紫輝
2024-07-20 11:21:47
6202文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィとスキュラ】水底の月下老人【原神】

二人が両片想いなのを知ってご縁を繋いでくれるスキュラお爺ちゃんの話です。例によって夢と希望とご都合主義の詰め合わせです。往日の海のような広く深い心で読んで頂けたら
二人とも『年上の同胞』バフと『好きなひとの同胞』バフでお爺ちゃんに対して心のセキュリティガバガバになりそうでとても可愛い。みんなでわちゃわちゃして欲しい

 太陽が四回昇って沈み、次の日の月が昇る頃に、私は貴方に会いに来たい――黄金の少年の厚意により成った謁見のあとそう口にした若き王は、その言葉の通り決まった日、決まった時間にスキュラに会いに来てくれる。やわらかく降る月光の下、太陽を四度見送る間地上の世界では何があったのかを語り聞かせてくれるのだ。それは彼の王の『職務』のことであったり、彼の王が愛する眷属たちとの心温まる触れ合いのことであったり、彼の王が黄金の少年と共に旅した世界の事であったりするが、多くを占めるのはとある人間の話だ。
 リオセスリ殿が。
 リオセスリ殿に。
 リオセスリ殿と。
 王は紡ぐ。『リオセスリ』なる人間の事を。彼の人間と味わった紅茶のこと。交わした会話。贈られた物たち。
 王は歌う。信用している。頼りにしている。同じ空間にいるだけで安心するような、落ち着かないような、地に足がついていないような心地になるのだと。
 その声は在りし日に地上で聞いた小鳥の声のように愛らしく、母なる海宿す瞳がきらきらと輝く様が稚い。
「良き人間なのですな」
 不敬と知りつつその姿に年若き同胞たちを重ねて微笑ましくその歌を聞いていたある日そう切り出したスキュラに、彼と出会えたことは私の最大の幸運だと思う、と微笑んだ王は何かに気づいたように笑みを消し。
「すまない、気兼ねなく彼の話をできるのが貴方しかおらず、つい貴方には興味も持てぬだろう話を」
 その両指 りょうしを組みどこか沈んだ様子でそう続けるので、いやいやと首を動かす。
「未来の御伴侶様の話となれば幾らでもお聞かせ願いたいものですぞ」
 大切な王に優秀な伴侶が確約されている。おいそれと『上』に上がるのを躊躇う今のスキュラとしては『リオセスリ殿』に関する話は歓迎こそすれ忌避する理由は欠片もない。そのうち御本人にも会いたいものじゃ、などと考えていた呑気は、
「待ってくれスキュラ殿、彼はそういうのではなく、その――私の片想いなのだ」
 ぽそりと告げて俯いた王の、ふより揺蕩う銀糸を見て驚愕に形を変えた。
 片想い。一方だけが恋情を抱いていること。多くの場合、もう一方は(恋情という意味において)なんの思いも抱いていないことが多い。記憶を掘り起こし、むむと唸る。王は純粋な方だ、と、スキュラは思っている。齢千を越え、五百年近くを人間と交わって過ごしていてなお、その言動には世慣れぬ色が滲む。『職務』のため、敢えて交り過ぎぬよう律していたと聞いていた。その影響もあるのだろう。その王が語る『リオセスリ殿』からは、王への並ならぬおもいが、情が感じられる。だからこそスキュラは彼の人間こそが王の隣席に選ばれし者なのだと判じたのだけれども、どうやら王の『片想い』らしい。はて、これは如何に。
 今は近くに在って言葉を交わせるだけで嬉しいのだと、これ以上は望んでいないのだと頬を桜貝の色に染めて呟く王の健気さに、なぜこの形に進化してしまったのかとウン百年も前の事を遅ればせながら後悔した。陸を行ける体躯があったなら、すぐにでも『リオセスリ殿』の所にその真意を確かめにいくものを。
「儂でよろしいのならいつでも、お気の済むまでお付き合い致します。意中の君のお話、お聞かせくだされ」
「感謝する、スキュラ殿。ただその、その言い方は
 生憎その小さな頭を撫でて慰められる腕を今の己は持ち合わせていない。代わりに生み出した泡でその頬にぽむりと触れれば、王はほっとしたように、後半は少し恥ずかしげに笑った。

***

 リオセスリ、なる人間に会ってみたいのだが。偶然にも、そして幸運なことに往日の海を訪れた黄金の少年にそう告げたスキュラに、彼は首を傾げた。「どこでその名前を」、当然聞かれる情報の出所に我が王の覚えめでたいようなのでと答えれば、そっかと笑った少年は岩棚の一角に――少年や王が自分と語らうとき腰を落ち着ける場所だ――不思議な置物を設置した。ポケットワープポイント、と言うらしい。扱い方さえ知っていれば瞬時にここへ移動できる便利な代物だそうだ。王と同じくらい多忙であるらしい『リオセスリ殿』を招くにはこれが一番手っ取り早いのだとか。自分や王の付き添いは必要かと問われたが断った。二人がいてはできる話もできないので、とは、勿論口にしない。代わりに敵意がないことだけ丁重に伝えて欲しいと頼むと、少年は任せてと頷いてくれて。
 太陽が二度昇って沈んだ頃やってきた『リオセスリ殿』は、ヒトに照らせば頑強な体躯を持つ青年だった。王と並べば似合いだろうと考えて、それ以前の問題があったと浮かれた思考を追い出す。招きに応じてくれた感謝と自らについて語ったスキュラに、「本当にいたんだな、特大級のヴィシャップ」と、青年はからりと笑った。
「それで? わざわざ俺を呼んだ理由は何だい?」
 顔を見るだけが目的じゃないんだろ?
 首を傾げる青年は、なるほど王の語る通り、常人よりも頭の回転が速いらしい。まさか王に惚れているかと馬鹿正直に問うわけにもいかない。さてどうしたものか。
「貴殿はあの黄金の少年と同じく、我が王と友誼を結んでいると聞き及んでおります。貴殿から見た我が王の話をお聞かせ願いたく、こうして足労願った次第」
 王が語ってくれるようにこの青年からも王との日々を聞くことができたなら、勝ちの目までは見えずとも、何かしらの光明は見出せるのでは。一抹の期待を胸に口にした願いに、青年はなるほどと頷き、そういうことならと思案げに目を伏せ、もしかしたら龍種 あんたらにとって不敬に感じることを言うかもしれないがまずは口で怒ってくれと前置いて。
 王が如何に真摯に、熱心に『職務』に励んでいるか、その有能なる仕事ぶりを語ってくれる。王の非凡なるを他者の――それも異種族の――口から聞くのは実に誇らしい。こぽりと泡を吐く合間に聞こえた「だが少し頑張りすぎなんだよな」という言葉におやと思い、
「それに最近は少し危なっかしい」
 続いた台詞に瞬いた。
「危なっかしい」
「結構好奇心旺盛だよな、あのひと」
 人間と歩み寄るのを決めてからこれまでの分を取り戻そうとするかのように人間界に関する知識を吸収しようとしているらしい王は、青年曰く「純粋すぎて目が離せない」らしい。明らかにぼったくられているのに良い買い物をしたと胸を張ってみたり、気性のせいで聞いたことをまず信じるところから入るので妙な情報に(周囲が)振り回されたりしているそうだ。予想よりも微笑ましく、スキュラにとっては大いに期待の持てる話が飛び出してきてヒレが揺れてしまいそうになるのを抑えられない。おそらく一番被害(という言い方は不敬だけれども)を被っているのだろう青年は楽しそうで何よりだよと肩を揺らし。
「あのひとはこれから長い時を生きるんだろう。それなら少しでも、その人生いや龍生か? が、あのひとにとって楽しく歩めるものになったらいいなと、俺は思ってる」
 眩しいものを見るような、届かぬものに思いを馳せるような目で笑う。これはアレでは。スキュラは思った。
「なるほど、その一助となるため、貴殿は力を尽くしてくれているのですな」
「一助なんて大袈裟だ。俺は俺の勝手な願いを、心配りに偽装して押し付けてるだけさ。一応『友人』の枠には入れてもらってるからか、あのひとはいつも律儀にそれを受け取ってくれるけどな」
 思ったがまだ確定ではない。早まってはならぬと言い聞かせ重ねた言葉に返った言葉と表情はスキュラの期待に、願いに足るものだ。
……これは、誠に、深い、」
「おっと、それ以上は胸の内にしまっておいてくれ。あのひとの同胞 あんただから話したんだ」
 それどころかスキュラのそれを容易く飛び越えるほどの、深海に似た深く静かな想いをさらりと語ってみせた青年は対面時と同じように快活に笑う。その様が淡く笑んだ王と重なって、スキュラは決意した。この えにし、必ずや繋いで見せよう――と。

***

 王の歌を聞きながら、青年の心に思いを馳せながら、スキュラは思案する。片想いではないのだと、王に告げるのは簡単だ。けれどそうするには情報源を明かすことは必須で、そうなれば青年が語ってくれたあの深海に似た想いを自分 他者の口からその耳に入れることになる。それは青年に対する裏切りに等しく、胸の内にしまっておいてくれと笑った彼との約定を違えることにもなる。大切な王と未来の伴侶に対してそのような不誠実は働きたくない。では如何にすべきか。自らが戯れに吐き出したリング状の泡を楽しげにくぐる小魚の群れを見つめながら、そういえばそろそろ陛下との目通りの日だなとぼんやりと思い。
 ひとつ。
 閃いた。

 その閃きを後押しするかのように顔を見せにきてくれた黄金の少年に、青年への言付けを託す。“陛下のことで相談に乗ってほしいことがある。次の月が昇る頃訪ねてはくれないだろうか”――内容に少年は少しばかり心配そうな顔をしたけれども、日程調整が無理そうだったら伝えに来るからとそれを預かってくれた。聡明な子だ。何か返せるものがあれば良いのだが、今のところこの広い海の探索を手助けするくらいしかできないのが歯痒い。
 再び招きに応じてくれた青年へ告げる。「どうやら最近陛下には想う人間がいるようで」、「その人間の人となりを知りたいのです」。
「貴殿にこのような頼み事をするのは礼を失すると理解はしておるのです。ですが、ですが我が陛下の事、頼みは貴殿しかおらず
「わかった、わかったよ」
 一瞬眉を寄せた青年がそんな素振りはと呟くのに若干の申し訳なさを感じつつ、できうる限り悄然と訴えれば、両手を顔の横に挙げた彼は諦めたように頷く。水龍は本当にタチが悪いと続いた言葉に、彼が「危なっかしい」王に振り回されているのだろう外での光景が脳裏をよぎって微笑ましくなった。これを盤石に、恒久のものにせねばと決意を新たに、スキュラは講じた策を実行に移す。
「その方というのは妙齢の男性で」
 一言目。男か、と、青年はぴくりと眉を動かして呟いた。本人は隠しているつもりなのだろうけれども、それはもう苦々しげに。
「博識で会話の上手、茶会の心得があり、その手による紅茶が絶品なのだとか」
 二言目。随分優雅な趣味をお持ちのようだと青年は瞳を細める。
「職務に対し真摯かつ有能で、荒事にも長けるそうです」
「おいおい、どんな超人だい? さすがあのひとはお目が高いというか何というかそんな男が未だに独り身ってのが信じられないがまあそれはこっちで調べればいいか。その『職務』についてヌヴィレットさんは何か知ってそうだったかい?」
 三言目。青年は両手のひらを上向けて肩を竦め、ついに降参だとばかりに声を上げた。ここまで言っても気付かないとは、と、呆れを通り越して悲しくなってきた。彼が聡いことは知っている。青年は本気で、或いは無意識に、自らが王の伴侶に選ばれる可能性を排除しているのだろうと、気付いてしまったからだった。なればもう答えを言うしかあるまい。
水底 みなそこにて監獄の長を務めていると聞いております」
 ぱちりと、金環を宿した蒼い瞳が瞬く。それが瞼の裏へ隠れ、深いため息が泡に変わって昇っていった。
………スキュラ殿」
 その眉間に海溝の如き皺を刻んだ青年が、恨めしげに紡いだ声が水底を這う。
「何か」
「あんたは俺があのひとに惚れてるのを知っているな。知ってて『それ』を言うのはあまりにも趣味が悪いと思わないか?」
 龍ってのはその辺りも矮小な人間とは感覚が違うのかい?
 けろりと応じれば、冷えた声音が海を揺らした。イコルの体でなければ主の心に呼応した僭主の眼差しの冷気が肌を刺したかもしれないが、幸い己は生身ではない。
「なるほど、信じては頂けぬ、と」
「信じる信じないの次元にない。俺の反応を退屈凌ぎに使うのはいいが、あのひとをダシにしないでくれ。万が一このやり取りがあのひとに知れて軽蔑されたら俺はさすがに立ち直れない」
 言い方が宜しくない。自身にもかつてあった『眉』を思い切り寄せるような感覚と共に思う。この頗る有能な青年はどうにも自己肯定感が低くていけない。これでは陛下も悲しもうに。まあそれはいずれ王に進言するとして、今は目の前の事だ。
「頑固な方じゃ。ならば直接お聞きなされ」
「だから、……は?」
 ひれを振り、ふすんと鼻を鳴らす代わりにこぽこぽ、泡を吐き出して言ったスキュラに一瞬激昂の片鱗を覗かせた青年が、ひれの動きと言葉の意図に気付いてか焦ったように身を返した、その、先に。
 青年曰く「あのひと」が、途方に暮れたように浮いていた。その白いかんばせは鮮やかに染まっている。さすが我が王、時間に正確ですなと(気持ちで)手を叩き、どうやら最初からここまでをその耳に入れられたことを確信してにまりと笑んだ。
ヌヴィレットさん、」
………っ!!」
 呆然と呟く青年の声に我に返ったらしい王がぱっと身を翻す。蒼い痩躯が海藻の向こうへ消えてしばし。
……あんた、謀ったな?」
 がしがしと髪を乱しながら振り返る青年に、スキュラは空惚 そらとぼけて頭を振る。
「滅相もない。片恋なのだと言いながら毎度毎度愛らしく貴殿のことを語る我が陛下が余りにもいじらしく、ちょいと意中の君と話をしてみればそちらも陛下に片恋だと言うからこれは背中を押さねばならぬと決意したなどひれの先ほども思うておりませぬな」
「くそ……
 やられたと、青年がそれは悔しそうに呻くのが愉快で仕方がない。
「腹を括って我が王の隣席に座って下され。それとも成就した恋には興味を無くす御仁ですかな?」
冗談。二十年ものの恋なんでね。よしと言われれば堂々と座らせてもらうとも」
 揶揄い半分、願い半分にそう問えば、未来の王配はふてくされていた顔ににやりと笑みを飾る。それから腰に手をやり、とは言え、と呟いた。
「水中であのひとを捕まえるのは絶対に無理なんだよなぁ……
 王の泳ぎ去った方向を見つめ、若干遠い目でそう口にする青年の脳裏では勝敗の決まりきった追跡劇が上演されているのだろう。
「不測の事態に遭遇した若い龍は、兎角身を隠したがる傾向があります。そこが狭く薄暗ければなおよろしい」
……ほう? とすると、あの海藻の群生地とか遺構とかその辺りか」
「さすがのご慧眼。儂ならば遺構の方を選びますな」
 ここに至った以上己を巻き込んででも王を捕まえてやろうという意思を感じる、何らかの策謀を巡らせているのか俯きがちになっている青年に告げると、彼は顔を上げて周囲を見渡す。その視線を追い青年の見立てに太鼓判を押せば、彼はぐるりと肩を回し、なるほどと笑った。
「貴重な助言に感謝するよ。ちょっと行ってくる」
「お送りしましょう。お揃いでのお戻りをお待ちしております」
 ひらと手を振る青年を海流へ乗せる。
 しばらくの後二人で戻って来た王と青年の手がしっかりと繋がれているのを見て、スキュラは万感の思いを篭めた泡をひとつ、吐き出したのだった。