紫輝
2024-05-04 12:40:18
4146文字
Public 水龍様と御伴侶の話
 

【リオヌヴィ】#04 待ち合わせもお楽しみのうち【原神】

もう何を恐れることも隠すこともないのでナチュラルにいちゃつく、現代から1000年後くらいの世界で健やかに国家元首とその伴侶やってるリオヌヴィの話その4。
セスリ殿が自分を見つけてくれるのが嬉しくてワクワク待ってるヌ様と同じ場所で待ち合わせしてる女子の話です。
同じおうちに住んでるのにわざわざ待ち合わせするリオヌヴィあまりにも愛しい

※ご都合主義しかないので深く考えたら負けです

 この国は水龍に守護されし国だ。約千年程前、先代の守護者である水神様からそのお役を引き継いで以来、水龍様はこの国を導いて下さっている。御名おんなをヌヴィレット様。我々『人』と同じ姿で我々に寄り添って下さる、たっときお方である。
 水龍様には御伴侶がいる。この国が沈みかけた『予言の日』を、共に乗り越えた人だという。この国の秩序と工業の根幹である『メロピデ要塞』を今に繋がる形に整えた、当時の管理者。千年前よりその爵位を賜った人間はおらず、この先も現れないだろうと囁かれる『公爵』位を持つ方。水龍様と愛を交わしその生に寄り添う方の名はリオセスリ様。今日こんにちまでのこの国の平穏は、ひとえにお二方のご尽力によるものである。

***

 フォンテーヌは本日も快晴だ。空は澄み渡り、歌劇場を華やかに魅せる噴水は高らかに歌う。
 観光客で賑わうルキナの泉から少し離れた、とある噴水の前だ。今は判別不可能な文章の刻まれた石碑と、翼ある獅子を模った幾つかの石像。過ぎた時代を静かに今へ伝えるこの場所は、フォンテーヌ国民には定番の待ち合わせ場所だった。ルキナの泉は観光スポットだ。外国の友人やフォンテーヌ廷に不慣れな知人を迎えるのなら良い場所ではあるが、ここで暮らす自分たちにとっては少しばかり不便が勝つ。なにせいつもそこそこの数の人間が行き交っているため、スポットの視認性よりも辿り着いた後の待ち人探しに時間がかかるので。であるから、『フォンテーヌ国民には定番の待ち合わせ場所』が自然と生まれたのも当然と言えるのかもしれない。
 さて。ここでこうして待ち合わせをしている私は、実はそれが苦手だった。日時を間違えたんじゃないかとか、場所を間違えたんじゃないかとか。あの人はちゃんと来てくれるかしらとか、そういうことがどうしても気になってしまうのだ。友人には男は待たせるくらいでいいのよと言われるが、約束を疎かにするのはなんとなく気持ちが悪くて、待ち合わせの時はいつも、十五分前にはその場にいることがほとんどだった。
 はあ、と。今日も無駄に真面目すぎる性格故の苦悩にため息をついたところで、周囲がざわついた。ざわついた、と言うよりは、そわついた、のほうが近いかもしれない。決して騒がしいものではなかったから。
 何かしらと思う間もなく、カツン、とやけに大きく響く靴音。鼻を抜ける澄み切った水の香りに早朝の海辺を思って、そこに混じる甘い香りになんだかそわそわと落ち着かない気持ちになる。
 この香りはルミドゥースベルだ。この花を使った香水や化粧品はフォンテーヌでは定番だからよく知っている。けれどこの香りはルミドゥースベルだけのそれではない気がした。高貴でありながらやわらかなそれはどこかで嗅いだことがある。ああ、思い出した――
 湖光の鈴蘭だ、と。
 手繰り寄せた記憶に心中でポンと手を合わせ。
 ついその香りの元へ首を巡らせて、
「ヌ、ヴィレット様?!」
 危うく呼吸が止まりかけた。
 だってそうだろう。フォンテーヌの誇る尊く美しき水龍様が、こんな所にいるなんて俄かには信じられない。信じられないが、今日は暦の上では休日であるから公的機関にお勤めの彼の方にとってそうであっても何らおかしくはないのだと気づく。青を基調とした瀟洒ながら涼やかさも感じさせる見慣れた装いではなく、民草が纏うような薄手のニットにジャケットというシンプルな装いはヌヴィレット様の休日感、というか、オフモード、のようなものを感じさせて、そんな珍しいお姿を、香りの届くこの距離で目にできた幸運に、生まれて初めてこの真面目な性格に感謝した。
 同時に思い出す。ルミドゥースベルと湖光の鈴蘭が並び立つ、高貴で繊細な、それでいてやさしく甘いこの香りがこの国で何と呼ばれているかを。
 『水龍香』。それがこの香りの名だった。璃月の『香膏』文化に触れた公爵様が、その製法をもとに手ずからこの香りを調合され、ヘアオイルとしてヌヴィレット様に贈られたのが始まりだという。
 ルミドゥースベルと、湖光の鈴蘭と、まあその他色々――パレ・メルモニアの職員から人伝にその麗しき香りの話を聞いた新聞社のインタビューに公爵様がそう答えてから、邸内の工房は「まあ色々」の部分を研究し水龍香を再現しようと試みたものの、終ぞこの香りにたどり着くことはできなかったそうだ。その香りに触れた著名なデザイナー達がこぞって「そもそもこの香りを纏いこなせるのはヌヴィレット様以外にいない」と評したのもあり、件の香りにはいつからか『水龍香』の名がつき、彼の方のための香りである事が国内の常識となった。
 今現在は公爵様が長く懇意にされている邸内のとある工房がその製法を守り伝え、彼の方のためにヘアオイルや練り香水――『香膏』の文化はここフォンテーヌで新しいスタイルの香りの楽しみ方として花開いた――を制作しており、お二人が直々に足を運ばれる邸内幾つかのスポットとして知られている。『水龍香』のサンプル展示もされていて、調香師の卵や駆け出しのデザイナーのパワースポットになっているそうだ。ついでに、意中の相手にオリジナルの香りを贈るのがこの国で定番化したのも『水龍香』が世に知られるようになった頃、お二人の睦まじさにあやかっての事らしい。なんでこれほど詳しいかというと私が大衆向け美化粧品を取り扱う商社勤めだからなのだが、それは今は脇に置く。掘り下げることでもないので。
「ごきげんよう」
 思わず口走ってしまったお名前に、ヌヴィレット様が挨拶を返してくださる。余りにも畏れ多いそれになんとかごきげんようと返し(この挨拶を実際口にする日が来るとは思わなかった)、良い天気だな、と続けられた言葉に舞い上がる。まさか会話が続くとは夢にも思っていなかったから。
「お出かけには最適のお天気ですよね」
「ああ、待ち合わせ日和と言えるだろう」
 うつくしい瞳を細めて空を見上げたヌヴィレット様に慌てた。なるほどこの方は待ち合わせのためにここにいらしたようだ。であればここはこの方にお譲りするべきだろう。約束の時間までどれほどあるのかわからないけれど、この方と隣り合って人を待つのはさすがに緊張してしまう。
 あまり離れなければお互いを見失うこともないだろうしとそっと場所を移そうとした私の足を、待ちたまえとよく通る声が止めた。
「移動する必要はない。ここは公共の場だ。君がここを離れては、待ち人が困るだろう」
 私に気を使う必要はないと彼の方は言う。少しだけ眉を下げて。心配してくださっているのだろうか。確かにルキナの泉ほどではないとは言えここもいつでも盛況ではある。休日であれば尚更だ。会えないかと思った、なんて熱い抱擁を交わすカップルや友人が珍しくないくらいに。
 ヌヴィレット様が慈愛に満ちた方だと言うのはフォンテーヌ国民なら皆知っていることだけれど、直々に受けるそれはなんと言うか桁が違う。際立って珍しい事を口にしているわけではないのに感動でどうにかなりそうだ。
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」
 生まれ持った性格に本日二度目の感謝をして、半端に傾けていた身体を正面へと戻す。ちらと見た時計は約束の時間まであと十分と言ったところだ。時刻としてもちょうど良い時間だから、もしかしたらヌヴィレット様のお約束もこの時間なのかしら、と、考えて、不思議に思った。
 休日のヌヴィレット様が御伴侶たる公爵様と邸内をお散歩されている事が多いのはこの国の常識だ。きっと今日もそうなのだろう。だけどお相手が公爵様であればこのような人で溢れた場所でこの方を待たせるような事はしないのでは。そもそもお住まいだって同じはずで――
「私について、何か気にかかる事があるのだろうか」
 傍らから声をかけられて飛び上がった。小首を傾げるヌヴィレット様の動きに合わせて御髪 おぐしが揺れ、水龍香が香る。たったこれだけの動きで出して良い華じゃない。心中で悲鳴を上げる。ファンサービスが過ぎる。私明日事故にでも遭うのかも、なんて大いに動揺しつつ、ヌヴィレット様の観察眼に驚いた。審判官をなさっていた頃もこんな風に、人の僅かな所作から十を読み取ったりしていたのかしら、なんて。
その、本日は公爵様と待ち合わせなさってるんですよね?」
「その通りだ」
「わざわざ待ち合わせなどされなくても、公爵様ならお迎えに行かれたり、一緒にお出かけになるのではと思ったもので
 私に晴らせる気掛かりならば協力させて欲しい、なんて言われてしまってはなんでもありませんとは言えなくて、どうかお気を悪くされませんようにと願いながら探し探し紡いだ言葉に、ヌヴィレット様はすらりとした指を唇に当てて。
「ふむ効率を考えればもっともな意見だ。だがふふ、待ち合わせには待ち合わせの良さというものがある」
 ひとつ頷いて、どこか楽しげに言う。
「待ち合わせの良さですか?」
「そうだ」
 私の問いと彼の方の首肯を待っていたかのように。
「ヌヴィレットさん!」
 雑踏を、声が貫く。上質のベルベット生地のようなやわらかく穏やかな音律は、殊更に張り上げているわけではないのに不思議と真っ直ぐこちらへ届いた。
ああやって、彼が私を見つけ、呼んでくれることがたまらなく嬉しいのだ」
 内緒話をするようにふわりと綺麗に微笑んで、君も良い一日をと祝福をくれたヌヴィレット様は声の主の――公爵様の元へ歩いていく。
「リオセスリ殿」
「待たせたか?」
「いや、時間通りだ。私が些か早く着きすぎた」
 やはり浮かれてしまって困るとはにかむ白い頬に公爵様の唇が落ちる。きっと溢れるほどの愛情が、そこには籠もっているのだろう。
 あんた本当に待ち合わせ好きだよな。君を待っているのは楽しい。そうかい。そんなやり取りをしながら寄り添って歩いて行くお二人の背中を見送る。
 約束の時間から約五分後、遅れてごめんと駆け寄ってきた恋人の顔が、あまりに必死で笑ってしまった。