紫輝
2017-02-14 21:34:48
2155文字
Public 鶴江(刀剣乱舞)
 

【鶴江】チョコレート・エクスプレス

バレンタインに出陣詰め詰めにされた鶴様とそんな鶴様にチョコレートを渡したい江雪さんの慌ただしいやりとりです。タイトルにはあんまり意味はないですすみません

「鶴丸」
 足早に廊下を行くやや草臥れた白い背に声をかけると、羽織を翻して持ち主が振り返る。その唇がこうせつ、と己の名を呼んで表情が幾分かやわらぐのに心持ち急いで距離を詰めその眼前へと立つと、鶴丸は小首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「引き留めてしまってすみません。今日は一日出陣だと聞いたので、渡せるうちにと」
 差し出したのは薄水色の箱。横切る銀色のリボンが慎ましくも美しいその箱をまじまじと見つめる鶴丸の瞳に、ややして喜色が宿る。
「そうか、そういえば今日は十四日だったな!」
 朝から「こんな」だから暦など確認している余裕もなかったと肩を竦める鶴丸と他何名かの同胞は、今日は最初の出陣を終えてからずっと戦に出突っ張りだった。どうも検非違使の出現報告が嫌に多いらしく、その調査にかり出されているのだ。歴史を守ろうとする力がそれほどまでに強く働いているのなら絶対に原因があるはずだと、主は鶴丸たちよりも早い時間から仕事部屋にこもりきりだった。
 皆練度は高く怪我こそしていないが、人型を取っている以上疲労は溜まっていく。「主次はどこだー?!」・・・と肩を回しながら半ばやけ気味に叫ぶ同胞たちを何度も目にした。
 本丸はそんなある種の「異常事態」とも言える状況に置かれていたが、暦の上では今日は外つ国の祭日だった。バレンタインデー、とひとが呼ぶその祭日は、元を辿ればこのように浮かれた雰囲気にはならなさそうな歴史上の出来事が始まりではあるが大方の人々は親しい人へ贈り物をする日と認識し、めいめいに楽しんでいるようだった。
 自らの立場を忘れたわけではないけれども、常から主が口にしている「人の身を得たのだから楽しむべき時は楽しむべき」という言葉に甘えて今年もこうしてひとの真似事をしている。霧のかかった薄暗い森の如くもやもやと思うことはあれど、こういった季節の行事に参加することが楽しいと感じてしまう自分の心はとっくに自覚済みであり、なによりも目の前の恋人が手放しで喜んでくれるのを目の当たりにすればそのような悩みなど綿毛のように思えてしまうから不思議だ。
「・・・すまないが、開けて見せてくれないか? せっかくのきみからの贈り物に、この手で触れるのは避けたい」
 心とは難しい、と、幾度となく浮かべた考えを最後に思考を閉じた江雪の前で表情をゆるめた鶴丸に請われる。同時にひらひらと振られた手袋は少々埃じみていて、装束を整える暇もないのだなと少々胸が痛くなる。心を読んだように落とされる、洗濯は一度で済ませたいだろう?という言葉にそうですねと小さく笑って、要望通りに開けた箱には丸いチョコレート菓子が行儀よく並んでいた。鶴丸の金眼が輝く。
「いい香りだ。確かトリュフ、だったな。きみは器用だなぁ。ふふ、これだけ丸ければ刀装代わりに戦場に持っていってもばれないかな」
「・・・鶴丸」
「冗談だ。そんな勿体無いことするはずないだろう?」
「そうではなく、・・・もういいです」
 自らの身の守りを疎かにしないでほしいと咎めたかったのだけれど、この恋人はすべてを見通した上でその手のことを口にするからたちが悪い。そうと知っているのに律儀に声を上げてしまう自分も学ばない、と思ってはいるのだが。
「そう怒らないでくれ。・・・ああ、くそ、時間がない」
 楽しげに肩を揺らした鶴丸が、次の瞬間苦々しげに呟く。動く本丸中の気配に、何度目かの出陣の時間が迫っているのだと知れた。
「なんでよりにもよって今日なんだ、会ったら覚えてろ、残らず切り捨ててやる」
「鶴丸」
「ん、なんだい、」
 ゲート、正確にはその向こうの遡行軍に向かって物騒な台詞を吐く鶴丸の名を呼べば、すぐに返る白皙。中途半端に開いた口に先に彼がいい香りだと評したトリュフを押し込む。驚いたように金眼を見開いて、けれど反射のようにもごもごと口を動かす鶴丸に、吐息を一つこぼして。
「とても疲れていることはわかっているつもりです。けれど鬱積に呑まれて無闇に飛び込んでいくことはしないでくださいね」
 囁いた一言に、鶴丸は全身で溜め息をつく。
「困った・・・こんな事なら着替えておくべきだった。今とてもきみを抱きしめたい」
 その言葉を裏付けるかに奇妙な位置で静止している鶴丸の腕に、ふふと思わず笑みが漏れてしまう。
「どうぞ? 私は気にしませんし、これで貴方が無事に帰ってきてくださるならその方がずっといいです」
 戦場から連れてきた汚れを気にしているらしい鶴丸にこちらから寄り添ってやると、首筋に水滴でももらったかのように一度、その全身が跳ねる。ふた呼吸ほどの間をおいて背に触れた腕が距離を零にして、耳に触れた唇が笑み混じりのやわらかな声を紡いだ。
「きみは俺を甘やかすのが上手だ。団子よりよっぽど効果があるな」
 身を離した鶴丸は本日これまでの出陣回数など忘れたような晴れやかな顔をしている。
「確かに受け取ったぜ、有り難うな。残りは帰ったら大事に食べるから。・・・行ってくる」
「・・・ご武運を」
 草臥れた様子はどこへやら、颯爽と廊下を駆けていく翼に似た羽織を見送り、祈るように呟く。恋人が素早く重ねていった唇は、当然ながらチョコレートの味がした。