望月 鏡翠
2025-01-12 16:48:10
902文字
Public 日課
 

#1604 「西瓜」「息子」「床屋」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話

 暑い日に帽子も被らずに外に出たことを、後悔していた。
 死を思うような気候だった。全てのものが腐り落ちていくような、湿気と熱に満ちていた。数歩歩くだけで汗が吹き出し、拭い続けた結果首筋の皮膚がヒリヒリしていた。皮膚がひりつくのは日焼けのせいかもしれない。
 少し前から汗を流れ落ちるにまかせていた。
 日焼け止めも流れ落ちて、効果は消えているだろう。
 全ては徒労だ。
 こんな季節は生鮮食品を買うのを躊躇ってしまう。家に帰るまでの間に、肉や魚も気温で腐り落ちてしまうだろうと思ってしまうのだ。食欲も減退し、私はいよいよ弱っていた。
 家の近くに来ると、水の音が聞こえた。
 道路が濡れて、真っ黒になっている。 
 床屋の息子が表で西瓜にホースに水を掛けている。冷蔵庫に入らないから外で冷やしているのだろう。桶には氷が入っていたが、あっという間に溶けてぬるま湯になってしまうのだろう。
 冷えるのだろうか。その西瓜の中身が茹ってクズクズに溶けている想像をした。
「あとで半分もっていきます」
 彼は親切にもそう言った。
 一人暮らしなのに食べ切れるだろうか。家の冷蔵庫の大きさを思い出す。私は家に帰って、西瓜のための場所を開くべく、冷蔵庫を開く。
 野菜室の中にみっちりと人の指が詰まっている。人の皮膚がぶよぶよとしたゴム製の偽物のようになっている。肉は、冷蔵庫の乾いた空気にさらされて色が悪くなっている。
 それを見て、私はふと思い出した。
 これは夢だ。
 現実に、この景色をみることはなかった。これは私の夢であったのに。
 冷蔵庫をいっぱいにするほどの指は集められなかったのだ。六人分。六十本の手の指を集めたあたりで、私の夢は潰えてしまった。
 しかし、その中にはあの床屋の息子の指もあった。だからこれが現実だったら、彼はホースで西瓜に水をかけることも、西瓜を切ることも後で届けることもできなかっただろう。
 次はもう少し、慎重にやろう。身近な人ではなく、遠い場所から狙って私に疑いの目が向かないように振る舞おう。
 決意を固めて目を開く。
 夢から醒めて、現実に戻れば処刑場が待っている。