……お、俺、も。俺も、アオイが、好きだ。学生ん時から。多分、林間学校で出会った、とき、から。ずっと、ずっと。友達っていう関係さ壊したくなくて、怖くて、言えなかった。だけどアオイの隣に、側に、いたかった。だから、追いかけた。そんくらい、アオイが好き。好きだ。アオイのこと、俺の……お嫁さんにしたい、です」

 潤んだ榛色から、ひとつ、雫がこぼれた。

「これって、プロポーズになる?」
……プロポーズは、もっと、ちゃんとしたい。だから今は、えっと、その……

「結婚を前提に、俺と。お付き合い、してください」
……はい」
……にへへ。夢みたいだ」
……私も」

 帰りは、指を絡めて手を繋いだ。
 行きよりも、もっとゆっくり、歩を進めた。

 ねえ、スグリ。ん? 何? 来年、というか、次の年越しも、ここで過ごしてしていいかな? アオイがいいなら構わねっけど……なんで? ……これ、また着たいなあって。……駄目。

……どうして?」
「それさ着るってことは、未婚の証明でもあんの」
「それは、さっき話聞いたからわかるけど」
「正直言えば、よく似合ってるし、綺麗だから、俺もまた見たいとは思ってる。けど……
……けど?」
「『アオイがまだ誰のものでもない』って思われんのが……嫌なんだ」
……ね、ねえ、それってつまり」

 それには二度、袖は通させないってこと。