紫輝
2024-01-02 00:45:44
3371文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】年始休みはメリュシー村に行った【原神】

年越し勤務中のセスリ殿の所に来ちゃったするヌ様の話です(言い方)
お互い恋に浮かれているのでふわっふわですクールな二人は居ません
以前書いた『隔てるものはいらない』をふんわり引きずっていますが内容を知らなくてもお読み頂けます多分

※検律庭=行政機関=31日~3日までお休みだと思っている人が書いています
※色々ご都合主義なので深く考えたら負けです

 その華やかな国柄からすると意外ではあるが、フォンテーヌの年越しは家族や恋人など、大切な人たちと迎えるのが一般的な穏やかなものである。気の置けない友人たちと集まって賑やかに盛り上がるのは新年の二日目から、と言うのが通例だ。この日ばかりはパレ・メルモニアも執律庭の待機人員詰所を除いてその明かりを落とし、旧き年を見送り新たな年を迎えるべく息を潜める。引き換えとばかりに市街には光が溢れ、人々のさざめきがフォンテーヌ廷を彩るのだ。
「まあ俺には無縁の話だな」
 水の底、聞き慣れた機械の駆動音が微かに響く執務室でリオセスリはひとりごちる。水の上が華やぐこの時期は、メロピデ要塞にとって戦いの時でもあった。自分が何をしてここで更生生活を送っているのかを忘れたわけではないだろうに、浮かれた囚人が毎年何かしら問題を起こすのだ。大半はこんなことで公爵や看守の手を煩わせるんじゃない、と頭を抱えたくなるような馬鹿らしい、本当にちょっとした問題なのだが、稀に水の上へ報告が必要になりかねない火種が隠れているから油断できない。そんな理由で、この時期のメロピデ要塞は年末年始の特殊シフトを組み、特別警戒態勢を敷くのが常だった。
 そもそも年末年始の特例として囚人達をこの時間まで出歩かせているのが問題なのでは、それをやめてはどうか、という話も幾度か出たが、行き過ぎた締め付けは逆に面倒を引き起こす可能性があるし、親しい人間から届くニューイヤーカードを励みに真っ当に努力している者達もいる。彼らの意欲を削ぐべきではないとリオセスリは特例を覆さずにいる。
 今年の特殊シフトに名を連ね(てしまっ)た者達の二日と三日の特別休暇指示書にサインしながら、目に入った新聞の記事――恋人達に贈るロマンチックスポット、という文字が躍っている――を視界から追い出す。代わりに脳裏に浮かべたのは蒼銀の面影。
 目映いばかりの銀髪と、柘榴石を溶かし込んだ紫水晶の瞳。人離れした美貌が映える豪奢な紺碧の上衣。この国の司法を統べる美しき最高審判官と恋仲になったのは今年のことだ。夢にも思わなかった。墓まで持っていくつもりだった想いを届ける羽目になったことも、同じものを返されたことも。お互い忙しい身であるから定期報告の後のお茶会が少しだけ色付いたくらいで(それだけでも十二分ではあるのだけれど)何が変わったと言うこともないが、来年こそは、と、考えたりはしている。
 そんな中やってくる新年だ。浮かれた記事に、羨ましい、と思うことくらいは許されたい。想いが通じ合った人と、初めて迎える新たな年なのだ。叶うならば普通の恋人達のように、寄り添ってその時を迎えたかった。
 自分も大概ロマンチストだなと、自嘲のため息をひとつ。メロピデ要塞の公爵が聞いて呆れる。こんな調子で何か不手際を起こせばそれこそあの人に顔向けできない。
 ペンを置き、軽く回した肩がパキパキと音を立てる。ちらと見た時計は新年まであと三十分といったところだった。
 何か起こるとすれば日付が変わった直後。看守が飛び出していって、解決したにせよしなかったにせよ、リオセスリまで報告が来るのは恐らく更に三十分後だろうと当たりをつけて腰を上げる。すれ違う看守や囚人達に軽く手を挙げて応えながら向かったのはロビー階だった。万が一が起これば大惨事になるため、この日この時間帯は通路を封鎖している。行儀良く立ち並ぶマシナリーを横目に『窓』の前で足を止めた。
 満月を少し過ぎてなお明るい月光が、夜の海底を照らしている。蒼く染まった世界で淡く輝くルエトワールと、尾びれで月の光を照り返しながら泳ぐ魚たちが幻想的だった。
 美しく静かな蒼い世界は、昼の海に増して蒼銀の君を――ヌヴィレットを想起させる。メリュジーヌ達を慈しむあの人は、今頃メリュシー村で過ごしているのだろうか。
 ひたり、と、硝子に触れる。少しでも近くで新しい年を迎えられたら、なんてあまりにも青臭いことを考えた自分が大分恥ずかしいが、恋人を得たばかりの男の思考回路なんてある程度ふやけているくらいが正しいのだろう。多分。きっと。そうであって欲しい。
 ひらひらと踊る魚たちのひれがあの人のコートみたいで綺麗だな、なんてぼんやりと明後日の方角を見つめていたリオセスリの視界を、不意に銀色の光がかすめる。幻影まで見るのはさすがに末期じみているから勘弁願いたいなと光を追った先で、今し方思い描いていた紫水晶の瞳と思いきり目が合って息を呑んだ。
 随分しっかりした幻影だな、と一瞬現実を受け容れかねたリオセスリの困惑を写したように、『窓』の向こう、愛しい人の形をした光もその瞳をまたたいて。
 白い手のひらが確かめるように己のそれと硝子越しに重なって、確信を得たようにふわりとその美貌が融けた。
『お邪魔しても良いだろうか』
 水中に文字が踊る。そのかんばせが向いたのはマシナリー回収口で、もしかしなくても以前のアレで そこから入ってくるつもりらしい。時たま妙な思い切りのよさを発揮するヌヴィレットに代替案を提示することもできたが、リオセスリは頷くことでそれに応える。今なら間に合うな、と、思ってしまったので。
 またこの方法で出迎えることになるとは思わなかったなあと苦笑しつつ、水質検査用マシナリー回収口制御レバーを動かす。仕掛けの作動する音が響き、広げた腕の中へヌヴィレットが飛び込んできた。前回と違ってリオセスリを巻き込んで倒れ込むようなことがなかったのは水流を操作でもしたからだろう。こと水に関する事でヌヴィレットの為すことにいちいち驚いていてはきりがないのであえて気にはしない。
「来てしまった」
 腕の中、しとどに濡れたヌヴィレットが楽しげに笑って頬を寄せてくる。見てわかるほどに浮かれているヌヴィレットは珍しい。
「ようこそヌヴィレットさん。ご機嫌麗しいようだが、何か良いことでもあったのかい?」
 濡れた髪を撫でてやりながらの問いに「君に逢えたから」、とメリュジーヌの足音を思わせる声音で返されて、思わず抱きしめる腕に力を込めてしまった。何だこの可愛いいきものは。
 なんとか取り繕った俺も嬉しいよ、にそれを聞いて安心したと返じたヌヴィレットが触れていた頬をすり寄せてから顔を上げる。
「この国では新たな年は大切な存在と迎えるのが通例だ。私にとってのそれは君になったから。君と過ごせたらと思った。だが君はこの時期だからこそ忙しいことも分かっていた。だから少しでも近くでその時を迎えられたらと考えたのだが
 まさか君がここまで出てきているとは思わなかった。ので、少し我儘を言ってしまった。すまない。
 ふわふわ、としか表現できそうにない顔でそんなことを言うヌヴィレットへの愛おしさを表す言葉が咄嗟に出てこなくて、ひとまず白い頬に口づける。ふふ、と、ヌヴィレットの吐息が弾んだ。
「奇遇だな。俺も同じ事を考えて、こうしてここに立ってたんだ。まさかあんたが来てくれるとは思わなかった。来年分の幸運をまるまる前借りした気分だよ」
「むそれは困る。君が不運に見舞われるのは私の望むところではない」
 私に『祝福』の権能はないのだが、と困ったように、少しだけ悲しげに下がる眉にリオセスリは肩を揺らす。
「俺の幸運はあんたに起因してる。来年もこうして過ごしてくれるならなんの心配も要らないさ」
「そうか。では君の幸運は約束されているな」
 ぱっと輝く表情と迷いのない断定が可愛いやら嬉しいやらで、やっぱり来年分の幸運と、ついでに幸福も前借りした気になってくる。いい一年だったな、などと腑抜けた事を考えて、そういえばと取り出した時計の針は新年まであと十秒を示していた。
 額を重ねる。羽ばたく睫毛の向こう側で、紫水晶がとろりと融けて。
 カーン、と、ヴァザーリ回廊の仕掛け時計が奏でる音が伝声管伝いに響いて新年を告げる。
「今年も愛してるよ、ヌヴィレットさん」
「私こそ。今年もよろしく頼む、リオセスリ殿」
 囁きあって、笑みの形の唇を重ねた。