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はなれ
2025-01-12 01:39:37
2988文字
Public
ソルバン
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苦労するひと、させるひと
何でも許せる人向け
ヤシャルダサジュが疑似兄妹やってるのが大好きで…………
気が付けば、パチパチと算盤を弾く音が聞こえる。
サージュが数度瞬きをして顔を上げれば、慣れた手つきで魂魄算盤を叩くルダンの背中が目の前にあった。
警官時代からの名残である腕時計に目を向ければ、最後に確認した時間より三十分ほど時間が経っている。
どうやら自分は意識を失っていたらしい。まぁ、仮眠と言えば聞こえはいいが。
ローケーシャ陣営襲撃に備え会議を終えた後、治療の順番待ちで事務室で時間を潰していたのはいいものの、そのまま寝落ちてしまったのだろう。
サージュはつい数時間前まで、犯罪組織に捕ま
……
潜入していたのだから、ローカパーラに戻ってきたのは実に数日ぶりの事だった。
随分体が軽くなっていることから、既に治療は終わっているのだと理解する。
「起きているのなら、始末書の一枚でも書いたらどうだ」
相も変わらず机に向かったままのルダンから声をかけられ、サージュは長い手足をこれでもかと伸ばしながら口を開いた。
「始末書? 特に思い当たる節はありませんが」
「馬鹿を言うな。無断欠勤に許可の無い行外の人間への
開門具
ヴァジュレイザー
貸与、頭取は許しても私は許さん」
「もう終わったことをネチネチと
……
目下の問題はローケーシャ陣営の襲撃では?」
「お前が資産魔法を完全発動したことにより補充しなければいけなくなった魔力の計算をしている私への慰労はないのか」
「好き好んで苦労している上司の愚痴を聞いているだけありがたいと思いますがねぇ」
「はぁ
……
お前はたった数日しか静かにしていられないのか」
「たったひとりの為に
銀行員
バンカー
二名にアルバイト、臨時契約まで寄越した人に言われたくないで~す
……
採算度外視もいいとこでしょう。厳格な副頭取らしくもない」
「それだけお前の失踪は当行の不利益になるという話だ。自覚しろ」
「
……
」
何てことのないように言われ、サージュは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でルダンを見る。
どう考えても〝らしくない〞返事だったが、ルダンはそんな冗談を言うような男ではない。
――
考えるのを止めよう。
思考がかき乱されるのは疲れているからに違いない。甘いものでも食べようそうしよう。
なんて現実逃避をしながら、サージュは口をへの字に曲げてソファに座り直した。
「そもそも、ディナム・ガエアを差し押さえる(未遂)まではおおむね想定通りだったんです。あのひとも、余計なことをしてくれる
……
」
「ナーセラのお人好しは今に始まったことではないだろう」
「おやぁ? 別にナーセラさんとは一言も言ってませんけどぉ?」
「えぇい! まぎらわしい言い方をするな!」
ニヤニヤと口角を吊り上げているサージュに気が付いたのか、視線が煩わしかったのか、ルダンは眉間にきつくシワを寄せたまま、勢いよく振り向いた。
「貴様はとっとと帰れ! もうここに用はないだろう!」
「はいはい、お邪魔いたしました。それではお先に失礼しま~す」
サージュが事務室から出て行こうとすると、ルダンはその背に向かって声をかける。
「
……
お嬢様は、まだ頭取室にいらっしゃると思うぞ」
「
……
そうですか」
サージュは片手を上げて礼を返すと、そそくさとその場を後にした。
もう就業時間は過ぎたからか、明かりの薄れた廊下をひたと歩く。
王の座す場所へと踏み出した足は、少しばかり重かった。
◇ ◆ ◇
さすがに汚れたままの恰好でヤーシャラージャに会うのは気が引けて、手短にシャワーを浴びて来た。
もしかしたらすでに彼女は帰ってしまったかもしれない。
言い訳じみた時間稼ぎをしてしまったが、会うのが嫌という訳ではないのだ。
サージュはヤーシャラージャの為にローカパーラで働いているのだから、むしろヤーシャラージャの元気な姿を見ることはなによりの活力になるといっても過言ではない。
けれど、今は間が悪かった。
何も言わずに失踪してしまったから、彼女は怒っているかもしれない。
……
いいや、怒ることはないだろう。
ただ、あの選択は、きっと彼女を傷つけた。
そう思うからこそ、ためらってしまう。
サージュが控え目にノックをすると、可憐な声で『どうぞ』と返ってきた。
部屋に入る前にいつもの笑顔を張り付けて、サージュは重厚な扉を開ける。
「てっきり、お帰りの準備をされていると思っていましたが
……
」
「珍しくルダンさんが紅茶を淹れてくださいまして、一杯分の時間ぐらいは優雅に過ごしてもよござんしょう?」
ヤーシャラージャは花が綻ぶようにふわりと微笑んでサージュを出迎えた。
机の上にティーセットが置いてあることから、確かにお茶を楽しんだのだろうと伺える。けれど、一杯というのは嘘だ。先ほどから、ルダンは事務室に缶詰めになっているはずなので。
だから、ヤーシャラージャは決して短くない時間を、ここで過ごしていたことになる。
それはたぶん、訪れるかもしれないサージュの為に。
「今回の件、無茶なことをしましたね」
ヤーシャラージャの声音は淡々としていて、叱るような怒気も、詰るような蔑みも感じない。ただ、それにほんの少し混じる
――
かなしみ、とでもいうべきか。
何を言うでもなく事実を羅列するだけの言葉に、ひどく責められているような気分にさせられる。
サージュは玉座にも似た椅子に座しているヤーシャラージャの側に歩いていくと、騎士のように片膝をついた。
「お叱りならば、いくらでも」
仰々しく胸に手を当てながら、ヤーシャラージャの顔を仰ぐ。
「あら? もう副頭取に叱られた後でしょうに」
「ご存じでしたか」
「想像はつきます。わたくしに叱られたいのであればそうしますが
……
」
「ハハ、遠慮しておきます」
「ではそのように」
ヤーシャラージャはそっと立ち上がると、跪いたままのサージュの前に赴き、その頬に手を伸ばす。
「お怪我は」
「治療は済んでいます。お気遣いなく」
「そう、ですか」
呟くと、ヤーシャラージャはその細い柔腕でサージュの首筋に抱き着いた。
「
……
あの、頭取」
「どうされました?」
「これは、一体
……
」
「あなたには、叱るよりこちらの方が効くでしょうから」
ヤーシャラージャはぎゅう、とサージュを抱きしめながら、その耳元に顔を寄せる。
「おかえりなさい」
たった一言。
顔も見えない中で告げられた言葉は、何よりも深くサージュの欠けた心を突き刺した。
ヤーシャラージャは、それきり何も言わない。
言わないけれど、その体はわずかに震えていた。
〝子供らしさ〞を預けていなければ、その瞳に大粒の雫が浮かんでいたかもしれない。
彼女は三年前、目の前で父親を失っている。今回のサージュ失踪は、その喪失の恐怖を一端でも呼び覚ますにはじゅうぶん過ぎるほどだった。
いっそのこと、子供らしく泣いてわめいて怒られた方が、感情の始末もつくというのに。
あぁ、そんな後悔も含めて自分への罰なのかと合点がいく。
ならば、甘んじて受けるのみ。
「
……
はい。ただいま戻りました」
サージュもそれきり何も言わず、まだ幼い頭取を抱きしめた。
過ぎ去った事実は変えられない。だから、今はこれでいい。
運命を分かつ戦いまで、あと、十日。
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