白露とリュウイさん

冬休み明け。

 新年祭の間をオパール寮で過ごしていた白露は、一度故郷へ戻ってから冬休みの終わりに合わせて金糸雀城へ戻ってきた。
 シュリメルカに点在する洞窟群は安定した気温だが、外となれば季節に沿って頬を撫でる空気はひやりとしている。そんななかであっても健気に咲く花はあり、そのひとつに目を留めた白露は微笑みながら装飾品をしまっている小箱を開けた。

「『先生、おはよう』」
「おはよう、リュウイ。冬休みは充実していたかしら?」
 冬休みを明けて一日目、授業もなく宿題提出や再会を喜ぶ時間を過ごした後のこと。白露が研究室の空気を入れ替えているところにリュウイがやってきて、新年祭振りに聴くテレパシーで挨拶をした。日数で考えれば久しぶりというほどではないが、新年という特別な区切りがあったので感慨深いものがある。白露は「背が伸びたかしら」と冗談めかして言った。
「『いや、最後に会ってからは変わっていない』」
 彼らしく真面目に答えるリュウイに「そう?」ところころ笑い、白露は換気のために開けていた窓を閉める。茶を飲むには寒いのだ。
「まだまだ若いのだもの。きっとすぐに大きくなるわ」
「『先生くらいか?』」
「ほほ、そうなるかもしれないわね」
 白露は人間と比べると高身長だが、一族のなかでは突出して大きいわけではない。リュウイはどうだろうか。白露の目には既に偉容として映る竜体もさらに立派な巨躯を誇るようになるのかもしれない。美しく青い角も輝きを増すだろうか。
 白露は冬休みの前に片付けていた茶器を魔法で取り出し、リュウイに茶の希望はあるかと訊ねる。冬休みの間に茶葉をあれこれと揃えていたから飲むのが楽しみで、伴う相手がいるとなれば一層のことである。
「『……先生の故郷の茶でもいいだろうか』」
「あら、興味があるの? 嬉しいこと。いまの時期は焙じた香ばしいものを飲むのよ。お前、時間はあるの?」
「『ああ。今日は授業もないし、荷物を整えるくらいだ』」
「そう。ではおとっとき……とっておきを淹れましょうね」
 故郷に戻っていたので郷言葉が混じってしまった。
 気恥ずかしさを誤魔化しながら白露は茶器を準備すると、魔法で火を宙に灯す。この火はやわらかで優しく、上に直接奉書を翳しても燃え移ることがない。奉書を使って茶葉を焙じていくと緑色の茶葉は少しずつ色を変え、ふつり、とひと筋ふた筋の煙を立てる。そうなれば茶葉の準備は完了だ。熱い湯を使って淹れれば、研究室にふわりと香ばしい匂いが漂う。
「さ、お上がり。熱いから火傷に気をつけなさないな」
「『ありがとう……熱いな』」
「ほほほ!」
 白露が普段供する茶よりも熱い焙じ茶にリュウイは湯呑みを持った手をぱっと離し、驚いたように手のひらを見つめた。その様子が可愛らしくて思わず笑ってしまった白露はいけないいけない、とリュウイから顔を逸らす。
 ちり。
「『身につけてくれているのだな』」
 リュウイの目が僅かに細められる。その視線の先は白露の顔、ではなくその少し横。顔を隠して傾けた頭、結った髪を飾る花の意匠に向けられていて、言葉と視線に気づいた白露も顔を綻ばせる。
「せっかくお前に貰ったのだもの。気づいていて? 学園の庭に似た花が咲いているのよ」
 白露は新年祭でリュウイに会った際、彼から白い花の飾りを贈られていた。白地に繊細な柄の合わせられたころりと丸い花の意匠の飾り。白露にとって可愛いこの生徒はなんとも義理堅く、花を抱えた鯉や故郷の花など幾度も白露に嬉しい驚きをくれるのだ。教師としてどうやってなにを返したらいいだろうかと思ってしまうほどである。
 贈られたものは身につけるところを見せるものだが、大事に思えば箱から出すのも惜しくなるもの。いつ身につけようかと悩んでいた白露は学園に戻った際に低木が花をつけているのを見つけ、きっと今日髪に飾ろうと決めたのだ。
「『知らなかったな……探してみよう』」
「ええ。お友達と見に行ってごらん。素敵なものをほんとうにありがとう」
「『先生にはいつも世話になっているからな』」
「ふふふ、お前はまめね」
 この気遣い屋なきらきらしい桂男にそわそわと心を騒めかせるものは多いことだろう。大人になった頃にはどれほどになることか。
 本人は気づかないか、気づいても慌てずただ誠実に振る舞うのだろうけれど、と白露は恐る恐る湯呑みを持ついまはまだこどもの内のリュウイに、彼が成長した姿を思い浮かべる。
「ああ、そうだ。いけないわ、お前に渡そうと思っていたものがあるの」
 ついほのぼのと茶に集中してしまった、と白露は両手を打ち、きょとんとするリュウイの前で空間から故郷より持ってきたものを取り出す。
 それは青い花であった。ぽってりと分厚い花びらの花は花蕊も枝も青く、青い花を好むリュウイには面白いかと思って持ってきたのである。
「枝は魔法薬の材料にもなるのだけど、お茶請けには大きかったかしら……
 日頃の礼にでもなればと思ったが持たせるには幅を取ってしまうかもしれない。よければ寮へ送っておくと伝えればリュウイはゆるりと首を振り、短く「『問題ない』」と返すと枝を受け取り僅かに口角を上げた。
 もしゃ!
 骨付きの肉を持つように枝を両手で持ったリュウイが青い花を元気に喰む。分厚い花びらは食べ出があるのかもぐもぐとしっかり噛んでおり、美男と花の組み合わせとは思えぬ愉快さがあった。
 一つの花をごくりと飲み込んだリュウイは飲み頃になってきた茶を啜り、ほうっと白い息を吐く。
「『美味い』」
「ふ、ふふ……お前が元気そうでよかったわ」
 変わらぬリュウイに白露がくすくす笑えば花の髪飾りがちりり、ちりりと揺れる。その音を聞きながら白露は両手を膝の上に置き、今年も熱心に勉学へ励むであろう生徒を見つめた。
「リュウイ、今年もよろしくね」
「『ああ。こちらこそよろしく頼む』」
 新しい一年はリュウイに取ってどんな年になるだろうか。
 どうか大人になっていくリュウイの実りになるものが多い年であればいいと白露は願う。教師としてその一端になれるよう励むことを誓いながら。
 
 
「リュウイ、枝を食べるのはお待ち」
「『硬いな……』」