望月 鏡翠
2025-01-12 15:14:56
906文字
Public 日課
 

#1603 「ラクダ」「七色」「道案内」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話

 この国にいると水のありがたさを実感する。この国に来るまでは、私はそれを喉の渇きを潤すために飲むのだと思っていた。
 日本はやはり、水の国だ。空気がたっぷりと湿気を帯びている国から来た私は、本当の渇きを知らなかったのだ。
 乗り物で揺られているだけで、気がつけば口の中が砂っぽくなっている。その砂が口の中の水分を奪って、口の中がざらつき唾液がベタベタするのだ。
 ところ構わず唾を吐くこの国の人間のことを疎ましく思っていた。
 しかし実際に生活していると、このねばつく唾液と砂を飲み込むわけにもいかず、吐き出すためにしているのだとわかるようになる。貴重な水で逐一口を濯ぐわけにはいかない。
 そのため彼らはよく、覚醒効果のある葉っぱやガムを噛み唾液を出しては地面に吐き捨てている。
 日差しを避けるためだけではなく、あらゆる場所に潜り込んでくる砂を防ぐために、布を顔に巻き付けていなくてはならなかった。
 それでもあらゆる場所から忍び込んできた。
 安部公房の砂の女を思い出した。出ることができない砂のすり鉢の底のような場所。あらゆる場所が砂で汚染された乾いた家。
 しかし、この場所には文章の中で目にしたような閉塞感はない。
 地平まで続く砂漠の赤。雲一つないせいで落ちてきそうな青い空。日差しがくっきりと濃い影を落とす。その前で黄金の毛並みをしたラクダが往く。
 世界を単色でキッパリと切り割ったような、単純な世界でただただ広いそこに存在している。世界を三色で割ってしまうと、こんなにも広いのだ。
 道案内は貧弱な日本人が途中で逸れていないのかを気にするように、時折振り返る。私が途中で遭難したら、案内料の半分をもらい損ねる。
 それは現地で私を受け入れてくれる親戚が用意してくれる手筈になっている。報酬の後払いが私を生かしていると感じることがある。
 しかし道案内の男は、おそらくさほど金に困ってはいないのだろうと思う。
 前をいくラクダや、男の衣服は鮮やかだ。
 細かい刺繍と金の飾り。そこにだけ、失われた世界の色彩の全てがある。強い日差しの中で、私は七色に光る道案内の背中をじっと追いかけていた。