紫輝
2017-02-14 21:51:40
2669文字
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【にほじゅず】真意はそちらの良いように

バレンタインのにほじゅず(未満)。建前に恋心を隠してチョコレートを渡してみたら予想外の切り返しをされた数珠丸さんのお話。とても楽しかった(力強く)

 半ば無意識のうちに買い求めてしまった小さな箱を前に、数珠丸は思案に暮れていた。未だ見慣れぬ外つ国の文字と、此方は見慣れた日本酒の瓶。その両方が同時に描かれた箱の中身は現代にすっかり定着したチョコレートなる洋菓子だった。現代の暦では、この日をバレンタインデーと言うらしい。この外つ国の菓子に想いを込めて、想い人へと贈る習慣があるのだそうだ。
 おもいびと。その五文字がぐるぐると思考を巡る。言葉に掬われるように浮かび上がる姿は一つだ。いついかなる時も酒瓶を手放さず悠然とした構えを崩さない、豪放磊落を絵に描いたような偉丈夫。
「・・・日本号殿」
 名を呟いてみる。彼の同胞とは同じ部隊になる機会が多かった。練度が低いうちは幾度もその背に助けられたものだ。それが因なのか、別の何かがあったのか。気付けば日本号へと向ける思いは、どうにも仲間としてのそれを越えてしまっていた。顔を合わせれば心の蔵が走り、名を呼ばれれば胸の内がざわざわと揺れる。身は鋼であれど、『心』を解する本能はひととしての身体と共に得ていたらしい。誰に問わずとも自然と「これ」はそういうものなのだろう、と理解は出来た。
 では彼の同胞にとって自分はどのような存在なのだろう、と、自問してみる。少なくとも嫌われてはいないはずだ。最近は立ち回りにも慣れてきたし、姿を見れば声もかけてくれる。ただそれはそこそこの友好関係のある仲間内でなら当然のことであり、数珠丸の探す答えには成り得ない。「ただの仲間」からこのような物を渡された場合、人間はどのようなことを思うのだろう。やはり困るのだろうか。それとも茶菓子を得たと喜ぶのだろうか。数珠丸達刀剣男士にはよくわからないが現代では同性同士の色事はあまり一般的ではないらしい。であれば、驚き、中には嫌悪する者もいるのかもしれない。日本号がそういった感性の持ち主かどうかはわからないが、そうであったならそれは己にとって浅くはない傷を作る原因になるだろうなと少々胸が痛む。
 ふと、思考の行き止まりで立ち尽くす数珠丸の耳を軽やかな足音が打った。複数だ。同時に響く明るい声に、ああ粟田口の、と唇が弧を描く。
 いち兄、いち兄。いつもありがとう。僕たちから、バレンタインデーのプレゼントだよ。幾つもの声が口々に囀る。そういえば、チョコレートは想いだけでなく思いを託されることもあるのだったかと思い出した。友人から友人への贈り物であれば、妙には思われないだろうか。
 この時分ならば居室にいるだろうと当たりをつけて、数珠丸は箱を手にするりと立ち上がった。


「日本号殿、少し宜しいですか」
「数珠丸か」
 立春を過ぎ、梅の花がぽつりぽつりと咲き始めた庭を眺めながら一人盃を干していた大柄な背に声をかけると、数珠丸を見上げた偉丈夫が短く応えた。招かれるままに隣へ腰を下ろすと、樹木達を撫でた風がやわらかく頬をくすぐる。
「よい風ですね」
「だな。あんたは・・・一献付き合いに来てくれた、ってわけじゃなさそうだな」
 楽しげに喉奥で笑った日本号にすみませんとうなずいて、持っていた箱を差し出した。
「日本酒を使ったチョコレートだそうです。町に降りたときに見つけたのですが、お口に合うのではと」
「・・・そうか。その気遣い、有難く受け取るぜ。この時代は面白いもんに事欠かねぇなぁ」
「喜んでいただけて良かったです」
 驚いたように数度またたいた日本号が手の内へやってきた箱を見下ろし八つ時が潤うぜと肩を揺らす様がまるで童のようで、数珠丸の顔にも笑みが宿る。瞬間、何か言いたげな表情を浮かべた日本号にどうかしましたかと問いかけようとした言葉は遠くで上がった歓声に音になる前に消えた。子らが菓子を配り歩いているのだろう。遠からず誰かが自分たちを捜しにここまで来るかもしれないなと、楽しみ半分、残念半分に思う。同じように声の方向を見やっていた日本号がふとその口を開いた。
「それにしても人間は面白い事を考えるもんだと、つくづく思うぜ。知ってるか、このチョコレートとやらを贈る意味がいくつかあるって話」
「はい」
 だからこそ、自分は今こうして、箱を片手に彼の元を訪れたのだ。この日にこの菓子を贈る行為が示す意味は一つではない。家族や友人に贈ってもよいのなら、仲間に日々の感謝を込めてそれを渡してもいいはずだ、と。そんな建前に背を押されて、そしてそんな建前で鎧った想いの欠片だけでもその手に委ねられたら。そう思って。
 数珠丸の答えに日本号がゆっくりと目蓋を閉じ、そして開く。
「そうか。それなら一つ聞きたいんだが、」
 ぎし、と床板が鳴く。視界に影。理由が目の前の男が突然距離を縮めてきたからだと気付いて、思わず息を詰める。冗談ではなく吐息が触れそうな間合いで覗き込んだ紫紺の瞳の内で揺れるひかりは、鏡の中の自分が宿すそれに似ていた。時に浮かされそうな熱さで心を灼く炎。恋情のひかりだ。見間違いで、なければ。
「こいつの解釈は、俺の都合の良いようにして構わねぇのか?」
 低まった声が鼓膜を揺さぶる。どくどくと脈打つ心臓の音が煩い。思考が上手く纏まらない。けれど想定外の何かが起こったことだけはわかって、そしてそれは彼の同胞との関係を大きく変えるだろうということもわかった。けれどわからない。わからない。彼は自分に何を望んでいるのだろう。
 ただはっきりと胸の内にあったのは、問いに対する答えだけだ。
「・・・・・・貴方の、良いように」
 なんとか紡ぎ出した声は絹糸のようにか細いものだったけれど、この距離では聞き取ることになんの問題もなかったのだろう。するりと頬を撫でた指が後頭部に回り、引き寄せられる。酒精が強く香って、脳がくらりと揺れた。
「ひと月後、楽しみにしてな」
 何か明確な意思をもって耳に吹き込まれる低音が目眩を引き起こす。その感覚は以前熱を出したときに似ていた。無意識に目の前の肩へと縋っていたらしい指が小刻みに震えている。頭も、心も、ひどく苦しかった。
「おいちゃーん!」
 漂う空気を切り裂いたのは天真爛漫な短刀の一声。見ているだけで背筋が痺れるような艶のある笑みを瞬時に常の泰然としたそれに変えた男は、今行くと、廊下の向こうへ大声を放る。
「これ、ありがとな。大事に食わせてもらう」
 その手には小さすぎる気のする箱を大切そうに胸元にしまった日本号が角を曲がって消えてしまっても、数珠丸はしばらくそこから動くことができなかった。