「こはくさああああん! 遅くなったが成人おめでとう! 勇往邁進! これこらも面目躍如のアイドル人生を謳歌してほしい!」
玄関のドアを潜るなり一気に捲し立てる声がこはくの耳をつんざいて、思わず頭を左右に振った。
「やかましい! 祝ってくれるのはええけどいくらなんでも声がデカすぎじゃ!」
「はっはっは! そんな顔で凄んでも迫力がないなあ!」
斑は笑う。まあ上がって上がって! と促され、拠点であるマンションの一室へと足を踏み入れるこはく。
勝手知ったるその〝拠点〟は、いつしかその危険な意味を変え、星奏館とは違う二人の居場所となっていた。他の言い方をするなら、こはくが転がり込んで家具と私物を増やした半同棲の愛の巣だ。
そこへ足を踏み入れるこはくは、一週間前に成人式へと出席したばかりだった。
「
……こはくさん、大きくなったなあ」
「喧嘩売るなら買ったるで」
悲しきかな、切望したにも関わらず初めて出会った頃から一センチしか伸びなかった身長。そのこはくの頭を撫でようとして逡巡したのち
――斑の手が頬に触れた。大きなエメラルドの瞳を包む瞼を優しく甘やかな弧にして、こはくのアメジストを見つめる。物騒な物言いの中で、こはくも同じように目を細めて斑を見つめる。
無言で、無限にも思える時間がすぎる。
ラブはん
――藍良
――との奇跡的な再会を笑い合った成人式。積もる話が花咲いて止まることはなかった。
その後ESアイドルの新成人たちが軒並み揃ってインタビューを受け、特報用の集合写真に収まった。そして、その真ん中に立ったのはこはくだった。
鼻つまみ物、嫌われ者の問題児であったCrazy:B。
薄暗く忌避される危険なDouble Face。
しかし今や大きく成長して躍進するこはくの存在が、仲間の存在が、特別大きな輝きを放ってファンたちに迎え入れられている。その輝きを抱いてこうして人生の節目を迎えた。
こはくの胸に湧き上がる擽ったいようで熱い感情。まさか自分が、あの座敷牢に閉じ込められていた幼い自分が、こうして光の中で大人になるなんて。
「
……不思議やわぁ
……。信じられへん、わしが大人になるなんて」
斑に見つめられたままのこはくが零した。その目に張った水の膜がアメジストをゆらゆら揺らし、こはくは次の言葉を探したまま押し黙る。少し口をぱくぱくさせようとして、それだけで零れ出しそうになるなにかを抑えるのに必死だった。
「全部ぜんぶ、君が頑張った証だ」
まっすぐ、芯の通った声で語る斑を見、揺らぐこはくのアメジスト。
「君が光を掴もうと頑張ったから、立ち上がったからだぞお?
……そして、それを俺に教えてくれたから」
斑の声が少しだけ上擦り、震えるのは気のせいではないだろう。
「こうして、俺も君をお祝いできる」
「
……」
「こはくさん、おめでとう」
こはくの力強い熱量の前で怯えていたようなあの日の卑屈な斑は、いつしかこはくと並び立ち、強い輝きを放った。本当の意味での相棒として、対等に輝きを放ってそこに在る二人だ。
「
……君を祝えるなんて、俺は幸せ者だなあ?」
「
……言うやないか」
そして徐々にその距離は縮まる。
斑の手のひらがこはくの頬を優しく包んで滑り、いつしか重ねたこはくの手のひらが斑のそれを包む。
少しずつ、焦れたように縮まる距離。
今日ばかりは少しだけ厳かに閉じられる瞼。
そしてこはくがそっと桜色の唇を差し出そうとしたその時だ。ぎゅっと強く頬を摘む斑の親指と人差し指に、
「わっぎゃぁぁあ!?」
驚きのあまりかこはくの素っ頓狂な声が響いた。
「なにさらすんじゃド阿呆! 人が殊勝に出たら舐め腐りよって!」
「あっはっは☆ こはくさん、お餅みたいなほっぺたは大人になってもおんなじなんだなあ! 可愛い可愛い!」
「こら! いい加減離さんかい!」
「ほおらほおら☆ 柔らかくて食べ頃だぞお!?」
「つつくな! その指を引っ込めろ!」
「ふふ、嫌だと言ったら?」
「あーもうほんまにタチが悪い!」
散々斑に揶揄い尽くされたこはくの頬はようやく解放され、紅潮した痕が残される。淡く桜色に染まった頬を見やり、斑は満足そうに笑みを浮かべた。
そして一拍置いて噴出する二人の笑い声。
「あ〜〜〜ほんましょうもな! なんなんやこれ!」
「っはは! 本当に仕方ないなあ!?」
「ヒッ、どの口がっ言うんや!」
「抱腹、ッ絶倒にも程があ、っる!」
「ハーーーッ! もっ、どうにもならんわ! 祝ってくれるんと違ったんかい!」
ひたすらに続く笑い声がリビングに響き、二人が座るソファが音を立てる。初めて座った頃にはひとつも音を立てなかったのに。斑の定位置である左側に傾きかけたソファ。こはくの定位置である右側の窪んだ跡。キシキシとソファを笑わせながら、二人も笑い尽くした。気の済むまで、今までの二人の足跡をすべて抱いて。ひぃひぃ息を切らせて笑う。
「これ、っ君シラフでこんなにッヒッ!」
「ッフ! ふふ
……っ、そっちもやろが!」
「まだお酒は飲めないなあ!? 大きくなってもっ、まるで赤ちゃんだ!」
「誰があかんぼ、っや!」
「ふっ、ヒヒ! いい加減腹筋が痛いなあ!?」
「おさまらん、あっか、ん!」
変えられない薄暗い、否真っ黒な過去を笑えるだけ、二人で長い時間を共有してきた。その事実が愛おしくて面白くて、大切で。
――こはくの両の手のひらが、笑いの振動を残して斑の頬と耳を包む。
「っ、ふふ」
続いたままの笑い声も止まらない。そのまま斑が首を傾げた。
そのまま、そのまま。そっと。
今度こそ重なる口火も唇があたたかくそこに在る。
その事実に震える胸。高鳴る心音。痺れて麻痺したように、全身を駆け巡り包むなにか。名状するなら、きっとそれは〝幸せ〟というのだろう。
「
……っ、斑はん」
「ん
……」
貪り出した唇と唇の合間にこはくが囁く名前。斑もまた、こはくの名を官能的に何度か呼んだ。
「
……おおきに、な」
照れたようなこはくの声。キスより照れるその言葉を放ち、こはくの手が斑を強く抱き締めた。
同じだけ、それ以上に強く抱き返す斑の腕。少しずつ少しずつ二人の影がひとつになり、ソファがギッと鳴く。
「本当に、」
「ん
……」
「君が、大好きだ」
斑の言葉に身を焦がし、こはくはその言葉ごと奪うように斑の唇を貪り、食べた。
「ん
……ふふ」
「
……ん? なんや」
「大人になった君の初めてを、またもらってしまうなあと思って」
愛おしいと全身で訴えたがらそんなことを言うものだから、
「アホか」
照れ隠しの言葉が転がり落ちて、再び斑の唇に消える。
「
……煽ったの後悔させたる。覚悟しとき」
囁かれる宣戦布告をこはくの唇から飲み込んで、斑は嬉しそうに笑った。
「
――これからも。よろしく、こはくさん」
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【成人】【餅】
60min+15min
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