ゆうな
2025-01-11 01:11:00
3487文字
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【特別な一人】

轟くんお誕生日おめでとうございます!
爆豪くんはみんな(A組)を特別にしていそうな轟の“唯一の特別”になりたかったのかもしれない/プロヒ爆轟
#爆轟版深夜の真剣60分一本勝負
#爆轟版誕生祭2025

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 時が止まったような気さえした。夜と朝の狭間。ピンクの空が白んでいって、明けてきた朝日が地平線から顔を出し全身を包んでいく。吐き出した二人分の白い吐息が凍ってしまいそうなほど冷え込んだ、一年の始まりの月だった。
 未だ燃えるような熱さを携えたままの左側と、この空気よりも冷えた右側の、ちょうど真ん中に胸をぶつけてきた男の言葉がまるで幻聴のようだった。目の前の首筋に伝う汗が少しずつ照らされていく様子だとか、肩ベルトにそんなに額を押し付けると跡が付くぞ、とか、そういうどうでもいいことしかもう考えられない。だってお前の特別はいつだってアイツで、アイツ以外の誰でも無いと俺はずっとそう思っていたのだから。
 
 頬に張り付く髪の毛から次々と水滴が落ちていく。俺はただ背中を見ていた。「出久」初めて聞いた呼び名。「今までごめん」初めて聞いた声色。崩れる体を受け止めたのは委員長でも俺でも無い、たった一人の幼馴染だった。飛び出して行ったアイツを最終的に戻したのはお前の言葉で、そこには他の者は踏み込めない、二人にだけの絶対的なものが確かにあった。
 大戦でほとんど瀕死の中、最後に言葉を投げたのもお前だ。視線すら交わらなかったけれどそれでも命の輝きのような閃光が見えた時、俺は俺のやるべき事をしなくてはと思った。途切れそうな意識の中生成した氷のジャンプ台で飛んで行く背中も爆破音も全部覚えている。この歳になってもそうだ、共同出資だってアーマーのアイディアだって、緑谷をヒーローに連れ戻したのは爆豪の想いが一番だった。この男が特別をあちこちに作るタイプで無い事はきっと誰もが知っている。だから爆豪の特別は緑谷で、それ以外は居ないのだとそう思っていたのに。なのに。
 この温もりはなんだ。落ちていたはずの腕が背中に回る。あたたかい陽だまりみたいに包み込んでくる爆豪の体が、腕が、優しく強く俺の体を抱き締める。
「なに言って、」
「聞こえなかったんか」
 聞こえなかったわけでは無くて。そう告げるより早く俺だけに届くよう耳の中にさっきと全く同じ言葉を吹き込まれる。遠くで鳴るサイレンの音も指示を出すプロヒーローの声も全く耳に入らない。爆豪の声しか聞こえない。改めて告げられた想いは全然、全然聞き間違いでもなんでもなかった。砂埃が舞う中に混ざる焼け焦げた匂い。絶対今言うべき事じゃ無いって事くらい俺にでもわかる。それでも泥で汚れた擦り傷だらけの腕は勝手に目の前の体を抱き締め返していた。
「俺なのか、なんで。お前の特別はずっと、ずっと、」
「特別ゥ?」
 爆豪がちょっと呆れたような、まるで子どもみたいな声を出して、それから咳払いをする。
「特別なんてのは相手を自分のモンにしてえっつーことだろ。出久に対するそれは違ェ」
 なァ、今度はちゃんと聞いとけよ。そんなこと言われてもさっきだってちゃんと聞いていた。自分の耳を疑っていただけで。するとその思考の隙間に入り込んでくるみたいにぐっと腰を引き寄せられて、うぁ、と変な声が出る。ちゃんと聞けと言ったのはお前なのに、そういうことをされると意識がそっちに向いてしまって何にも考えられなくなるから勘弁し 、
「俺がそんなクソみてぇな感情抱えてんのはたった一人、おまえだけだ。轟」
 スン、と耳の下で匂いを嗅がれてボボッと炎だか氷だかが出そうになる。また聞き間違えたかもしれない。けど、もうそれどころではなくって。
「ま、やめろ、ばかっ」
 爆豪の特別がとか聞き取れたけど今はその後の衝撃が強すぎる。信じられない、こんな汗と埃塗れの体を。声を上げるとすぐ隣にある頬同士がむにっと触れ合って、その熱さにドキリとした。「テメェにも恥じらいとかあったんか」正面にしゃんと向き合った男の金色が揺れる。あるだろ、それくらい。と思ったけど、透ける睫毛から見えた瞳がついさっきまで夜空をも焦がしていた灼熱の炎のようで、思い出してはゴクリと喉が鳴った。
 視界のほとんどを占めていく男のあまりに真剣な表情を前にしてもう一度心臓がドクンと大きく音を上げる。じゃり、と両脚の隙間にブーツが入り込んできて、その近さに少しだけ身を引いた。でもすぐにゴツ、とラジエーターが壁に当たって、だだっ広い戦場の一角に追い詰められてしまった事を知る。支柱くらいしか残っていない廃墟だったはずが、なぜこんなところに壁が。そんなことなどお構い無しに爆豪はスピードを落とすことなくじわじわと距離を詰めてくる。鮮烈な原色みたいな赤が、ついに視界から溢れた。そのまま冷たい鼻先が触れ合い、少し傾けた首筋からは甘いニトロの匂い。うわ、と思っている間に、あ、くち、触れる。その、すんでのところで爆豪は動きをピタリと止めた。いやもう、すんでというか。乾いた皮膚はすでに唇を掠めている。こんなのほとんどキスしているようなものだ。
「すんぞ」
「え」
「嫌なら殴るか避けろ」
 ボソリと喋りながら舞う白い煙が少しだけ開いた俺の口の中にまで入ってきて、剥けた薄皮までもが擦れ合う。や、もう、触れてるけど。と思うけど、きっと爆豪もわかっていてそんな事を言ってのけるのだ。鼓動がスピードを上げていく。こちらには殴る選択肢も避ける選択肢も一ミリだって存在していなかった。だって俺はもうずっと、爆豪のことが――
 べっとりと乾いた血の付いた唇同士がようやくしっかりと触れ合って、赤い瞳に青が映る。その混ざり合う二色を見てしまったら、もうダメだった。目の縁がどんどん熱くなっていってすぐに視界が滲み始める。ぱち、と一瞬合わさった上下の睫毛をキッカケにぼたぼたととめどなく涙が落ちていく。爆豪の瞳の表面が水面に石を落とした時みたいに揺らいだ。急に唇から遠ざかる温もりに、内心なんでと思ったけど目の前の男が初めて見せる表情をするから、それがなんだかちょっとだけおかしかった。
「嫌なら殴るか避けるかしろっつったろーが!」
「ち、がっ、そうじゃねェ! 勝手にこぼれてくんだ!」
 反論はしたものの流石に居た堪れなくなりどうにか止めようと手を持ち上げる。しかしそれは同じ温度に阻まれて、代わりに皮膚の固い親指で目元を何度も拭われた。わざわざグローブを外さなくたっていいのに。落涙する度に一粒一粒触れてくる優しい指先はその前から汗でほんのり湿っていて、余計に鼻の奥がツンとした。
……嫌じゃねーなら、いい」
 視線を逸らす黄金色の下睫毛の端に透明な水の玉が乗っているのに気付いて、胸がきゅうっとなる。思わず桃色で染め上げられた頬に手を伸ばす。簡単には引かない熱を包み込んで、睫毛から親指に転がせばじわ、と一瞬で指先に染み込んで、水滴は消えてしまった。二人して互いの顔に触れ合って、側から見れば何やってんだと思われるだろうに、俺の手は吸い付いたみたいにそこから離れようとしなかった。爆豪も同じだと思うと一層心臓の音が速くなった気がする。
「嬉しい、爆豪」
……で、てめェの特別? とやらはどうなんだよ」
 口を尖らせる爆豪の言葉でじわじわと耳まで熱くなっていく。思い出してしまった。爆豪に、俺の事を自分のモノにしたいという感情があると伝えられた事を。もう唇まで受け入れているというのに、と真似するみたく口を尖らせる。しかし忘れてたろ、という表情でじとりと見上げられて、慌てて俺の頬に置かれた指先をぎゅっと握った。
「爆豪と一緒だ! 俺にとっての特別は爆豪のことだ!」
「ハッ、声でけェんだよ。ちゃんとわかってんならいいんだわ、おまえはポヤポヤしてっから」
 ただ穏やかに笑う爆豪を独り占めしたいと、この時俺は初めて思ったのだ。そうか、これが特別ってことか。先の夜戦での眼光が嘘のように凪いだ表情に、ひたすら目を奪われていた。
「まさか緊急要請で夜通し一緒になるとはな。たまたまだったけど、良かった。おまえ今日誕生日だろ」
………………あ」
「それも忘れとったんか……
 爆豪がいつものしょうがねえなという顔をして、少しだけ眉を下げる。十年前よりずっと柔らかくなったその表情が大好きだった。きっとこの先も二人だけが知っている表情を更新し続けるのだと思うと期待で胸がいっぱいになる。もう誕生日ケーキなんて要らないくらいに。
 それなのに爆豪が続けて「ケーキくらいなら買ってやる」とか言うものだから前言撤回、それは美味しく頂かなくてはと笑い合い、報告済ませんぞ、と一歩前に出た背中と今度こそ肩を並べて歩き出すのだった。