夜も更けた時分のことだ。主の許しなく開いた襖が折角の暖気を逃がそうとするのに、国広は小さく眉を寄せて顔を上げた。殊更に礼儀作法がどうのこうのと気にする質ではないが、さすがに他人の部屋の襖を断りなく開けるのはどうかと思う、と(しかも時間が時間だ)。
火急の事態であるならともかく、言葉の通り滑るように開いた襖にその手の緊急性は微塵も感じられなかった。犯人と思しき同胞幾人かの顔を思い浮かべながら冷気の源へとやった目を軽く見開く。
「貞宗・・・?」
そこに立っていたのは貞宗派の短刀だった。日々見た目や立ち居振る舞いの格好良さと派手さに拘るこの短刀がこのような不躾な行動をとるのは珍しい。さすがの国広も驚いて、咎める前にどうしたと、そんな言葉が口をつく。
貞宗は今日は夜戦に出ていたはずだった。そこで何かあったのだろうか。怪我をしているようには見えないし、中傷以上の同胞がいたならこんなに静かなはずはないが。突然の訪問の理由に考えを巡らせる国広の顔を見て、ゆっくりと瞬いていた貞宗は、不意ににへらと笑った。
「あんちゃんめっけー」
背後にいそいそという擬態語が見えそうな足取りで部屋へと入ってきた貞宗が、半分倒れ込むように抱きついてくる。咄嗟に両腕を上げて開いていた書物を避難させた妙な姿勢のまま固まる国広に構わずぐりぐりと頭を擦り寄せてくる様はまるきり犬か猫のようだった。
「ただいまー」
何が楽しいのかくすくすと笑っている貞宗の頭をとりあえずよしよしと撫でてやりながら、国広は首を傾げる。
「お帰り。どうした、突然。随分機嫌が良いな」
「あのな、ホットワインが美味かったー。大般若さんがな、秘密だぞってー」
「今バラしたな・・・」
返った答えに肩を竦めた。なるほど酔っぱらいならこの行動の突拍子のなさにも納得がいく。言われてみれば貞宗からは、石鹸の香りに混じって葡萄の香りがしていた。大方厨で会ったのだろう。大般若や次郎、日本号などの酒飲み連中が時々そうして夜酒を楽しんでいるらしいことは知っていた。
寒さの厳しい外つ国では子どもに薄めたワインを飲ませて寒さを和らげる事もあると聞くし、見た目はともかく短刀達も齢数百を数える付喪神だ。呑ませたからと言って咎め立てするようなことをするつもりはないが、夜戦帰りで風呂上がりの身の内に酒など入れればどうなるかくらい予想できないはずがないだろうにと、長船らしい華やかさを纏う太刀に向かって溜め息をつく。
「ゆっくり休めよって言われたから、ここに来た!」
えへへと笑う貞宗は何故か得意げだ。一緒に寝ようぜと懐いてくる短刀に部屋に戻れなどと言えるほど冷血ではないしそもそも断る理由もない。布団の上でぱたぱたと揺れる二本の足をそれとなく抑えながら、国広はやれやれと笑った。
「わかったわかった。お前が襖を閉めてくれたらな」
大輪の笑みを咲かせ、おうと直ぐさま応じた貞宗の背を見ながら身体をずらして空間を作ってやる。
「この寒い時期に襖開けっ放しなんて、あんちゃんも面白いことするよなあ」
空間に潜り込んできた貞宗がもぞもぞと寝やすい姿勢を探しながら忍び笑うのに、誰のせいだと心の中だけで反論する。どうせこの調子では寝て起きたら何も覚えていないだろうから。
「もう寝ろ。俺も寝る」
代わりに夜空の色の髪を気持ち乱暴に撫でてやると、楽しげに声を上げた貞宗が身を寄せてくる。
「おやすみ、あんちゃん」
「ああ。おやすみ貞宗」
金色の瞳が瞼の向こう側へ隠れるとほぼ同時に聞こえてきた寝息に吐息混じりに二度笑んで、国広は読書灯の電源を落とした。
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