紫輝
2023-11-18 09:31:27
2813文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】このあと紅茶を頂いて帰った【原神】

寝落ちしてるセスリ殿を起こそうとして抱き枕にされるヌヴィ様の話(両片想い)。
自分の恋心に自覚があるタイプのヌヴィ様なので情緒豊か(本人比)。

 リオセスリ殿が落ちている。――表現的に正しくない事は理解しているがこの場合において最も相応しい表現はこれであると思う。少し娯楽小説を読みすぎたかもしれない。そんなことをつらつらと考えながら、ヌヴィレットはその場に立ち尽くしていた。
 場所はメロピデ要塞、『公爵』の執務室。時は午後一時をまわったところである。急ぎリオセスリの目を通し署名を得る必要がある書類があり、どうせその後の処理をするのは自分なのだからと自らそれを携えてきたところだった。
 ここのところ、リオセスリは多忙を極めているらしい。この間の定期報告でも非常に惜しいが茶卓についている時間がないと手土産だけを置いてとんぼ返りしていたほどだ。効率よく職務を回す事に長けているはずの彼がそれほど時間を惜しんでいるのであれば相当なのだろう。詳しくは聞いていない、というか、聞く余裕もそもそもなかったのだけれども。
 『公爵』の多忙ぶりはどうやら進行形らしく、件の書類の処理について相談したときも「申し訳ないが急ぎであればこちらに来て貰う必要があるしここしか空いていない」という答えが返ってきた。常はこちらの都合に合わせて貰っている。時間を割いてもらう側であるしそれくらいはさせていただくと約束の時間に足を運んで――冒頭に戻るのだ。
 放り捨てられたようにソファへ引っかかった上着と、絨毯が敷かれているものの決して寝心地が良いとは言えないだろう床に倒れ込む『公爵』。「その時」の風に舞ったのだろう書類。事件性を感じてしまったのは職業病と言えるかもしれない。
 生まれ持った鋭敏な感覚でもって彼に息があることはすぐにわかった。故に状況を鑑みて「落ちている」という結論に至ったのだ。
 人間は休息を取らねば動けない。それは胆力のあるリオセスリでも変わらないだろう。激務の合間に仮眠か何かをとろうとして力尽きた、の、かもしれない。
 さて。ひとまず散らばった書類を集めて自らが持ち込んだ書類と共にテーブルの上へ裏返し、リオセスリの横へ膝をついてヌヴィレットは考える。
 確かに早急に処理したい書類ではあるのだが、彼のこんな姿を見てしまっては折角の休息に水を差すのは非常に躊躇われる。これに関してはまた後日人をやって対応してもらおう。
 しかしこれで休まるとは思えない。起こしたくない気持ちはあるがこれも彼のためだ。同じ時間休息するのなら環境が良いに越したことはない。
リオセスリ殿」
 思考を閉じ、リオセスリの肩を揺さぶってそっと名を呼んでみる。返る反応はない。
「リオセスリ殿、」
 もう一度、今度は少し強めに肩を揺らし、心持ち音量を上げて声をかけてみる。ぐぅ、と、まるで狼のように唸ったリオセスリの瞼が震えうっすらと持ち上がった。
 彷徨っていたフロスティブルーと目が合った、と思った瞬間、強い力に引かれ世界がぐるりと回る。数度瞬いて幾分か衝撃をやり過ごした視界に映ったのはシーリングファンとリオセスリその人だ。これは組み敷かれているな、と妙に冷静な部分が判じる。休息に乗じて自身を害そうとする他者への防御行動だろうか。流石だな、と思うし、やはり申し訳ないことをしてしまった、とも思う。
 後悔したところで既に行動には移してしまったのだから、当初の目的を果たす以外ヌヴィレットにしてやれることはないけれど。
 三度みたび声をかけようと開いた唇から、しかし音が発される事はなかった。
 少しカサついた親指がすり、と頬を撫でる。けぶるフロスティブルーがゆるりと融けて、掠れた声が囁いた。
……ヌヴィレットさん」
……っ、」
いい夢だ」
 思わず息を呑んだヌヴィレットの肩口に顔をうずめたリオセスリの落とした言葉を聞き取って我に返る。なるほど彼はどうやら寝ぼけている。
「リオセスリ殿。起きてくれ。夢ではないし、眠るなら硬い床ではなくソファで横になった方がいい。身体を痛めてしまう」
 ぱたぱたとその背を叩いて再覚醒を促す。ここまで来たら二度も三度も変わらないし何より放してもらわなければならない。この状況は心臓によくない、非常に。
 ヌヴィレットの声が届いたかそうでないのか、リオセスリの唸り声が肩口でくぐもって、また世界が回った。今度は先よりもだいぶ穏やかなそれではあったけれど。
 見上げていた顔を今度は見下ろすことになって、ヌヴィレットは本日何度目かの困惑に瞬く。フロスティブルーは半分隠されていて、覚醒したのかどうか判断がつかない。さらさらとヌヴィレットの後頭部を撫でた大きな手にそのまま引きよせられて落ち着いたのはその胸元で、耳を掠める吐息でどうにかなりそうだった。
「これで痛くないな」
ちがう、リオセスリ殿、そう言う意味ではなく、」
 私ではなく君の問題なのだと、幼子をあやすように背を撫でてくるリオセスリに主張してみるも夢の世界まではどうにも届きそうになくて。
 これは相当疲労しているようだと改めて思って、そういえばここのところ自分も少々休息を疎かにしていたなということを思い出した。――思い出して、しまった。
 いつも何かしらの理由をつけて訪れてくれるリオセスリを、ヌヴィレットは密かに待っていた。この立場さえなければこちらから出向くのに、という気持ちと、この立場でなければ彼と顔を合わせることもなかっただろう、という気持ちはいつだってせめぎ合っている。詰まるところ惚れているのだ、彼に。その顔が見たいが為にわざわざそれほど急ぎでもない書類の一枚だけを持ってここを訪れるくらいには。今日この時のためにちょっとばかり仕事を早回しするくらいには。
 思い出してしまった疲労の素とここに至るまでの心の揺れ、じわじわと伝わる想い人の体温と、規則的に与えられる振動はヌヴィレットの思考を鈍らせていく。
 先までの反応を見るに、リオセスリはヌヴィレットとわかっていてこういう行動に出ているようだし。
 一応覚醒を促しはしたし。
 ――まあ、いいか。
 鈍った思考が臨界を超えて、ヌヴィレットは全身から力を抜いた。ぴとりと寄り添った耳から伝わる心音が心地良い。
おやすみ、リオセスリ殿」
……ん」
 こちらの拍動は常より早くなっているから、これが彼に伝わって眠りを妨げてしまったら困るな、とか。
 装飾過多のこの上着で彼の身体を傷つけやしないだろうか、とか。
 そんな事を早くも霞み始めた脳内で考えつつ呟いた言葉に思いがけず返事が返ってきて、なにやら幸福な気持ちでヌヴィレットはその瞳を閉じたのだった。
 メロピデ要塞の誇る優秀なる看護師長に差し入れられたブランケットと「お話が長引いてるみたいなのよ」という『水の上』への事前の伝達により束の間の休息を守られた『公爵』がなぜか腕の中で眠る想い人の姿に声なき悲鳴を上げるのは約二時間後である。