g_g_i_i_e_e
2025-01-08 00:45:22
2993文字
Public
 

あなたのすあな

#ししさめのさめ誕生祭2025 先生ハピバの後夜(まだできてないししさめ)


 喉の渇きに襲われて、村雨は目を覚ました。視界は暗闇の中にあって、身体にはふんわりとあたたかい羽毛の上掛けがかけられているようだった。
 口の中はクリームと砂糖とワインの味がまだ残っていて、身体はぐったりと疲れていた。着ている服は襟元や袖をくつろげられて、スラックスからはベルトが抜き去られていた。
 村雨は上掛けの中に埋まるように身体を丸めながら、もぞもぞと足をすり合わせた。まとわりついていた靴下が脱げて、裸の感触にコットンやシルクの感触が触れる。
 酔いと睡眠慣性のせいでぼんやりとしてはいたが、ここがどこなのかは把握していた。スラックスの前をくつろげ、シャツのボタンを外して脱皮のように服から抜け出ながら、ごそごそと枕のほうへとずり上がる。枕のすぐ脇には常温のペットボトルが寝かされていて、そして、視線を上げた先のヘッドボードには、見慣れた丸眼鏡の横、充電器にセットされたスマートフォンが午前の二時過ぎを示していた。
 ――寝過ぎた。
 れいじくん、村雨、村雨さん、と口々に呼ばれて、ぼくたち帰るね、おたんじょうびおめでとう、と駄目押しのように祝われた記憶はある。そのとき村雨はすでに半分眠っていたが、なんとか「ありがとう」という言葉を言うことはできていたはずだ。
 しかしその後の記憶がない。
 記憶がなくても推測はできる。寝入った村雨を抱き上げてここまで連れてきたのは、部屋の――そして家全体の主である獅子神に違いない。村雨の身体からはほんのわずかな残り香がただよっており、それは獅子神の、あの大きな力強い身体の介在を指し示していた。
 村雨はのろのろと身体を起こし、ペットボトルを取り上げて水を飲んだ。少し生き返った心地がして、大きく溜息をつく。
 スマートフォンのメッセージアプリは12件の新着を示していて、そのうち4件が獅子神からのものであった。
『明日オレは5時に起きるつもり』
『出勤前にいったんおまえんち帰る?』
『着替えはまだあるから、しようと思えば直行できる』
『朝飯と弁当は作っておく』
 受信日時は日付が変わる前で、どうやら村雨をここに運んでから、目が覚めた時に見るだろうとまとめて送ったものらしい。
 村雨は辺りを――フットライトが一つついただけの暗がりを、のろのろと見渡した。セントラルヒーティングの室内は十分にあたためられてはいるが、下着一つの身体がベッドからすべり出ると、さすがに冷えを覚える。村雨は口をへの字に曲げて、振り返ったベッドを――広大なダブルのそれを、じっとりと見下ろした。
 靄のような不満が、よくない酔いのようにもやもやと胸にたまっている。
 ここは客室の一つだ。奴隷の生活圏とは隔離された、獅子神宅内でももっともプライベートなエリアの中にある、少々特別な客室である。
 そして村雨はここを何度か利用していた。
 あたたかい室内、やわらかな寝具、清潔な空気、すべては客を――村雨を迎えるために獅子神が手を尽くしたものである。しかし、それでも村雨は不満であった。
 ――欲しいものはこれではない。
 ここには――このベッドの中には本来、もっと別のものがあるべきなのだ。それはあたたかくてふかふかでいい匂いがして、ぎゅっとしたらぎゅっとしてもらえて包み込まれて安心できる、何かそういう――とにかくそういうもののはずである。
 そしてそれは村雨に与えられるべきで、与えられなければおかしいものだ。
 適当に服をかき集めると、勝手知ったる室内をふかふかと裸足で横切り、客用バスルームへと続く扉を開く。床材が変わったことで、足裏が急にひんやりとして――視線をやった洗面台の向こう、鏡には疲れた顔の男が映っていた。
 ……と、表情も読めぬ凡人ならば思ったことだろう。
 ――ものほしげな顔をしている。
 村雨は口の端をひん曲げて、鏡の向こうの自分を睨みつけ、その勢いのままにごしごしと、自分用の赤い歯ブラシで歯を磨いた。脱衣所の籠に脱いだ下着と服を突っ込み、バスルームの扉を開ける。電気代も考えずに――人のことは言えないが――温度設定がされたままになっており、むわっとしたあたたかさが身体を包み込んだ。
 求めているあたたかさはこれに似ている。
 習慣になった手早さでざくざくと全身を洗い、40度に保たれた湯船に浸かって、「あー」と力の抜けた声を出してみる。そうすると心も決まって、うむ、と村雨は一人頷いた。
 彼一人のために整えられた湯を堪能し、上がるとバスタオルで身体を拭き、脱衣所に戻ってきて少し考えてから――さすがに品がなかろうと、用意された寝間着一式をきちんと着込む。
 そうして寝室へと入り、スマートフォンを手に取って、眼鏡を掛け――そのままの格好で廊下に出て、ぺたぺたと向かいの扉へと歩く。
 礼儀としてノックをしてから、がちゃ、とノブを回して中に入った。
「ししがみ」
 よく眠っているのだろう、視線の先の寝台上、丸くなった背中の向こうからは、アルコール臭の残る寝息が続いている。
「ししがみ」
 村雨はベッドに乗り上げて、ゆさゆさとその背中を揺さぶった。
「なに……どしたのおまえ」
「ここで寝たい」
「んぁ……? なに……
 村雨は上掛けをめくり上げて、大きな背中にくっつくように、ぴったりと添って横になった。
「私もここで寝る」
「ううん……おまえ……あしたどうすんの……
「ここから直行する」
「んん……あたまおまえ……
 何も警戒していないらしく、まだ半分以上寝入ったままの獅子神は、手探りにばたばたと村雨の身体をまさぐって、拭き取ったばかりの洗い髪をくしゃくしゃ撫でる。
「しょうがねえな……もう……
 獅子神はごそごそと身じろぎ、着ていたTシャツを脱ぐと、「ほら」と村雨の髪にそれを押しつけた。
 すぅう、と鼻で大きく息をしながら、村雨はそのTシャツで髪を拭く。すると獅子神はけだるげに寝返りを打って、ふにゃふにゃと何か文句らしきことを言った。
「ンだよ……ほら……
 こちらを向いた見事な半裸、力強く太い腕が村雨の身体を抱き寄せて、頭に乗せたTシャツごと、ぐっと抱き込むようにする。
 すると村雨の身体は、ぴったりと獅子神の中におさまった。
 ――ほら見ろ。
 高笑いしたい気分で村雨は、獅子神の胸板に鼻面を押しつける。
 獅子神は――もちろん酔いの影響もあろうが――何の不自由も、何の不快さも感じていない。むしろ、村雨が腕の中にいることで、たいへんリラックスしているようだった。
 ――私は正しい。
「いい一日だった」
 今もいい一日だ。そう思いながら村雨は、満足げにそう言った。そうか、と獅子神は闇の中でふにゃふにゃ笑う。
「なら……おれも」
「そうか」
「もう……ねな」
「ああ。おやすみ、ししがみ」
「ん……
 獅子神は眠りの中へと再び引き込まれていく。それを感じながら、村雨もまた目を閉じた。
 ――きっとこの形には、もっといい方法がある。
 そして、それはおそらく獅子神ももう、心のどこかで気づいていることだ。この男が五体満足で健やかに生きているうちに、その方法を実践してしまうとしよう――そう思いながら、村雨は戦場のような明日に備えて、良質な睡眠へと身を委ねることにした。