ゆきち
2025-01-09 00:53:04
4224文字
Public バデオク
 

秘密の本みつけた

バデオクのお話が書きたくて練習のつもりです。解像度も低いし当時の文化に対する知識も浅い私ですが、よろしくお願いします。

 いま、納屋にはバデーニしかいない。
 オクジーを追い出したのは自分であるから当然なのだが、オクジーが私物を置くことだけは許していた。
 それは引き出しや床下の隠し戸の中に少しばかりの物を置いておくことを指している。
 隠し戸は大部分をバデーニが使っており、端の方に寄せて置かれた布袋がオクジーのものであった。
「ここもいつ見つかるかわからない。近いうちに場所を移しておかなければ」
 綴じてある羊皮紙の束を指先で揃えながら、視線はオクジーの布袋に注がれる。
「いったい何が入っているんだ」
 バデーニは躊躇なく手に取ると、丁寧に折りたたまれた袋の口をさっと開いた。
……本?」
 真ん中あたりをめくるとオクジーのくせのある字体で文字がびっしりと書き込まれていた。
 前に戻って冒頭のページを見る。文章を目で追っていたバデーニの目が大きく見開かれた。
 直後、「は?」という澄んだ低い声が納屋に響く。
 オクジー君のくせに紙を無駄にするなと思いながら、バデーニは美しい指先でページをめくり始めた。







 その夜、オクジーは小さな部屋で机に向かっていた。
 窓からは冷たい風が吹き込んでくるが、彼の心はもっと冷たいもので満たされている。
 その冷たいものとは、彼の心に存在するある秘密のことであった。
 修道士バデーニに対する密かな恋心である。
 バデーニは町の修道院で暮らす若い修道士で、その清廉な顔立ちと深い信仰心は誰もが一目置く存在だった。
 オクジーは毎週そのミサに参加し、バデーニの説教を聞くことが生き甲斐だった。しかし、彼らは全く違う世界に生きていた。
 バデーニは神に仕える者で、恋愛も性愛も禁じられている。
 そして、何より二人は共に男性だ。
 さらに言えば、オクジーは下級市民である。そうであるから、オクジーはバデーニに自分の気持ちを伝えることなど無理であった。
 その夜も、オクジーは灯りを低くしてペンを手に取った。心の中で生まれた物語を紡ぐためだ。物語の中では、バデーニが彼を愛し、触れることが許される世界が広がっていた。
 オクジーはバデーニの優しい笑顔を思い浮かべながら静かな部屋で息を殺す。
 大切な場面を書くときは意図しなくても呼吸が浅くなった。



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 ある時、オクジーはバデーニと教会の庭を歩いていた。
バデーニの手は驚くほど温かく、その指先がオクジーの手を優しく包む。
『オクジー、君の魂はとても美しい』とバデーニは言った。
その言葉にオクジーは涙が溢れそうになってしまう。
『バデーニ、私は……』オクジーは自分の気持ちを打ち明けようとしたが、
バデーニがそれを遮った。
『私は君の心を知っている。だが、我々には許されない道がある』
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その言葉はオクジーに現実の重さを思い出させる。
早く続きを書かなければ。これは逃避だと彼にはわかっていた。
夜の帳がおりた夕闇の中、ろうそくを灯して毎夜ペンを握る。



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 バデーニはオクジーを抱きしめ、優しくキスをした。
 オクジーはその温もり、香り、すべてを記憶しようと次第に荒くなっていく口づけに身を委ねる。
 彼の心はいつだって、バデーニの愛に包まれたいと願っていた。
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 ――いよいよこの先を書いてしまおうか。胸が高鳴る。だが進められない。罰がくだる気がして。
 心がまたしても現実に戻っていく。オクジーはペンを握る手に力を込めた。
 物語では、バデーニが彼のために祈り、共に歌い、共に笑う。それは現実では決して叶わないことだが、ここでは許されていた。
 あまりの現実との乖離にめまいがしそうだ。

『バデーニ、あなたの手が私を癒す』オクジーは紙の上にそう書いた。
 想像の中であれば、二人は神の目から隠れてただ愛を分かち合うことができた。
 バデーニの手が彼の頬を撫でるその感覚をオクジーは何度も何度も書き記す。
 幾夜を過ぎても、その先は書くことができないし、実のところ何をするかもわかっていないオクジーだった。

 物語は二人が教会の鐘楼に登り、星空を眺めながら互いの存在を感じる場面で終わる。
『この瞬間だけは、私たちは自由だ』
 バデーニがささやくシーンでオクジーの心は満たされた。

 物語が終わると、オクジーは再び現実に引き戻された。
 オクジーは自らが記した小説を読み返し、自分の想像力に感謝する。
 それは彼がバデーニに抱く想いを唯一表現できる場所だったからだ。


……ふう」
 オクジーはペンを置いて深呼吸した。
 心の中の嵐は収まらないが、彼はこの物語を通じてバデーニへの想いを燃やし続けることができる。
 それは、彼にとって唯一の救いだった。









 バデーニは静かに本を閉じると入っていた袋に入れ、袋を隠し戸の隅に戻した。
 隠し戸の扉を閉めて板を被せ、立ち上がる。そしてすぐさまオクジーを納屋に呼びつけた。
 呼びつけたと言っても誰かを呼びにやることなどできないのでバデーニが探し出して連れてきたのだが。

「オクジー君」
「ど、どうかしましたか……?」
 連れてこられたオクジーは焦っていた。
 バデーニが自分を探しにくるなんてただ事ではない気がして。
 しかし床の隠し戸の上にバデーニが立ったのでなんとなく事態を察した。
「あ、あれですかね……?」
 いつもそうするように手を頭の後ろにやり「へへ」というような態度を取っていると、「オクジー君、わかっているなら君が出したまえ」と言われた。
 半歩下がったバデーニを視線の端で捉えつつ、蓋の役割を果たしている板を外して扉を開ける。
 布袋を取り出し、中の本をバデーニへ手渡した。
「これはなんだ」
 先生が生徒を叱るような感じで受け取った本を顔の横に掲げるバデーニに向かって、オクジーは「俺が書いた本です」と悪びれる様子もなく発言した。
「それはわかっている。私が言っているのは内容のことだ」
「あ、読みました?」
「ああ、悪いが読ませてもらった」
 悪いなどと微塵も思っていないので、これはただの嫌味である。
「つまんないですよね」
「そうだな、実につまらなかった」
 バデーニそう言われてオクジーが初めてしゅんとしてみせた。本が見つかったことではなく批評で気落ちするとはどういうことか。
「なんでこんなモノを書いたんだ」
 動機を聞かせてくれと尋ねると、オクジーは「ええと」と多少まごついてボソボソ語り始めた。
「俺が書いてる本、燃やすって言ってましたよね?」
「あ? ああ、言ったな。この本のことではないが」
 バデーニが燃やすと言ったのはいま手にしている本とは別のものだ。それはオクジーにだってわかっているはずである。
「燃やされる練習をしておこうと思って」
「は?」
「どうせ燃やされるなら、背徳っぽい内容のほうがいいかなって」
「背徳? 君は背徳の意味を理解しているのか」
……意味。ええと、なんというか。後ろめたいって感じすかね」
「道徳に反するという意味だ」
「あ、そうですね、それです」
 ヘラっとした態度を崩さないオクジーを諦め、バデーニは発言を続ける。
「背徳感がどうとか、実はどうでもいい」
……はあ」
「内容が気に入らない。単純に」
「そうですか……そうですね」
 当たり前だろう、書く前に気づきたまえ、という言葉が投げられ、オクジーはもっともだと思った。
……それじゃあ、燃やしてください」
「いいや、燃やさない。書き直せ」
……え?」
 私が気に入らない部分を直せ。燃やすのはそのあとだ。
 そう続けられ、オクジーは猫背のまま項垂れていた頭を上げる。
「この中で君は私のことを呼び捨てにしている。敬称をつけるのが正しい」
「あ……はいっ、直します」
「それから私が君からの告白を遮る場面。オクジー君にちゃんと告白させろ」
「え……いいんですか」
「君からの告白は受けないくせにその後口づけを交わしている。不実だ」
……不実」
「言葉と行動が伴っていない。不実だろう?」
……そうですね」
 どうしてかオクジーの胸は高鳴っていた。
 文字の練習のため。燃やされる予行練習のため。そう思って書いてみた話をバデーニが読み、修正しろと言っている。
「それから、この架空の話は君が書いているわけだが、話の中でまたしてもオクジー君が架空の話を書いているという設定が非常にややこしい」
 確かにその通りだとオクジーは思った。
 実は書いていてややこしいかもしれない……と薄々感じていたのである。バデーニの指摘は必然と言えた。

――最後に」
……はい」
「口づけの先が書かれていない。何をするかも実はわかってないと書いてある」
 バデーニはこの話を何度読んだのだろう。長い話ではないにしろ、よく覚えているなあとオクジーは感心する。
「オクジー君、聞いているのか? どうなんだ?」
「あッ、はい、そうですね。架空の話ですが、そこは、事実です」
「では、わかれば書けるということだ」
「え……?」
「口づけの先を体験すれば、書ける。そうだな?」
「た、たいけん」
 気づくとバデーニが目の前に迫っていた。
 いつもは距離を取るように言われているので反射的に後ずさろうとしたオクジーだが、腕を取られ離れることは果たせなかった。
「口づけの先って……
 ごくりという音と共にオクジーの喉仏が震える。
「バデーニ、さん」
「目を閉じたまえ」
 バデーニの肩越し、小さな窓の向こうに見える星空が今日も綺麗だった。