紫輝
2015-05-18 00:06:18
1031文字
Public しょくんば(刀剣乱舞)
 

#右んば版お絵描き文字書き60分一本勝負 お題:うたた寝


「光忠・・・光忠、起きろ」
 縁側で舟を漕いでいた彼にそう呼びかけるのは何度目になるだろうか。途中から肩をそっと揺さぶってみたりもしているのだが、彼の穏やかな気息は揺らぐ気配すら見せない。出陣と家政、両方をそつなくこなせる彼が忙しいことは知っている。できれば起こしたくはないけれど、そうも言っていられない事情があった。
 時は五月、初夏に入り暖かな日が増えてきたとはいえまだ時折冷たい風が吹く日も少なくはない。穏やかな陽気ではあるが風が冷たい、今日はそんな日だった。
 縁側の日当たりは申し分ないが、やはり冷たい風に長時間身をさらすのはよろしくない。せめて部屋に入れと促すべく先からこうして声をかけ続けているのだけれど、今現在、努力は一向に報われそうになかった。
 彼にしてみれば「うっかり」なのかもしれないけれど、うたた寝をするということはそれだけ身体が休息を欲しているからに他ならない。しかし彼のことだから起こしたが最後身体からの信号を無視してまたなんやかやと働き出しそうなのが心配で、つい呼ぶ声からも、かける指からも力が抜けてしまうようだ――などと冷静に自己分析しつつ自己嫌悪に沈んで、中途半端は何よりもいけないと自らを奮い立たせた。
「・・・・・・起きろ、光忠」
 小さく深呼吸して、少し強めに名を呼び、揺する。う、と呻き声がして、覗いた黄金がぼんやりとこちらを捉え。
「・・・くにひろ・・・・・・」
「起こしてすまない。寝るなら部屋に入れ、風が・・・っ」
 ほっとしたのも束の間、発した言葉は最後まで紡げなかった。伸びてきた腕に抱き込まれ、ついでに体重もかけられて不安定な体勢に背中が軋む。首筋にすり寄ってきた光忠が掠れた声で呟いた。――さむい。
「だから部屋に入れと、おい、光忠、」
 抵抗も虚しく、彼は自分で暖を取ることに決めてしまったようだった。更にきつくなった腕の力と、首筋にかかる安堵したような呼吸に思わず息を詰める。
「・・・・・・仕方がない、か」
 少しの間だけ様子を窺って、これは駄目だと諦めた。どうやら大人しく彼の抱き枕になるほかに道はないようだ。やれやれと嘆息して、ひと思いに縁側へ倒れ込む。背にかかる重みからは解放されたが、代わりにもぞりと動いた彼の腕により深く抱き込まれてしまった。
「・・・知らないぞ、俺は」
 一連の行動は多分無意識だ。目覚めた彼は大層驚くことだろうと思う。その表情を想像して溜飲を下げ、小さく笑った。