紫輝
2024-09-07 12:16:52
3564文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】そっちには婿入りしてないな【原神】

流泉の衆のモブ勇士にお手合わせ申し込まれて相手してあげるリ殿の話。ナタの人間勢力、敵対というよりは勝負してくれの印象が強いのでこんなことあったらいいのになを形にしてみたら想定の三倍の文字数になりました。リ殿格好いいからね仕方ないね

 ナタに生きる人間は皆戦士だ。常に鍛錬を怠らず、高みを目指して武器を振り、頭脳を回す。
 仲間うちでの鍛錬は勿論、野外に出て他部族の戦士達や腕に覚えのある冒険者達と武器や拳を交えるのも貴重な経験の素だった。
 ここアメヤルコの水域で、最近名を挙げている戦士がいる。全身に黒を纏った筋骨逞しい男だ。その体躯に相応しく、男の武器は不思議な金属で鎧ったその拳だった。強さもさることながら、この地域では珍しい氷の元素力の使い手であることも相まって男との手合わせを望む部族の戦士は数多い。どうやら男と同時期に名を知られ始めた金の髪の旅人の仲間らしい彼はまたいつ旅立ってしまうかもわからないとあって、野外で男を見かけたらすぐに手合わせを申し込め――というのが、この辺りを稽古場とする同胞達の最近のモットーになっている。
 男が有名になっているのにはもう一つ理由があった。
 武器から散った水の力が、男の元素力で凍りついて煌めく。瞬間奪われる視界に背後へ跳んで距離を取り、得物を構え直そうとして慌てて身体を捻った。
(来た!)
 今の今まで身体のあった場所を、水塊が貫いていく。それが飛んできた方向を見やれば、コホラ竜が口を開けていた。遅れて三歩先にも小さな水塊が着弾して、ぱちゃりと可愛らしい音を立てる。これが男の『有名』たる理由だった。手合わせをしていると必ず――それが水域から遠く離れた岩場などであれば別だが――コホラ竜が加勢に現れるのだ。今回のように仔竜が参戦してくることもよくあって、それがより珍しさを引き上げていた。
 『仲間』以外のコホラ竜と手合わせできる機会はそうそうない。最初こそ驚いたものの、今は竜たち込みで貴重な戦闘経験を積ませてもらえる好機と、同胞達の受け入れは好意的だ。複数で挑んでいる時などは――事前に申し出れば、男は大抵条件を呑んでくれるそうだ。男は彼らを頭数に入れたことは一度もないそうだが、大抵コホラ竜が現れるので多対一で始めてもとんとんになるらしい――コホラ竜に指示を飛ばす、上塗りした珍しい光景が見られるという。いつか見てみたいものだ。
 コホラ竜の水砲を掻い潜り、男へと接近する。彼の武器は拳だ。武器のリーチを活かしつつ男を懐へ入れない立ち位置を探りながら繰り出した突きを男が流れるように屈んで躱し、立ち上がる勢いを乗せた拳が つかを狙って突き上がってくる。武器を破壊されることはなかったが、両の手に伝わる衝撃に思わず力が緩み剣が宙を舞った。
っ、まずい」
 男が呟く。
 跳ね飛ばされた剣の、重力に従って落下するであろう先にはコホラ仔竜がいた。ダンッ、と力強く大地を踏み締めた男がひと呼吸で仔竜との距離を詰め、その体を抱えて飛び退る。そこへ重々しい音と共に落下し地面を僅かにへこませた剣を見て、男と自分、どちらともなくため息をついた。
あー、悪い。今回は俺の負けでいい」
 右腕に仔竜を抱え、左手で得物を拾ってきてくれた男がそれを差し出して苦笑する。
「いや。どの道武器を飛ばされた時点で俺の負けだった。手合わせ感謝する」
 あのアクシデントがなければ、と想像してみるが、男の拳が眼前に迫って参ったを叫ぶ自分の姿しか浮かばなかった。剣を受け取り差し出した片手を握り、こちらこそと朗らかに笑んだ男の傍らからコホラ竜が顔を出す。ぐるると喉を鳴らす竜を、男の手が撫でた。
「あんた本当にナタの人じゃないのかい? 俺と仲間の知る限り、相棒でもないコホラ竜にそんなに懐かれてる人を見るのは初めてなんだが」
 そればかりではなく、男に加勢する竜が同じ竜ではなさそうだ、というのがこの男のすごいところだ。もしかしたら物凄く努力すれば水域中の竜達と友誼を結ぶことだってできるのかもしれないが、ナタに所縁 ゆかりのなさそうな、つい最近やってきた異国の人間にそれが為せるとは到底思えなかった。
「俺は正真正銘の異国人だよ。ただそうだな人生のパートナーが物凄く竜に懐かれるひとでね。そのひとの影響かもしれない」
 なあ? 男の言葉を理解しているのかいないのか、頭を撫でるその手を尾を振って受け入れていた仔竜が顔を上げる。成竜の方もその瞳を遠くへと向けていた。
 あちらに何があるのだろう。つられて向けた視線の先に、白砂 しらすなの上でひらめく青を見る。
 銀色の長い髪が水域を渡る風に遊び、すらりとしなやかな体躯を包む紺碧の長衣に施された装飾が煌めく。語り部でない自分にはこんな表現しか出来ないが、とてもうつくしい人間だった。豪奢なブーツのつま先で水面を揺らすように砂浜を歩きこちらへとやってくるその人の両脇にはコホラ竜が寄り添っている。まるで付き従っているように。
 大霊の化身がヒトの形をしていたらきっとこんな姿なのだろう。根拠もなくそう思ってしまうくらいに、目の前の光景は兎にも角にも現実離れしていた。男が「あれ」と不思議そうに口にするのも耳に入らなかったほど。
「リオセスリ殿、ここにいたのか」
 大霊の化身と見紛う麗人は男の傍までやってくると典雅に微笑み、見つけたと囁く。部族が誇る湧水 ゆうすいのような澄んだテノールだった。
「ヌヴィレットさん、なんでここに。今日は来る予定じゃなかっただろ?」
予定 裁判 が延期になったのでな。君が手合わせとやらをしているところを見られるかと思い伝達役を引き受けたのだが
 麗人の瞳がくるりと周囲をなぞる。男の傍らの竜を見て、自分を見て、男の顔へ視線を戻し、残念そうに眉が下がった。
「出遅れてしまったようだ。それに、またこの子らは手合わせに『参加』してしまったのだな?」
「不思議と気づくんだよなぁ。まあ今のところお相手からは不満は出てない。レギュレーション違反のストップもかかってないしな。そうだろ?」
 突然水を向けられて、とりあえずおうと頷いておく。手合わせは互いに納得の上で行うのがルールだ。条件に不満があれば擦り合わせをして、折り合いがつかなければ別の相手を探す。協議の末向かい合って挨拶を交わした時点で男が元素力を行使しようがコホラ竜が乱入してこようが不満はない。それがナタの作法なのだと麗人に説明すると、彼はなるほどと頷いてくれた。
「貴殿の貴殿らの寛容に感謝する。ここはよき国だな」
 ゆるりと目を細めて麗人は言う。先から感じていたが彼の言葉選びは少し古風だ。彼自身の雰囲気もあるが、その存在に現実離れ感を強く感じるのはその辺りも影響しているのだろう。
「言って聞かせてはいるのだが、どうも君が害されようとしていると勘違いをするらしく
「なんだ、心配して助けに来てくれてたのか。おちびさんも参戦してくるから竜の作法で人間と遊びたいのかと思ってたよ」
 喉奥で笑った男にありがとな、と労われた大小の竜が誇らしげに喉を鳴らす光景に、『流泉の衆』たる自分たちの目指す先を見た気がした。
「ところでヌヴィレットさんは何を伝達しに来てくれたんだ?」
 男が首を傾げるのに、麗人がはっと息を詰めて。
「旅人が君を探していた。新しい秘境の入り口が見つかったので調査に行きたいそうだ。君と、私が揃っているなら何かあっても多分なんとかなる、と言っていた」
 『伝達』を聞いた男はその氷色 ひいろの瞳を瞬きため息をつく。
「我らが友人殿は最近遠慮がなくなってきたな」
「遠慮のいらない間柄、ということだろう? うむ、実に喜ばしい。彼の信頼に応えなくては」
 ふわと笑む麗人の発する言葉はどことなくズレていて、なんというか、大いなるものというよりは人里を初めて見る小さな精霊のようだ。初対面の相手に礼を失すると思いはするが少々危うく見える。
「まあヌヴィレットさんが嬉しいならいいけどな」
 その言動を何を言うでもなく受け入れて、やれやれとばかりに笑みを浮かべた男がこちらへ向き直り。
「そういうことみたいだ。俺たちは失礼させてもらうよ」
 機会があればまた。そう口にしてひらりと手を上げ、コホラ竜達と共に去っていく二つの背中を見送ってからしばし。
 麗人を見る男の瞳が宿していたやわらかな輝きと竜に寄り添われていた麗人の姿が『人生のパートナー』の文字とイコールで繋がって、なるほどなぁ、なんて誰にともなく呟いてしまったのだった。
 その後。
 自分の語った『体験談』に尾鰭がついて男に『大霊の化身の婿』の二つ名が付いたり、リオセスリ殿に娶られたのは私だが? なんて、その名を旅人から聞いた大霊の化身、ならぬ水の竜を統べる王がいたく腹を立てたりするのだけれど。
 そんなことは再戦に向けて鍛錬に励む流刃の勇士には知りようのない話だった。