紫輝
2024-03-09 09:33:13
3369文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】dressed your color【原神】

地脈異常で黒髪になったヌ様の小さなお願いを叶えてあげるセスリ殿の話です。きっと黒も似合うと思って。もうちょっとふわふわした話のつもりだったんですが物凄い勢いでいちゃつき始めて首を傾げました

 愛してやまない、銀砂の髪が。
 ある日、月のない夜の海底の如き漆黒に染まっていた。
どうしたんだい、それ」
「リオセスリ殿」
 挨拶も忘れて呟いたリオセスリに律儀にごきげんよう、と口にしたヌヴィレットが、黒髪に触れて言う。「地脈異常の影響を受けた」。数日前からの症状らしいが髪の色が変化しただけで体調に影響はないため業務は通常通り行っているのだそうだ。
 見事な銀髪はヌヴィレットを象徴する要素の一つだが、濡烏の髪も魅力的だ。紺碧のコートは銀に映えるように作られているのだろうから少し違和感はあるが、装飾を銀色にすれば――
見苦しいだろうか」
 執務室の入り口で立ち尽くし、つい空想を巡らせていたリオセスリに、ぽそりと声が掛かる。ヌヴィレットが伺うようにこちらを見ていた。
「元に戻せなくはないので、君を不快にさせてしまったのであれば、」
「いやいや、黒髪のあんたもいいなとちょっとばかり見惚れちまってただけさ」
 不躾な視線を詫びて、止まっていた足を動かす。定位置に辿り着きにこりと笑みを浮かべれば、ほっとしたように下がる眦が愛らしい。少しばかり自惚れてしまう。
「フリーナやナヴィアさんも地脈異常の影響を受けたのだが、戻るなり嬉々として装飾品を買いに行った」
「はは、レディ達は逞しいなぁ」
「私はこの身を飾ることに興味も拘りもなかったゆえ、髪飾りの類はこれしか持ち合わせがないのだが
 此度のことで少々後悔したと髪飾りに触れながら彼は言うが、髪飾り それが落ち着く場所が濡烏でもいつも通り彼は美人だ。
「黒と青もシックでいい感じだぞ。ちなみに何色をご所望だい?」
 俺は結構好きだな、と、言いかけた言葉は飲み込む。さすがに軽々しく思えたので。
「赤を」
 ヌヴィレットの答えに、黒髪を飾る赤を思い浮かべる。洗練された印象を見る者に与えるその組み合わせは、確かにこのひとによく似合うだろう。威圧感を覚える人間もいるようだから赤の色合いは少し考える必要があるけれども。
「確かに、赤もいいな。俺が思いつきで髪飾りを贈れるような男だったらよかったんだが」
 髪飾りを贈ろうかと思ったことは実はある。ただこのひとが本来はあまり細々 こまごまとその身を飾り立てるのは得意ではないと知ってやめたのだ。多分きっと喜んでくれるだろう。それくらいの自負はあるけれどそれはそれとして。
 持参した書類を机上へ置いたその時、視界に入った見慣れぬものに思わず瞬く。恐らく菓子か何かが入っていたのだろう、しっかりとした作りの空き箱を埋め、一部溢れている華やかな紙とカラフルなリボンたち。この執務室には珍しいインテリアだった。
「あの子達が、最近こういった包装資材を集めているようなのでな」
 及ばずながら私も協力しているのだ。
 目線を追ったヌヴィレットが言う。彼が「あの子達」と呼ぶのはあの愛らしき隣人たちをおいて他にない。今度は何を始めるのだろう。ナックルを花柄にされるのは困るなぁと頭の片隅で考えてから、ふとその中の一つに指を伸ばす。衣擦れの音を立てて手の内に収まったのは深い赤色の、サテンのリボンだった。それなりの幅としっかりした厚み。長さも申し分ない。いけるかもしれない。一通り検分して口を開いた。
「ヌヴィレットさん、髪に触れても?」
? 構わないが」
 職務中だと突っぱねられるかと思ったが興味が先に立ったらしい。旺盛な好奇心に感謝しつつ机を回り込み、背面の外側へ引き出したその濡烏へ触れる。緩くまとめられた三つ編みの一部が不自然に飛び出しているのにまたどこかに引っ掛けたな、とこっそり笑って。
「解いてもいいかな」
「ああ」
 了承を得て、黒いリボンを引く。
綺麗だな」
「君にそう言って貰えるのなら、この髪を持って生まれてきた甲斐がある」
 ふわりと広がった髪に深海の光景を見て真珠など散りばめれば美しいだろうなと浮かんだ考えはひとまず脇に置けたもののうっかり声に出ていた気の抜けた呟きに噛み締めるように返されて、一瞬呼吸を忘れた。相変わらずしれっとこちらをコロしに来るひとだ。
 気を取り直して解いた髪に指を通す。流石にコームの類は持ち歩いていないので手櫛になってしまうが、持ち主に似て素直な髪は問題なくまっさらな状態になった。
ふふ」
 常の髪型を思い描きつつ髪に触れていると、不意にヌヴィレットが小さく笑う。
「どうかしたかい?」
「いやこうして髪に触れられるのが存外心地良いものだとは知らなかった。君だからだろうか」
試してもいいができれば俺だけにしてくれると嬉しいかな」
 危うくまた忘れかけた呼吸は今度は止まらずに済んだ。元よりこの距離を君以外に許す気はない、と追い討たれて天は仰いだけれども。
 解いた髪を編み直し、赤いリボンで留める。思わずおおと呟いてしまった。予想以上にいい感じだ、と。
 ――ああ、これは。
 どうだろう、と前に流した髪とそれを飾る赤を見て、ヌヴィレットは染み入るように笑う。
 これは思いの外。
 浮かれてしまってよくない、と。
「このような締まりのない顔を皆に見せるわけにはいかないのだが」
 リボンを玩びながらふわふわと笑むその様は完全にスイッチの切れた ただのヌヴィレットのそれで、抱き寄せたがる腕を腰に当てて取り繕う。残念ながら一応仕事中なのだ。一応。これまでの行動が既に職務上必要なそれから逸脱していたとしても。
「黒と赤にそんなに憧れがあったのかい?」
 ヌヴィレットが色に拘った理由が今更ながらに気になって首を傾げる。(把握している限りではそんな話は聞いていないが)流行り物に心動かされるタイプのひとではないはずだけれど。
 髪とリボンを いだくようにその身に引き寄せたヌヴィレットは、リオセスリを見てその瞳を融かし。
「君と同じ色を纏ってみたかった」
 秘密を口にするように、そう囁いた。
………
 可愛い、とか。
 愛しい、とか。
 触れたい、とか。
 目の前のひとに対するそんな諸々の想いが看護師長のミルクセーキの如く混じり合い、出力されたのは喉の出したぐぅ、なんておかしな音と、思わず伸びた腕。仕事中、と脳内で響いたアラートで中途半端に止まったそれを見てまたたいたヌヴィレットは、ちらと時計に目をやってから口を開く。
「その少し早いが、昼の休憩に入ろうと思う。公爵殿におかれては今しばらくいとまはあるだろうか。貴殿さえよければ共に昼食など、どうかと、思うのだが」
 今度はリオセスリがまたたく番だった。発言の意味を咀嚼して思わず笑みがこぼれる。
「最高審判官殿からお誘いいただけるとは光栄だ。喜んでお招きに預かろう」
 返答にほっとしたように肩の力を抜いたヌヴィレットが椅子から立ち上がる。
「休憩時間になった。リオセスリ殿」
 躊躇いがちにそっと詰められた距離とおずおずと口にされた言葉に、アラートを解除してその身体を抱き締めた。
「どこで覚えたんだい?」
「君を参考にした」
「俺のせいかぁ」
 思わず頬を掻けば、休憩の時刻を前倒ししただけで規則は破っていないと大真面目な答えが返る。確かにその通りだと肩を揺らして、艶やかな黒髪を撫でた。
「あんたさえよければ今度髪飾りを贈らせてくれ」
 この濡烏にも、常の銀砂にも華を添えられるような赤を贈りたいと思った。選び甲斐がある。特注するのもいいかもしれない。
「では私も君になにか装飾品を贈りたい」
 君のためにそういうものを選んでみたかったのだ。
 ぱっと表情を明るくしたヌヴィレットが言う。
「なら一緒に見に行くか?」
 提案してしまってから、そういえばこのひとと連れ立って廷内を歩き回るのはよくないのではと思い至った。このひとが秘す『わたくし』を喧伝してしまいかねないし、いたずらにゴシップの材料を提供する結果にもなり得る。
「よい考えだ」
 浮かれすぎたかと若干の後悔を噛んでいたリオセスリに返されたのはやわらかな笑み。そうとなれば予定を立てなくてはとこちらの都合を伺ってくる華やいだ声音に当日なんとでもしようと方針の転換を決めて、楽しみだよと白い頬に唇を寄せた。