ヒエ、と、自分らしからぬ感嘆詞が口の中に消える。姿見の前に立っていた光忠が、こちらに気付いてああ国広、とその灯火の瞳を細めた。
共にこの本丸に暮らして九年。九年だ。どころかそろそろ十年目の足音さえ聞こえている。日々カッコよく、を信条とする光忠の、一歩先を行く洒落者振りは何度も目にしてきた。何の変哲もない(はずの)ジャージであったり、小物類を効果的に活かした軽装であったり、修行を経てより磨き上げられた戦装束であったり。いつだって隙のないスーツ姿なんてそれこそ見慣れていると思っていた、のに。
なんだこれは、と、心中で呟く。そういえばスーツに白以外のシャツを合わせているところを、実はそこそこ苦労して整えているのを知っている「いつもの」髪型以外を、見たことがないとそこで気付いて、喉がおかしな音を立てた。
これは知らない。
その姿に安らぎすら覚えていた黒いスーツの着こなしに先があるなんて。
「あんちゃん!」
立ち尽くしていた国広を、こちらに手を振りながら貞宗が呼ぶ。「政府の盛装もなかなかイケてるな!」と試着にはしゃぐ弟分を格好良いぞと褒めたのはつい先日だ。
「やっと来た! どうだい、みっちゃんド派手でカッコイイだろ! 髪型のアレンジ、俺も一緒に考えたんだぜ!」
ふふんと胸を張る貞宗にそうかとうなずいてやって、固まっていた足を動かす。ご機嫌麗しい様子の光忠の脇を通り抜けざまに鼻をくすぐった香りはいつものそれではなくて、またざわりと胸がふるえた。この男どうやらコロンも変えている。勘弁して欲しい。
光忠を見ないように貞宗の元へ辿り着き、ついでにその小さな背の後ろに身を屈めた段になって、二人はあれとばかりに色合いの異なる金眼を瞬き見合わせたようだった。
「国広?」
「どうかしたか、あんちゃん」
二つの声にいやなんでもないと答えたはずの声はもごりとくぐもって空気を揺らすことなく消える。なんでもあるし、こうして弟分の背に隠れている時点でなんでもないと言ったところで信憑性はゼロなのだから。
「あんちゃんに見せるんだってめちゃくちゃ張り切ってたんだぞ、みっちゃん」
貞ちゃん、なる呻きをからりと黙殺し、こちらへ向き直った向日葵と見つめ合う。察してくれ、の声なき声を正確に読み取ってくれたらしい優秀な弟分はややして首を傾げた。
「惚れ直しちまった?」
こくり。小さくうなずくと、貞宗はそっかぁ、とにっこり笑って。
「だって! よかったな、みっちゃん!」
「ありがとう、嬉しいよ。でもできれば国広の口から直接聞きたいなぁ…!」
くるりと首を巡らせた貞宗に親指を立てられた光忠が笑む。歓喜の中に滲む微かな希求の色は、国広相手にしか見せないこの伊達男の『甘え』なのだと今の国広は知っている。知るに足るだけの時を隣で過ごしてきたのだから。
けれども「それはそれ」なのだ。今この時においては。国広は貞宗の影からちらとその立ち姿を見つめて呻く。
頼むから見慣れぬ装いで見慣れた顔をしないで欲しい。いよいよ感情の置き所が分からなくなって、指先が前髪の辺りを彷徨う。今更、それもこんな理由で、纏い布が恋しくなるとは思わなかった。
「国広、」
せめて顔を見せてよと困ったように紡がれる美声に、暴れる心臓を宥めながら口を開いた。
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この後お着替えして「ほらいつもの僕だよ!」「必死かよ」ってやりとりをします多分(国広君の前だといまいちカッコつかないところも見せるようになった旦那歴九年目の光忠さん)(愛)
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