紫輝
2024-02-14 20:53:27
4697文字
Public 水龍様と御伴侶の話
 

【リオヌヴィ】#03 バレンタインデー。それはお二人へ感謝を伝える日。【原神】

もう何を恐れることも隠すこともないのでナチュラルにいちゃつく、現代から1000年後くらいの世界で健やかに国家元首とその伴侶やってるリオヌヴィとバレンタインデーの話。

※ご都合主義しかないので深く考えたら負けです

 この国は水龍に守護されし国だ。約千年程前、先代の守護者である水神様からそのお役を引き継いで以来、水龍様はこの国を導いて下さっている。御名おんなをヌヴィレット様。我々『人』と同じ姿で我々に寄り添って下さる、たっときお方である。
 水龍様には御伴侶がいる。この国が沈みかけた『予言の日』を、共に乗り越えた人だという。この国の秩序と工業の根幹である『メロピデ要塞』を今に繋がる形に整えた、当時の管理者。千年前よりその爵位を賜った人間はおらず、この先も現れないだろうと囁かれる『公爵』位を持つ方。水龍様と愛を交わしその生に寄り添う方の名はリオセスリ様。今日こんにちまでのこの国の平穏は、ひとえにお二方のご尽力によるものである。

***

 二月十四日。本日のパレ・メルモニアには、行政機関らしくない甘い香りが漂っていた。
 香りの元はパレ・メルモニアにいくつかある会議室のうちの一つだ。上から数えた方が早い大きさのそこを占領する、大量の小箱。それは今日この日に合わせてここへ届けられたチョコレートやそれに類する菓子だった。全てヌヴィレット様と御伴侶たる公爵様のお二人に宛てたものだ。
「今年もすごい量ですね」
「抑える会議室間違ったかもしれないなぁ」
 同僚にならって腕をまくりながら笑う。これが全て、市民から我々も尊敬するお二人への気持ちなのだと思えば誇らしくなってしまうというものだ。
 本日はバレンタインデーであった。約百年前より続く民間の年中行事の一つである。細やかであったり、熱いものであったりする恋心をチョコレートに託し想い人へ贈るものであるが、ある時フォンテーヌのパティスリー協会が『恋心だけでなく真心を』というキャッチフレーズを掲げ、家族や友人、同僚や上司、果てには自分へのご褒美に――と様々な層に向けたチョコレートを売り出したのをきっかけに、この時期に贈り贈られるチョコレートは多くの意味を持つようになった。
 そうしてバレンタインデーに贈るチョコレートへ託す思いに込められるものが愛情以外であるのも一般的になったある年、お二人宛にここパレ・メルモニアへチョコレートが届いたらしい。日頃の感謝を綴ったカードが添えられていたそれに、お二人は翌日、スチームバード新聞を通して連名で声明を出した。『その気持ちを嬉しく思う。あなたと大切な人が健やかな日々を送れるよう願っている』と。
 ――そこからだという。このフォンテーヌという国におけるバレンタインデーに、お二人への感謝を菓子に託して伝えることが許される日、という側面が加わったのは。
 翌年から、そして年々パレ・メルモニアへ送られてくるチョコレートは数を増し、とてもではないがお二人でどうにかできる数ではなくなっていき、ある年の二月、お二人はわざわざ直接、我々国民の前に立ちこう仰ったという。
 ――人々が想いを込めてチョコレートを贈り合うこの日に、私たちへ思いを寄せてくれる事をとても嬉しく思う。しかしながら近年、皆の心遣いが私たちの腕には抱えきれなくなってきてしまっている。
 ――この温かい心遣いに俺たちが返せるのはこの国への一層の献身だけで、せっかくの贈り物を口に入れられないことすらある。これではあまりに失礼だ。
 だから皆のその思いは、自分と大切な人のために使って欲しい。その気持ちだけで充分だ――と。
 結論として、チョコレートの数は減らなかった。それどころかお二人の演説に心打たれた国民の、「お二人もどうかお幸せに」というメッセージを託されたチョコレートの数が増えてしまったそうだ。思ったより好かれてて驚いた、とこの話をしてくださった公爵様は笑っていたが、我々のお二人への敬愛を舐めないでいただきたい。今年もパレ・メルモニアは、検律庭・執律庭・枢律庭・共律庭それぞれが、組織一同からの感謝の菓子を、お二人に贈る予定なのだ。
 さて。感謝のチョコレートの山を前に、その思いを大変光栄に、嬉しく思いつつお二人は頭を悩ませたそうだ。我々風に、身も蓋も無い言い方をすれば、「どうしよう、これ」と。
 最初はパレ・メルモニアの職員へ、持ち帰って欲しいとお声がかかっていたそうなのだが、当然のことながらすぐにそれでは追いつかなくなった。
 そこでお二人が考えたのが、フォンテーヌ廷内にある孤児院への寄付である。お二人宛に届いたチョコレート達は、規模や預かっている子どもたちの数を鑑みて公正に仕分けられ、お二人のお名前の入ったカードと共に孤児院へ届けられる。どの孤児院へ幾つのチョコレートが送られたかはリスト管理され、三月に――ホワイトデーにスチームバード新聞で報告されるのだ。この時に必ずお二人からの感謝の言葉と共にチョコレートの山とお二人の写真が掲載されるため、当日の新聞の売り上げは凄まじい。スクラップにしている市民もいるそうだ。
 パレ・メルモニアへ届けられた小箱達は、まずヌヴィレット様の、ひいては我が国の誇るマレショーセ・ファントム隊員達の厳しい審査を通る。危険物はそこで排除され、安全を担保されたものがコンテナに詰められここに運び込まれる。そこからが我々の仕事だ。
 まず手作りと既製品を分け、既製品をさらに冷蔵品と一般品に分ける。手作りのものに関しては申し訳ないがお二人の口に入れることはできないので(そんなに繊細な内臓はしていないと言われたが万が一が起きては困ると当時の職員達が頼み込んだらしい。素晴らしい仕事をしてくれたと思う)職員が美味しく頂くことにして、一般品と冷蔵品は賞味期限の近いものはパレ・メルモニア こちらで、余裕のあるものは孤児院へ回すのが決まりだ。仕分けたら、次はそれをリストに纏める。記載するのはチョコレート、クッキー、ケーキ、ゼリーなど菓子の分類と大まかな個数だけだ。初めてこの特別体制を組んだ際、商品名や店名まで記載したリストを提出したところお二人は――特に公爵様が――そこまでする必要はないと首を振ったそうだ。中身が何で、どれだけ数があるか。それだけわかれば充分だからと。ただでさえ通常業務を止めさせているのだからとヌヴィレット様にまで申し訳なさげなお顔をさせてしまった、共律庭の手癖が憎いと当時の共律官達は頭を抱えたと聞く。我々の業務のことまで慮って下さるお二人の優しさには感動することしきりだ。ちなみにこの贈り物仕分け業務は完全挙手制であり、手の空いている人は手伝ってね、くらいの空気感で通達が降りるものなのだが、もとより事務作業が好きな人間が集まるこのパレ・メルモニアで、尊敬する方々への市民の気持ちが形になったものに物理的に触れられる機会というのもあって挙がる手が多すぎ、くじ引きが発生する部署まであると言う。想像に難くない。
「失礼するよ」
「公爵様!」
 作業効率と換気を重視して開け放たれている扉から響いた声に、全員が手を止めて姿勢を正す。室内をぐるりと見回した公爵様は肩を竦めて笑った。
「お疲れさん。悪いな、毎年」
「いえ! こうしてお二人が慕われているのが目に見えてわかるのが我々には嬉しいんです」
 物好きだなあんたらは、と頬を掻いた公爵様は、手近なテーブルに持っていたトレーを置く。いくつかのポットと、白磁の皿に乗った焼き菓子が見えた。
「差し入れの紅茶と、こっちはヌヴィレットさんから」
 ありがとうございますと礼を口にしながら集まってきた同僚の誰かがラスクだ、と呟くのに、「甘味は避けた。匂いだけで胸焼けしそうだろ?」と公爵様は肩を揺らす。贈り物仕分け業務が人気な理由に、実はこれがあるのだ。本来は発生しなかったはずの業務を率先して行ってくれている我々のためにと、お二人はこうして差し入れを手配してくださる。公爵様が手ずから淹れて下さった紅茶とヌヴィレット様が用立てて下さった茶請けでティータイムができる機会など一生に一度あるかないかだ。席が奪い合いになるのも納得してもらえると思う。
「仕分けですよね」
「ああ。あのひとの目に相応しく無いモノを入れるわけにはいかないんでね」
 言いながら公爵様が手に取ったのはチョコレートに添えられていたカードや手紙をまとめたものだ。殆どはお二人への感謝やお二人の多幸を願う気持ちを綴ったものだが、ごく稀に不適切な内容のそれが混ざっていることがあるらしい。それを事前に検閲・除外する、という作業を、公爵様は毎年自ら行われている。その手際は恐ろしくよく、書類に触れる機会の多い職員は見習いたいと尊敬の眼差しを向けるのだ。
「お、俺宛だ。これはああ、この間風船を取って差し上げた小さなレディーからだな。こっちはヌヴィレットさん宛お、前にヌヴィレットさんが喧嘩の仲裁をしたって話してた老夫婦からか」
 柔らかな声が楽しげに囁く手紙の内容が微笑ましい。というかヌヴィレット様に喧嘩の仲裁をさせた老夫婦の話が気になりすぎる。
「公爵様は今年もお花ですか?」
 山になっていた手紙の束がいくつかの山に分けられ終えた頃、一人の職員からそんな声がかかった。バレンタインデーに大切な方へお花はいかがですか――そんな宣伝文句をとある花屋が掲げたのをきっかけに意中の人へ花を贈る光景もこの国に根付いている。それに一役買ったのが誰あろう公爵様だったりする、というのは周知の事実だ。
 この時期売り上げを伸ばす真紅のレインボーローズがまだ市場に出回り始めた新種だった頃、それを贈られたヌヴィレット様がそれはもうお喜びになり、髪飾りとして一日中御身に飾って過ごされたことが真紅のレインボーローズとバレンタインデーに花を贈る行為の二つを有名にしたそうだ。以来欠かさず、公爵様はこの日に真紅のレインボーローズを贈られている――というのはパレ・メルモニアの職員であれば皆知るところであり、特に女性職員達の間では「物語のようなロマンス」として人気のエピソードである(ちなみにヌヴィレット様もこの時期には紅茶に合う菓子を探してご自身でパティスリーを回られるとあって、フォンテーヌ廷内のパティスリーはそのお眼鏡にかなうべく、毎年この日のためにひっそりと新作を練るらしい)。
「ああ。あのひとも楽しみにしてるんでな」
 公爵様が氷色の瞳を細めて言う。ヌヴィレット様の微笑みの威力は語るべくもないが公爵様のそれも大概だ。ヌヴィレット様に関する事を口にするとき浮かぶこれは特に。ヌヴィレット様の御伴侶で良かった、危うく恋に落ちるところだ――と、実は密かに皆が思っている。
「真紅のレインボーローズって本数で意味が変わりますけど、公爵様はそういうのは気にされるんですか?」
 続いた問いに、公爵様は意味を乗せたくなるときはあるがと前置いて。
「あのひと全部取っておきたがるから、あんまり本数増やすとそのあと収拾つかなくなるんだよなぁ
 困ったひとだよなと笑った。そこが可愛い、という、音にされなかった言葉を、その場にいた全員が過たず聞き取る。睦まじくて何よりだ。末永く幸せであって欲しい。
 今年はナルボンヌエリアの花屋が質のいいレインボーローズを扱っていたから、花を贈る予定があるならそこを勧めるよ。一部の男性職員に有益な情報をもたらして、公爵様は会議室を出て行く。
 一ヶ月後、報告記事の写真に写っていたヌヴィレット様の御髪 おぐしには真紅のレインボーローズが飾られていて、やっぱりと皆で笑った。