2025-01-10 23:25:20
4610文字
Public WJ封神演義二次創作作品
 

【超仙人万来2025冬 サンプル】鬼灯の燈となりて

超仙人万来2025冬 の新刊サンプル文です。珍しく死人が出ていないようで、殺してないだけで死人はいます(?)
メインの登場人物は太公望と楊戩(サンプル文にはいないけど、サンプルの続きから登場)、キーキャラは蘇護と蘇家の人たち、あとはちょこっと出演で雷震子、武王、竜吉公主です。

 禁城の無血開城から二日が経った。

 相変わらず、城内は仙道人間問わず、皆忙しく働いている。城の主が死んだからと言って残存兵力が皆大人しく降伏するかと言えば、ことはそう簡単にはいかない。
 人間は、少なからず紂王を見放していたこともあって多くが協力的だったが、姿を消した妲己、そして彼女が連れていた妖怪仙人たちが城内に潜伏していないとは限らない。実際、朝歌が火の海になるのではと予想して、その混乱に乗っ取って悪事を働こうとしていた妖怪仙人たちを何匹か、この数日で既に封神していた。
 もちろん、雲霄三姉妹らの説得で降伏する者もいたが、やはり妲己の元で甘い汁を吸い続けていた者たちだ、そう簡単に人の血の味を忘れられないのだろう。そういうことで、太公望はもっぱら武王姫発の護衛という形で彼に付き添っていた。
「昨日保護した女官たちの処遇はどうなった」
「とりあえずは東伯侯・姜文煥が預かっておる。姜貴妃の元侍女たちもいるそうだ、少しは落ち着くであろう」
「郷里に帰りたい奴は帰してやりてぇな。少なくとももうここでは仕事はないわけだし」
「行く当てのないものは東で雇う、と姜文煥が言っておったぞ。まぁ、西岐ほど遠くはない故妥当ではあると思うが」
「だよなぁ。プリンちゃんがいればうちに欲しいんだけどさ」
 武王も緊張が続いた日々に少し余裕ができたのか、ニヤリと軽口を叩く。
 そういえば即位前はあれほど浮いた話ばかり聞いたというのに、桃源郷から戻って以来、武王のまわりにはそういった気配が欠片もなかった。もちろん、戦争中であるからという理由もあっただろうけれど、それでも仙界大戦前は珍しい女道士の尻を追いかけたり、こともあろうか農民に化けた妲己に心を奪われそうになったりしたこともあった。二度の東征――しかもその道中では彼の知るところ、知らないところで多くの忠臣や親族がその命を散らした――を経て老成しすぎたか、と少し心配していたのだが、そうでもなかったらしい。
「任せっきり、ってのもあれだしなぁ。それに、南宮适が言ってた噂も気になる。なぁ、気分転換に様子見に行ってもいいだろ?」
 雑務が多すぎて疲れた、と机に突っ伏す武王に、太公望は少しばかり思案して、それを了承する。太公望もまた、例の噂が少々気がかりだったのだ。

「武王殿、太公望殿!」
 東伯侯を継いだ姜文煥との会談を終え、執務室に戻ろうとするふたりを呼び止める者がいた。走り寄ってきたのは蘇護の息子、蘇全忠。牧野の戦いでは父親と共に勇壮に戦い、敵将の説得も多くこなした功労者の一人だ。
 姫発より少し若いその青年は息を切らせながら、お会いできて良かった、と顔をほころばせた。
「よかった……噂で、妖怪仙人を駆逐した後は仙道の皆様がここを離れるのでは、との噂を聞いたので、その前に御礼と、一つ相談事に乗っていただきたいと思っていたんです」
 あばたの浮かぶ頬を紅潮させながら、少しお時間をいただきたいのですが、と彼は言う。どういった案件かと聞いても、ここではちょっと、と廊下の向こうの気にするように視線を泳がせた。武王に目配せし、執務室の手前の面会室で話を聞こう、と首を縦に振ると、青年は安堵した笑顔を浮かべて恩に着ます、と返した。

「まずは戦時中のご配慮、本当にありがとうございました」
 深く頭を下げる全忠に、武王は何のことだと疑問符を浮かべる。思い当たる節はないんだが、と彼が言うと、全忠は妹のことで、と言葉を繋いだ。ああ、そのことか、と武王は合点する。
「いや、むしろきつかっただろ、真実を知ってるヤツにとっちゃ」
「それでも、ご配慮いただかなければ父は今頃どうなっていたか。我が冀州の汚名をそそぐにはどうあっても父が先陣に立つべきと、家臣総出で説得した苦労を最後まで繋いでくださった、そのことに僕たちはとても感謝しているんです」
 全忠の言葉に、太公望はほっと胸をなで下ろした。
 紂王の妃・妲己は狐の妖怪仙人である、というのは仙道や一部の人間の間では周知の事実だが、人間界における認識はそうではない。妲己はあくまで、冀州侯・蘇護の娘であった。彼女が王家に嫁がなければこのようにはならなかったと言われ、あるいは籠の鳥のように大事に育てられ、溺愛された世間知らずでなければあのように残虐な振る舞いはしなかっただろうと、父親の蘇護を責める声は今も絶えない。そして、蘇護自身も自らに向けて同じ言葉の刃を突き立て、心身を疲弊させていた。旧知の仲であった黄飛虎は生前、蘇護から「後宮に密かに侵入して娘を殺し、心中しようと思っている」などという物騒な相談を受けたと太公望に報告している。決して蘇護が悪いわけではないのだと知っていた黄飛虎は、しかし彼の性格を知っているからこそ「蘇護から真実をひた隠しにする」事を望み、秘密を打ち明けられた全忠、そして冀州の一握りの家臣団もそれに強く同意していたため、約束が果たせた事は非常に喜ばしいことであった。
「ですがここへ来て、父は何かを感づいたようです」
 蘇全忠の表情が曇る。
「開城して以来、冀州軍は禁城午門の守護を受け持っているのですが、一昨日、父が一時的に行方不明になりまして、慌てて探したところ、後宮の入り口となる分宮楼あたりで南宮适殿に保護されたとの連絡が入りました」
 まだ城内を完全に掌握した段階ではなかった。潜んでいる妖怪仙人がいるかもしれないというのに、槍の一本も持たずに守備外の場所を彷徨う蘇護の姿を見て、南宮适は不安に思い、声をかけたという。
 しかし蘇護は南宮适の存在すら気にかける様子も見せず、ただ声がする、泣いている、と言って、南宮适の手を振りほどいて奥へ奥へと進もうとした。何かしら術にかかっているのではないかと雷震子の師・雲中子が詰める医務室へ運び込んだがその気配もなし。呼ばれているのだ、と哀願する蘇護を、迎えに来た蘇全忠らがどうにか陣内へ連れ戻し、今は鄭倫ら主立った家臣が交代で見張りをしている有様だという。
「誰かが漏らした、ということではないようです。牧野の戦い以降、皆はずっと父のまわりにおりましたし、戦いの最中も共にいたのは事情をよく知る黄一族や鄧九公殿の軍。そもそも、妹が妖怪仙人に体を奪われたのだと知っている者が、軍の中にどれほどいるか」
 当初、愛娘の豹変ぶりを信じられずにいた蘇護は、絶えることのない怨嗟を受け続け、ようやく「可愛かった娘に天罰を下す」と立ち上がって周に帰順した。しかし、蘇護の中には今も、目に入れても痛くないと豪語していた頃の娘の姿がある。そこへ、「貴方の娘は本当は妖怪に乗っ取られたのですよ」などと告げればどうなったか。どうにか妲己の体を取り戻し、娘に返してやれないかと躍起になるのは当然のこと、あるいは自ら妖怪と直接対決しようとして、そのテンプテーションに籠絡されてしまう可能性もあった。
 そもそも、王家のような警護の厳しいところに妖怪が入り込むなど、世間的には信じがたい話だ。たとえ蘇護がそれを信じたとしても、民がそんな荒唐無稽を信じることはなく、人心は冀州侯を離れ、やがては殷の没落と共に蘇家が消え失せる可能性もあった。だからこの情報は信頼できる者たちの中で止め、終生秘密にしておくようにと武王自らが命じた、そのはずだったのだが。
「冀州侯は、何の声が聞こえると言っておった?」
「妹の、妲己の声が聞こえると。すすり泣く声が聞こえると言うんです。一応、僕らでも周囲を探してみたのですが、何もありませんでした」
 東伯侯のところで聞いた話と一致するな、と武王が漏らす。
 え、と全忠が顔を上げると、聞いていなかったか、と武王は太公望に目配せして、事の次第をかいつまんで話した。
「いつもじゃないんだが、時折若い娘のすすり泣く声が後宮で聞こえる、と噂が立っていたらしい。と言っても、妲己が後宮入りして以来、女官や付き人が行方不明になるのはザラにあったことらしくてな。人知れず殺された女官たちや、妲己のご機嫌を損ねて処刑された人の幽霊の声だろうって、東伯侯が保護した女官たちは言っていた」
 ただ、禁城が開城して以来、聞こえる回数が増えた、という点だけは太公望も少し気にしていた。
 幽霊という存在はいないわけではない。通常、人間は死んでもしばらくは、精神の気を司る魂と肉体の気を司る魄、合わせて魂魄と呼ばれる状態でしばらく地上にとどまる。そして肉体が埋葬されることで魂魄は自らの死を自覚し、大地や風に流れる気の龍脈に乗って土や空に帰る、とされている。
 だが、正しく埋葬されなかった者、突然殺された者などは死を自覚できず、肉体がなくなってもその場に留まり続けてしまうものがいる。ただ存在するだけならいいが、中には生者を恨み、あるいは自分と同じ立場に堕としてやろうと呪いを吐く者もいる。
 急ぎ高位の仙人にそういった残留する魂魄を浄化する術を組んでもらい、場を清浄化する必要があると決めたのはつい先ほどのことだ。その残留する魂魄の中に、哀れな蘇護の娘の魂があるというのだろうか。
……以前も、お聞きしたかと思うのですが」
 蘇全忠が躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「妹は、もう、生き返ることはできない、のですよね」
「残念ながら、のう。そもそも、借体形成の術は魂魄の魄を喰らって不安定化した魂を追い出し、体を乗っ取る術。本来ならば魄を喰われた時点で魂は肉体を離れ人は死ぬが、おぬしの妹の場合、おそらく妲己の魄と肉体の相性がすこぶる良かったのが狙われたのであろう、肉体が入れ替わりに気付かず、千年狐狸精の魂魄を自らの魂魄と認識してしまった。一度肉体と結びついた魂魄は、余程のことがない限り離れることはない。それこそおぬしの妹自身が借体形成の術を使って奪い返すようなことでもない限り、のう」
 もっとも、それすら理論的には不可能であった。蘇護の娘は魄を喰われてしまっている。借体形成の術は当然、奪い返される危険性を排除せねばならないので、乗っ取られる側の魄の消滅は必要最低条件であった。つまりは、助けられるのなら助けたい、けれどどうしても、どうあがいても、彼女を助けだすことはできないのであった。
 そして、魂魄というのは通常魂と魄が揃っているものである。人は死後、肉体を失っても魄が肉体の感覚を覚えているので、それにより龍脈を見て、触れて、聞いて、土や空に帰ることができる。だが、魄を喰われた蘇護の娘は龍脈を感じ取ることができない。もしかしたら、自身が死んだことも自覚できていないかもしれない。そうして自分の行き場がわからないまま、ただただそこに残され続ける。それがどれだけ残酷なことかは、考えるだけでも恐ろしく、昏く、悲しいことだった。
「もしどうにかしてやれることがあるとすれば、東伯侯に提案した、浄化で魂をあるべき流れに乗せてやる、って方法しかねぇか」
「うむ。そういった事情の者がいる、と伝えておいた方が良いであろう。通常のやり方ではうまく行かぬ可能性がある。蘇全忠よ、知らせてくれて助かった」
「いえ、……その、浄化、の前に、妹を父に会わせてあげることは、できませんか」
 相談事はそれなのだと、まっすぐに向けられた視線が物語っていた。



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管理:鮎
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