望月 鏡翠
2025-01-12 14:22:43
1089文字
Public 日課
 

#1601 「雷雨」「笑う」「金庫」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話

 ある雷雨の日のことである。
 悪賢い使用人は、主人の部屋に忍び込んでいた。魔が刺して、悪いことを考えて締まったわけではない。最初から彼はそれを狙って、この屋敷にやってきたのだ。
 楽して大金を手にするために、彼は地道に使用人として働いた。矛盾しているようだが、金庫の中に入っている金は地道に一生をかけて働いたところで、手に入らないような金額なのだ。
 逃亡生活をすることになったとて、構いはしなかった。彼は僅かな給金を使って、旅券を手配していた。それを使って海外に逃げてそこでゆっくりと暮らすつもりだった。
 こんな陰気なくらい屋敷ではない。暖かく開放的な南の島にいくのだ。
 そこでの夢のような生活を想像して、使用人は悪事の最中であるのにニヤニヤといやらしく笑う。
 そうして金庫にへばりつくようにして、その古臭いダイヤル錠に手をかけていた。少しクラシックな怪盗や泥棒が出てくるような作品に登場する、大きなぐりぐりと回る数字がついた金具がつけられたアレである。
 金庫の場所はすぐにわかった。
 ダイヤル錠の番号だけなかなか分からず、使用人は長く好きでもない仕事で頭を下げることになったのだ。しかし、主人が金庫を開く瞬間を何度も盗み見て、とうとう番号を記憶した。
 あとはときを見計らって行動に移すだけとなり、今日がその日だったのだ。
 朝から雨風が激しく窓を打ち、少し物音がしたくらいでは気づかれない。この空模様は明日の朝まで続く予定だった。
 主人は頭が痛いと言って、寝室に戻りそれきりになっている。こうなったらしばらく出てこないということは、今までの経験からわかっている。
 金庫の中から金を運び出し車に運び込み、逃げ出す算段だった。
 使用人は守備よく、錠を開いた。
 中には目も眩むような黄金が入っている。それが手元の懐中電灯に照らされてキラキラと光るはずだった。
 しかし、中は暗かった。暗闇があった。
 一体どうして。
 それを考える前に、誰かが後ろから背中を押した。
 使用人は頭から金庫の中に転がり込んだ。
 その後ろで、重々しい音を立てて扉が閉まり、錠が掛かる音がした。
 何も入っていないとき空っぽで広すぎると思った金庫は、自分が入ると恐ろしいほどに狭かった。
 内側から金庫を開ける方法はなかった。
 恐怖で悲鳴を上げた。
 しかし、全ての物音を消してしまうような嵐は、翌朝まで止みはしない。狭い場所の空気がなくなるまで、その悲鳴を助けを求める叫び声も誰にも聞きつけられることはなかった。
 聞きつけたとて、屋敷の主人は錠を開けなかっただろう。