紫輝
2024-12-31 23:08:14
5000文字
Public リとヌと御仔の話
 

【リオヌヴィと鍾離】レヴィのおたんじょうびだいさくせん(12月・えくすとら)【原神】

先生のお誕生日に早朝の水の国をお散歩する御仔と鍾離先生の話です。ほんとにそれだけです。とうさまは最後にちょっとだけ。先生お誕生日おめでとう!!

 同じ早朝特有の澄んだ水の香りも、璃月のそれとフォンテーヌのそれとは異なっている。その違いを嗅覚で、フォンテーヌに暮らす鳥たちの囀りを聴覚で楽しみながら、鍾離はフォンテーヌの海岸を歩いていた。左手からは革手袋を通して温もりが伝わってくる。時折力を込められたりふりふりと振られたりするそれに、鍾離は何度目かの笑みをこぼした。
 朝早くごめんね、と少々申し訳なさげな知己の少年に招かれて降り立った彼の洞天では、これまた知己の水龍の仔が待っていた。用事があるのはこの仔の方で。その用事というのが己の『誕生日のお祝い』をしたい、ということらしい――そこまで聞いてなるほどこれが祖父じじいの気持ちか、と呟いた鍾離に気持ちはわかるけどやめて先生、なんて少年に笑われつつ、「せんせいおめでとう」と言祝ぎをくれた幼仔の『贈り物』を楽しむべく共に外へと繰り出して、今だ。
 『贈り物』に大いに頭を悩ませてくれたらしい幼仔が助けを求めたのはやっぱり少年で、そんな幼仔に彼から授けられたアイデアは『手を繋いで散歩する』事だったらしい。少々格好はつかないが過去口を滑らせていて良かった。短期目標が早々に達成された、そんなことを考えながらそういえばあまりゆっくりと眺める機会のなかったフォンテーヌの自然を見つめていると、傍らの幼仔が鍾離を見上げてぽそりと言った。
「せんせい、ちゃんとたのしい?」
「ああ、とても楽しいぞ。こうしてフォンテーヌを散歩するのは初めてだし、レヴィと手を繋ぐのも初めてだからな。こう見えてわくわくしている」
 そっかぁ、ととろける笑顔に、孫に骨抜きになる世の祖父母の気持ちをひしひしと理解する。これは里帰りを心待ちにするし望むものもそうでないものも買い与えたくなる。この思いのまま買い込んだものを受け取る両親の心中も穏やかではないだろうなとこの年になって新たな知見を得つつ散歩を楽しんでいると、何かを見つけたらしい幼仔が声を跳ね上げる。繋いだ手を引かれ水際へ近づくと小さな指が一点を指差した。
「せんせい、みて! きらきら!」
……
 言葉通りのキラキラとした表情で幼仔が指差すそれ。璃月でも見かける、五つの突起が星形に広がる海洋生物。淡く輝いて見えるそれはフォンテーヌの固有種で、確か『ルエトワール』と呼ばれていた。はずだ。色合いのせいか一周回っていっそ幻想的にすら見えるものの、やはり海洋生物に変わりはない。うっかり押し黙ってしまった鍾離を不思議そうに見上げていた幼仔は、少しだけ眉を下げて繋いだ手に力を込めた。
「せんせい、おほしさまきらい?」
「ああ、いや、そうだな何と言えばいいのか実は、俺は海の生き物があまり得意ではないんだ。昔いじめられてな。格好悪いから、俺とレヴィの秘密にしてくれ」
 駆除しても駆除しても湧いて出るアレら。どこにでもいるアレら。皮膚に残る不快な感触。忘れたと思っていた異臭。せっかくの孫(概念)との楽しいひとときに思いがけないところから――いや、よく考えればフォンテーヌは水の国だ。その可能性は大いにあった――水を差され思わず寄りそうになった眉は何とか制して素直に白状すれば、幼仔はむむと眉を寄せ、小さな手にさらに力を込める。
「そっか。じゃあぼくがせんせいのことまもってあげるからね!」
うん、それは心強いな。よろしく頼む」
 みんなあんまり水から出てこないから平気だよ、とふすんと胸を張る様に差された水は瞬く間に地面へと吸い込まれていった。孫は世界じゃと馴染みの老人が断言する声が脳内にこだまする。時たま思うことではあるが、人間の方が真理が見えているのではないだろうか。
 海側を歩く、という幼仔の立派なエスコートに密かに肩を振るわせながら、甲羅干しをしている重甲ヤドカニに挨拶をして、出遭ってしまった『こわいの』を元素に還したのに歓声を上げられつつ幼仔との海辺の散策を続けていると、幼仔が不意に足を止める。
「ちょっとまってて」
 砂浜にしゃがみ込み、なにやらごそごそと手を動かしていた幼仔は、できた! と快哉をあげて立ち上がる。
「せんせい、これあげる!」
 差し出されたのはガラスの小瓶だった。鍾離の親指と人差し指で上下を挟めるほどの大きさの瓶には、半分ほど砂が入れられている。白いそれの間から、緑や青が覗いていた。
「これは?」
「ここのおすなはね、おほしさまのかたちなの。あとね、きらきらしたいしもおちてるから、ビンにいれるときれいなんだよ」
 言われて覗き込めば、確かに小瓶の中の砂に星の形が混ざっている。色石は流れついた半貴石だろう。これなら怖くないよね、と得意げに笑う幼仔に、鍾離も笑みを返す。
「ありがとう、綺麗だな。大切に飾らせてもらおう。ところでこういう瓶はいつも持ち歩いているのか?」
「んっと、ポッケにはいってたの」
「そうか、ポッケに入っていたのか」
 子どもというのは実に不思議な生き物だ。見ていて飽きない。首を傾げる愛らしい様にくつりと笑い、小瓶を大切に懐にしまったところでちゃぷんと水面が揺れる音を聞く。目線をやった先、幼仔に似た色合いの海獣が顔を出しこちらを見つめていた。
「あっ!」
 顔を輝かせた幼仔が海獣へ駆け寄りかけてぴたりとその動きを止める。
「せんせい、ラッコはこわくない?」
 くるりと振り返り、しょんと肩を落としながらそっと問われるのに微笑んだ。
「ラッコは海に棲む生き物ではあるが毛皮のある動物だからな。平気だぞ」
 “怖い”のは厳密には海洋軟体生物だ。鍾離の答えによかったと、おともだちなの、と笑った幼仔がノンビリラッコへ近づいて振った小さな手に、ラッコはくるりと回って答えたようだった。ちゃぷちゃぷとさざ波に足を浸しながら、幼仔はラッコと何か話している。のだと思う。鍾離にはノンビリラッコの『言葉』は鳴き声にしか聞こえなかったけれども。
「せんせい!」
「なんだ?」
「このこがね、せんせいのもってるいしがほしいんだって」
「俺の持っている石?」
 鍾離は岩を司る身ではあるが、常に石を持ち歩いている訳ではないし、見ず知らずのノンビリラッコにそれを求められる理由もわからなかった。振り返って見上げてくる菫青石きんせいせきに首を傾げると、えっと、と前置いた幼仔が補足を入れてくれる。
「さっき『こわいの』やっつけてくれたでしょ。そのときのきらきらのいしがきにいったんだって」
 『こわいの』をやっつけたときのきらきらの石。幼仔の言葉を反芻して、ああ、と顎に手を当ててしまった。どうやら鍾離が力を行使するときの、結晶化した岩元素を指しているらしい。なかなか目利きに長けたラッコのようだ。とはいえ普通の動物にそのような危険物を与えるわけにもいかない。しばし考えて、手のひらを上に向ける。元素を練り固め創り上げたのは「ちょっときらきらした普通の石」くらいになるように岩元素の純度を調整した拳大の石だ。ノンビリラッコという生物はそれぞれが専用の石を持っているらしい。貝を割ったり遊び道具にしたりすると聞いたので大きすぎず小さすぎずを意識してみたが、『おともだち』は気に入ってくれるだろうか。
「今俺が持っているのはこの石くらいなんだが、これで構わないか?」
 つぶらな瞳と目を合わせ、石を差し出して首を傾げると、すい、と近寄ってきたラッコはのそりと水から上がってきて、鍾離の持つ石に鼻を寄せ、いそいそと毛皮の中へそれをしまい込む。どうやら気に入ってもらえたようだ。空っぽになった手を毛皮に包まれた両前足で握って、手のひらにぴっとりと頬をくっつけるとラッコは離れていった。
「ありがとうだって!」
 よかったねえ、と自分に愛らしい笑顔を向けていた幼仔にも礼をしたかったのか、ラッコは小さな友人にきゅ、と抱きつく。嬉しそうに抱擁を返した幼仔へ頭を擦り付けて、ラッコは海へ帰って行った。ばいばい、と手を振った幼仔の、ぺしょりと萎れてしまったリボンタイを整えてやりながら苦笑する。
「濡れてしまったな」
「おきがえするからへいき!」
 どうやらよくあることらしい。幼仔のやんちゃの片鱗を微笑ましく思いつつ、そういえばと確認した時計は早朝から朝にさしかかる時間を指していた。どうやらこの時間も終わりのようだ。
「レヴィ」
「あい!」
「そろそろ帰る時間のようだ。今日の記念に、俺と写真を撮ってくれないか?」
 懐から取り出した小さな写真機は旅人から譲り受けたものだった。詩とか絵に残すのもいいけど、これはこれで楽しいと思うんだ、と渡されたそれのファインダーを覗き込むのは案外楽しくて、切り取った瞬間は気づけばそれなりの枚数になっている。そろそろアルバムとやらの相談をしなければな、と思っているところだ。
「おしゃしん! いいよ!」
 快くうなずいてくれた幼仔にとって、写真撮影は身近なものらしい。パパがいっぱいとってくれるの、とにこにこ話してくれるのに、自らの武器でもある凛流の監視者に連写機能やらタイマー機能やらを次々と実装しているらしい幼仔の父親が脳裏をよぎって思わず笑ってしまった。彼の大切な水龍たちは、彼にとって最高の被写体であることだろう。
 手近な岩に写真機を置き、タイマー機能を操作する。幼仔が親しんでいる凛流の監視者のように自動で動いたり浮遊したりは出来ない写真機だが、タイマー機能はついているのだ。
 自分と手を繋いで元気に笑う幼仔と、少しばかり気が抜けすぎているかもしれない自分の笑みをレンズが受け止める。ジジ、と機構の動く音のあと、カシャっと聞き慣れた音が響いた。
ちゃんととれたかな?」
「どうだろう。ちゃんと撮れているといいんだが」
 繋いだ手を握った幼仔がそわそわと言うのに鍾離は口角を上げる。この写真機はフィルム式だ。しかるべき手順を踏まないと、風景がどう切り取られたのかは分からない。そこも含めて楽しみを見出しているのだけれども。
「もしへんてこなしゃしんだったらおしえてね!」
 申し出れば一緒に撮り直してくれるらしい。幼子の優しさに「そうさせてもらおう」と笑って、鍾離は洞天への通行手形を取り出した。



 目の前を覆っていたもやが晴れる。『外』と同じようで違う空に目を細め、洞天特有の空気を吸い込んで。
 (当然のことではあるが)まだ慣れないのだろう、ごしごしと目を擦る幼仔に異常がないことを確認して顔を上げると、屋敷の前に人影がひとつ。
「とうさま!!」
 ぱっ、とあっさりと離されてしまった手に一抹の寂しさを感じつつ、駆けていく小さな背を追う。
「お帰り、レヴィ」
「ただいま! たのしかった!」
「そうか。それは良かった。
 抱き留めた幼仔の銀髪を優しく撫でた『とうさま』――ヌヴィレットが、やれやれとばかりにその頬を柔らかく包み。
「お客様がいたのに水に入ってしまったのか? 困った仔だ」
 内容とは裏腹の穏やかな音律で口にして手のひらをかざした。萎れていた衣服が水分を引き剥がされしゃんとするのに倣うようにヌヴィレットを見上げた幼仔は、ふりふりとその首を振る。
「お水にははいってないもん!」
「俺が保証しよう。服が濡れていたのは『友人』のノンビリラッコがこの仔に感謝の抱擁をしたせいだ」
ああ、ごきげんよう。鍾離殿。我が息子とのフォンテーヌ散策は楽しんでいただけただろうか」
 仲が良いんだな、と援護に入れば、ヌヴィレットは幼仔から鍾離へ移した瞳をまたたいて小首を傾げた。
「ごきげんよう、ヌヴィレット殿。実に有意義な時を過ごせた。この仔の思いやりと、御父君おちちぎみ達の許しに感謝する。良い誕生日になった」
 完璧なエスコートだったと先までの時間を評するとヌヴィレットの表情がゆるむ。幼仔を抱き上げたヌヴィレットは、その手で小さな頭を撫でた。
「それは良かった。レヴィも、しっかりと鍾離殿の『お祝い』ができたのだな。偉いぞ」
「ぼくちゃんとできた!」
 誇らしげに応えてくふりと笑う幼仔を見つめる紫水晶に生命の源たる水を司る龍らしい深い慈愛を見て取って目を細めつつ、鍾離は次なる目標を『頭を撫でさせてもらう』に定めるのだった。