らぎ
2025-01-13 10:12:17
713文字
Public モノノ怪
 

離坤ドロライ第七回「喫茶店」


時は平成。江戸が東京と名を改めて久しい世にも、薬売りは現れる。もっともこの日純喫茶の片隅に座した二人の薬売りは、それと知られぬ洋装であった。
「離の方こちら、如何ですか」
「いいえ私は結構あなたがお食べなさい」
美味しいですよと付け加えても、離の薬売りは涼やかな硝子の器に手を伸ばす様子はない。
普段なら無理に勧めることはしないのだが、なんだか今日は『そこをなんとか』と言った気分になったのだ。美味しいと思ったものを好いた人にも味わって欲しい。あわよくば、本当ですね、と微笑んでくれたらそんな気分に。
紅い氷菓子をひと匙掬い、悠々と紅茶を吞む離の薬売りに差し出す。
「そう言わず。ひと口だけでも食べてくださいな」
離の薬売りは茶碗から視線を上げて此方を見た、そして咽せた。
珍しいものを見たと坤が目を瞬かせている間に立て直したらしい離の薬売りは、カツンと受け皿に茶碗を戻すと心なしか鋭い目で坤の薬売りを見据える。そして何かしら言おうとしかけたがその心中は言葉になることなく、代わりに彼はその嫋やかな手でもって匙を差し出す骨ばった手首を捉え、その匙の先を口に運んだ。
「甘い、な」
「お気に召しませんでしたか」
余計な事をしたかと萎れかけた坤の薬売りを見据えたまま、離の薬売りは先程呑み込んだ言葉を告げる。
「いいや。折角あなたが手ずから食べさせてくれようと云うんだ、気に入らない筈もない」
「それではまるで ………
離の薬売りに言葉にされて漸く気が付く。自分は今、あまりに慎みの無い恋人らしき事をしたような。
銀色の匙をからりと落として固まった坤の薬売りに、離の薬売りはフッと笑った。
「ご馳走様、でした」