紫輝
2017-04-22 21:50:47
1373文字
Public
 

【露紅】夢に流るる黄金の【文アル】

寝ぼけた露伴先生に(ときめきで)オーバーキルされる紅葉先生のお話です

 海の向こうのどこかの国には、黄金に輝く滝があるという。
 季節だとか天候だとか、偶然に偶然が重なって見られる類の珍しい現象なのだいう事以外は忘れてしまったが(あまり自然科学の分野には明るくないのだ)、ただ『それは素晴らしく美しいのだろう』と、その印象だけは強く、心に残った。
 青空か、はたまた樹木の天蓋か。自然の風景をカンバスに、煌々と光を放つ滝を脳裏に描く。このご時世だ、探せばいくらでも写真や映像なんかは出てくるだろうけれども、叶うことならばこの目で直接それを記憶に留めたいものだ――そんなことを思いながら開いた視界に飛び込む、金。
 消毒液のにおいとリンネルのシーツでここがどこであるかを思い出す。記憶が混濁するほど長い時間補修室の世話になるのは久方ぶりだった。さすがに『特定有碍書』などと大層な名を冠される本だけあるなと、長い溜め息を一つ。ギシリとスプリングが鳴いて花に似た香が近付く。
「目が覚めたか、露伴」
 降る声は予想に違わず己が半身とも言える男のそれだった。常と比べると少しばかり覇気がないようだが、それでも寝起きの身からすればただ穏やかにその音は意識を揺さぶる。彼は怒るかも知れないが、ひどく心地よかった。
 シーツの上に落ちる紅葉の金糸はまさに流れるようで、夕方の太陽に照らされて微かに橙色の輝きを宿している。控えめに開かれた窓から入り込む風が緑の香りを纏いながらそれを緩やかに揺らすたび、照り返しが角度を違えてきらきらと光を生む様が呼吸を忘れるほどに美しかった。
 ゆるりと伸ばした指の先で艶やかな髪に触れると、戸惑いを宿した声が己の名を呼ぶ。かき上げるようにして黄金の支流をひとつ耳へかけ直す間にも、零れた糸がさらさらと手を伝って柔らかく腕に絡んだ。
「前に金色に光る滝の話を本で読んだんだが・・・こんな感じなのかもなぁ・・・」
 思わず零れた言葉に、紅葉がその瞳を見開く。それから小さな笑い声が聞こえて、白い手が己の手を取った。
「まだ休み足りないようだな。もう少し眠るといい」
 おやすみと囁く声に誘われるように意識を落とす。二度目の眠りの内で見た夢の滝は、愛して止まない半身の姿をしていた。


「・・・不意打ちは卑怯ではないか・・・?」
 静寂の戻った補修室に紅葉の呻きが響いて消える。ことある毎に美人だ綺麗だとこの見目を褒めそやすのはもう露伴の習性のようなものだと思っているしそんな時の声音だとか目を細める表情だとかが紅葉にとって非常に好ましく映り且つその手の言の葉をかけられることもそう悪い気はしない(勿論相手は限られているが)事もあって戯れ言をとあしらうのにも慣れてきていたのだが。
 恐らく半ば以上が無意識の状態で、眩しげに笑んだその唇から囁くように紡がれる「綺麗だ」の四文字は、いとも容易く紅葉の心拍数を限界まで引き上げてしまった。伊達に図書館年長組に名は連ねていない。直後の一声が動揺に震えなかった自信はあるけれども、露伴の指が掠めていった耳は無視できないくらいには熱を持っていた。
「たちが悪いのはどちらだ、馬鹿者」
 これではしばらく戻れない。あとで埋め合わせを要求しようと心に誓いながら、紅葉は触れ合ったままの手に頬を寄せた。


起きた露伴先生は多分自分が何言ったか覚えてないです