Liddle Love Song

バラッド「スカボローフェア」を基にした短編。お気楽王子が吟遊詩人に扮装して、婚約相手の堅物王女に会いに行く話。
大昔にやってた創作サイト(2006年以前…)の産物。奇跡的にサルベージできたので自分の記録用にこっそりここに移しておきます。20年以上前ということで何もかもが拙いですが、多めに見てください…

 確かに僕は一風変わった王子だということは認めよう。しかしいくらこっちも乗り気でなかったとはいえ、せっかくの縁談話――まあ俗に言う政略結婚――を顔も見ずに断られた、というのは初めてだった。
 そのまことに失礼な相手は隣国の王女オルテンシア。
 流れるような銀の髪に淡く滲む紫の瞳。ぴんと伸びた背筋とまっすぐな眼差しが印象的な、大層美しい姫だそうだが、噂で聞いただけなので真相は定かじゃない。大体この手の噂話には、尾ひれどころか、胸びれ背びれまで付いているものだし。それだけなら僕もこんなに気にすることはなかったんだけど、この縁組みを断ってきた理由が一風変わっていたから、つい興味を引かれてしまったのだ。
『私は特に結婚願望がありませんので』
 普通、女性ってのは白馬の王子が迎えに来るのを待っているものじゃないのか? しかも王女だよ王女。おまけに絶世の美女と噂されてるくらいなら、相手だって選り取り見取りだろうに、誰とも結婚する気はないときた。何でもこのお姫様、容姿はピカイチだが、性格に若干問題があるらしい。
 その点で言うと、実は僕もそうなんだよね。
 自分で言うのも何だけど、僕だってかなりレベルの高い美青年だと思う。僕が城の中を歩けば、老若を問わずほとんど全ての女性が振り返るし、実際に黙って座っているだけで、そこら中の女の人に声をかけられる。恋人だって片手じゃ足りないくらい居るし。
 ただ――どうも裏では威厳も根性も人望もない道楽王子とか言われているみたいで、結婚みたいな人生最大級のイベントとなると、途端に女性が寄りつかなくなるんだな。女の人はこういうトコは本当に現実的だと思う。
 一応言わせてもらうと僕だってただ遊び歩いているわけじゃない。
 色々自分の目で見て確かめているだけ。捜しているだけだ。世間や常識なんかじゃ分からない、物事の本質を。自分でつかみ取って消化するしかない本当の知識、本物の宝を。
 だから気になった。
 僕と同じように変わり者と噂されている姫君が。

* * *

「ほう。お前がわざわざ隣国から国境を越えてやってきたという吟遊詩人か」
「そうでございます」
 僕は答えた。黒いチュニックに革のブーツ。薄汚れたマントに安っぽい飾り石。今の僕の役どころは、ちょっと風変わりな旅の詩人ということになっている。
 昔からこうして別の誰かに変装して城の外に遊びに出るのは得意だった。長年の平和続きで、ウチの城の警備はお世辞にも固いとは言えないし、もともと気品や威厳なんて言葉とは縁の遠い王子らしからぬ身。だからちょっと一工夫すれば、すぐに城を抜け出して普通の一般庶民の中に混じることができる(さすがに今回は親父の許可をとったけど)。
 ……この辺が僕が『道楽王子』と呼ばれる所以らしいけど、それはひとまず置いといて。
 オルテンシアは、噂通りの、いや噂以上の美人だった。
 そんな姫の側でかしこまって控える僕を、値踏みするようにオルテンシアは見つめ、一言。
「で。これは父上の差し金か? それとも母上か?」
「は?」
 思いがけない問いかけに、僕はつい間抜けな声を上げてしまう。
 一応この国の国王には僕がお忍びで王女を見に来ることを伝えてある。まさかこんな手段で来るとは思ってなかったらしいけど、割とすんなり王女の元に通してもらえた。特に条件がついたわけでもない。
 僕の反応に姫君はちょっとだけ首をかしげた。
「何だ。違うのか。私はてっきり私にその気がないのを悲観した父上が、恋歌の一つでも聞かせるよう命じたのかと思ったが」
 ああ成程。そういうことね。
「いえ、そんな滅相もない。僕の方からお願いにあがったんです。ぜひとも国一番の美女と名高いオルテンシア様に歌を献上したいと」
「そうか。下手な歌なら遠慮するぞ。耳障りになる」
…………
 そう言われてしまうと何も言えないではないか。
 黙りこくった僕を見て、オルテンシアは呆れて言った。
「お主、一体何をしに来たのだ。仮にも詩人なら、自分の歌に自信を持ってしかるべきだろう? これぐらいで歌えなくなってどうする」
 いや僕、これが本職じゃないんで。とはさすがに言えない。仕方がないので半分だけ本当のことを言う。
「すいません。白状しますと、僕は歌を聴かせる云々よりも、ただ噂の姫君がどんなものか拝見したかっただけでして」
「こんなものだ」
…………
 長い銀の髪を後ろに払いながら、オルテンシアは実に簡潔かつ鮮やかに答えをくれると、答えに詰まって立ちつくす僕など無視して、読書に没頭し始めた。ちなみに読んでいる本は『哲学のすすめ』などというタイトルがふってある。
 うーむ。確かにこれは、手強い相手かも……

* * *

 結局その日は読書をしている姫君の側で、一日中何をするでもなく無駄に時間を潰し、いったん戦線離脱ということで僕はオルテンシアの部屋を後にした。
 けれど自分のために特別に用意された客室には向かわず、彼女に仕える侍女達の部屋にお邪魔する。
 まずは相手を良く知ることから。というわけで、僕はひとまず周りの目に映る姫君はどんな人なのか。そこから調べることにしたのだ。こういうとき見目がいいってのは便利なもので、たちまち僕は数人の侍女から熱い歓迎を受け、色々と話を聞くことができた。
「オルテンシア様? そうねえ。おキレイな方よね」
「でも、ちょっと冷たい感じがしない?」
「へえ。冷たいって? 君たちを苛めたりするの?」
「え? ううん。そんなことないわよ。苛めるどころかワガママ一つ言わないし、私達に文句を言うこともないし。今時信じられないくらい、よくできた姫様よ。ただ、なんて言うか……近寄りがたい雰囲気で」
「姫様のあの紫の目でじっと見つめられると、何か気圧されちゃうのよね。
 誰かが言ってたけど、ウチの王様よりも、よっぽど威厳があるって」
「分かる分かる。確かにそうよね。私だって姫様だったらまだ国王様の前に出る方が気が楽だもの」
「別に何も悪いことをしてないんだけど、何となく緊張しちゃうのよね。オルテンシア様の前だと」
「お顔は綺麗だし、凄く頭のいい方なんだけど……何を考えているのか分からないところがない?」
「お年だって、まだ十七でしょう? その割には浮ついたところがないわよね。いつも静かに落ち着いてて。もっと言うと、どこか冷めてる感じで」
「そう。何をしてても、こう、心ここにあらずといったつまらなそうな顔で、全然満足げな顔をしないのよね。私が欲しいのはもっと別の何かだ、って感じでさ。やっぱり、ああいう風に育ちがいいと、そんじょそこらの普通の出来事には満足できないのかしら?」
 女三人寄れば姦しいって言うけれど、確かにその言葉通り、侍女達の口からは、ポンポン言葉が飛び出してきて、お喋りが尽きることはないようだった。けれど時に女性は、直感で真実を言い当ててしまうことがある。
『私が欲しいのはもっと別の何か』
 そうなのかもしれない。オルテンシアは現状に満足してなくて、それでああなのかもしれない。何が不満なのかは分からないけど、とにかく満足ができなくて。
 あの姫の、凛とした目が蘇る。
 綺麗な、それでいて意志の強そうな瞳。常に何かを捜し求めて飢えている目つき。
 僕とオルテンシアは似ているかもしれない。もっとも態度は正反対だけど。

* * *

「オルテンシア様は本が好きなんですね」
「本が好きなのではなく、本に書かれている内容が好きなのだ。別に口頭でも図版でも構わない」
…………
 どうしてこの姫って、こういう答え方しかできないんだろう。
 だけど、ここでくじけるわけにもいかない。最初は噂の変わり者の王女を一目見てやろうと来ただけなんだけど、何だかこうなってくると、この姫がどんな女性なのか、もう少し深く知りたくなってきた。
 でも、これは別に恋じゃない。珍しいものに出会って燃える探求心と言ったところだ。
 僕のありきたりの切り出しはオルテンシアに見る影もなく一蹴されたわけだが、黙って立っているのも芸がないので、とにかく話しかけ続けてみる。まさかせっかくの読書を邪魔されて、噛みついてくるということはないだろう。
「今度は何を読んでいらっしゃるんですか?」
「『政治学についての考察』」
……三権分立とか三元徳とか?」
 そこでパッとオルテンシアの瞳が輝いた。
「お主、詳しいな」
「ま、まあ詩人ですから……
 ひとまず適当に答えておく。その手の本は昔、死ぬほど読まされた覚えがある。こんなものどこが面白いんだと疑問に思っていたが……まあ姫の答えを聞いて何となく納得はした。
 人の知識の習得方法には二種類あって、一つは自分の目で見て確かめないと納得できないタイプ。もう一つは、本やその他の既成の知識をかじってから動くという堅実なタイプ。どうやら僕は前者、オルテンシアは後者らしい。だからといって、僕が後者のタイプに変われるわけでもないんだけど。
「そうか。お前は詩人だったな。人目を気にせず本が読めるとは羨ましい限りだ」
「姫様だって好き勝手に読んでいるじゃありませんか」
 せっかく僕が脇で一生懸命歌っても耳も貸さず読書に没頭してるくせによく言うよ。
 だが、そんな僕の心の声を読んだのか、オルテンシアは肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「それは私が、わざとそういう態度を取っているからだ。どうせ理解されないのなら、いっそ好き勝手にやらせてもらおうと思ってな」
「理解されない?」
「私が姫という身でありながら、学問――本来、王子が学ぶべきもの――に手を出していることだ。世継ぎが私しか居ないのならともかく、私の下には弟が居るし王位は彼が継ぐことになっている。私が直接政治に関わる機会がない以上、今私がやっていることは、全て無駄なことでしかない。そんなことをするくらいなら、もっと舞踏会なり、おしゃれなり、殿方なりに興味をもてばよいのに、と言われていることも知っている。
 だが……どうしてもそういった類のことには興味が持てないし、政治学や哲学、経済学といった学問にひかれてしまう。私自身、どうして自分がこうなのか分からないし、だから他人には尚更私が理解できない」
 淡々と語るオルテンシアの横顔は、いつも通りどこか冷めた近寄りがたいものなんだけど、何だか淋しげにも見えた。
 この人は真面目で自分に正直なのかもしれない。
 僕ぐらい不真面目だったら、こんなにも悩まなくて済んだのだろうけど。
「ところでお前の方はどうなのだ?」
「僕?」
「お前も詩人のくせに変わった歌ばかり歌っているではないか。何故、普通の恋歌や流行歌を歌わない?」
「僕は容姿だけで充分稼げますから」
 やや長めの漆黒の前髪を揺らして僕は笑った。奥の手の笑み。大抵の女性はこれで落ちるのだが。
「私は真面目に訊いている」
 にこりともせずにオルテンシアは言った。……やっぱり色仕掛けは通用しないらしい。
 だから僕はこれが本職じゃないんだって。
 ちなみに僕が歌う変わった歌っていうのは、酒盛り歌や輪舞曲、ユーモラスな歌詞の民謡曲と、オルテンシアの父君が聞いたら卒倒しかねないモノばかり。お忍びで城を抜け出すといつも向かう酒場の馴染み客に教えてもらったのだ。もちろん普通の恋歌も教わったんだけど。
「僕も姫様と同様、変わり者なんですよ。どうもそちらの方面には興味が持てなくてね」
 仕方なく真面目な口調で僕は答えた。真剣な姫には真剣に答えるのが礼儀だと思うので。
 別に恋愛感情を否定するつもりはない。ただ――僕にとっては、一時の恋のお相手も、顔見知りと酒場での馬鹿騒ぎも同レベルなだけ。『特別』と呼ばれるその感情がよく解らない。一人の女に恋いこがれて狂うほどの激しい恋愛なんてしたことないし。
「確かに変わっているな」
「姫様には言われたくないですね」
 僕らには妥協が足りないんだろう。生まれと育ちのせいか周りに合わせるという事を知らない。ある意味ワガママ。
 流されたくはない。
 王子らしくあれ、王女らしくあれという無言の欲求に大人しく従って、自分で考えることのないお飾りの王族にはなりたくない。
 だからオルテンシアは普通のお姫様より無愛想になり、僕は世間一般の王子様よりも無責任になった。僕らは二人とも、枠を外れて、自分が欲しかったのかもしれない。

* * *

 僕は歌を歌うのは好きだったりする。一応、標準よりも上手い方だと思う。恋歌は滅多に歌わないけど。
 でも、そんな僕がこれだけは自ら進んで歌い、唯一素直に納得できる恋歌がある。それは『亜麻のシャツ』と名付けられた古い歌。

 昔、とある国に一人の領主が居た。
 強く、賢く、美男のその領主は聡明な妻を捜し求めている。そんな領主が一人の乙女に目を付けた。小さな市で織物を売っている美しい娘。
 そこで領主はその娘にこう言った。
『亜麻のシャツを作ってくれますか。針仕事もせずに、縫い目もなくて。
 そしてそのシャツを向こうの井戸で洗って欲しいのです。水も湧き出ないし、雨も降ったことのない井戸で。
 それが出来たら、私は貴方を妃に迎えたい』
 娘は笑ってこう答えた。
『海と砂浜の間に一エーカーの土地を見つけて下さるかしら。
 曲がった雄羊の角でその土地を耕して下さるかしら。
 一粒の胡椒の実で、そこ一面に種を播いて下さるかしら。
 それら全ての仕事が終わったら、私のもとへ亜麻のシャツを取りに来てください。そうすれば、私は貴方の妃となりましょう』
 領主はとうとう聡明な女性に巡り会えたと大層喜び、彼女とめでたく結婚するという話。
 ちなみにこの時代、男が娘にシャツと作ってくれと頼む事は、実は求婚を意味していたという。娘がシャツを作ったら、承諾だったそうだ。……まあ何ともオチのきいた歌で、僕はこの求婚話が好きだったのだ。

 竪琴を引きながら全てのフレーズを歌い終えると、オルテンシアはぽつりと言った。
「お前が恋歌を歌うとは珍しいな」
 僕がこの姫の側に居座るようになってから、かれこれ一週間が過ぎた。
 その間互いに相手の性格も掴んできたようで、最初こそ僕の歌を無視していたオルテンシアも、そのうち歌に耳を傾けるようになった。
 とは言っても僕らの仲が特に親しくなったわけでもない。姫は相変わらずの素っ気なさだし、僕は僕で毎度いつもの軽薄じみた調子だし。
「この歌だけは好きなんですよ。姫様は? やはりお嫌いですか?」
「いや。これぐらいオチがきいていれば楽しめる」
 リドルを与えられ、同じくリドルで返した聡明な娘。
 賢さとは違う。物事を分析して消化するのではなく、本質をそのまま直感的に理解してしまう。惑わされない。流されない。
「この歌に出てくる娘は姫様に似てますね」
「それは褒め言葉と受け取っていいのか? それとも可愛げがないと非難しているのか?」
「ただ純粋に褒めているんですよ」
 そこで可笑しそうにオルテンシアは笑った。
「お前は本当に面白い奴だな。ではいい加減教えてもらおう。お前は一体何者だ? ただの詩人ではあるまい」
「ご想像にお任せします」
 ……まさか隣国の王子だとは思うまい。
 僕の答えに姫は挑発的な鋭い目つきで言う。
「ここで家来に命じ、お前の首をはねてもいいのだぞ」
 恐ろしいコト言うね。この姫君は。
 台詞の内容はとんでもないのに、こうやって僕に質問を浴びせかけるオルテンシアは、いつもの無愛想な雰囲気が一転して、とても可愛らしく見えた。
 だから、なんだろうか。
 自分でも気が付かないうちに、僕はするりと答えを返してしまっていた。
「だったら姫君を連れて逃げます。姫と一緒なら家来も手を出せないでしょう?」
「ほう。それで用がなくなったら、その場でさようなら、というわけか」
「いえ。姫君には、そのまま僕の家まで来ていただいて、僕の生涯の伴侶となって頂きます」
 するりと言葉が流れてしまって……あれ? 
 オルテンシアは一瞬意味が分からなかったようだったが、その半瞬後に紫の瞳を大きく見開き、疑うような眼差しで
「お主、本気、いや正気か?」
 正気ときたかい。でもオルテンシアは大真面目だった。そんな姫君が何だか異様に可愛くて、僕もまた溜め息をつきつつ、続ける。
「どうやら正気で本気みたいです。ちなみに僕の実家というのは、隣国の城が丸ごと一つなので、暮らしぶりはそう変わらないと思いますよ」
 僕の答えにオルテンシアは呆気にとられて、次の瞬間、大声で笑い出していた。
「は。そうか。お前が、あの噂の隣国の……。どうりでな。私は上手く騙されていたというわけか」
 息も絶え絶えに笑い続ける姫君の台詞に、どういうニュアンスがこめられているのかはイマイチ不明だけど、僕もつられて笑ってしまった。
 
 ――僕にシャツを作ってくれますか?
 愛の語らいも甘い言葉も何一つない、謎かけ調子のプロポーズ。でも、この謎かけを解ける姫君なら、僕も上手くやっていけるかもしれない。