紫輝
2024-11-30 10:36:56
9301文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィとディルックとガイア】六度目の正直【原神】

いつものふわふわ展開にご都合主義とリリカルを足してステアした、これから両想いになる両片想いの2人とお酒の話〜風の国の義兄弟を添えて〜です。このヌ様はお酒に弱いタイプのヌ様です。足長男子お酒片手に恋バナしてくれ…

 温かみのある橙の照明が樺材のカウンターを照らす。背後の棚には酒類以外にも各国の誇る飲料や軽食、それらを饗するための食器類が並んでいた。空間の持ち主たる少年の計らいによって設えられたこの区画では気まぐれに、彼の仲間達によって酒や茶、ちょっとした料理などが振る舞われている。
 本日のここはモンドの名店・エンジェルズシェアのサテライト店であった。
「りおせすりどの、すきだ」
 ランプの灯りに煌めくロゼワインの美しさが霞むほどの麗しい微笑みを浮かべた美人が囁く。酒精に酔ってふわふわと覚束ない口調がその見目との暴力的なまでのギャップを生み出していた。普通の男であれば深く考えもせずその手を伸ばすだろう。
「はいはい、ありがとう、嬉しいよ」
 美人の隣に掛ける男はどうやら「普通の男」ではなかったようだけれども。
てんしゅどの、りおせすりどのがしんじてくれない
 手元のグラスでトワイスアップのブランデーを揺らしながら淡々と答える男に、美人が肩と眉を下げる。煌めきを宿す夜明けの瞳と萎れた声音を向けられて、久しく忘れていた『庇護欲』なるものを覚えつつ男に向かって首を傾げた。
だそうだが、公爵閣下」
「素面の時に言ってくれ。そうしたら大喜びでうなずくとも」
 にっこりと、いっそ胡散臭いほどの満面の笑みでにべもなく応じる男をじっと見つめ何かを考えて――いたかどうかは正直不明だが。なにせ酔っ払いなので――いた美人は、ややして力無く首を振り、すん、と鼻を鳴らした。
……いえるわけがない……きらわれてしまう……
 しょんもりと呟き俯いてしまった銀色の髪を、男の手があやすように撫でる。ちらと目線を向けられてグラスを取り出した。
「嫌わないさ。ずっと惚れてるんだから。ほら、今夜はこれで終わりにしよう。俺と半分ずつな」
 サーブしたシードル湖産の水を軽く煽り、貼り付けていた満面の笑みを穏やかなそれに変えた男の、低く柔らかな声が空間を揺らす。ぱちりと宝玉の瞳をまたたいた美人は、いそいそとグラスを受け取るとくいとそれを煽った。惚れ惚れするような飲みっぷりだ。水だが。
「りおせすりどのとはんぶんこふふ……
 空いたグラスにすりと懐いて、それは嬉しげにぽやりと口にした美人がカウンターに沈む。間を置かずに聞こえてくる寝息。素直に落ちてくれる点においては優秀な酔っ払いだ。酔っ払う時点で優秀も何もないのは重々承知している。
……
 美人を無事に眠りの国へ送り出した男がため息をつく。重く、長く、深く。それに答えるのは一連の流れを静観していた義弟だった。
「お疲れさん、公爵殿。あんたも毎度毎度大変だな」
「辛い」
「シンプルかつ的確な感想だな。心中お察しするよ」
 くつくつと肩を揺らす義弟に応じる男の真顔に、そっと二杯目のブランデーを差し出す。美人を淡々ともて遊んでいたように見えた男だがけして冷血なのではない。なにせ件のやり取りはこれで五度目なのだ。
 一度目はこうして自分と義弟と男の三人で小さな酒席を設けて取り留めもない話をするのが各々に馴染んできた頃、「ゲストを呼びたい」と男から打診され、義弟と共に快く『ゲスト』を迎えたその時だった。「バーカウンターで知人とグラスを傾けてみたい」、本国ではそのやんごとない身分が邪魔をして為せないのだろう「市井の民の生活を体験する」行為に期待を滲ませやってきた美人は、酒場での作法やらカクテルの組成やら、果てはバーテンダーは客とどのような話をして雰囲気を盛り上げるのかなんて矢継ぎ早に聞いてきて、思ったよりも好奇心旺盛な方なのだなと印象を改めたものだ。
 男や義弟との会話を交えながらの初めての酒席はそれなりに盛り上がっていた。記念すべき日だからと開けたフォンテーヌワインが、彼の前から一杯と半分ほど消えた頃だろうか。黙り込んでいた美人が不意に男の指を引き、ふわりと笑んで愛を囁き、満足したとばかりにカウンターに沈んだのだ。その時の男の様子を細かく思い出すことは控えるが、常の様子からは考えられないほど、それはもう物凄く動揺していた、とだけ。
「本人からの許可もあるんだ。いっそ持ち帰っちまえばいいのに」
「ガイア」
 けろりと言う義弟を名を呼ぶことで咎める。男はといえば、肩を竦めて苦笑した。
「俺がクソ野郎だったらそうしてたが。このひと秒で酔って寝落ちして次の日なんにも覚えてないだろ? 変に混乱させるのは本意じゃない」
 ついでに落ちるため息に、義弟と顔を見合わせる。難儀だ、実に。
 男の言う通り、かの美人は非常に酒に弱く、かつ酩酊してからの記憶をなくすタイプの酔い方をする人だった。絡み酒というよりは心の箍が外れやすくなっているように見える。酔っ払った彼がやる事は「男に愛を囁いて男に寝かしつけられるだけ」なので周囲に実害は――あると言えばあるがこの席に限っては――ない。男の苦労は推して知るべし、だけれども。
 なおアルコールが翌日に残るような体質ではないようで、衝撃の初回から一夜明けた後、「実に有意義な時間を過ごせた。可能であればまた席を共にさせて欲しい」とけろりと言われた時には思わず半歩後ろに控える男を見つめてしまった。後に同じことを言われたらしい義弟に、「公爵殿との賭けに負けた」と聞いたのだ。そういえば立ち直った男に義弟が持ちかけた祝杯を挙げようか、を、賭けてもいいがこのひと明日になったら全部忘れてると思うぞ、などと返して断っていたことをその時思い出した。
 どうやら酒席がお気に召したらしい美人とは二度、三度とカウンター越しに対したがそのたびに男限定の甘え酒を見せられて、三度目にもなると男の対応にもそつがなくなり(流石の適応力だと思う)今に至るのだ。
「ほんといい男だよなあ。マスター、この旦那にブランデーを」
 義弟の注文にうなずき新しいグラスを男へ差し出す。労いをこめたハーフロックだ。カランと氷を鳴らしグラスを傾ける男の姿は様になっていつつも疲労を滲ませていて、彼の葛藤が偲ばれる。
「あんたの理性で城壁を作ったら絶対に破られなさそうだな」
 男の隣で『午後の死』を舐めている義弟がしみじみと口にするのに深くうなずいてしまった。万に一つも唇が同じ部分に触れないようにと水入りグラスを百八十度回転させて美人へ渡した男がこのあと、寝落ちた彼を丁重に部屋までエスコートすることを知っているからだ。ベッドにお連れしたあとは起き抜けに必要であろう水とグラスまでサイドテーブルに用意して退出するらしい。うちの奴らより騎士らしいなと義弟が感嘆のため息をついていたのが、確か四度目。ちなみにその時は召し替えを所望されたらしく、紳士的にお手伝い差し上げたあと流石に飲み直したと聞いた(呼んでくれれば付き合ったのにと伝えた)。
「お褒めいただき光栄だね」
「自分から行く気はないんだよな?」
「ないな。なんだったらコレが友情なのか恋情なのかも量りかねてる」
「難儀だな
 首を傾げる義弟に肩を竦めて答える男に思わず唸った。
 彼は領主らしく慎重なところを持ち合わせている人間ではあるが、少々「過ぎる」のでは? と、思ったことがないと言えば嘘になる。かの美人が普段から男に対して全幅の信頼を寄せているのは、探索にせよ戦闘にせよ彼らと時間を共にした者から見れば明らかだったからだ。
「拗らせすぎた自覚はあるがガキの頃から監獄暮らしなんでね。生憎そういう方面の経験値はゼロに等しいのさ」
 普通のレディならまあ大方の予想で何とでもなるが、このひとだから。
 氷色 ひいろの瞳を細め呟く男の口調からは美人に対する深い想いが滲み出ていて、義弟と顔を見合わせる。
「大事にされてるんだなぁ、ヌヴィレット殿は」
「それが本人には伝わってはいるのか。「正しく」伝わっていないだけで」
「その結果恋情込みか不明ながらめちゃくちゃに懐かれてしまったと」
「全くその通りなんだが冷静に分析しないでくれ
 大変だな。しみじみと呟いた二つの声が重なって、男が流石に顔を顰めたところで壁の時計が歌う。どうやら良い時間だ。食器を片付け、カウンター周りを清掃して、美人を横抱きにした男のためにドアを支えて――『いつも通り』に、その日の酒席もお開きとなった。

***

 他日。エンジェルズシェア塵歌壺店では六度目の酒席が幕を開けていた。顔ぶれも変わらず、自分と、義弟と、男と、美人の四人だ。
「今日はヌヴィレット殿に試して頂きたいドリンクを用意してきたんだが、ご賞味いただけるだろうか」
 ラベルの貼られていない瓶をカウンターへと載せて申し出た自分に、美人が首を傾げる。
「新規顧客の開拓は我々の永遠の課題なんだが、その一環でね。バーテンダーの腕を頼る事なく、アルコールが得意でない人にも楽しんでもらえるドリンクの開発を試みているんだ」
 ちらりと、氷雪と星空の瞳を見やり。
「貴方も知っての通り、こっちの二人の意見は当てにできない。どうかご協力いただけないだろうか。当然ながらこれは僕個人から貴方個人への、旅人の仲間同士の友誼に基づいた『お願い』だ。この試飲によってアカツキワイナリーがフォンテーヌへ特殊な形態での貿易を求めることはないと誓おう」
 夜明けの空に似た色の瞳を見つめて真摯にそう持ちかけると、酒呑たちからひどいな、なんて恨み言が飛んでくる。それにふんと鼻を鳴らしてどうだろうかと言葉を重ねると、美人は僅かにその目尻をゆるめた。
「『友人』の役に立てるのならば喜んで。参考となる意見を提供できるよう努めよう」
「ありがとう。早速用意させてもらうよ」
 冷やしたグラスに瓶の中身を注ぐ。蒲公英酒よりは濃く、アップルサイダーよりは薄い淡黄色の液体が照明に照らされてやわらかく輝いた。
「ふむアルコールの香りはするが、独特の苦さは感じないな」
「極限までアルコールの成分を薄めつつ、酒の味わいを残せるような飲料を目指しているんだ」
「なるほど。一人だけ茶やフォンタなのは何となく疎外感を感じるという話を聞いたことがある。この一杯であればアルコールが得意でない人も共に酒席を囲んでいる気持ちになれるだろう。素晴らしい試みだ」
 もう一杯頂けるだろうか。
 どうやらコンセプト込みでお気に召していただけたらしいそれのお代わりを求められて、勿論と微笑んだ。

 ゆら、ゆら、と銀色の頭が前後に揺れている。合間に漏れる細波のような笑い声の主の背中に、酒を愉しんでいる場合ではないとばかりの表情の男が腕を伸ばしては引っ込めていた。バーカウンターの椅子には背もたれはないのだ。万が一後ろに傾いた時の事を案じているのだろう。いつものように、いつもよりは些か軽めのタッチの夫婦未満漫才を披露してくれた美人は、今日は寝落ちる事なく、男を大いに心配させながらこうしてそよいでいた。
「ヌヴィレットさん、今日はこれくらいにしておこう。だいぶ危ういぞあんた」
 とうとう肩にかかった指に、美人はゆるりと男を見つめる。
「そうだろうか? 私はとても良い気分なのだが」
 ふわふわするのだ。今なら雲の上が歩ける気がする。
 くすくすと笑いながら美人が頬杖をつくと同時に、その足元からコツンと音がした。大方宙を蹴った足がカウンターに当たったのだろう。
「そりゃあいい。その調子で地面は歩けそうかい?」
「んん水があれば」
「水」
「その方が早い」
「あんたが泳ぐ気でいるのはわかったよ」
 はあ、と、ため息が落ちる。同時に紡がれた「ほろ酔いの方がタチ悪いな」という台詞は、幸いにも美人の鼓膜を振るわせることはなかったようだ。
「ヌヴィレットさんがここを水没させる前に部屋にお送りした方がよさそうだ」
 手元のグラスを一息に煽った男が席を立つ。どうぞと差し出された手を嬉しそうに取り立ち上がった美人のしなやかな足がステップを踏み、仰け反るように後方へ傾ぐのを細腰に回った男の腕が支えた。
……地面は歩きづらい」
「そうだなぁ」
 まるでワルツを踊っているような体勢のまま、天井を見つめて不服そうに美人が呟く。腰を支える男の腕が微動だにしていないのは彼の胆力の成せる技か、はたまたこの人間離れした美人には体重など存在しないのか。
「歩きたくなくなってしまった。君の配慮に感謝する。私のことは捨て置いてくれ」
 すん、とそっぽを向く美人に、男が肩をすくめた。
「あんたの貴重な『お願い』だがそれは聞けないな。部屋まで護送しよう」
 言い終えて一呼吸。ひょいと抱き上げられた美人がぱちくりとその瞳を瞬いて、それから男に身を寄せ、機嫌がなおったとばかりにふふと笑う。
「きみのうではあたたかいな」
 スウウ、と、呼気の音がした。ため息ではなく呼気だ。心情が慮れ過ぎる。見ているこちらも辛い。
「いつもの時間まではいるからな」
「時間が合えばまた来てくれ。とっておきのブランデーを用意しよう」
心遣いに感謝するよ」
 例えば大切な商談だとか、気の抜けない強敵だとか、そんなものと対する時のように真剣にそう告げてしまった自分と義弟に、抱えた美人に懐かれていた男は草臥れたような笑みを残して部屋を出ていった。


で? あの別嬪さんに何を飲ませたんだ? マスター」
 にやにやと義弟が笑う。見たことない酔い方してたな、と。
「飲んでみるといい」
 残っていたドリンクをグラスに注ぎその前へ差し出すと、見た目はリンゴジュースだな、と呟きながら鼻を寄せ、一口含んだ義弟は今度は眉を寄せて首を傾げる。
なぁマスター」
「なんだ?」
「このドリンク、俺にはアルコールの香りがするリンゴジュースとしか思えないんだが」
 ううんと唸り、また一口含んで、うん、と確信を得たように義弟は続ける。
「弱い酒からはアルコールを感じないとかいう雑な舌はしてないつもりだ。だがこのドリンクからはアルコールを全然感じない。これ、酒じゃないな?」
「流石、エンジェルズシェア常連の隊長さんだ。予想の通り、それはアルコールの香りをつけたただのリンゴジュースさ。ノンアルコール飲料の新商品、だな」
 ふうん、と、愉しげに星空の瞳が細まる。
「マスターも人が悪い」
「一言言い忘れてしまっただけだ。見逃してくれ」
「まあいい加減公爵殿が可哀想すぎたしなぁ」
「あの方の今日の記憶が明日まで残ればそれで解決だろ?」
 しれっと笑みを返すと、義弟はアルコールフレーバーのリンゴジュースを口に運びつつ得心したように呟いた。
「いつもと絡み方が違ったのはそれでか。その感じだとヌヴィレット殿と何か作戦でも立てた、ってわけでもなさそうだな」
「ああ。あの方とその手の調略は相性が悪い気がしてね。それに相手が悪すぎる。何か仕込めば即座に看破されただろう」
 義弟の問いにうなずく。並の相手ならともかく、『公爵』相手に『あの美人に関する事』で渡り合おうなど無謀に過ぎると、彼らと関わった者であれば判断できるだろう。相応の賢さがあれば、という注釈はつくけれど。
「うーんって事は、ヌヴィレット殿のアレは演技ってことか?」
 だとすれば魔性すぎないか、あんなに綺麗な純粋無垢のガワを被れる人間なんてそうそういないぞと戯けて腕をさする義弟にグラスを取り出して首を傾げる。
「賭けるか? 僕は空酔いにバブルオレンジ・サンライズを」
「なるほどそうきたか。なら俺は演技じゃない方にフォンテーヌワインだ」
 ふは、と。どちらからともなく吹き出した。どうやら賭けは成立しなさそうだ。

***

 さて。
 賭けの題材になっていることなど当然知りもしないリオセスリは、旅人たる少年から自由に使ってと言われたいくつかの部屋の一つで心中頭を抱えていた。腰掛け(させられ)たベッドの隣にはヌヴィレットそのひとが座っている。その眉はきゅうと寄っており、グローブのない白い指先がリオセスリのシャツの裾に皺を作っていた。
「約束を違えるのか」
 共に眠ってくれると言ったのに。拗ねたような呟きにそっとため息をついた。そんな約束はしていない。傍にいて欲しいと言われたから眠るまではお供しますよと答えただけだ。おやすみからおはようまでとは言っていない、断じて。
「龍の一族にとって『約束』は重いもの。違えると言うなら末代まで、……
 リオセスリのシャツへ持続ダメージを与えつつ不穏な事を口にしかけたヌヴィレットが言葉を切る。
リオセスリ殿の裔? 君が誰かのものに? いやだ耐えられない君の隣は私がいい……
 水を失ったロマリタイムフラワーのように萎れるその様とぽそぽそと零れ落ちる言葉に思わず上げそうになった呻き声はなんとか飲み込んだ。そろそろ容赦して欲しい。こんな事になるならあんたの好きはどっちの意味だともっと早くに聞いておけばよかった。この想いと墓まで添い遂げる覚悟はとっくにしてあるが、これは予想どころか想像の外だ。
「あー、しょげないでくれ、ヌヴィレットさん。その予定は無いよ」
 もっと単純であれたなら、或いはヌヴィレットへの想いをここまで拗らせていなかったなら、俺も隣はあんたがいいよくらい言えたのになぁ、なんて感情の制御と根回しの甘さを後悔しつつ口にした恰好のつかない慰めに、ヌヴィレットはほっと表情を和らげる。
「そうか。それは良かった。そもそも何故そんな話に、」
 それからことりと首を傾げ、むむと眉が寄る様を見て苦笑した。どうやらなあなあにはしてもらえなかったようだ。なら良い、と眠ってくれたなら万々歳だったのだが彼の優秀な頭脳が憎い。
「リオセスリ殿」
 遂に片腕を捕らわれるに至ってリオセスリは観念した。今夜の睡眠には別れを告げるほかなさそうだ。
「わかった、わかったよ。謹んで添い寝させて頂きますとも」
「よし」
 なんでそんな嬉しそうなんだあんたは、などと聞けるはずもなく、リオセスリの腕を抱えていそいそとベッドの中央へ移動するヌヴィレットに引きずられるままその隣に横たわる。あろうことか二の腕を枕に寝る体勢を整えられてしまい再び呻き声を飲み込まされつつ、リオセスリは形ばかり瞼を下ろした。


 ――結論から言おう。安眠だった。
 少年の計らいにより今は外界と時の流れを同じくされている洞天の、朝の白い光をぼんやりと見つめながら疑問符を浮かべる。経験上他人がいる場所で眠るときは熟睡とは無縁だった。同じ寝床で眠るとなれば尚更で(そもそんな経験もほとんどないけれども)、その上共枕の相手が長年恋心を拗らせてきた片恋の君とくればそんな要素はどこにもないのに随分とすっきりした目覚めにいっそ戸惑う。今日なら看護師長に「睡眠時間が足りていない」と叱られる事はないかもしれない。
 このひとは突き詰めれば元素そのものみたいなものだから本能の持つセンサーに引っ掛からなかったんだろうか。自分の心が一夜にして枯れ果てたんだったらそれはそれで物凄く悲しいな、などと自分でもよくわからない事をつらつら考えていたリオセスリの耳が、朝の静寂に響く小さな呻き声を拾う。それの出所、今現在もリオセスリの腕を枕代わりに肩口へ顔を伏せ何故か縮こまっているヌヴィレットの、白銀の髪から覗く耳は赤くなっていた。
「ヌヴィレットさん」
 悪酔いでもしたのかと、そっと掛けた声にその肩がびくりと震える。直後、がば、と音がしそうな勢いで上がった白皙は鮮やかな紅に染まっていた。
「好きだ」
「え」
 朝の挨拶と聞き間違えた訳ではなさそうな三文字に驚いて間抜け面を晒し固まっていると、その美貌が途方に暮れたようにゆがむ。
「し、素面の時に言えばうなずくと君は言った、」
 もごもごと呟かれた言葉にまたたいた。それは言った、昨日。これまでと合わせて三回目ほどになる、軽口に混ぜた本音。
「もしかして全部覚えて」
……
 こくりと、ヌヴィレットがうなずく。昨日のやりとりを全て覚えていて、その上でこうして『好き』をくれた彼のそれが友情か恋情かなんて、もう迷う余地はないだろう。
 顔を真っ赤にしたまま、泣きそうな顔でこちらを見つめてくるヌヴィレットの頬を手のひらで包む。
「なら誤魔化す必要も理由もないか。ありがとう、ヌヴィレットさん。俺もあんたが好きだ。ずっと惚れてた」
 じんわりとした熱を宿して揺れる夜明けの瞳を真っ直ぐ覗き込んで告げると、長いまつ毛がはたりと羽ばたいて美貌が蕩けるように笑う。
「信じてくれたな」
「『約束』したからな」
「随分と力任せな解釈だ」
 よかった、と囁くヌヴィレットをそっと胸の内に囲って口にした言葉に、片恋の君改め愛しいひとは楽しげにその声音をさざめかせた。

***

 仔細は伏せられてしまったがそういうわけで丸く収まった、と男から報告を受けてから初めての酒席である。
 アルコール度数の低い酒はどれだろうか、それが欲しい、という美人からのオーダーと、少しでもアルコールが掠ってるものは避けてくれ、という男からのオーダーに挟まれてカウンターの内側で肩を振るわせる。どうやら過保護に拍車がかかったらしい男と美人が、今後に備えて、今後が来ないようにしてくれ、確かに宴席で酒類を口にした事はないが、それで正解だ今までのあんたの選択に心からの拍手を送るよ、なんて軽快にやり取りするのをバブルオレンジ・サンライズ(男から『賭けの勝者』への配当だそうだ)を片手に眺めていると、いつかのように肩を落とした美人が言う。
私も、君と酒が飲みたい」
 ぐう、と、男が嚥下に失敗したような声で呻くのに、頭の中で少年が「特効倍率が上がったみたい」と笑う声がした。意味はわからないがわかる不思議な感覚に脳内の少年へ同意を送ったところで、男の隣でフォンテーヌワインを揺らしながら義弟がくつりと笑う。
「いいじゃないか。『外』で試すよりここの方が千倍安全だし、それこそ今は『持ち帰り』も同意の上だろ?」
 明らかに面白がられているのに男が気づかないわけもなく、コーヒーを倍量で作ったカフェ・ロワイヤルを口にした時のように顔を歪めた彼はそれは苦々しげに反じる。
「例え双方同意の上の恋人同士であっても、酒で前後不覚になってる相手を手篭めにするのはクソ野郎のやる事だってのがフォンテーヌの常識なんでね」
「私は構わないのだが」
「勘弁してくれ!」
 真綿にくるむかの如く大切にしたいのだろう相手からの唐突な友軍狙撃 フレンドリーファイアについに悲鳴を上げた男と、そんな男をどことなく不満そうに見つめる美人というこれ以上ない肴を前に、それは楽しげな笑みを浮かべる義弟から差し出されるグラスに己の持つそれを合わせた。