紫輝
2024-12-18 11:02:29
7293文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】はつこい【原神】

既にお付き合いして(だいぶ経って)いるのに今更セスリ殿が大好きなことに気づいてテンパるヌ様の話です。
12/20~12/22まで開催していたリオヌヴィwebオンリー【狼龍夜想曲】展示作品でした。期間中見てくださった方、ありがとうございました!

「ヌヴィレットさん、最近どこか調子でも悪いのかい?」
 眉を下げ、気遣わしげに彼は言う。揺れるフロスティブルーが美しくて、鼓膜を揺らす低音が心地よくて、けれどそんな顔をさせてしまっているのは悲しい。
「そう、だろうか。特に自覚症状は、ないのだが」
 彼を目にするとどきどきと鼓動が走り、息が上がって、指先が震える。ただそれだけ。それだけだ。体調は悪くない、多分。
「けどなぁあんたは頑丈だから自分で気づいてないって事もありそうだしなぁ
 近い。彼の声が、吐息が、温もりが。
 抱擁も、口づけも、普通の事だったのに。
 いつから、何故、それが――こんなにも、心を騒がせるようになってしまったのか。
 頬を滑った指先が耳を掠めて、後頭部をくすぐる。その手にやわらかく囚われた、と思った時には額に温もりが触れていて。
「少し、熱いか?」
 額を合わせてきた彼の、ぐっと近くなった金環の中に吸い込まれるような幻覚を見る。
 首の後ろが、その指の触れている箇所が脈打った。まるで心臓がそこに移ってしまったかのように。
 囁く声が背筋を撫でて、ひゅ、と喉が鳴る。
 息ができない。近い、ちかい、ちか――
「ヌヴィレットさん!!」
 名を呼ぶ彼の声を最後に、意識は闇に沈んだ。

 目が覚めると心配そうに眉を寄せた眷属たちに見下ろされていた。
「ここ、は。わたしは……
「ヌヴィレットさん! 目が覚めたのね!」
「よかった、心配したんですよ、ヌヴィレット様!」
 寝かされていたらしいソファから身を起こし安堵を浮かべるシグウィンとセドナにまずはもう大丈夫だと笑ってみるが、他でもないシグウィンに「それは診察してからじゃないと」と首を振られてしまった。しっかり者の眷属を持って誇らしいやら気恥ずかしいやらだ。
「ヌヴィレットさんが倒れたって聞いて本当にびっくりしたのよ! なんともなくってよかった
 診察を終え、大丈夫みたいね、と診断を下したシグウィンが胸に手を当てて息をつく。
「心配をかけたな。すまない」
 セドナが差し出してくれた水で喉を潤して改めて眷属たちに詫びると、彼女たちは安心しましたとやっと笑ってくれた。
「よかったらその時の状況を聞かせてもらってもいい? 公爵、「俺のせいだ」としか言ってくれなくて
 彼が何かしたわけじゃないのよね?
 探るように首を傾げるシグウィンに、昏倒する直前の記憶が蘇って顔が熱くなる。思わず握った指が巻き込んだ布地がリオセスリの外套である事に気づいて、理由もわからない羞恥に拍車がかかった。
「その、リオセスリ殿は私を案じてくれただけだ。彼はなにも問題があるのは私の方で
 ぽそぽそとリオセスリの無罪を主張すると、シグウィンは何かに気づいたようにきらりと緋色を煌めかせる。彼女は言った。今から口にするのは彼が彼女に語った事だと。守秘義務、の言葉が一瞬脳裏をよぎったが、彼女のことだからその辺りもフォローした上での行動なのだろう。
 ――ここ最近はあまり目も合わせてくれなかったし、執務机を挟んだ距離を踏み越えると今覚えば、なのが情けないが目に見えて緊張していたし、指先でも接触があれば震えていた。その時点で気づかなきゃならなかったのに浮かれてたんだ、俺は。
 もしかしなくてもずっと無理をさせてたのかもしれない。ヌヴィレットさんは人間の持つ『感情』について理解しようと努めてくれている最中だ。途中で違和感に気づいたのかもしれない。優しいひとだから指摘しなかっただけで。それに甘えて俺はあのひとの信頼と親愛に、勝手に恋愛感情のラベルを貼り付けて歪めてしまったのかもしれない。はは、結局俺は、どんなに綺麗なものを貰っても壊すしかできないんだな――
以上が公爵からの聞き取りなのよ。ヌヴィレットさんはどうなのかしら――
 なんて、聞かなくても良いのかもしれないけど。
 語り終え、どうしてかひどく優しく笑うシグウィンの、鈴を振るような声が遠くで聞こえる。だめだ、と、言葉がこぼれ落ちた。黒い外套を引き寄せて抱きしめる。まるでぬいぐるみに縋る幼子だと、自らを笑う余裕は今のヌヴィレットにはなかった。
「だめだ。ちがう。リオセスリ殿は、彼は何処に? 彼に逢わなければ。彼に、きちんと、私は、」
「大丈夫、深呼吸よ、ヌヴィレットさん」
 力を入れすぎて色を無くした指先を、シグウィンの手がぽんぽんと叩く。公爵は別室で待機中なのよと告げる声に首を巡らせセドナを見つめれば、こっくりと力強い首肯が返った。自分が目を覚ますまではいると言っていたこと、万が一帰りそうになったらメリュジーヌわたし達が全力で引き留めるから安心して欲しいと小さな手を握るセドナにそうかと返じた声は掠れていて、己の必死さを露呈したようで恥ずかしい。
「公爵とお話する前にしっかり準備しましょ。焦ったり、慌てたままじゃ伝えたい気持ち、ちゃんと伝えられないでしょ?」
「準備、とは?」
 にこ、と笑うシグウィンに首を傾げる。まさか彼と話すための草稿でも作るように進言されるのだろうか。
 言い方が悪かったかも、と唇に指をあてたシグウィンが可愛らしく唸ってぽんと手を打つ。
「ええと、ヌヴィレットさんの気持ちを、ちゃんと整理してみましょ、って言いたかったの。よく分からないものを説明するのってとっても難しいでしょう?」
「私の、気持ち」
 不随意に動いた指先が、外套を飾る鎖をちりりと鳴らす。いつだったか、手錠の片割れを思わせる金属の輪の先で揺れる石を撫でたリオセスリが「この石の色合い、あんたの胸元にあるそれと似てて気に入ってる」、そう話してくれたのを思い出した。その時は気に入ってくれて何よりだ、なんて当たり障りのない答えを返すに留めたが、今なら伝えても良いだろうか。同じ原石いしから削り出したものなのだと。話題が出た時点、もっと遡って外套を仕立てた時点では自覚のあるなし以前の場所に立っていたがきっとその頃から、『ひとつのものを共有する』という龍種の愛情表現を、彼に対して行っていたのだろう。なんというタイミングで気づいてしまったのか。しかもそれに彼の「気に入ってる」なんて言葉までついてきてしまった。感情などよくわからなかったはずの心が跳ね回る。まるでステップを踏むように。なるほどこれが「心が躍る」という事なのだな――引き上がろうとする口角が無性に恥ずかしくて外套に鼻をうずめると、深海と紅茶、それから微かな機械油の香りが鼻腔と肺に満ちて背筋がそわりとした。あの温かい腕が近くにないのが無性に寂しい。あの温もりを、彼を手放さずに済むように、気持ちの整理とやらに真剣に向き合わねばなるまい。
 上げた視線がガーネットと絡む。
「最善を尽くそう」
 決意を込めて口にすると、シグウィンはにっこりと愛らしく笑った。


 ――それから。
 それじゃあヌヴィレットさんは公爵のどんなところが好きなのか、から聞かせてちょうだい! から始まったシグウィンの『問診』により、彼女とセドナの快哉や「素敵」なる感想を間に挟みつつそれはもう色々な切り口からリオセスリの事について語らされた。最終的に無様にもその腕の中で昏倒したことまでを語り終えると、ふむふむと何やら思案していたシグウィンは微笑んで断言する。「恋してるのね」。
「恋? 私とリオセスリ殿は既に恋仲であると認識している。その段階は終えているのでは?」
「愛は恋の進化形じゃないのよ。恋人になっても、夫婦になっても、相手に恋をし続けるから愛し合っていられるんだって、ウチのお友達が言っていたわ。エメラルドを贈り合ったばっかりの旦那様がいるのよ。間違いないわ」
 思わず腰が引けてしまいそうになるほど真剣な顔で彼女は言う。誰かに好意を寄せている状態が恋、相手から同じものを返されれば愛、そんな単純なものではないし、そこが終わりではないのだと。それが完成形ならば『浮気』なんて言葉はこの世界にないはずだと。一向に減らない「そのテ」の裁判記録を思い出し大いに納得する。あれらは相手への『恋』を忘れた結果。なるほど。
 抱き寄せたままだった黒い外套にあしらわれたファーをまるで動物にするようにふわふわと撫でながらシグウィンは続ける。
「公爵はウチが今まで診てきた人間の中でも、生き物としてとびきり優秀だわ。ヌヴィレットさんのそうね、本能が、それに気づいていたんでしょう。だからきっと、公爵にアプローチされたとき龍の本能が先に好きだって言ってしまったのね。感情が今やっとそこに追いついてきたんだと思うのよ」
 だから少しびっくりしてしまっただけ。誰だって顔を見るだけでドキドキしてしまう人に突然抱きしめられたら驚くでしょう?
 シグウィンの言葉はすとんと胸の内に落ちた。
 確かにその通りだ。顔を見るだけで、その声を聞くだけで、指先が触れるだけで、まるで嵐の海に散り落ちた木の葉のように心臓は暴れ回るのだから。
 その「だけ」が複数重なればああなって当然なのだった。感覚としてはそう――階段の下り方をやっと覚えたところに、突然最上段から飛び降りろと言われるような。無茶で無謀にすぎるとやる前からわかるような、そんな感覚だ。表現が難しいけれど。
「私は私が思う以上に、恋愛ごとに対して無知だったのだな
 どうやら知らぬに感情が経るはずの段階を飛ばしてしまっていたらしいと、今更気づいて呆然と呟く。シグウィンは肯定も否定もすることはなく、ただ「公爵にそれをちゃんと伝えてね」と背を押すように口にして。
「ヌヴィレットさんはとっても幸運ね」
「?」
「だって――
 ころころと笑いながら彼女が続けた言葉に、ヌヴィレットはその通りだと微笑んだのだった。

***

 コンコン、と待ち人の到来を知らせる音に背筋を伸ばす。どうぞ、と答えれば、扉がゆっくりと開いた。絨毯を踏みしめるようにして入ってきたリオセスリの、痛みを堪えるように微かに寄せられた眉にヌヴィレットの胸もちくりと痛む。彼は自分を優しいと言ったが、彼だって大概だとヌヴィレットは思っている。きっと感じなくてもいい責任を、全て抱え込んでいるのだろう。それを手放させて、またヌヴィレットの心を温めてくれる笑顔が見られるように。シグウィンの『治療』でなんとか形にしたこの拙い恋情を、余さず彼に伝えなければ。改めてそう決意する。
 リオセスリが足を止めた。ちょうど、執務机を挟んだときと同じくらいの距離で。
「リオセスリ殿、」
「悪い、近づきすぎたか」
「違う。逆だ。もっとこちらに来て欲しい」
「けど、」
 真逆を口にして更に開こうとする距離に言葉を重ねるが、リオセスリは眉間の皺を少し深くして渋る。それが彼の優しさからくるものだとも、そもそもが自分のせいだともわかっている。わかっているが、肩の触れる距離が常であった相手と手を伸ばしても届かない距離で会話せねばならないのは寂しかった。
わかった。ではその分私がそちらに」
「待て、それはだめだ、座っててくれ頼むから」
 シグウィンからは「またびっくりしちゃうかもしれないから座ってお話ししてね」と言われているが昏倒したらその時はその時だ。後頭部を強打したところで短期記憶が吹き飛ぶような貧弱な身体でもなし。外套を抱いて立ち上がろうとするのを、リオセスリの慌てた声に止められる。それから観念したようにどこまでなら平気かと聞かれたので、二人がけのソファの、彼のためのスペースを手のひらで叩いた。探るような足取りでこちらへやってきた彼が腰を下ろしたのが可能な限り肘掛けに寄った場所だったのが胸にうっすらと靄をかけるが、今からそれを晴らすための話をするのだからと言い聞かせる。
 結論から言うが。切り出すと、リオセスリが組んだ両手の指に力を込めたのがわかった。まるで判決を待つ被告人のようだ。そのような顔をしないで欲しいと言いたくはあったが、彼のように人のいだく心配や不安を上手く掬い上げて溶かせるような話術をヌヴィレットは持ち合わせていない。であればせめて真っ直ぐに真実を伝えることが一番の早道だろう。
「どうやら私は君に恋をしているらしい」
「恋」
 とくとくと耳の横で存在を主張してくる拍動のせいで、自身にも自身の発する声が少々聞こえづらい。なんとか最初の一言を口にするとリオセスリの瞳が丸くなった。鸚鵡返された単語が羞恥の火をじわじわと熾しにかかってくる。冷静に、真摯に。心中で繰り返し、そのフロスティブルーを見つめ返し。
「以前から君の頑強な体躯や明晰な頭脳、秀でた身体能力に惹かれてはいたのだが、シグウィンが言うにはこれらは本能に因るものだそうで」
「本能」
元素龍わたしとて生物だ。生物は強い裔を残すため優秀な親を求めるものゆえ、」
「なるほど、俺は龍王様の『本能』のお眼鏡に適ったわけか。悪い気はしないな」
 ちょいと複雑ではあるが。
 重ねた言葉にリオセスリが頬を掻く。『恋』を自覚した今ならば理解できるが、こう言われて良い気分にはなるまい。複雑の一言で許容してくれる彼の懐の深さにある種の尊敬と凄まじい申し訳なさを覚えて肩が落ちた。
すまない」
「ああいや、謝るのはあんたの話したいことを全部話してからにしてくれ。必要のない謝罪を受ける趣味はないんでね」
 やはりこの男は優しすぎるのでは。いやこれがシグウィンやフリーナや、それから旅人が言っていた「私に甘い」なのか。そんな顔をしないでくれと穏やかに囁いてくれる彼は、いつもなら同時に頬を撫でてくれるその指を伸ばしてはこない。
「うむその、最近、君が私を呼ぶ声や、触れてくれる指先や、マナーの範疇のはずの心遣いがとても好ましく、喜ばしいものだと気づいて、リオセスリ殿?」
 気遣われている。困った。恋をしたばかりなのに『惚れ直し』てしまう。けれど寂しい。洗い忘れた筆で次々と色を重ねた水彩画のように、感情がごちゃごちゃと混ざり合って落ち着かない。何度目かの冷静に、を唱え『恋』をするに至った事象を口にすると、何故かリオセスリは口元を手で覆って顔を逸らしてしまった。知らず何か気に障るような事を言ってしまったのだろうか。不安になってそっと名を呼ぶと、あー、だかうー、だか判断の難しい呻き声のあと深い呼吸音が耳に届いた。
「うん、いや、大丈夫だ、続けてくれ」
 何か葛藤していたらしい彼に微笑まれ、先を促されて、少々勢いを欠いてしまったせいで優位に立ってしまった気恥ずかしさをどうにか逃がそうと視線を落とす。彼の背を飾る、自らの胸元のそれの兄弟石を撫でながら震える息を吸った。
「そうしたら君の顔を真っ直ぐ見られなくなってしまったのだ。君のひどくやさしい瞳と目が合うと蒸発反応でも起きているのかと思うほど顔が熱くなるし、君のその声で語りかけられると呼吸を忘れてしまうし、私に触れてくれる君の温度を感じると胸が破れそうなくらい鼓動が跳ねてしまう」
 見つめられるのも、話しかけられるのも、触れられるのも好きだ。好きなのに、心が勝手に慌ててしまう。慌てた心が不調を起こさせる。『恋』とは実に難儀なものだ。そう思う。
「これと同じ話をシグウィンにしたところ、それは恋ね、と断言された。感情がついてきた、とも。言われてやっとこの感情の名に気づいたのは情けない限りだが私は君に恋をしている、リオセスリ殿。先はその、それらがひと時で全て成されてしまったので、許容量を超えてしまった、ということらしい。君に非はない。迷惑をかけてすまなかった。私が君に伝えたいことはこれで全部だ」
 逃げていた視線を彼へと戻し、なんとか心のうちを語りきることに成功した。あとはこれが、できるだけ真っ直ぐにリオセスリへ届いてくれればいい。願う神などいないから、母なる胎海に祈りを乗せる。
「そ………………っかぁ〜〜〜〜」
 呆然、といった様子でヌヴィレットを見つめたまま深呼吸にして二回。珍しく頭を抱えた彼は、らしくない言葉で呻く。先も聞いたような唸り声はよくよく聞くと同胞ヴィシャップたちのそれにも似ているな、などと頭の片隅で考えながらその判断を待っていると、三度目の深く大きな溜め息をついたリオセスリがゆっくりと顔を上げた。
「あー、自惚れだったら容赦なく水流を叩きつけて欲しいんだがヌヴィレットさんは、俺が好きすぎて混乱してた、って、ことで、いいか」
 心なしか血色の良い耳と、歯切れの悪い言葉たち。彷徨う視線。今日の彼は見たことのない反応ばかり見せてくれる。物珍しさが塞がった心を上向けて、常の心持ちを思い出させてくれた。
相違ない」
 こくりと頷くと、リオセスリは天を仰ぐ。四度目の溜め息のあと、困った、と彼は呟いた。
「今物凄くあんたを抱きしめたい。けど日に二回も昏倒させたら看護師長に接近禁止令を出されかねない
 両手を握ったり開いたりしながら口にされたそれに思わず笑ってしまった。
「急だから驚くのであって、心構えをしておけば昏倒はしない。はずだ。多分。それに、」
 私も君に抱きしめられたい。
 その膝の上で開かれたままの手にそっと自らのそれを重ねると、やわらかく握り返されて。
 もどかしいほどゆっくりと手を引かれ、広い胸の中に収まる。鼓動が嬉しいと跳ねて、じわりと溶け合う体温の心地よさに目を閉じた。
「シグウィンの言ったとおりだな」
「ん?」
「私はとても幸運だ。恋をした瞬間に両想いになれたのだから」
 この感情に気づけて良かった。そう呟くと、リオセスリの喉が獣のそれのように低い音を立てる。それから腕の力が少しだけ強くなって、すり、と頬に頬で触れられた。
 ――唇がよかった、と口にしたら、彼を困らせてしまうだろうか。