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紫輝
2024-04-13 09:19:54
5933文字
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リオヌヴィ
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【リオヌヴィ】天賦スキル『安定感』【原神】
困ってるセドナちゃんに手を貸したらとあるスキルを絶賛されるセスリ殿の話です。書き上がってみたらリオヌヴィがいつも以上にいちゃついてて首を傾げました。
パレ・メルモニア四階の、最高審判官執務室前である。
最奥に
設
しつらえ
られた天井まで届くほどの書架の前で、それを見上げるように、後ろに転げそうで不安になるほどに背を反らせてそれを見つめている見慣れた背中を目にした。
「セドナさん」
「あっ、公爵様!」
声をかけるとすぐさま振り返った背中の持ち主
――
四階受付のメリュジーヌ・セドナは、リオセスリを見てこんにちはと笑う。気持ちの良い挨拶に同じものを返して首を傾げた。
「この書架に何かあるのかい?」
「えっと、取りたいものが
…
けどそれはあとでも大丈夫です! ヌヴィレット様に御用ですか? すみません、今は裁判でご不在なんです
…
」
「いや、約束もせず押しかけたのはこっちだ。セドナさんが気落ちすることはないさ」
ふるふると首を振って自らの務めを果たそうとするセドナに是を返すと、彼女はしゅんと肩を落とす。せっかくいらしてくださったのにと呟かれるのに、有能な彼女がアポなし訪問をすげなく拒絶する凛々しく頼もしい姿を何度か目にしたことがある身としてある種の感慨を噛み締めてしまった。ヌヴィレットに関することでメリュジーヌ達に肯定的な態度を取られると容易く舞い上がってしまうくらいには、リオセスリは彼の君と彼女らの絆とそこから為されるメリュジーヌ達からの自らに対する判断や対応を重く見ているのだ。
「戻りの目処はわかるかな」
「はい! 定刻通りに裁決が出ていれば、そろそろお戻りになる頃かと思います」
「そうか。じゃあ待たせてもらってもいいかな。ちょっとデリケートな書類なんで、直接渡したいんだ」
「勿論です」
書類を挟んだケースを振ってみせるとセドナはこくこくと頷く。応接室へ案内してくれようとするのを断って、彼女がカウンターの外へ出て来ていた理由へと話を戻した。
「それで、取りたいものっていうのは?」
時間もできたし俺で役に立つなら力になるがと申し出てみると、セドナは表情を明るくして書架の中央辺り
――
それでもリオセスリの身長くらいはあるが
――
をその手で示す。
「おそらくあの辺りにある資料を取りたいんです。普段はもっと低い位置にあるんですが誰かが戻す場所を間違ったらしくて。人間の皆さんが使っている移動式の梯子は、私には大きすぎて使えなくって」
「そういうことなら任せてくれ。その資料の表紙の特徴なんかを聞かせてもらっても?」
それで困っていました、としょげるセドナにこのタッパが役立ちそうだなと笑って重ねた問いに返った答えに思わず唸った。曰く、パレ・メルモニアの所定の方式で、所定の個別フォルダーに保管されており、定められた形式の通し番号が付いている。
「
…
セドナさんが探した方が早そうだな。失礼して君を抱き上げさせてもらいたいんだが構わないかな?」
あっちですこっちです違いますその隣のあっ行き過ぎです、なんてコメディじみたやり取りが脳裏をよぎって、自身での作業は悪手だと判断する。指示するセドナにも負担がかかろうし(見上げているだけで辛そうだった)、別の手段が選べるのなら最初からそちらを選んだ方が効率がいい。
自らを梯子がわりにするというリオセスリの提案に、セドナは耳をぴるぴると震わせる。
「いいんですか?! 是非お願いします!」
なんだか妙に勢いのある了承の返事をもらってしまった。若干及び腰になりつつその場に屈み、まずは膝に登って欲しいと告げると小さな身体がひょいと乗ってくる。
「ここに腰掛ける感じで頼む。支えるから安心してくれ」
「はい、失礼しますね」
流石のバランス感覚に心中で拍手などして右肩を示すと、頷いたセドナがちょこんと肩の上に収まる。そう、「収まって」しまうのだ。彼女らは。極端に小さな種族ではないはずなのだが不思議なことである。
本当は肩車の方が安定感があって良いのだろうがそれはレディには失礼に当たるとリオセスリは考えているし、薫陶を授けてくれたシグウィン看護師長も「公爵の肩幅なら椅子がわりに申し分ないのよ」と墨をつけてくれている。機会があるかどうかは別として、シグウィン以外のメリュジーヌを抱き上げる時もこうしようと決めていた。
「じゃあ、立ち上がるな。襟でも頭でも掴まっててくれ」
役に立ってよかったなぁと胸を張るシグウィンの残像に感謝して、足に手が触れることのないよう注意を払いつつセドナを支えながらゆっくりと立ち上がる。背筋が伸びたあたりで、頭上から感嘆が降った。
「高い、ですね
…
!」
「これで足りるといいんだが」
「充分です。ありがとうございます、公爵様!」
声を弾ませたセドナが引き出す資料を開いた片手で受け取ってやること数度、これで全部です、という言葉とともに重ねられた個別フォルダーは五冊ほどになっていて、きっと纏めて適当な場所に戻したのだろうなと予想がついてしまう。同じことが起こった時セドナが頼めば職員の誰かが手を貸してくれるだろうが、戻す場所の分からない資料を仮置きしておく書架を用意するようにアドバイスするのもいいかもしれない。
「これが公爵様の視界なんですね
…
」
ため息をつくように呟くセドナは、大きな瞳をぱちぱちと瞬いている。リオセスリの身長は彼女のそれの約二倍だ。確かに景色は違って見えるだろうなと小さく笑う。
「今のセドナさんの位置だと俺より目線は高いかな」
手にしていたファイル達を適当な隙間に置いて、失礼、と一声。セドナの位置を肩の上から腕の上に移動させると、ほぼ同じ高さに目線が揃う。
「これくらいが俺の視界だと思うよ」
「
…
やっぱり目線が高いと視界も広がりますね。私ももうちょっと身長があればよかったんですけど」
むむと唸るセドナに、メリュジーヌ用の踏み台を開発するのも良いかもしれないなと思う。彼女らの身体に合った踏み板の幅と、自身で移動できるような軽さ。高い位置での作業に使うのだから安全面にも気を配って
――
「リオセスリ殿?」
つい専門外の『新商品』に思いを馳せていたリオセスリの意識に、凛とした声が滑り込む。腕の上のゲストが目を回さないようにゆっくりと振り返ると、セドナがにっこりと笑って手を振った。
「ヌヴィレット様! お帰りなさい!」
「お帰り、ヌヴィレットさん」
しまった、つられてしまった。今のはお疲れさんが正解だった、いやごきげんようが先だったか? 数秒遅れで気づいた失態と「かけるべきだった言葉」を浮かべるリオセスリの前で、ヌヴィレットは言葉を飲み込むようにもにょりと口を震わせ、一瞬視線を不自然に逸らしてからこちらを見て、ゆるりと笑った。
「ただいま、セドナ。ごきげんよう、リオセスリ殿」
軌道修正、の文字が脳裏で踊る。元は失言とはいえつらっと「ただいま」とか「出迎え痛みいる」とか、「君の立場を鑑みるとその文言は相応しくないのでは?」などと返されるかな、などと思っていた身としては予想外で、正直に言うとそれはもう嬉しい。自らの発した「おかえり」を、喜んでもらえるというのはつまりそういうことなので。
嬉しいが、目尻に淡い朱を刷いたその笑みはだいぶ心臓には良くない。自分たちが書架を背にしていてよかった。これが一般職員の目に入っていたらちょっと強めに頭を殴らせていただいていたかもしれない。喉まで迫り上がってきた「可愛いなぁ」が音になることがないように自制しつつ、そんな物騒なことを考えた。
***
「セドナが世話になったようだ。ありがとう、リオセスリ殿」
「いやいや。待たせてもらってる間セドナさんの役に立ててよかったよ」
かくかくしかじかで公爵様に手伝ってもらいました、というセドナの報告を穏やかな顔で聞き終えたヌヴィレットは、そうか、と頷いてリオセスリに微笑んだ。それにひらりと手を振って答えると、セドナがぺこりと頭を下げる。
「シグウィン先輩から聞いてはいましたが、公爵様は本当に抱っこがお上手なんですね!」
頭を上げたセドナから意外な台詞が飛び出してきてリオセスリは首を傾げた。
「立ち上がる時のお気遣いもそうですが、あの安定感は本当に素晴らしかったです。何があっても落ちないと確信できる安心感がありました。ずっと乗っていたくなってしまうくらいでした」
セドナは力説する。握った両の手が、言葉に合わせてふりふりと揺れた。
「素敵な体験ができました。ありがとうございました! 公爵様はよいお父様になられますね! お仔様が生まれるのが楽しみです!」
キラキラと輝く瞳と弾ける笑顔でそこまでを言い切って、ヌヴィレットの次の予定までには少し時間があること、ティーセットの用意をしてくること、ゆっくりしていって欲しいと告げてセドナは足取り軽く執務室を出ていった。
「些か
…
気の、早い、話だ」
圧倒されたように小さな背中を見送ったヌヴィレットが呟く。一瞬だけこちらを見て指を摺り合わせる仕草には愛おしさしかないのだが、突っ込むところはそこで良いのだろうか。
最近彼女達が口にする少しだけ未来のヌヴィレットの隣に当然のように自分がいる現実と、それを当たり前のように受け容れているヌヴィレットの
様
さま
にまだ戸惑う。いいのか俺で。いや他人が立っていると言われたらそれはそれで凄く嫌だけれども。
「セドナがあんなにはしゃいでいるところを久しぶりに見た」
「俺は初めて見たなぁ」
「君は本当にメリュジーヌを喜ばせるのが上手いな」
ふわ、と笑んだヌヴィレットがため息のように呟く。
――
羨ましい。
「あんたの提案なら彼女らは喜んで飛び乗ってくると思うぞ。声かけてみたらいいんじゃないか?」
ヌヴィレットが好きだと全身で表現するメリュジーヌ達だ。敬愛する主の提案を拒絶など絶対にしないだろう。恐縮する子はいるかもしれないけれど。
なんなら戻ってくるセドナさんにでも。そう続けたリオセスリに、いやその、と珍しく口籠ったヌヴィレットは。
「私が羨ましかったのはセドナの方だ」
ぽそり、と。
消え入りそうな声でそう言った。
上げそうになった珍妙な唸り声を、ゆっくりと息を吸うことで胸の内に沈める。なんだこの可愛いいきものは。そのうち拐かされるんじゃないか。手勢から護衛をつけたほうがいいだろうか。酸素を取り込む数秒のうちに浮かび上がった様々な考えを、肺で濾して笑顔を吐き出す。
「あんまり身長変わらないから見違えるような景色にはならないと思うが、試してみるかい?」
流石に肩には乗せられないが片腕には余るだろう。このひとは見た目通り華奢で軽いひとなのだ。
差し出した手に、うむ、だかんん、だか喉奥で答えたヌヴィレットの手が重なってくる。恥じらいに見え隠れする好奇心が愛らしい。
「手は肩な。掴まっててくれよ」
その手ともう片方の手を両肩に導いて腕をヌヴィレットの膝裏へ回し、短く息を吐いて掬い上げるように力を込めるとその身体は容易く浮き上がった。ちゃんと食ってるのかなこのひと、と若干不安を覚えつつ半身、いや四分の一身分高くなったそのひとを見上げる。
「キツくないか?」
「それを問うべきは私だと思うのだが」
「俺の方は全く」
「ならば良いのだが」
はたりと瞬いたヌヴィレットは、肩に添えた手に少しだけ力を込めて執務室を見渡している。新鮮な視界だ、とかなるほど確かに安定感があるな、などと呟く表情は心なしか輝いていて、どうやら好奇心を満たすに足る体験は提供できているようだ。
そういえば、とふと気付いた。
新鮮な視界、とヌヴィレットは言ったが、自分から見てもある意味そう言えるかもしれない、と。
ステンドグラスから差し込む淡い青の光を受ける銀砂の髪が月光に照らされた砂浜のように輝いている。羽ばたきの音が聞こえそうな程長い睫毛に縁取られた暁を宿す瞳は今は新しい発見に煌めいていて、珊瑚の唇がゆるりと弧を描いていた。
感嘆の溜め息が漏れる。本当に、どの角度から見ても美しいひとだ。これを見られたのだから、セドナを困らせていたどこかの誰かに少しだけ感謝してもいいかもしれない。
「すまない、重いだろうか」
暁の瞳と目が合って、申し訳なさげな声がかかる。しっかりと目の前の
――
いや頭上の美しいひとに奪われていた意識のせいで、躱すとか誤魔化すとか流すとか、その類いの思考は明後日の方向へ旅に出ていた。ので。
「いいや。あんたは本当に綺麗だなぁと思って」
女性陣が聞いたら顔を顰めそうな甘ったるい声音で、恥ずかしいくらいにストレートな称讃を、馬鹿正直に口にしてしまった。意識のどこか遠くで頭を抱える自分が見えるようだ。
は、と息を漏らしたヌヴィレットの瞳が見開かれ、白い肌がじわじわと赤く染まる。うろうろと視線が彷徨って、肩に置かれた手に力がこもった。
人間の基準による人の美醜が私には一般論としてしか理解できないし、自身の相貌とそれに対する称讃にも興味はない。そう口にしていたヌヴィレットは、いつからかリオセスリのそれにはこうして反応してくれるようになった。興味などなかったはずなのに、君からの言葉は胸をふるえさせるのだと告げられて上げそうになった快哉を呑みきったあの日の自分を、リオセスリは定期的に褒め称えている。
頭上の麗人がううと呻く。そういえばこのひとキャパオーバーすると顔を隠す癖があったっけ、と思い至って、呻き声と現況が繋がってつい吹き出してしまった。顔を覆える手は自身の支えとしているし(このひとが放したとしても絶対に落とさないけれども)、いつも埋まってくる肩は自身の腹の横だ。どうしていいか分からないのだろう。下ろせと一言言ってくれれば従うのだが、こちらから提案する気は今のところない。こんな機会を逃すなんて勿体ないことはしたくないので。
眉を寄せるそのひとの珍しい表情を堪能していると、不意に視界に青が迫って、それから暗くなった。早朝の海のような澄んだ水の香りが鼻をくすぐって、後頭部がこそばゆい。どうやら抱き寄せられたらしいと悟ってなるほどと笑う。自分が隠れられないのなら相手の視界を遮ればいいという結論に達したようだ。やることが可愛すぎて困る。
「落ち着くので待って欲しい」
「余所を向いてろって言われればそうするが」
「
…
同じ空間にいる君が私を見ていないのは気にくわない」
「おっと、難題のにおいがしてきたな」
第三者に聞かれれば渋い顔をされそうなやり取りは、ティーセットを携えたセドナが扉を叩くまで続いたのだった。
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