全ては偶然が重なった結果だったのだ。偶然ついていたテレビがチョコレートの焼き菓子の作り方を知らせていて。それにはご丁寧にも素人でもそれなりの形に仕上げられるラッピング方法もついていて。偶然材料が揃っていて。偶然十三日が開校記念日による休日で。・・・出来心で作ってみたそれが、案外上手にできてしまったのだ。だから、というのもおかしいが、十四日の今日、それを一緒に連れてきてしまった。――渡せるあても、ないのに。
溜め息をついて目を落とす鞄の中で所在なさげにしているそれは何故だろう、少し寂しげに見えた。
「・・・悪いな。帰ったら、ちゃんと食べてやるから」
「わあ、カップケーキだね」
「っ!!」
取り出したそれ苦い笑みを向けた瞬間掛かった声に肩が跳ね上がる。国広の前の席から拝借した椅子に流れるように腰掛けた燭台切が興味深げにカップケーキを見つめていた。
「美味しそうだね。ラッピングもいい感じだ。凄くセンスのいい子なんだろうね。・・・どんな子? 直接会った?」
「・・・・・・」
俺です、などと言えるわけもなく黙り込む。下がってしまった眉に、言いにくいよね、ごめんね、と燭台切は頬を掻く。
「なんだか難しい顔でそれ、見てたからさ。どうしたのかなって気になっちゃったんだ」
そういう気遣いが自然にできる貴方が好きですと言えたらどんなに楽だろうか。どんな幸運か友人の枠に収まる栄誉を得た非の打ち所のない同級生への恋心は、半年を経ても未だ熱を失わない。自分ごと溶けてしまえばいいのにと思う気持ちと、それでも友人として何の疑問も持たれずに隣にいられることが嬉しい気持ちの間は狭くて息苦しい。どちらかを諦めれば楽になれると知っているのに、どちらも手放せない自分が嫌だった。
「返事に迷ってるのかい?」
どうも相談に乗ってくれるつもりらしい。気にかけてくれるのは嬉しいがそうじゃないと心の中で叫ぶ。なんでもないからもう放っておいてくれと言いかけて、思い直した。これはいい機会なのではないかと。
「迷ってるわけじゃないんだ。これは・・・俺が作った物だから」
燭台切が目を見開く。浮かぶ疑問の色にそっと苦笑した。
どちらも手放せないのなら、いっそ両方とも捨ててしまえばいいのだ。その方がきっと、どちらかに縋るよりすっきりする。
「・・・渡したい人がいるの?」
燭台切の声は少しばかり低まったように思う。それはそうだろう。ただの恋愛相談のつもりが、同性相手のそれに付き合わされているのだ。濁して投げ出さない辺り本当に友人思いのいい奴だと思う。・・・今からその『良い友人』を失おうとしているのだけれど。
「ああ」
「・・・そう。・・・とても綺麗にできているもの。きっと喜んでもらえるよ」
金の瞳を細めて燭台切は言う。彼が言うのだ、彼への想いを多分に含んだこのケーキは人に渡せるくらいの出来ではあるのだろう。
「それを聞いて安心した。・・・最後にもう一つ聞いてもいいか?」
「・・・何かな」
いよいよ疑いようもなく低くなった声に、相当嫌悪されている、と思う。今日が終わればもう近寄らないからと心中で謝って、痛いほどに脈打つ鼓動を聞きながら精一杯、笑む。
「男からのチョコだが・・・受け取ってくれますか」
震える手で差し出したそれと国広を、燭台切が見つめる。それこそ穴が開きそうなほどに。ぽかりと開いた口も相まって、予想外だったのだろうと聞かなくてもわかる。
早く我に返ってほしい。そして首を振って立ち去ってほしい。いらないよそんなもの、と。
国広の願いに反して燭台切は動かない。ただ呆然と、国広の顔と差し出されたケーキを見ている。喉は渇くし心臓は痛いし、少しばかり泣きそうだ。早く解放してほしい。
俯いて唾を飲み込んだと同時に、掌に体温が触れる。ケーキごと長い指に包まれた自分の手は緊張のせいかひどく冷たくて、震えているのもそのせいかな、などと度胸の無さに呆れた。
目を上げて、驚く。燭台切が困ったような泣き出しそうな、けれど嬉しそうな、なんとも形容しがたいが格好がつかないとだけは言える顔で笑っていたからだった。
「貰って、いいの?」
震える声が、鼓膜を叩く。あれ、と。この展開は妙だ、と、首が傾いだ・・・気がしていたが、実際の身体は意思に反して動いた。こくり。視界が上下に揺れる。
「あんたに、貰ってほしい」
勝手に唇が紡いだ言葉に、触れる指に力がこもり。
「ありがとう・・・すごく、嬉しいよ」
とても大切そうにケーキを手にした燭台切が融けるように笑う。
僕もきみが好きだよと囁かれて、そういえば好きだと伝えそびれたな、と熱に浮かされた頭で考えた。
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