紫輝
2024-06-15 12:26:40
2096文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】世界で一番やわらかい檻【原神】

地脈異常で髪が伸びたセスリ殿の話です。龍種の嗜好も含め夢しかない。どころか夢を見過ぎて砂糖水で煮出した紅茶みたいになっちゃった おかしいなこんなはずでは

 目が合った瞬間、どっ、と、心臓に凄まじい衝撃が走った。それはもうどくどくと脈打つ音がこの部屋いっぱいに響き渡ってしまうのではないかと不安に思うほどに。
………げっ」
 ヌヴィレットさん、と。愛しい声が常ならば絶対に口にしない類いの間投詞と共に紡ぐ自らの姓が、早鐘を打つ鼓動の合間に聞こえた。

* * *

「君にあのように迎えられたのは初めてだ」
「悪かったよ。まさかここで鉢合わせるとは思ってなくて」
 驚いた、の中に少しだけ混ぜた傷ついた、をしっかりと掬い上げたリオセスリが眉を下げるのに、肩に預けた頭をぐりぐりと押しつける事で応える。ついでに手の中に捉えたものをきゅうと引けば、痛い痛いと笑み混じりの悲鳴が上がった。
「説明を」
地脈異常の影響を受けたいつものやつだ
「詳細を」
「って言われてもな。見たとおり髪が伸びて、切っても切ってもこの長さに戻っちまう。影響がなくなるまで付き合う覚悟を決めたところだ」
 左サイドに流すように束ねられたシャドウブルーの混じる黒髪は、見たところヌヴィレットのそれと同じくらいか、やや短いくらいの長さがありそうだった。ふわふわと膨らんで見えるそれは犬の尾のようにも見える――などと口にしては顔を顰められそうだと、声に出すことは控えておく。
「私にあのような態度を取った理由は」
俺の髪はあんたのと違ってこんなだからさ。見苦しく見えるんじゃないかと思って」
 グローブを外した指で見た目通りの柔らかさを伝えてくる毛先を梳りながら問いを重ねると、リオセスリはああ、と僅かに言い淀み、頬を掻いて苦笑う。だからできれば逢いたくなかったと続いた言葉に思わず眉が寄った。
「私の君への想いが。髪の長さで変じた見目だけで容易く翻る程度だと?」
「すまない、言葉が足りなかった。あんたの前ではなるべくいい男でありたいっていう俺のちっぽけなプライドが、あんたに今の俺を見せるべきじゃないと言ったのさ」
「なるほど。では君のそれが無用の心配であると証明しなければならないな」
 だから塵歌壺 ここで今後の方策を練っていた、と白状したリオセスリにひとまずの納得を得て、証明、と鸚鵡返された単語に頷く。
「我々のように鬣を持つ龍にとって、それはその個体の魅力に直接関わるものだ。長く、豊かで、美しいほど、力強く、魅力的に映る。なので君の心配は杞憂だし、むしろ逆だ」
 勿論龍の鬣とヒトの髪を同列に扱っているわけではないが、どうしたって気にはなる。人の身では不便と思いつつこの長さを備えているのもなんとなし不安になるからだ。リオセスリとこの関係に落ち着いてからは彼もこの髪を愛でてくれるのでやはりこの長さで良かったと思っている、事は一旦脇に置いて。
 その「どうしたって気にはなる」鬣を思わせるヒトの一部が。
 それもつがいと定めた相手のそれが。
 本能に真っ直ぐ突き刺さるような、それはもう大変に好ましい様に変容して、前触れなく、何の気構えもないまま、ぽんと目の前に現れたら。
 呼吸など容易く忘れてしまおうというものだ。
 実は今もまだ鼓動が常より少し早いのだと告げると、リオセスリは顔を覆ってしまった。そうか、と小さく呟かれるのに納得してくれただろうかと声をかければそりゃあもうと返って。
「伸ばした方がいいかい?」
 ふた呼吸ほどを挟んで平静を取り戻したらしいリオセスリの問いには いなを返した。
「君はいつでもいい男だ。そのままでいい。余計なものに好かれては困る」
 ただでさえ魅力的な男なのだ。どうやらヒトにもヒトでないものにも公平にそう映るようだと、ヌヴィレットは気付いていた。余所見をする男でないことは自身が一番知っているけれど、それはそれとしてやっぱり面白くはない――という気持ちに、正直なところ常にこの見目でいられては心臓が保たない、という気持ちをふた匙ほど混ぜた言葉尻は水を失ったロマリタイムフラワーのように萎む。お褒めにあずかり光栄だ、とくつり笑ったリオセスリが、ああそうだと呟いた。いい機会だから、と口にした男の指が自身の髪を束ねている紐を引くと、ヌヴィレットの手から黒髪が逃げていく。
 一度立ち上がったリオセスリは乗り上げるようにソファに膝をつき、ヌヴィレットを挟むようにその両腕で背もたれを掴んだ。
「リオセスリ殿?」
 行動の意図がわからずフロスティブルーを見上げて首を傾げると、リオセスリは悪戯を仕掛けようとする子どものような笑みを浮かべて上体を倒す。精悍な面差しが吐息が触れるほどの距離まで近づくと、その両側から流れ落ちる黒髪が周りの風景を遮断してまるで夜空の下にいるような、深海に包まれているような心持ちだ。不思議と胸が高鳴って、男の意図に気付く。
君の言っていたことの意味がわかった。これは中々に悪くないな」
「だろ?」
 まるで君を独り占めしているようだ。常はリオセスリが口にするそれを音にすると、男はお互い様だと常のヌヴィレットの言葉を口にして。
 互いにくすくすと笑みの零れる唇をそのまま重ねた。