タロイモ
2025-01-13 05:11:11
4268文字
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『趣味』の話

パーバソワンドロライ。1h+1.5h。お題『趣味』をお借りしました。付き合い始めて半年くらい、甘めなパーバソです。パさん視点。

 趣味は何か、と問われて即答出来る人間は、とても素敵であると思う。
 お前はどうだと問われれば、私は少し考えてしまう。
 初めて行った場所で、街を見たり、歴史について聞いたり、美術鑑賞をするのは好きだが、それが趣味かと問われれば私にはよく分からない。
 私が土地に赴き、人々の積み重ねてきた歴史や美術をなぞるのは、多分人々が生きた証、人の営みそのものを辿れるからだ。そこには喜びや楽しみはあるが、皆の言う『趣味』のように、暇があれば何をも置いて一番にすることであるとも言い難かった。
 
 趣味とは、余暇を楽しむものだという。
 
 私が騎士として生きた時代には、そもそも余暇なんていう、柔らかな時間はほとんど無かったように思う。ただ必死に、騎士としての理想と忠義を追い求めて足掻くのが精一杯だった。
 だから趣味だとか、そんなものを考える余裕など無かった。それはある意味では幸せだったのだろう。
 強いて言えば、鍛錬の時間は好きだったかも知れない。日常のしがらみや、様々なことを忘れさせてくれる、何かに打ち込める時間というのは、あの当時でも貴重だった。
 だけどこれも、趣味であるとは言えないだろう。
 だから私には、これと言って趣味と言えるものは無いんだよ。
 
 食堂で昼食を食べた後に雑談をしていて、ふと『趣味』の話になった時。
 私がそう伝えると、机を挟んで向かい合い、静かに私の話に耳を傾けていたバーソロミューは、ヒュッと息を吸い込んだ。それから暫く机に突っ伏すように俯いたと思ったら、ふるふると震え出した。
 何か気に障ることを言ってしまっただろうか。そう不安になっていた矢先、彼は唐突にがばりと顔を上げた。
 何故か彼の海色の目元には、じわりと涙が滲んでいた。もしかして、ちょっと泣いていたんだろうか。
 何故。困惑するこちらを他所に、彼は私をじっと見つめてきた。
 目尻に朱が入って、瞳は潤んで僅かに揺れている。場違いではあるけれど、ほんの少しだけ、夜の彼を思い出してどきりとした。
「サー・パーシヴァル!」
「は、はい!」
 いきなり名前を呼ばれて、私は思わず居住まいを正した。その呼び方で呼ばれると、強制的に背筋が伸びるというものだ。騎士としての自分がちゃんとしろ! と背中を蹴飛ばすようだった。
「君の趣味を見つけるぞ!!」
「はい!! はい?」
 けれど、続いた彼の言葉を聞いて、襟を正していた私は拍子抜けしてしまった。
 思わずはい、と答えてしまったけれど、今この人は何と言った?
 ブルネットの間から覗く深色のアクアマリンは、きりっとこちらを見つめてくる。今綺麗だと言えば怒られそうなことは、散々愚直だと言われている私でも流石に分かった。
「君の、趣味を、見つけるんだ」
「私の、趣味を?」
 念を押すように私の胸に人差し指を突きつけながら、バーソロミューは一つ一つ言葉を区切って私に言う。まるで出来の悪い生徒に教える家庭教師だ。この歳になってそんな風に誰かに言われることなんて無くて、少し新鮮だった。
「そう!君の趣味!幸い今日は君レイシフトも周回も無い非番だろう、知ってるぞ。なら私が君の半日を掠奪しよう!」
 ついて来たまえ!と半ば私の腕を掴んで引き摺るようにして、バーソロミューは歩き出した。別に痛くはないけれど、私の腕を引っ張る彼の手には、何故か有無を言わせぬ強制力のようなものがあった。
 怒鳴るように告げた彼は怒っているのか悲しんでいるのか、いまいちよく分からない。分からないけれど、この半年くらいでこう言う時の彼には無言で付き従うのがベストだとは学んでいた。
 大体、彼がこういう事をする時は、決まって全て私のためであるので。
 
 その後、私は丸半日、彼に様々な場所へ連れ回された。とはいえそれは殆どシミュレーターの中ではあったが。
 彼は機器を起動し、最初は彼の船で海に繰り出した。沖の方で魚釣りをしてみたり、船をつけて港町を歩いてみたり。
 かと思えば、今度はいつの間にか実装されていたという砂の荒野に浮かべた不思議な帆船で、砂漠の海を渡ってみたり。
 また急に辺りが山林に変わったと思えば、ちょっと冒険に行こうと山を登り始めてみたり。
 それが終われば、どこかのスタジアムで、白黒のボールを蹴るスポーツ(サッカーというのだったか?)に興じてみたり。
 散々身体を動かしたら、今度はテルメマスターの国では『温泉』と呼ばれる保養地に行ってみたり(久しぶりに水着姿になった。暖かい湖に手足を投げ出して浸かるこれは趣味ではないがハマりそうだ)。
 とにかく忙しなくシミュレーターを動かして、バーソロミューは私を連れ回した。目まぐるしく身体を動かすのは楽しかったが、何より彼のくるくると変わる表情を見られたのが嬉しかった。
 最近はずっと周回に駆り出されていたせいで、ろくに一緒にいる時間も無かったのだと後から気付いた。
 
 最後にシミュレータールームからバーソロミューの自室に行き、彼が私に手渡してきたのは旧型のゲームのコントローラーだった。
 訳も分からずに握っていると、彼がゲームを起動する。アクションゲームというものらしかった。
 バーソロミューが選んだキャラクターは、仮面のようなもので顔が隠れていた。彼らしいチョイスである。素早い動きをするそのキャラクターは、ニンジャ、と呼ばれる職種だったか。キャラクター名は日本のアサシンに同じ名前のサーヴァントがいた気がする。
 私が持たされたキャラクターは、海賊のような出で立ちで、槍のような、錨の様なものを使っていた。大ぶりの得物を振り回す姿は何となく自分の戦闘スタイルに通じるものがあって、ちょっと面白い。
 ゲームが始まり、バーソロミューが選んだキャラクターは、私のキャラクターを先導するように進んだ。どうやら、一緒に出撃して向かってくる敵を退け、最奥にいるボスを倒すというルールらしい。ろくに説明も受けずに進んでいたが、ガチャガチャと触っている内に操作というものは覚えるようで、先陣を切って進む彼が討ち漏らした敵を、私が倒して回った。
 いつもと立場が逆だな、と思って少し笑ってしまう。
楽しいかい?」
 ふと、隣の彼が独りごちるようにして言った。あまり余裕が無いので一瞬だけ、ちらと目をやれば、彼が画面から目を逸らさずに手元を忙しく動かしているのが見えた。
「はい。少し難しい、ですが」
 このゲームが楽しいか、楽しくないかで言えば、きっと後者だ。
 人々が知恵を絞り、人々のために作った、平和の象徴のような筐体のゲーム。誰かを傷付ける事なく、闘争の意欲を満たすもの。流石というかなんと言うか、プレイするだけで爽快感があるし、敵を倒せば達成感のようなものが得られた。
 けれど、この楽しさの本質は、きっともっと別の所にあると思った。楽しさと言うよりも、嬉しさ、だろうか。
 こうやって何でもない時間を過ごしている事自体が、私たちのような仮初の存在には奇跡に近い。それが今、私を『嬉しい』という気持ちにさせているのだろう。
 それは、大切な人と過ごす時間であるなら、尚更の事であり。この気持ちを彼も同じように抱えているなら、それは幸福と言うのだろう。
 
 私がボスの部下のようなキャラクターを攻撃していると、バーソロミューのキャラクターが宝具の解放のような技を放った。広範囲に及ぶ技だったようで、敵のキャラクターはボスと一緒に倒されて一掃された。それと同時に、勝利のムービーが流れ始める。
 バーソロミューはよし! とコントローラーごと手を上げた。小さい声で縛りプレイが何とか聞こえたが、彼もまた彼なりに楽しんでいたらしい。
 
 バーソロミュー・ロバーツ。かつて四〇〇隻の船を手中に納め、大船団をまとめ上げた最後の大海賊。
 彼は、最初海賊になりたくてなった訳ではないという。けれど、彼が海賊時代のことを話す時に、悲愴感のようなものを感じることは一切なく。皮肉っぽく、何も無い、海だけがある時代だったと言った彼は、けれどとても眩しく穏やかに笑っていて。
 ゲームだって、人生だって、何でも全力で楽しめる。彼のそんな所が、私はいっとう好きだった。
 
さて。今日一日、私は君を連れ回して様々な余暇の楽しみ方を模索した訳だが。」
 いつの間にか勝利ムービーは終わり、ゲームは最初の画面に戻っていた。コントローラーを置いたバーソロミューは私に向き直り、ずいっと身体をこちらに近付けてくる。息がかかりそうなぐらい近い所に彼の顔があって、私は思わず喉を鳴らした。
「君の趣味になりそうなものは、見つかったかい?」
 猫のように眦をきゅうっと上げて、バーソロミューは尋ねてくる。
 そうだった、趣味。そのために彼は私を連れ回したのだった。
残念ながら、ピンと来る、といった感覚を覚えるものは、ありませんでした」
 そう正直に答えると、バーソロミューは少し残念そうに頬を膨らませ、ちぇ、とむくれた。彼はよく『私は君よりずっと年嵩だぞ!』と のたまう割に、私の前ではこういった幼い表情をすることが多いのだが、気付いているのだろうか?
 不貞腐れた顔で身体を引こうとする彼を、私は両の腕で捕まえる。少し驚いた顔をしてから、バーソロミューは何だい、これ?とこちらを見上げてくる。深い水底の色をした瞳が、漣のようにふるりと震えているように見えた。
「私には趣味というものがよく分かりません。けれど、いっとう大切なもの、という意味で言うなら、カルデアに来てから見つける事は出来ています」
 だから、私には趣味は必要ないのです。彼の身体を抱きすくむ腕の力を、僅かに強めて言う。
 すると腕の中の彼は、一拍の後に分かりやすく真っ赤になった。
 はくはくと口が形を作ろうとしては失敗している。何か言いたくて、何も言えない、というところだろうか。
「きみ、は、ホントにッ……!」
 バーソロミューがややあって絞り出した言葉は文の体をなしていなかったが、その表情は怒りや羞恥、その他諸々が一緒くたになっていて、何とも複雑だった。
 可愛らしい人だなぁ、と思う。
「だから、もし私の我儘が叶うのであれば。」
 また、私を貴方の思う場所へ、存分に連れ回してください。
 そう言って、熱くなっている彼の額に、私は一つ口付けを落とした。