紫輝
2023-10-20 22:26:19
3712文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】隔てるものはいらない【原神】

メロピデ要塞の硝子越しにいちゃつくリオヌヴィ。あらゆる物や事象を都合よく捏造しています。あんな最高なロケーションお出しされたらやるしかないと思いました

 水面みなもを貫いた太陽の腕が、海底を穏やかに抱いていた。ゆらゆらと揺れる海藻、ゆったりと泳ぐ魚たち。視界の端ではタイダルガがふよふよと浮いている。至って普通の、日中の海底の風景だ。
 メロピデ要塞のロビー階である。水の上と下を繋ぐこのフロアは要塞内で唯一陽光を目にできる場所で、強化硝子の大きな窓が設られているここは要塞で勤務する者たちの憩いの場になっているようだ。今は散歩がてらに足を伸ばしたリオセスリと常駐のマシナリー以外に人や物の影はないが。
 平和だ、と、向こう側へ思いなど馳せてみれば、確かにこの風景にはある種の癒し効果を感じなくもない。元来火や水と言った自然物の揺らめきは人間に対して一定のリラックス効果があるものなのだと、研究熱心な看護師長が話してくれた。であれば皆がここに集うのも当然なのかもしれない。
 一応最高機密の塊のようなここから海中とはいえ外が見えていいのかという疑問があるにはあるが、フォンテーヌの人々にとって要塞ここの存在そのものが恐怖の対象であるしそもそもこの海域は一般人のダイビングを禁止されている。目眩しの措置を施す必要もなかったのだろう。リオセスリもわざわざ予算を割いてそれをする気もない。万が一を考えてこの窓の近くに機密に抵触するような物は置かないよう言い渡してはいるけれども。
 そういえばこの海域にはラッコもいるらしい。懐っこいのか好奇心が強いのか、窓によく近づいてくるのだと花を飛ばすレディ達の会話を小耳に挟んだ。なんとなし、窓の向こうを見渡してみる。少し距離はあるが、確かに白と水色の獣の姿が見えた。――明らかに見えてはいけないものと一緒に。
 ラッコはそれの周りを楽しげに泳ぎ回っている。陽光煌めく海底で一際輝く白い光。それは人の形をしていた。水の抵抗、だとか、水圧、なんて言葉を忘れそうになるほど軽やかに、その光は水中を舞う。水を蹴るすらりとした足が、優雅な動きに従って流れる白銀の髪とその髪から覗く二筋の青が描く軌跡が、目を惹いて止まない。お忍びなのか休日なのか、瑠璃紺のコートを纏っていないその姿が常より一回り細く見えるのも、眼前の光景の現実離れ感を強くしているのだろうと思われた。精霊かな、などと思ったリオセスリを誰も責めまい。
 あまりの衝撃にぼんやりと動く絵画を見つめるだけだったリオセスリの視線と光のそれが不意に合った――気がしたがどうやら気のせいではなかったらしい。ラッコへ手を振った光水の精霊改めフォンテーヌ最高審判官ヌヴィレットが、こちらに向かって水を蹴る。咄嗟に辺りの気配を探ってしまったが誰かがやってくる事はなさそうだった。ひとまず胸を撫で下ろし、近づいてくるヌヴィレットをとりあえず片手など挙げて迎えてみる。
 硝子越しに互いの姿が認識できる場所で彼が口を開くと、その唇から気泡が生まれて海面へと上昇していくのがなんとも幻想的だ。しかし海底の水圧に耐えられるほどの材質の硝子がその声を通すはずは勿論なく、読唇は得意でも不得意でもない。詰まるところ彼が何を言っているのかは殆ど理解できなかった。思わず唸ったのが聞こえたはずはないのだが、ヌヴィレットはふむとばかりにその指を口元へ持っていく。彼が何かを思案している時の素振りだった。
 やがて何かを思いついたように顔を上げるとヌヴィレットは指を動かす。すらりとした指先に導かれた光の筋は見慣れた形を――文字の形をしていた。
『判別できるだろうか』
 首肯を一つ。やはりこの人は桁が違う。色々。リオセスリの反応にヌヴィレットはよしとばかりに瞬いて、再び指が踊る。
『気晴らしに水に入ったのだが』
『気付いたらここに来てしまっていた』
『近づくつもりはなかったのだが』
『君の姿が見えたのでここまで来てしまった』
 綴られる内容が、すまないとばかりに眉を下げる表情が愛おしくて――うっかり硝子をぶち破りそうになった。始末書どころでは済まないのでなんとか耐えたが。自分の面倒が増えるし何より巡り巡ってこの人にも迷惑がかかる。
 さてこの人にこの偶然を歓迎している旨を伝えたいが、相手の読唇のスキルが不透明だし不本意な伝わり方をしては意味がない。こちらも少し思案して、いつ誰が貼ったのかも知れない張り紙を手近な壁から引っぺがす。この状況を予測していたかのようにコンテナの上に放置されていたペンで文字を綴った。
『散歩に出てきて幸運だった』
『あんたに逢える可能性があるなら散歩の頻度を上げても良いかもな』
 文字のある面を窓に押し付ける。そういえばあちらからここがどう見えているか気にしたことがなかった。リオセスリが見えたとヌヴィレットは言ったがこの人は規格外だ。果たしてこれであちらに伝わるのだろうか。
 一抹の疑問はすぐに消えた。文字を追うように動いた瞳が融けるのを目の当たりにしたからだ。美人のこんな顔至近距離で見るものじゃない。心臓がいくつあっても足りない。この顔をさせているのが自分だという優越感は計り知れないものだけれど。
 「ならば良かった」、音のない声で紡がれたのは多分そんな言葉だ。リオセスリの背後へちらりと目を走らせて、ヌヴィレットが手を振る。招くように。リオセスリと硝子の距離はもう数歩もない。この人がいくら規格外とは言え物質に影響を及ぼさずに人一人に壁を抜けさせるなどさすがに無茶だろう。そうしたいのは山々だけれども。
 意図が読めぬままそれでも硝子との距離を限りなくゼロにしたリオセスリの、硝子に触れた手に添うように白い手が重なる。美貌が近づいて、二人の間を気泡が昇っていった。
 伏せられていた長いまつ毛の向こう側から、アメジストとガーネットの溶け合った瞳が覗く。それがひどく幸福そうにゆるむので。
……あーーーー……
 ごん、と窓が音を立て、額に軽い衝撃とヒヤリとした感触が伝わる。これはダメだ。このままでは後先考えずこの硝子をぶち破る、間違いなく。
 二度目の衝動を全身全霊で抑え込み、ぱちりと神秘的な瞳をまたたかせるヌヴィレットに向かって側方を指してみせる。同時に足を踏み出せば、意図を汲んだ痩身がリオセスリに従って動いた。
 窓が途切れる辺りで立ち止まる。そこには通気口に似た長方形の蓋と制御レバーがあった。ヌヴィレットの位置をちらと見て、一思いにレバーを動かす。
 がしゃん、と重い音がして蓋が持ち上がり、水が内へ引き込む流れを生んだ。巻かれる形で要塞内へ飛び込んできた身体を全身で受け止めながらレバーを蹴り上げれば、二匹の濡れ鼠と、強か打った背中の痛みと、濡れた床を残して蓋は壁の一部に戻る。残った水がパイプを流れ落ちる音が消えてからふた呼吸。
捕まえた」
 白皙に張り付いた銀糸を脇へ避けるように頬を撫でると、困惑にまたたいていた瞳とようやく目が合う。
驚いた」
「だろうな。悪い」
「先ほどの水流は
「ここ、水質検査用のマシナリーの回収口なんだ。こんなところからあんたを迎えるのは不本意だったんだが、あんな事されちゃあ男としてそのまま帰すなんてできなくてな」
すまない。少し浮かれすぎたようだ」
「違うよ」
 悄然とするヌヴィレットは間違いなく何かを勘違いしていて、なんというか予想通りの反応に笑ってしまう。審理の時物事をまず前向きに受け止めようとすると聞いているこの人は、この方面では不思議とネガティブだ。理由について「判断材料になるものをあまり持ち合わせていないから」という答えを貰っているが、要するに経験値が少なく分からないことが多すぎて不安になるのだろう。なんだそれ可愛いなと思ったし大事にしようと思った。
 よっこらせ、と、シグウィンが聞いたらそんな歳じゃないでしょと叱られそうな掛け声でもって身を起こす。フォンテーヌの誇る美しき最高審判官様を、硬い鉄の床に寝そべらせたままにはしておけない。一応自分という下敷きはあるが、それはそれであまりよろしくない。主に自分の理性的な意味で。腹の上よりは膝の上の方がまだいいというものだ。
「浮かれてるのは俺だな。惚れた相手にあんなアプローチされたら舞い上がっちまうさ」
「舞い上がる」
「めちゃくちゃ嬉しかったってことだ」
ならば、良いのだが」
 半分くらい理解できていない面持ちで、それでも神妙に頷くのが生真面目なこの人らしい。新たに仕入れた知識を咀嚼する事に気を回しているのだろう、うっすらと開いた唇に親指で触れる。そのまま距離を詰めて額を重ねると、まつ毛にくすぐられそうな近さで階調の瞳が煌めいていた。
「硝子越しのキスもムードがあって良いが、俺は直接触れられる方が好みだ」
 それができる距離にいるのだから。
 囁いて、残った距離をゼロにする。隔てるもののない口づけは、いつも通りヌヴィレットの少し低い体温を伝えてくれて。
私も、この方がいい」
 吐息の触れる距離でこぼれ落ちる言葉に同意を得られて何よりと、少々体温を上げた愛しい人を抱き寄せてリオセスリは肩を揺らした。