リオセスリとガイアが顔を付き合わせて話している。内容は現在聖遺物探索中の秘境の戦闘の効率化についてだ。アルケーが揃っているからもっと戦闘時間を短縮できるはず、そうすれば試行回数も増やせるし怪我も減るはず、だそうだ。その通りだと思う。皆自分の役目があるところをこうして手を借りているから、空にとってはそういう意味でも効率が良くなるのは望むところだった。
元素反応が、とか、アルケーの再発動可能時間が、とか、中々に高度な会話が漏れ聞こえてくる。規模は違えど人を率いる事を職務のひとつとする人達だから戦術談義も盛り上がりやすいのかもしれない。
「複数人での戦闘行動に関しては君たちの方が造詣が深いと判断する。その指示に従おう」
そう告げて彼らから少し離れた場所へ退いたヌヴィレットの隣に空はいた。彼に倣って作戦が決まるのを待っているところだ。大局を見るに長けるリオセスリと卓越した戦術眼を持つガイアが揃っている。自分が出る幕はないだろう。勿論求められれば意見を出すつもりで構えてはいるけれど。
向かい合う真剣な面差しを――正確にはその片方を――ヌヴィレットはじっと見つめている。その常のように涼しげな表情の、常と違う部分にふと気付いた。フォンテーヌの危機に立ち向かっていた時には見えなかった、じわりとした熱を帯びた階調の瞳。この温度の意味を空は知っていた。
「…こういう場所からあのような顔を見る機会はないのでな。つい魅入っていた」
いつもは正面から見ているから。
視線に気付いたらしいヌヴィレットが、ちらとこちらを見て呟くように言う。心情を吐露することにおいて彼にはあまり羞恥心がないらしい。というか、彼にとってはこういった温度の高い感情そのものが新鮮で物珍しいもので、まずこれが「一般的な『人』にとっては口にすることに大なり小なり羞恥心を覚えるもの」だという認識がないようだった。聞いている方が恥ずかしい話を淡々とされるのも慣れてきてしまって、最近は微笑ましさすら覚えるようになってきたところだ。
「カッコいいもんね、公爵。男も惚れる男って感じ」
「惚れる」
もや、と大気が揺れた。「そういう話を耳にするとなんとなく心が曇るが理由がわからない」と、以前聞いている。確かに恋心一年生が嫉妬を理解するのは難しいかもしれない。しかし「なんとなく面白くない」で大気に影響が出るのだ。理解してしまった時がそれはそれで怖い。理解ったから自制できるようになるのか、沸点が下がるのか。泰然自若を絵にしたような人だけれど、どうもリオセスリ周りのヌヴィレットの感情の起伏は若干分かり易い、ように見える。頑張れ公爵と起きる確信もない事に対するエールを心の中で送って、空は首を横に振る。
「あ、ヌヴィレットが考えてるような意味じゃなくてね。うーんと…心服? って言えばいいのかな。公爵を物凄く尊敬して信頼して、そうしたいと思って部下やってる…みたいな…難しいな…」
普段なんとなく理解していることを改めて言葉にするのは難しい。感情や感覚に依るものであれば尚更だ。身も蓋もない言い方をすれば「着いてくぜ兄貴! って気持ち」なのだが、これではヌヴィレットに伝わるまい。血縁関係のない『兄貴』に関する説明を上手くできる自信もない。うんうん唸ってなんとか絞り出したニュアンスは近いであろう言葉を聞いて、ヌヴィレットは一定の得心を得たようだった。
「ふむ…心服という言葉の意味であれば私もわかる。生き様に惹かれて力になりたいと願う、というような感覚だろうか」
「あ、近い。さすがヌヴィレット」
「先日稲妻で流行っているという小説を目にしてな」
娯楽小説とヌヴィレットが繋がらないが、大方塵歌壺に誰かしらが置いていったものだろう。フォンテーヌで見たとしたら『フリーナのおすすめ』だろうか。八重堂の本の中には方々で大絶賛の心理描写を誇る作品などもあるし、ヌヴィレットのように感情に理解を深めたい人間(が彼以外にいるかはわからないが)にはちょうど良い教科書なのかもしれない。
「なんというか、日々成長してるよね…」
情緒が。
ある意味大変失礼な部分はぼかして呟いた空にヌヴィレットは真剣に頷く。
「私には無縁だと思っていた感情を抱くに至ったのでな。少しでも理解を深めたいと思っている。リオセスリ殿に…より良い形で応えたい」
「…そっか」
恋愛沙汰に良いも悪いも無いんじゃないかな。言いかけた言葉はあえて言わなかった。その辺りもリオセスリが教えていくのだろうから。
この二人大概お互いのこと好きだよなぁと思う。これでよく仕事仲間をやっていたものだ。リオセスリはしれっと「前から惚れてた」などと宣っていたので、ヌヴィレットの方に何か変化があったのだろう。吊り橋効果だろうか。確かに『フォンテーヌ人が触れれば溶ける原始胎海の水の氾濫』はとんでもない吊り橋だった。まあ肝心の吊り橋部分は他でもないヌヴィレットがサラリと片をつけてしまったそうだけれど。
「何かおかしなことを言っただろうか」
「ううん。恋してるなって思って」
経緯が気にはなるが掘り起こすつもりはない。少なくとも今こうして手を貸してくれている二人はなんだか楽しそうだ。縁を得た人たちが健やかなのは嬉しい。
「…そうだな。恋するということがどういう事なのか、今の私にはわかる」
淡い微笑みを浮かべて眩しげに男を見つめる横顔に、空はお幸せにと笑った。
「全部聞こえてるんだよなぁ…………」
「公爵様も大変だな」
「目が離せなくなった」
「でもそこが可愛い」
「理解が早くて助かるよ、騎兵隊長殿」
戻ったら一杯奢らせてもらおう。
叶うなら頭を抱えていただろう勢いの溜め息にガイアは肩を揺らす。あんたがいない時は普通だぞと言ったら『公爵』は卓に沈んでしまうだろうか。
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