紫輝
2023-12-02 09:45:17
9450文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】恋の泡弾けた【原神】

セスリ殿のこと好きだなって気づいたらどんな顔して会えばいいのかわからなくなっちゃったヌヴィ様の話。
開幕から恋煩ってるのでクールビューティーなヌヴィ様はいません。すみません。あと情緒豊か(本人比)

 ぱちん、と。
 頭の中で音がした。
 それは泡が弾けるような感覚。
 目の前には真剣に、けれど楽しげに紅茶を淹れる『公爵』。
 慣れた調子の鮮やかな手捌きと、踊る茶葉を見守る横顔。
 いつもの「お茶会」の前の光景のはずだったのに。
 ああ彼が好きだ、と、不意に気付いてしまった。
 その日の折角のお茶の味を、残念ながら覚えていない。

***

 顔を見て容易く上がる心拍。ふとした時に浮かぶ、他愛もない世間話の記憶。見慣れているはずの署名をなぞり、彼は何をしているだろうか、と思い馳せる回数が増えてきたと自覚した時、やはりと結論を下す。
 これはおそらく、人が「恋情」と名付けるものだ。この私に、と笑うも、沈める前に弾けてしまった泡は元には戻らない。これまでの交流で少しづつ自らの中に蓄積していたらしい想いの欠片はもはや身の内に溶け込んでいる。今更「それ」だけを濾して沈めるのは不可能で、であれば受け容れるしかないのだろう。
 小説や歌劇で見てきたはずの「恋情」という想いは、実際に いだいてみると想像以上にままならないものだった。興味深くはあるがおかしな話だ、と思っていた諸々が、実体験として降りかかってくる。
 顔を見るだけで何やら落ち着かないし、声を聞けば鼓動が跳ねる。けれどその言葉を聞き逃したくはなくて気持ち耳を澄ませてしまうので、ああ彼は声も良いのだなと、余計なことに気付く羽目になった。
 今ほど感情が表に出にくい性質を幸いに思ったことはない。何せリオセスリときたら妙に鋭くて、一秒に満たない返答の遅れを拾ってその首を傾げるのだ。身の内で暴れるこの感情が表出していたらと思うと居た堪れない。
 そんな事を繰り返している内に、どんな顔で会えばよいのか分からなくなった。正確には、リオセスリの前で己が浮かべているだろう表情に自身で責任が持てなくなった。『最高審判官』を装えているだろうか。彼からの想いに焦がれた顔を、熱に浮かされた顔をしてはいないだろうか。セドナを始めとしたメリュジーヌ達が心配そうに自分を見るようになったのが分かるから、尚のこと不安になって。
 多忙を盾に、リオセスリとの面会を絶った。
 ヌヴィレットが多忙である事を誰よりも知っているのはリオセスリだ。きちんと休んでいるのかと、微かに眉を寄せられることもあった。そんな彼であるから、手が空かなくてと言えば何の疑問も抱かない。次の機会を楽しみにと寄越される軽口に、そんな日が早く来ればいいのにと自らの勝手さを棚に上げて思った。
 リオセスリは有能だ。万一疑問点や不備があれば遣いを出すと取り決めをしていても、「万一」なんてまず起こらない。定期報告の ついでに別の案件の話をする事もあるにはあるが常にではない。もしかして彼にここまで足を運ばせる理由などないのかもしれないとふと考えて、リオセスリがそれに気付いていなければいいのにと願う。メリュジーヌに預けた方が効率が良くないか、などと提案されたら、ヌヴィレットはきっとそれを断れない。彼女達の優秀さを一番理解している自負もあるから。
 恋情に気付く以前からその訪いを楽しみにしていたのかもしれないと遅まきながら自覚してそっとため息をつく。もっと早く気付いていればあるいは打てる手もあっただろうに、何故突然恋情の形で弾けてしまったのか。後悔先に立たずとはまさにこの事だ。稲妻の人間は心というものをよくわかっている。
 その顔が見たい。声が聞きたい。あわよくばその声で呼びかけて欲しいと余りにも自分本位な事を考えたのは多忙を盾にしきれなくなり、卑怯と知りつつ体調不良を新たな盾に仕立てたヌヴィレットへリオセスリが寄越した小さな箱に触れた時だった。体内の水の巡りを助けるハーブティーだと、添えられたカードに書いてある。良い機会だからしっかり休んだらいい、とも。その気遣いが嬉しくて、手を煩わせてしまった事が居た堪れなかった。シグウィンの派遣も打診されたがそちらは丁重に断ることにする。「体調不良の最高審判官」などいないのだから。
 ここに居るのは「リオセスリという男に恋情を抱いた、ヌヴィレットという臆病な水龍」だけだ。

***

「元気そうだね」
 よかった、と笑う少年に紅茶を、心配したぞ! と拳を握るその相棒にケーキを差し出しながらヌヴィレットは首を傾げる。
「君たちも元気そうで何よりだ。ところで私について、何か君たちを「心配」させるような話でもあったのだろうか。思い当たる節がないのだが」
 片やカップに口をつけ、片やフォークを咥えたまま、少年と相棒は顔を見合わせた。あれ? と言わんばかりに。
「ここに来る前にリオセスリに会ってきたんだけど、体調が悪いみたいって聞いたから」
「あいつ心配してたぞ。やっぱりシグウィンを行かせた方がいいんじゃないかって」
……そう、か」
 リオセスリの名を聞いて、平静だった心は容易く波打った。「体調不良」の盾は強固なものだが、やはりあまり続けば真実味も薄れよう。何より思いの外――ヌヴィレットにとっては不謹慎にも喜ばしいことに――己の体調不良の報がリオセスリに与えている影響が大きいようだ。これで本当にシグウィンに足労させる事になったらいよいよ居た堪れない。
 瞑目し、深く息をついたヌヴィレットに戸惑う気配が伝わってくる。開いた視界の先、気配通りのそれに心配を混ぜたような黄玉と藍を見て、話してみようか、と。そう思った。どの道これ以上一人で対応策を考えるのにも限界を感じていた。沢山の人の思いに触れてきた子供たちだ。何か光明になるものを持ち合わせているのでは、と。
折り入って相談したい事があるのだが、口の固さ、というものに自信はあるだろうか」
「パイモン、先にリネ達と合流しておやつ食べておいでよ」
「分かりやすくオイラを除け者にしようとするなよ!」
 白い相棒が空中で地団駄を踏むのに、少年は真剣な顔で首を振る。
「俺もパイモンを信じてるよ。けど時々パイモンの口は蒲公英の綿毛みたいになっちゃうことがある。これから聞く話がもしフォンテーヌの未来を左右するような話で、もし「時々」がまずい相手が近くにいる時きちゃったら
「オイラ、今日は限定ケーキ用意しておくって言われてたの思い出したんだぞ!!」
 先行くな! と怯えたように虚空へ消える相棒にひらひらと手を振った少年がさてとヌヴィレットに向き直り。
「その「相談」、リオセスリと関係ある?」
 まるで射撃型マシナリーのような正確さで本題を撃ち抜いた。
その通りだ。よく分かったな」
「名前聞いた時ぴくってしたでしょ。直後にすっごいため息ついてたし」
 そうか。人はそうやって会話相手の感情を察するのか。思わず目を しばたたく。これは話の流れが読めて、ある程度相手の人となりを理解していないとできない方法ではあるな、と、新たな気付きをそっと記憶の端に書き留めた。
「ため息のつもりはなかったのだが」
「じゃあ俺にはそう聞こえたって事で。解決できるって約束はできないけど、話聞くくらいならできるよ」
「心遣いに感謝する。君の推察の通り、相談したいのはリオセスリ殿に関することだ」
 パイモンはめちゃくちゃ態度に出るから席を外してもらったけど、と困ったように笑う少年にまずは謝意を示し、言葉を選びながらぽつぽつと、気付いてしまった恋情と、自らが取るべき態度について話す。恐らく、否確実に、常のヌヴィレットのそれよりも筋道立っていなかっただろう話を、そもそも面白いとは思えない他人の胸の内に関する話を、少年は真剣に聞いてくれて。
……そっか」
 こくりと一つ、うなずいた。それから、確認するように首を傾げる。
「リオセスリに会いたくないわけじゃない?」
「顔は見たいと思っている」
 これは迷う余地がない。
「じゃあ、好きだって知られるのが怖い?」
「正直、よくわからない。例えば同僚が自身に愛なり憎しみなりを抱いていたと仮定したとき、リオセスリ殿がそれによって態度を変えるとは思えないのだ」
 少し考えて首を振る。要領の良いリオセスリのことだ。上手く距離を取ることくらいはやってのけるかもしれない、とふと考えて、それは少し寂しいな、とは思う。これが恐怖なのかと問われると、やっぱりよくわからなかった。ヌヴィレットの答えにそれは確かにと少年は同意を示す。
「うーんじゃあ、ヌヴィレットが顔? 態度? に拘ってるのはどうして?」
「ふむそうだなうん、リオセスリ殿に失望されたくないのだ」
 少年に問われ、出した答えはすとんと胸の中心に収まった。少年の無言を良いことに、形のなかった恐れと戸惑いを編み上げてみる。
「私はこれまで『最高審判官』として、彼と職務に当たってきた。『最高審判官』としての私を、彼は信頼し尊重してくれていると感じるのだ。私が恋情を表出させることで、彼が抱いてくれているそれに傷をつけてしまうのではないかとそれが恐ろしいのだと、思う」
 公平無私たれと務めてきたのは自分だ。その自分を認めてくれているリオセスリの目に映る『最高審判官』に、世俗を感じさせる情意は相応しくない。そう思うから。結んだ言葉までを聞き終えた少年が小さく唸る。言葉を探しているようなそれに口を出すことはせず、冷めかけた紅茶で乾いていた口内を潤しながら彼の言葉を待った。
「俺はさ。この言い方が正しいかはわからないけど、リオセスリは『最高審判官』じゃなくて、『ヌヴィレット』っていう個人と付き合ってると思ってるよ。そりゃあ仕事中は『最高審判官』と『公爵』かもしれないけど、それならわざわざお茶会までする理由はなくない? そんなことしなくたってリオセスリが有能なのは仕事振りでわかるんでしょ?」
「君の言う「お茶会」が上司や同僚への職務以外でのアピール行動の事を指すのであれば、そうだな。そも彼はそういった行為を好まない男だ」
「っていうのを前提にした上でお茶会に誘われたりお薦めの紅茶贈られたりする理由って考えたことある?」
……
 そういえば考えたことがなかった。それらの心配りはあまりにも自然に行われてきたので。感想を伝えたときのリオセスリが、なにやら嬉しそうにするのもあり。まあ彼が楽しいのなら、と、その行為そのものに何の疑問も持つことなく、今まで。
 衝撃の事実、という、タブロイド紙でしか見ないような言葉が自身に降りかかる。さすがに驚愕と戸惑いが顔に出たのだろう。少年が肩を振るわせた。
「うん、そういうことだから、『最高審判官』っぽくないとか考えずに、『ヌヴィレット』のままでリオセスリに会えばいいと思うよ」
 そもそも俺に「リオセスリと「個人的な」付き合いがある」って話してくれたのはヌヴィレットじゃない。忘れちゃったの?
 少年は朗らかに言う。そう言えばそんな事を言ったような気はするが、そういう意味だったのかと考えてみると自信はない。けれど。
感謝する。君との語らいで、少しだけ気持ちを整理できた。答えそのものは、まだ出ていないが」
 やはり人との対話は有意義だ。良い友人を得たと思う。
 気にしないでと、あんまり考えすぎないでねと気遣ってくれる少年に何か礼をと申し出たヌヴィレットに、じゃあまた今度秘境の攻略手伝って、と告げて、少年は去っていった。
 ――のが、ほんの一週間前だ。整理はできたけれど、整理がついたとは言えない。答えは出ていないし、リオセスリにも事情を説明できていないままだ。
 なのに。
 なぜあの子は。
 事情を理解しているはずのあの子は。
「ヌヴィレットさん? あんたなんでここに、体調は大丈夫なのか?」
 二人目、ないしは三人目の協力者に、リオセスリを選んだのか。
 せめて秘境に入る前にそうと言っておいて欲しかった。足を踏み入れた先に彼がいるなど有り難くもないサプライズだ。
「リオ、セスリ、殿」
 久しぶりに、それも覚悟なく目にする意中の人の姿だけで心臓に悪いのに、名を呼ばれ距離まで詰められてしまえば許容量など簡単に超えてしまう。注いだ水が溢れるように、波打つ感情が頬へ熱を集めて。なんとか口にしたその人の名は笑えるくらいに震えていた。
健康には見えないな。旅人にはその話はしなかったのかい? いや、それは後でいいか。どこかにリタイアできる装置があれば、」
「待ってくれ」
 ヌヴィレットの様子に険しい顔をしたリオセスリが踵を返そうとするのを喉を叱咤して制止する。こちらへと戻ってきたフロスティブルーとなんとか目を合わせ、ふるりと首を振ってみせた。
「不調ではないのだ。いやある意味不調なのかもしれないが、世間一般の基準に照らせば私は健康体だ。心遣いに感謝する」
「うん、要するにそれは不調ってことだよな? 回復の目処は立ってるのか? 俺にできる事なら力になるが」
 疑問符を浮かべつつも食い下がってはこずに事情を汲んでくれようとする優しさが嬉しくて切ない。同時に自らの狡さと臆病さが情けなかった。
 この優しさに甘え続けるのはもう耐えられそうにない。折良く人目を憚る必要のない空間に二人。――始末をつけろと言われている気がした。
……そうだな。これも巡り合わせ、なのだろう。私の話を聞いて欲しい。リオセスリ殿」
「あんたの話ならいくらでも」
 言い方、と、頭の中で旅人の声がする。恋情を抱いてわかったが、彼は少々人に気を持たせる話し方を選びすぎている気がする。魅力的な男なのだから、こんな話し方をしていたら自称恋人が引も切らずに現れたりしないだろうか。
 彼に選ばれるのはどんな人なのだろうとあまりにも不毛なことを考えかけた思考を断ち切って、震える息を肺に取り込む。
「気付いて、しまったのだ」
 なし崩しに決めた覚悟はやっぱり付け焼き刃の域を出ない。
「私が君に、恋情を抱いていることに」
 心臓がまるで耳の横にあるように、鼓動が騒がしく響く。
「そうしたら、どんな顔をして君と会えばよいのか、分からなくなってしまって」
 自分の声すらどれくらいの音量でリオセスリに届いているのか、そもそも届いているのかすらもうわからないけれど、口に出してしまった以上、最後まで言いきる以外の選択肢などないのだ。
「この件に関する対応策を出すことができず、体調不良という事にしていた。君には無用の計らいをさせてしまって申し訳なかった」
 気遣いが嬉しかった、と、封を切れていないハーブティーの礼を告げて意見陳述を終える。
恋情? ヌヴィレットさんが、俺に?」
 最初に返ったのはそれだった。どうやらきちんと届いていたらしい言葉に、まずは安堵する。
「そうだ」
「失礼は百も承知だが、別の感情を履き違えたって線は」
 肯定を返せば、戸惑ったような声音が響く。予想できていたそれを、首を振って否定した。
「君の顔を見ると心が浮き立つ。君の声に名を呼ばれると胸が騒いで、君の事を考えるとなにか、ふわふわと温かく形のないものが身の内に積もっていく心地がする。私の知る限り『これ』は恋情であると思うのだが、君から見ると違うのだろうか」
 いっそ勘違い そうであればどれほど良かったか。ヌヴィレットにとってはもはやただの確認事項でしかない自覚症状の枚挙に、リオセスリは額に手をやって瞑目する。
「あーーーーうん。違わないな。そうかうん
 こいつは予想外だな。
 手のひらに覆われた小さな声を聞き取ってしまう聴覚が憎らしい。
すまない、君を困らせたいわけではなかった。ただそういう理由で、私が一方的に君と顔を合わせるのを避けていたのだと説明しておこうと思っただけだ。私のこの感情に対する君の反応を、私は求めていない」
 ただそういう事実があっただけ。互いの関係はこれまでと変わらない。そのように処理してくれれば一番いい。彼の内心はどうあれ。
「答えを聞きたくないわけではないんだな?」
 ヌヴィレットの希望は、けれど通らなかった。何かを考えるように黙していたリオセスリが瞳を覗き込んでくる。まるでヌヴィレットの真意を探ろうとするかのように。
 どうやら逃げることは許されないらしい。彼のことだから言葉を選んではくれるだろうが、好いた相手から拒絶の言葉を聞くのはやはり辛い。恋とは大変なものなのだな、と、どこか他人事のように思う。
 ため息が こぼれてしまったのも、口角が上がってしまったのも許して欲しい。無意識だったのだと、目を見開くリオセスリを見つめながら心中で謝って、改めて覚悟を固めた。
そうだな。むしろ聞いておくべきかもしれない。完全に、は、無理だろうが、私に出来る限り、今後の職務に支障が出ないようっ」
 努めよう、と続くはずだった言葉は強い力に突然引き寄せられた衝撃で喉奥へ消える。力の源であるリオセスリの表情は胸の内に囲われたここからでは見えない。
「少し、時間をくれ」
 微かに震えた声が呟く。リオセスリの意図が分からないが、この顔が見えない方がまとまる考えがあるのかもしれない。心の奥底まで見透かされそうだと、以前誰かが口にしていたのを知っている。ヌヴィレットにそのような能力はないが、人と違う瞳はやはり警戒感を抱かせるのだろう。そういえば彼はこの瞳を綺麗だと言ってくれたな、と、いつだったかも分からない雑談の断片を思い出して少し、胸が痛んだ。
ああ。君が望むだけ」
 囁いて目を閉じれば、己を抱きしめる腕の強さと熱がじわじわと心を揺らす。これに名をつけるなら『歓喜』だろう。拍動が早さを増し、少しだけ息が苦しい。この感覚を忘れたくないと、強く思った。この『歓喜』の記憶があれば、きっとこの先の永い生も歩いていける。叶うならこの広い背中に手を回したいが、残念ながらそれは許されていない。せめてこれくらいは許されようかと、黒いコートの裾をそっと指先で握った。
……よし」
 どれほど経ったのか。黙り込んでいたリオセスリがそう呟き、一度腕に力を込めてから抱擁を解く。残念だ、と思ってしまったこの浅ましい気持ちが表情に出ていなければいいと願いつつ、向けられた彼の瞳と見つめあって息を呑んだ。
 敵対者には硬質な冷たさを孕む涼やかなフロスティブルーはさながら溶けかけた氷がその表面に水の膜を張るように、確かな熱を、灯していて。
「結論から言うが、」
 その熱の理由を探る前に。
「俺もあんたが好きだ。ヌヴィレットさん」
 少しだけ掠れた声が、それが紡いだ言葉が、真っ直ぐに心を貫いた。
 かけられた言葉の意味を理解するのに手間取る。あまりにも予想外なものであったから。ぱち、ぱち、と開いては閉じる視界の向こうで、リオセスリがバツの悪そうな顔をする。
「めちゃくちゃ熱烈に告白されたと思ったら今日が最後みたいな顔するから思わず突っ走っちまった。悪い」
 心臓が潰れるかと思ったと顔を顰められるが、「今日が最後みたいな顔」とやらには生憎心当たりがない。けれど今掘り下げるべきはそこではなく。
「いつから」
「さて、もう忘れちまったな」
「だが君は今までそんな素振りなど、」
「上手く隠せてたようで何よりだ。元々墓まで持っていくつもりだったしな。あんたの長い一生の中に記憶として残れたらいいなとは考えてたが」
 ヌヴィレットの問いにやわらかく返る答えは、だからこそそれがずっと彼の内にあったものだと信じるに足る響きをしていた。例えばヌヴィレットが恋情 このおもい いだかなかったとしても、リオセスリの事は忘れ得ぬ記憶になっただろう。確実に、良い意味で。
 うろうろと彷徨う目線を楽しげに追ってきながら、リオセスリはゆっくりとヌヴィレットの頬を撫でる。
「けど、あんたから飛び込んできてくれるなら話は別だ。あんたの感情 それがなんなのかは、あんた自身が証明してくれた。それに対する俺の答えはあんたが聞いた通りだ。こういう状態を世間一般では『両想い』と言うんだが、異議はあるかい?」
……ない」
「そうか。そりゃよかった」
 ゆるりと問われ、首を振ることで答える。リオセスリは肩の力を抜いたようだった。どうやら彼も緊張していたらしい。
 一度開いた距離がまた少しだけ縮まって、こつり、と、額が重なった。
「それじゃ、改めてこれからよろしく。ヌヴィレットさん」
こちらこそ」
 吐息の触れる距離で笑うリオセスリに――そう、こういう時に人は、ドキドキした、と言うのだろう。

***

「そうだ、これでまた俺とも会ってくれるようになるんだよな?」
 なんとなく離れがたくて、少し不自然な抱擁の体勢のままリオセスリが首を傾げる。のに、今回こうなるに至ったそもそもの問題を思い出した。
そういえば結局答えが出ていない」
 ここに至った今、尚更君を失望させたくないのだが。
 せっかく好意を寄せてもらったのだ。叶うならばその目には好ましく映りたいと思う。そんな細やかな願いが形を成した呟きを聞き取ったリオセスリは真面目だなぁと笑った。
「自然体でいいだろ。俺はあんたのどんな表情 かおも好きだしな」
「は……、」
 そう、甘く囁いて。
「これからどんな顔が見られるのか楽しみにしておくよ」
 ふわりと頬に口付けを贈ってくるような相手に表情を取り繕うなど、そもそも無茶な話なのかもしれない。
そういえば旅人と合流する手筈になっていたはずなんだが、あんた何か聞いてるかい?」
 忘れてた、と言わんばかりの問いかけに、遅ればせながら自分と彼をここへ導いたはずの少年のことを思い出す。状況を鑑みるに勢いで行くしかなかった場面だったとは思うけれども、リオセスリではないが「突っ走ってしまった」かな、とも思った。この場所にいるとどれだけ時間が経ったかも曖昧だ。彼の現況は早急に確認すべきだろう。
 というところまで考えて、ここに入る前、少年から託されたものの存在を思い出した。
そういえば少し待っても自分が現れなければこのプランで攻略を進めてくれと言われていた」
 かさりと音を立てたのは折り畳まれたメモ用紙だ。リオセスリがその瞳を鋭くする。
「不測の事態を予想してたって事か? なら早く合流を、」
 テノールが紡ぎかけた言葉は途中で途切れた。書かれていたのは、たった一行だけ。
『外で待ってるね』
 二人、思わず顔を見合わせる。
これは」
「キラーアシストってやつか。はは、これはやられたな」
 戻ったら茶席を設けるとしよう、と、愉快げに肩を振るわせたリオセスリに協力しようと同意して、改めて辺りを見回す。脱出用の仕掛けはすぐに見つかった。どうやら攻略済みの秘境のようだとそこで気付く。少年の機転には感嘆させられるばかりだ。
 浮かび上がる幾何学模様のオブジェを前にリオセスリが振り返り、その手のひらをこちらへ伸ばす。
「出ようぜ」
ああ」
 やわらかに細められたフロスティブルーの瞳と穏やかな声に招かれるまま、ヌヴィレットはその手をリオセスリのそれに重ねた。