Green sleeves

バラッド「Green sleeves」を基にした短編。『Liddle love song』の続編です(※先にliddleからお読み下さい)
本文中にあるこの歌を基にしたという逸話は創作です。
Liddle love songの二人はあの後どうなりましたか?という問いをいただいたので書いてみました。

 恋した相手は、緑のドレスがよく似合う美しい貴婦人。
 緑の裾を翻すその美しい人は、時に優しく、時に冷たく、くるくると表情を変える。
 ひどく移り気な彼女のために、貴公子は自分の財産をなげうって贈り物をささげ続けた。
 しかし結局彼女は心変わりをしてしまい、貴公子には見向きもしなくなる。
 けれどそれでも、緑の裾翻えす、あの面影が忘れられない。

 『緑の小袖』と名づけられた伝承歌。
 切なくも美しい曲調と歌詞が人気の悲恋歌、なんだそうだ。あやつが言うには。
 ――けれど私には、この歌のどこがよいのかわからなかった。

* * *

「要するに捨てられた男が、相手を恨む歌だろう? どうしてそれが美しいのだ?」
 暖炉の前で竪琴を爪弾く手がとまったところで私は口を挟んだ。
 竪琴に添えていたままの指先がすべって、おかしな和音を奏でる。椅子に座った体勢のまま、あやつは身体を二つ折りにして大笑いしていた。
「笑われる覚えはない。当然の疑問ではないか。男の方も男の方だ。いくら金をつんだところで、愛が買えるわけではあるまいに」
 暖炉の前で竪琴を奏でていたのは、詩人の真似事が趣味という私の夫である。ただ身内に聞かせるだけでは飽き足らず、しょっちゅう竪琴を抱えては、城下の酒場などまで出向いて歌を披露している。
 だが、こやつは純粋な職業詩人ではない。本来の姿はこれでも、この城の主――この国の王子という身だ。
 なぜ王子のくせに詩人の真似事などするのか理解に苦しむが、本人に言わせれば、もともと詩人向きな自分が王子の真似事をさせられているというのが正しいのだそうだ。あやついわく
「人によって向き不向きはあるんですから、向いている仕事をしたほうが自分にも周囲にもためになるでしょう?」
 だそうだ。どうやら王女でありながら、王子らしい資質を持つ私に親近感を抱いているような物言いだった。
 勝手に同類にするな。
 そう思っているが確かにこやつが仕事をしない分、私が代わって職務を勤めていても、誰にも文句を言われない。むしろ感謝さえされるほどなので、あえて反論はしないでおく。
 私がこの国に嫁いできてから一年になろうとしている。
 祖国では可愛げのない頭の固い王女、などと陰口をたたかれていたが、この国では、そうした私の欠点が長所として受け入れられ、重宝されている。理由は私の夫となる人物が、私とは正反対の性格だったせいだ。
 軽薄で遊び好きな王子。それが将来の国王。国の未来は大丈夫だろうかと不安を抱いていたところへ、私がやってきた。王子は胸を張って、両親である国王、王妃の二人に、私をこう紹介した。
「僕のだめなところは、全部この人が補ってくれます!」
 自分で言うのもなんだが、この言葉は嘘ではない。
 私は上流階級の貴婦人としての行動や、社交的な場においての愛嬌を武器とした駆け引きは不得意だが、論理的、実用的な行政処理に関しての能力には自信がある。実際この自信を裏付けできるだけの功績をあげることができ、義理の両親は涙を流して喜んでくれた。
 互いに文句もなく、うまくいっているのだからよしとするべきなのだろう。
 新しい環境は私にとって居心地が悪いものではなく、むしろ張りのある日々だった。私は私自身を変えることなく、思っていた以上に楽に周囲になじんだ。
 ただ、いまだに夫であるはずのこの男に関しては私の理解の及ばない――よく分からない部分が、出会ったときから、減っていないような気がした。
「愛は金で買えないですか。いやあ姫様らしいですねえ」
 どうもお忍び吟遊詩人のときの癖が抜けないらしく、この風変わりな夫は、祝言をあげたあとでも私のことを『姫様』と呼ぶ。竪琴を構えなおし、妙にしみじみとした口調で言った。
「姫様のそんなところは好きですけどね」
 こんな言葉を聞かされて素直に照れるほど私は甘くないし、浅い付き合いでもない。かえって疑心にとらわれ、目の前の男を見る。標準以上の美男というその顔を。
……なんだかおぬしは、買ったことがありそうだな」
「勘ぐりすぎです!」
 妙にきっぱりと否定するところが怪しい。話題を変えたほうがいいと思ったのか、あやつは歌の解説を始めた。
「まあ確かにこの歌のモデルは、浪費家な貴公子ではあったようですがね。
 でも彼が入れ込んで金銀を貢いだとされるのは、この緑の裾の貴婦人ただ一人だったようですよ。本当の愛を知らない貴公子が唯一本気で愛した相手だったとか」
「それが恋歌として人気のある理由なのか?」
 馬鹿馬鹿しい。私の内心を見透かしたかのように、あやつは言った。
「確かに心は物でつるものじゃないんですがね。でも理屈じゃないんですよ。貢いだ貴公子にしたって、惜しんでいるのは贈り続けた宝じゃなくて――
 だがそこで、あやつは困ったように口をつぐんだ。
 私は眉根を寄せ、答えを待っていたが、あやつは継げる言葉を捜しあぐねたようで、からかうような笑みを浮かべたまま、別の曲の演奏に入った。
 そこで話は打ち切りになったのだが。

* * *

 どうしてそんなことを思い出したのかと言えば、あやつが先ほど私の元へ「贈り物」を持ってきたからだ。
 細い銀の鎖と青い宝石が鮮やかに輝く、華奢な首飾り。鎖の端と端を両手でつまんだまま、「はいどーぞ」と差し出され、うっかり私はそれを受け取ってしまっていた。受け取ったはいいが何がどうなってこうなったのかわからなくて、手の上でそれを持て余す。
 そんな私の様子に気づいたのか、あやつは続けた。
「贈り物ですよ」
 オクリモノ?
 一瞬何のことかわからず、言葉の意味がわかったところで困惑が深まるだけだ。結局出てきたのは現実的な言葉だけだった。
……国民の税金で買ったものを贈られてもな……
「失礼な。それはちゃんと僕が自分で稼いだものですよ」
 思わず目の前の男を凝視すると、一国の王子であるはずの男は続けた。
「ほら、これとこれで町の酒場で」
 竪琴を構え、にっこりと自分の顔を指差し笑ってみせる。あきれて私は言った。
「姿が見えないと思っていたが、またでかけていたのか」
「退屈な王子の生活を紛らわせる娯楽ですからね。そうそう簡単にはやめられません。『緑の裾の貴婦人』もその酒場のなじみ客に教えてもらったんですよ」
 ――緑の裾ひるがえす我がいとしの君の歌。
 私が何か言いかける前に、あいつはあっさりとその場を立ち去る。ちょっと遅れてから、首飾りをつけてみてくれ、とも言われなかったことを思い出し、さらにもう少し遅れてから、礼も言わなかったことを思い出した。
 けれどそこでまた、考え込んでしまう。
 なぜわざわざこんなものを贈ってきたのだ?
 誕生日、祝祭日、特になんの記念日とも思い当たらない。あやつはけっして馬鹿ではない。私の性格を知ってるなら、こういうものをもらって私が困惑することを百も承知の上なはずだ。
「まさか困らせるのが目的という嫌がらせではないだろうな」
 ついうっかり疑ってしまうのは、たぶん私があやつを把握しきれていない証拠だろう。

* * *

「それで義姉さまは、わたくしの元へ相談しにいらしたのね」
 陶磁のカップを手のひらでつつみこむように持ち上げて、ジュリアンナは言った。
「いや相談というほどでもないのだが」
 久々に帰ってきた故郷の城は、外見上は代わりがないように見えた。
 だが住む人物が変わったせいか、なんだか中に流れる空気の色が、若干変わったような気がする。私が居た頃よりも、もう少し明るさと活気を帯びたような――
 それは目の前のこの義妹の持つ空気を、城の空気と一緒にして知覚しているせいかもしれない。
 天気が良いので私たちは庭にテーブルを出して、お茶を楽しんでいた。当然ながらこれは義妹の発案によるものだ。私はどうもこうした濃やかな情感が働かない。
 鳥のさえずりが頭上から落ちてくる。穏やかな日の光に、ジュリアンナの金の巻き毛が柔らかに輝いている。その金の髪に巻けず劣らず、くっきりと大きな緑の瞳を生き生きと輝かせ、ジュリアンナは面白そうに私の話に耳を傾けてくれた。
 弟の許婚でもあったジュリアンナとは昔から家族ぐるみで交流していた。幼い頃から利発な娘で、私が会話の難度を落とさずとも話が通じる貴重な相手だった。
 彼女は私が結婚してこの城を出るのと入れ違うようにして、弟の元に嫁いできたのだ。
 時折私は骨休めの里帰りと称して生まれ育った城へと帰ってくると、ジュリアンナとお茶を飲みながら、互いの国の状態について情報交換をする。これが政治に反映されることも少なくない。鋭く賢く、私とはまた違った感性を持つジュリアンナの意見は、よい参考になるし、刺激になることが多かった。
 今回もその力を借りようと思い立ったのだ。
 どうもこれは、私がもっとも不得意とする分野の話であるような気がした。
「それで問題の首飾りは? こうして話題に出すということは、持ってきていらっしゃるのでしょう?」
「これだ」
 私は傍らに置いてあった箱の蓋をあけて見せた。
「手にとってもよろしいですか?」
「ああ。かまわない」
 細い指先が鎖に触れ、そっと吊り上げるようにして、ジュリアンナは品を見据える。
 ゆらゆらと青い宝石がジュリアンナの指の先でゆれている。緑の目が時々私と首飾りの間を交互に動き、やがてくすりと微笑むと箱には返さずテーブルの上に置いた。
「さすがユークリッド様が見立てたものですわね。物もいいですし、何より義姉さまによく似合いそうですわ」
「そうか?」
 宝石などどれも一緒のような気がする。何が違ってどこがどう似合うのか分からない。
 そうつぶやくと、ジュリアンナは笑って説明してくれた。
「鎖の細工、石の大きさ、深海のある色。義姉さまの華奢な首筋を引き立たせるよう考慮されてますわ。身につけたら、とても映えるでしょうに。まだ一度もつけてみたことがないのでしょう? どういう意図でユークリッド様が贈られたのか不明だから」
「鋭いな」
 そう。どうして贈られたのかわからないから、気になるのだ。
 あのグリーンスリーブスの歌のこともあるし、なんとなくこの贈り物の裏には何かあるような気がしてならない。首飾りを横目で見つめながら私は思ったことを口にする。
「もしかしたら、これは私を懐柔するための策かもしれないと思ったのだが」
「懐柔って……なにか覚えがおありですの? たとえば、その、ユークリッドさまが浮気なさった、とか」
「さあ。どうだろう? よく分からない」
 私の答えにジュリアンナは小さくため息をついた。
「そのへんが義姉さまらしいです。ユークリッド様とちょっとした口論をなさったとか、ほかに理由は?」
「理由というか、思い当たる節はそのグリーンスリーヴスの件くらいだな。大体喧嘩をしたところで、なぜそれが贈り物につながるのだ? 一言謝れば済むことではないか」
 そう言うとジュリアンナは苦笑した。
「そうはいかないのが殿方なのですけど、話題がそれるのでやめときましょう。単純に義姉さまの気をひきたかっただけかもしれませんわね。あまり深く気にせずユークリッドさまに身に着けたところをお見せになって、それで終わりにするのが一番だと思いますわ」
「気を引く? 何のために?」
 一応夫婦だぞ。私たちは。
 夫婦間で気など引いてどうするというのだろう。
 いぶかしげな顔をしている私に、ですからそう思う義姉さまのその性格が、とジュリアンナは言って、苦笑した。唐突に話の矛先を切り替える。
「グリーンスリーヴス、私は好きな歌ですわよ」
「なぜ?」
「理由はこれといってあるわけではありませんけど……曲調がなんだか哀愁があっていいなあと思います。あとグリーンスリーヴスのモデルとなった逸話を聞いたことがあって、それも理由の一つでしょうか」
「確か浪費家の貴公子が唯一愛した女性が緑の裾の君とかなんとか言っていたが」
「ええ。そうです。すれ違いの悲恋なんだそうですよ。愛を知らない貴公子と、愛されている自信がなかった貴婦人の」

* * *

 あるところに、たいそう裕福で名高い家柄の貴公子がいた。
 彼は生まれたときから満たされていたので、特別に望まなくても何でも手に入った。
 金でも銀でも、富としての価値を有するものならすべて。
 そんな彼が本気の恋をした。政略で組まれて流されるままの恋ではない。
 自分の意思で起こした、生まれてはじめての燃えるような恋を。

 だが彼はこの想いを伝える方法も自信もなかった。
 何かを望むよりも先に与えられるという生活を送っていたので、望みをかなえる方法を知らなかったのだ。
 満たされている者は欲しくて焦がれることには不慣れ。
 だから彼はわかりやすい手段をとる。
 自分が今までされてきたように、愛しきものに宝を与えるという方法を。
 心のどこかでは、この方法では満たされない隙間がある、と知りながら。

 彼女は家柄的には中流の、ごくごく普通の娘だった。
 大富豪の貴族の心を射止めたことで、周囲は騒ぎたち、羨望の的となる。
 彼女も喜びに頬を染めたが心根は純粋だったので、富を得た幸運よりも、素直に心を向けられたことに喜びを覚えた。
 そう。最初のうちは、ただその心だけを信じることができたのに。
 
 何か一つ贈るごとに、彼女の喜ぶ顔を見ることができる。
 何か一つ贈られるごとに、彼から愛されていることを知る。
 でも、いつからか。
 彼が贈り物をしてくれるのは、私をつなぎとめるため?
 彼女が望んでいるのは、僕自身じゃなく、僕の富?
 物と心が乖離して。互いの心を信じきれなくなって。
 ただ贈られる物品だけが、確かな重みをもってこの手に残って。
 それは愛される喜びよりも息苦しさを伴って。

 無償の祈りはいつか、契約じみた約束事へと。
 そして彼女は彼の元を去る。
 これ以上続けることは互いを蝕むだけ。

 最期に揺れるのは緑の裾。
 どんな贈り物よりも、ただ揺れるその裾だけが、まぶたの裏に鮮やかに。

* * *

 結局――分からなかった。
 グリーンスリーヴスの意味も、あやつの思惑も。考えても分からないことがあると認めるのは悔しいが、もともと私とは全くかけ離れた不可解な夫だ。あやつのことが、わたしに分かるわけがない。
「どうせならユークリッド様に、なんでこのようなものをくれたのか聞いてみたらどうですか? それが一番早いと思いますわ」
 ジュリアンナのもっともな言葉もあり、私も悩んでも仕方ないと割り切ることにした。
 礼儀として一度はつけたところを見せて、そのとき聞いてみれば良いことだ。そう思っていざ問題の品をつけて、あやつの前に立ったのだが。
 ……思い出しても腹の立つ!

「あ、それ!」
 あやつは思いっきり目を見開いて、驚いた顔をした。心底意外!と顔にはっきり書いて。
……おぬし、自分で贈っといて、なぜそんなに驚く?」
 予想外の反応に、思わず尋ねたら悪びれもせずあやつは応えた。
「いや、まさかつけてくれるとは、夢にも思っていなかったんで」
「だったなぜ、これをよこした!?」
 あまりといえばあまりな答えに思わず声を上げる。肩を小さくすぼめて、あやつは答えた。
「たまたま街中を歩いているときに見かけまして、似合いそうだなと思って。そういえば僕は姫様に何か贈ったことないなあと思って、購入して、それで」
「それでって」
「それだけですよ」
「別に私はこういうものが欲しいとは……
「いえ、ですから、ただ僕が贈りたかっただけなので。あ、姫様、嫌がらせと勘ぐったでしょう!?」
 図星をさされたが、ここで言葉に詰まるのはさすがに悪いと思ったので小さく答える。
「いや不思議に思ったのは確かだが。そうだな。グリーンスリーヴスの機微も分からない私に対する嫌味かと考えた」
 ぎょっとしてあやつは私を見た。さっきの驚き顔に続いて、二度目の驚き顔だ。
 だが気のせいか、一度目よりも、もう少しくっきりとした印象を受ける。いつもの軽薄じみた作り顔が薄れて、少しだけ素に近づいたような。歯切れの良い流麗な口調で話すこの男には珍しく、低めの押さえた声で短く言った。
「贈り物なんて、贈りたいから贈るんですよ。それだけです」
 たぶん、それこそが真実なのだろう。
 すれ違った悲恋の歌は残っているが、本当はただそれだけの、単純な動機なのだ。
 意味など、深読みせずともよいこともたくさんある。
 さんざん悩んだのが馬鹿みたいだったと思いながら私は目の前に立っている夫に告げた。
「そうか。どうも私は物を貰うと、借りをつくったようで後ろめたい気分になるのだがな。で、何がいい?」
「は?」
「借りだから返さねばならないだろう。お返しは何が良いかと聞いているのだ」
 三度目の驚きを顔いっぱいに浮かべて、あやつはその場にへなへなとしゃがみこんだ。
「どうしちゃったんですか姫様。ああ、でも姫様らしいです」
 脱力したような口調が笑いを含んだものになって、上目遣いで私を見て唇の端を吊り上げ、よいしょと声を出して立ち上がった。
「そうですねえ。欲しいものは考えておきます。あ、やっぱりよく似合いますよ。その首飾り」
 視線の先を私の首元に当て、満足げに笑って、あやつは言った。
 よどみない明るい口調と、何を考えているか分かりにくい笑顔で。いつもどおりの様子で。
 私はやっぱりこの男のことは、よく分からない。分からないが、分からないまま素直に受け止めたほうがいいこともたくさんあるのだろう。

 愛は金で買えない。物で測れない。当然のこと。
 でも何かを贈りたいと思う気持ちも本当であるように。
 ――揺れる緑の裾。わが愛しのグリーン・スリーブス。