朝起きると、そこは天蓋からカーテンが降りた見知ったベッドで、隣には眠ったままのカブルーがいた。それもどういうわけか、毛布にくるまっているとはいえ上半身裸で。私はというと上半身だけに寝間着のシャツを着ていて(多分じゃなくてもそれはカブルーのものだろう)、下半身は素っ裸だった。珍しく頭ががんがんするから、昨日黄金城で催された宴で飲み過ぎてしまったんだろうと思うけれど、この格好は一体何なのか。私はどうやって彼の自宅に潜り込んだのか。いや、私と彼は恋人同士だったので、もしかしたらいつものように家に着いて行き、やはりいつものように共寝したのかもしれないが、それにしたってこの状況は謎だった。というのも、昨日の自分の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているからだ。私には黄金城で侍女たちから注がれた酒を次々に飲んでいった記憶だけが残っていて、そこから先は真っ暗に塗り潰されている。きらきらと光りゆらめくランプの明かり、ぴかぴかに磨かれた銀のグラスに注がれたワイン、多くを船旅やダンジョンで過ごしていた私にはびっくりするくらいの新鮮な(魔物食ではない)ごちそう。そんなものを用意して、黄金城の人々は元カナリア隊員であるところの私を、というより宰相補佐であるカブルーの恋人の、迷宮探索からの帰還をもてなしてくれた。ほとんど趣味で潜っている私にはもったいないくらいの優しさでもって。
「んん……起きたんですか?」
カブルーがうめき声を上げ、腰をひねる。彼からは酒臭い息と、香ばしく甘い体臭がして、昨日の私ははたして正気でいられただろうか、と思った。こんな愛しい男を目の前にして、正気でいられたのだろうかって。それくらい彼は私にとって魅力的で、今この時ですら鼓動が速くなっていたので。
「私は、どうしてここに……?」
彼の質問に答えないで、私は質問に質問で返した。しかしカブルーは決して怒らない。彼は丁寧に、でもからかうようにこう答えるだけだ。
「酔い潰れたあなたを馬車で俺の屋敷まで運んだんです。あぁ、何もしていませんよ。俺にだって酔っ払いに手を出さない理性はありますから」
そういえば、共寝した後には必ずある違和感が今日は下半身にない。私はそれを大切に扱われて喜ばしいような、でも残念なような気になって受け取り、自分の恋人の理性の強さに驚いた。多分私なら、酔っ払ったカブルーにでも手を出しそうだと思ったからだ。もちろん、それは彼が役に立ったらの場合なのだけれども。私はそんな下世話なことを考えて、彼の額を撫でる。聡明そうな額。短く癖のある髪がかかるそこは、私が好きな彼の一部の一つだった。もちろん彼のすべてが愛しいのだが、特に愛していたのは彼のそんな些細な特徴であり、私にはないものだったので。
「次からは手を出していい」
「いやだな、俺はそんなことしませんよ」
カブルーが笑う。私はそれにどうしようもない気になって、額にかかる髪をかき分け、そこにキスを落とした。おはようのキス、もしかしたら欲情のキスを落とした。するとカブルーが「朝からですか?」って笑って、毛布の中に手を入れ、あらわになった私の太ももをそっと下から撫でる。私はそれに自分から仕掛けたくせに感じてしまって、この愛しい男を少しばかり憎らしく思う。私ばかり翻弄されているようで、悔しく思う。でも、同時にこの年下の男を限りなく愛しく思う。彼が捧げてくれる若さを、何よりも愛おしく思う。
「カブルー……」
「なんです? やっぱり気分じゃなくなった? 食事を先にとりますか? それとも風呂がいいかな。一緒に入るのもいいですね。あなたとならどんなことだってしたいな……」
かすれた甘い声が、酒臭い息が唇にかかる。私はそれを吸い込んで、のしかかってきた彼の背に腕を回す。カブルーは私の腰に手を入れ、熱っぽい視線を送ってくる。晴れた日の空のような、夏の海のような、迷宮で光る精霊の苔のような、そんな色の瞳。私はそれに吸い込まれそうになって、それじゃあ駄目だと彼の胸を押し返す。でも若い割にたくましい彼の身体は、それをものともせずぐっと近づいてくる。唇が重なる。私はそれに、またたく間に昨日に引き戻されてしまう。そうだ、思い出した、カブルーは酔っ払った私を一人で介抱して、控えていた私の馭者を呼んで馬車に乗せて、そこで甘ったるいお休みのキスをくれたのだった。私はそれを赤子のように受け取って、帰りたくない、と言ったのだ。自分の屋敷には戻りたくない、お前と一緒にいたいって、駄々をこねて。
「カブルー、まだ朝だ」
「やっぱり食事がいい?」
「そんなことは……」
「じゃああなたも俺と一緒だ。昨日から散々焦らされたんです。あなたを美味しく食べちゃうくらい、許されたっていいですよね……」
カブルーが私の唇に噛みつく。私はそれに快感を覚えて、身体の芯を震えさせて、その乱暴な口付けに応える。そうだ、私はお前に愛されるのならなんだってよくて、いつもどこだっていいのに、お前は理性でそれを拒否する。だから今の酔っ払いの名残りみたいなお前が愛おしくて、私はどこまでもひれ伏してしまう。お前の声に、私を切り開く手のひらに、無様にもひざまずいてしまう。でもそれだって構わない、そういうお前を好きになったのは私なのだし、今のこの甘い痺れこそ、昨日の私が欲しかったものなのだから。
私はカブルーに口付けながら、静かに舌を絡め、彼を受け入れる。まだ朝も早いのに、天蓋から伸びるカーテンの隙間から聞こえる、庭で鳴く冬の鳥ささやき、朝の陽に雪が溶ける小さな物音、そんなものから私たちは逃れて、どこまでも昨日の夜の中にいる。愛しい男が自分に感じてくれていることに感謝しながら、私は彼にしがみつく。
私たちはそんなふうに共に寝たあと、やはり共に湯を張った浴槽に入った。カブルーは私の身体を隅々まで洗い清めてくれて、私はそんな彼に身を任せた。それはベッドの中と変わりのない甘さを持っていたけれど、私たちはキスこそすれ他には何もしなかった。私はそれを少しさびしく思ったが、触れ合っているだけで満足もした。
「ミスルンさんって、結構さびしがりやですよね」
石鹸を湯で流しているとき、カブルーが言った。私はそれにからかわれた気になったけれど、でも実際そうだったので、最近などは迷宮に潜っても彼のことを考えているので、あまり反抗はしなかった。
「そうか? お前の方がずっとさびしがりやに思えるが」
「そうでしょうか? 俺はちゃんとあなたの帰りを待ってましたよ。ぐずらずに、忠実な犬みたいに」
「確かに、お前は犬みたいだな。さっきも私に……」
「今言います?」
カブルーは笑って、私の足から石鹸の泡を流す。そして私たちはふかふかのタオルでお互いを拭いて、着替えをすませる。これが終わったら、私たちは食事をとるんだろう。そして私は自分の屋敷に帰り女王に迷宮探索の報告を書き、カブルーは黄金城にゆき、自分の仕事につく。できればずっと共にいたいけれど、やっぱりそれは無理だから。私はどこまでも西方エルフとしての性格が抜けなかったし、カブルーはカブルーで自分の仕事に誇りを持っていた。私たちはお互いにお互いしかいなかったが、それでも別の人間だった。交わった時は失った半身と一つになった気がしたのに、夜の名残が去っていったらもう、それも消えてしまった。
「さぁ、行きましょうか。使用人が美味しいクロワッサンを焼いてくれるんです。あなたもきっと気に入りますよ。美味しい紅茶もあるし、とっておきの蜂蜜もある」
「それでも、私はお前の方がいいよ」
私はそう言って、カブルーに口付ける。すると彼は少し戸惑ったような顔をして、私の口付けにそろそろと応えた。
私たちはじきに、やってきた朝に順応するだろう。私たちはそれぞれの仕事に戻り、昨日みたいなハプニングがない限り、今日のようには抱き合えないのだろう。でも、それでもいい。あまり毎日甘い日々が続いてしまっては、歯を痛めてしまうから。いや、蜂蜜は傷にも効くんだったか。だったら今日ばかりは、甘い感覚に浸っていてもいいだろう。昨日の続きに浸っていてもいいだろう。
たくましい手のひらが、私を再び抱きしめる。私はそれに、どこまでも甘い気持ちになる。さっきの続きで奉仕されているような気になる。
「なぁ、カブルーお前って本当に……」
「なんです? 惚れ直しましたか?」
私たちはそんなふうに掛け合って、キスをしながら食堂に向かう。幸い使用人は食堂で忙しく働いていて、そんな私たちを見ない。だからあと少し、あと少しだけ、お前と共にいたい。
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