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みすみ
2025-01-11 19:50:37
2545文字
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そんな目で見るから
現代AU社会人ディンルク
「グローグーがいないとさびしいね」
「あっというまだったな」
数年前に友人とルームシェアを始めた息子のグローグーは久しぶりの帰省を終え、昨晩ディンとルークにハグを送ると名残惜しそうにしながも笑顔でシェアハウスへと戻っていった。
先ほどまでグローグーからの「無事にシェアハウスに着いた」というメールに安堵していたルークだったが、静かになった部屋を見渡して肩を落としている。涙目になりながら「さびしい」ともう一度繰り返してソファーの真ん中に座るルークは、すっかり酔っ払っていた。
グラスを離そうとしないパートナーの姿を横目で確認して、ディンは気がつかれないようにため息を吐く。目の前にいるルークに呆れているからでも困っているからでもなく、初めてふたりが出会った日のことを思い出したからだった。
初めて出会った日も、ルークの瞳は濡れていた。
ディンがルークと初めて出会ったのは、いまにも雪が降り出しそうなほど寒い冬の日、仕事終わりに同僚に誘われ食事に連れていかれた帰り道のことだった。
最初はいつものように適当な理由をつけて断るつもりだったが、同僚はあの手この手を使ってディンの退路を断った。ディンがまだグローグーと暮らし始めるよりも前のことだ。グローグーとふたりで暮らしていた頃であれば、子どもがいるからときっぱり断ることができただろう。良心的な同僚もそれで納得したはずだ。しかしあの頃のディンは家族と離れてひとりで暮らしていた。特定の恋人もいなかった。同僚もそのことを知っていた。そしてなにより、同僚はかつてないほど傷心していた。さすがのディンも、断ることができなかった。
我ながらまったく、と思う。とはいえ、もちろん後悔はしていない。事の顛末を知る同僚からは、いまだに「ディン・ジャリン。あなたの天使に出会えたことに対して、あなたは私に感謝するべきね」と尊大な態度をとる。それに対してディンは「ボ=カターン。恋人との和解に手を貸したのは誰なのか忘れたのか?」と応戦するのが常だった。
同僚曰く「あなたの天使」と出会った運命の日。普段の姿からは想像することができないほど愚痴をこぼしながら酔い潰れた同僚をタクシーで家まで送り届けたディンは、結局飲み足りずにひとり近所のバーに寄った。
見過ごしてしまってもおかしくない、簡素で小さな看板のバーだった。居心地のいい店内はいつ訪れても閑散としており採算がとれているのか心配になるが、その日は珍しいことにカウンター席の隅に青年がひとり、ひっそりと座っていた。遠目から見てもずいぶんと酔っている様子だということがわかった。ひとがよさそうなマスターは気遣わしげな表情で時折ちらちらと青年に視線を送りはするものの、自ら声をかけようとはしない。親しい関係なのかもしれない。
青年からみっつ席を空けて座ったディンは、青年に自然と目が吸い寄せられることを不思議に思いながらも、そのふたりのやりとりを酒の肴にした。そうしているうちにマスターが少しの間席を外した隙を狙い、ディンは青年に声をかけたのだった。
――
泣いていたのか?
青年の潤んだ瞳が、店内の淡い照明を受けて控えめに光っていた。突然見ず知らずの人間に声をかけられたにもかかわらず、青年は「そう。ひとりで泣きたい気分だったから」と小さくうなずいて笑った。その素直な微笑みがうれしそうにディンの目に映ったのは、自分自身の願望だったのかもしれない。
あれから何年が経つだろう。
ルークの手の震えにグラスの中の氷がぶつかり合い、カラカラと音を立てた。閑散としたバーから、住み慣れた自宅へ。ディンの意識が過去から現在に戻る。
一瞬だけ目を細めたディンは、ソファーに座るルークの前まで大股で、ただし足音もしないほど静かに近づいた。ルークの手からほとんど空になったグラスを自然な動作で奪い、代わりにルークの隣でおとなしく座っていたテディベアを押しつける。ふた口ほど残ったグラスの中身に顔を寄せると、濃いアルコールの匂いが鼻を刺しディンは眉根を寄せた。
幸いにもグラスを取り上げられたことを気にしていない様子のルークは、渡されたテディベアをそっと抱きしめる。「ディン」と呼びかける声はいつも以上に柔らかい。キッチンでグラスを片付けていたディンが振り返ると、ルークの瞳が一瞬かすかに光って見えた。青白い光は、夜の海を連想させる。
「いま、僕と出会った日のことを思い出していただろ」
目を丸くして驚くディンを見て、ルークは満足そうに笑った。「僕がディンにナンパされて、お持ち帰りされた日だ」と。
ディンの天使は、時々なんの前触れもなく魔法使いになる。とびきり優秀で、魅力的な魔法使いに。
「ひとの心を読むのをやめてくれ」
「そんなこと僕ができると思う? あなたはわかりやすすぎるし、僕と出会った日が好きすぎる」
「
……
顔に出ていたか?」
「他のひとにはわからないんじゃない?」
少し考えたルークは、「オビ=ワンやアソーカなら気がつくかもしれない」とひとがいいマスターとディンの同僚の恋人の名前を挙げ、真面目な顔をした。ルークは普段からふたりのことを特別尊敬している。ふたりも特別ルークのことを可愛がっているようだった。ルークは本人が自覚する以上に年上の人間が好きだ、とディンはひそかに思っている。
「それに何度も言うがあれはナンパなんかじゃない。ルークの助けになれないかと思って声をかけたんだ」
「わかってるってば」
腕に抱いていたテディベアを隣に座らせると、ルークは「ねえ、いまも助けてくれる?」とディンに向かって両手を伸ばした。ベッドまで運んでくれ、の合図だ。昔はよく、グローグーにもこうしてねだられたものだった。
「ルークが望むなら」
そっと触れたルークの手はあたたかい。
仕方がないな、とも、酔っ払いめ、とも口には出さなかったが、ディンは今夜二度目のため息をもう隠さなかった。隠す必要がなかった。子どもの不在でさびしいのはディンもいっしょなのだ。
腕の中で恋人はくすくすと笑っている。魔法使いには最初からすべてお見通しだったに違いない。もしかしたら運命の日すらも。
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