出会い その2




ジグラット、マンドラに懐かれるの巻
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ザッザッザッ……
うららかな日差しの東部森林、街道を歩くたびに鳴る足音。それ自体はそれほど珍しいものでも無い。しかし――
トタトタトタトタトタ……
少し間をあけてそれを追いかける小さな音が続く。足音とはまた違う、細長い何かを打ち付けるようなその不思議な音に立ち止まり、大きなため息をついた。
ちらりと振り返ると案の定、野菜のような姿をした小さな生き物がついてきている。俺の視線に気付くと、ぴゃっと飛び上がりサササッと急いで草の影に隠れた。
――やれやれ、あれで隠れているつもりなのかね。
ため息を一つ付いて、水球魔法アクアオーラを放つ。
一応おどかしのつもりだったが、白くて大きな頭をプルプルと振るだけで特にこたえてはいないようだ。
――まったく一体どうしてこうなるんだよ。
その様子に再び大きなため息をついてやらかした事を後悔した。

発端ほったんは久々に冒険者ギルドへ訪れた時だ。
丁度居合わせた園芸ギルドの長であるフフチャから、ハニーヤードの草刈りの依頼を受けた。あの辺りはフルフラワー養蜂場ようほうじょうがあることと、森の入口という事で定期的に草刈りをして街道まわりを整備しているんだとか。
園芸ギルドから借りた伐採ばっさい用の大鎌おおがまを振っていたら、慣れない作業のせいか足腰にだいぶキた。まったく、畑違いの仕事なんて勘弁して欲しい。
とはいえ、昔馴染むかしなじみみでもあるフフチャからの頼みは断れねえんだよなあ……
そんなことを思いながらぽかぽかと暖かな日差しに目を細めていると、ピィーーッと角をつんざくような音が響いた。
「うるせぇっ!」
思わず叫んで角を押さえる。
一体何なんだよっ!
悪態あくたいをつきつつ顔を上げれば、まだ幼生ようせいらしき小さなマンドラゴラが大きなワイルドホグレットに追いかけられていた。
懸命けんめいに逃げてはいるものの、あからさまに大きさの違う相手に逃げ切れるはずもなく、さらにの悪いことにバランスを崩してすっころんだ。そんなチャンスを見逃すはずもない獣は距離を詰め、小さな生き物を丸呑まるのみしようと大きく口を開ける。
「嘘だろ……?」
アイツ、あれ食うのかよ……
思わぬ食物連鎖を目の当たりにし、呆然ぼうぜんとする。
まあ、ワイルドホグレットやワイルドボアは見た目に反して草食よりの雑食だからなあ。アレも食べるっちゃ食べるのか。
けど、そんなことよりも。
「あー……、やっぱダメだ。」
自然のおきてに反する事だから手出しはしちゃいけねえ。それは分かっている。分かってんだが。
「目の前で食われるのを、黙って見ちゃいられねえんだよっとぉ!」
手にした大鎌を向け、風魔法エアロを放つ。魔法でおこした風が数多すうたの真空波となってワイルドホグレットの皮膚を切り裂いた。突然の烈風に驚き、ピギィッと鳴きながら逃げていく哀れな手負いの獣を目で追う。茨の森の奥へと消えていったのを確認し、つえ代わりの大鎌を下ろした。
……やっちまった。
大きくため息をついて顔を手でおおう。
威力はできる限りおさえたから、皮膚の表面を少し傷つけただけで命に関わるこたぁねえだろう。傷も二、三日すりゃ治る……筈だ。ただ、腹をかせてこの草むらに迷い込んだだけのワイルドホグレットを、俺の勝手な感情と判断で餌場から追いやっちまった罪悪感はやっぱり消えねえ。
弱肉強食、食物連鎖。分かっちゃいるが、こういう時すっぱりとあきらめて無視出来ねえのは俺の悪い癖だ。そういう所はアイツの方が徹底てっていしてんだよな。育った環境のせいもあるんだろうが。
まあやっちまったもんは仕方がねえ。大きくため息をついて首を横に振る。
――と、短くなった草むらの影からこちらをじっと見ている視線に気が付いた。目を向けるとぴゃっと飛び上がり、もそもそとなかば土に埋もれるように縮こまる。
その様子にふっと目を細め、嘆息たんそくする。なんにせよ、元気なようでなによりだ。
土に埋まった生き物に近付いて回復魔法ケアルをかけた。必要ないとは思うが、まあ一応、な。白い光が消えた事を確認して立ち上がる。
「やれやれ、帰るとすっかね。」
本日酷使こくしした腰が上げる悲鳴に目をつぶり、心做こころなしかつやの増した緑の小さな双葉に声をかけた。
「じゃあな。」
そうして鎌をかついで帰路きろに着いた……というわけなのだが。

「まったく、いつまでついて来んだかな。」
あきれながらも花蜜桟橋から船に乗り、振り返る。後ろから着いてきた例の生き物は案の定、船着場の随分手前で立ち止まっていた。なんだか寂しそうなその様子が胸に痛いが、ここは我慢だ。前に向き直り、目をつぶって心に言い聞かせる。
マンドラゴラは森に住む生き物だ。森と密接な関係あるモノを連れて帰るなんてもってのほかで、いっくら向こうがこちらに付きまとっていたとしても、精霊や妖精のたぐいとヒトは相容あいいれない。だから俺判断も間違っちゃいねえんだ。例え罪悪感を感じたとしても。
水の上を滑る船の上で独りうなずいていると、グリダニアの東桟橋に到着した。園芸ギルドに寄って鎌を返すと、ミューヌへの報告はフフチャの方からしてくれるとのこと。お言葉に甘え再び東桟橋から船に乗り、今度はラベンダーベッドへ。船から下り、桟橋で伸びをしてからゆっくりと家路いえじ辿たどる。
「たでぇまー……。」
疲れた声を出しながら門をくぐれば、如雨露ジョウロで畑に水をやっていた相棒兼恋人が振り返った。
「おかえり。」
相変わらずの無表情だが、口端がわずかに上がっている。それだけで今日の疲れはぶっ飛んだよな気がした。
「畑に水やってくれてたのか。サンキュな。」
そう礼を言いつつ、こっそりと畑を観察する。よしよし、水をやりすぎてないな。
なんせ加減を知らないからな。一度畑一面を水浸しにされて頭を抱えたことのある身としちゃ、どうしても身構えちまう。
俺の視線に気付いたんだろう。少し顔をしかめた。
「心配しなくても覚えたよ。もうあんな事はしない。」
憮然ぶぜんとそう言うアイツに、悪ぃ悪ぃ、と苦笑を返す。それに一つ嘆息たんそくすると、何かに気がついたのか視線をらした。
「何か居るよ?」
「は?」
「ほら、後ろ。」
言われて振り向くと、そこには花蜜桟橋で別れたはずのマンドラゴラが居る。
「げぇっ?!」
まさかここまで着いてくるたあ……。思わず頭を抱えた。
にしても一体どうやって、と疑問に思ったものの、全身がしっとりと濡れている姿でさっする。
――泳いできたのかよ……
心做こころなしかドヤ顔をしている白い生き物に遠い目をしていると、赤い頭が視界をぎった。
「この子、どうしたの?」
「ハニーヤードからずっとついてきやがった。花蜜桟橋ん所で置いてきたはずなんだがな。」
頭の小さな葉っぱを突っつきながら問われた言葉に、ひたいに手を当て答える。そんな俺を深緑の両眼でじっと見上げ、またマンドラゴラに視線を落とし、おもむろに爆弾を落とした。
「なんか、なついてるね。」
「んなバカなっ?!」
「ねえ、ジグ。この子に何かしてあげた?」
無機質な深緑にじっと見上げられ、うっと狼狽うろたえる。まるで硝子玉がらすだまのような澄んだ目で見つめられると、自分がすごくいけない事をしているように思えちまう。
「あ、あー……。実は、な――。」
んなわけで起きた事をありのままに話せば、無機質な目は一転、呆れた眼差しへと変わった。
「やっぱりね。そんな事だろうとは思ったよ。」
「仕方ねえだろ。あんな状況で見捨てるなんて出来っかよ。」
腕を組み憮然ぶぜんとする俺に呆れつつも、アイツの口元には薄い笑みが浮かぶ。
……そうだよね。ジグだもんね。」
そう呟いてふっと深緑の双眸そうぼうが細まった。そのあまりにも透き通った綺麗な表情にドキッとする。しかしそれもまたたきの間、直ぐに元の無表情へと戻っていた。
の当たりにした刹那せつなの微笑みに見惚れ、顔が熱くなる。
――こういう所がたまんねえんだよな。
普段の瞳だけで語る無表情の中の雄弁ゆうべんさも好きだが、その中で垣間かいま見れる素の表情は筆舌ひつぜつくしがたい。
なんとなく気恥ずかしくて目をらせば、そんな俺の葛藤かっとうなど知らないマンドラゴラの幼生が、くるりとその場でターンを決めた。どこか得意げなその様子が少ししゃくさわる。
「ともかく、コイツを森に帰さねえとだな。」
ここにいてもしゃあねえしな。
後ろ頭をかきつつそうこぼせば、機嫌よく回っていたマンドラゴラの動きがピタリと止まった。
「ここに置いておいたらダメなの?」
その様子に気付いたアイツが首をかしげて助け舟をだすが、首を振る。
「コイツは動物じゃねえからな。環境エーテルの影響をモロに受けちまうんだよ。」
あとを追いかけてくるくれぇ懐いてくれてんのは何だかんだ嬉しいし、出来ることなら置いておいてやりてえとも思うが、流石に相手が悪い。これが動物だったら諸手もろてを上げて喜べんだがなあ。何故か動物にはあまり好かれねえ体質がねたましい。
「そうなのか……。」
俺の言葉にしょんぼりと葉っぱをつつくアイツの声に、マンドラゴラがビクリと反応した。ぷるぷると震えながら、必死で俺を見あげてくる。
――んな、目で見られてもなあ……
はあ、と大きくため息をついて頭を抱えた。
いっくら本人(本体?)が望んでいるとしても、駄目なもんは駄目だろう。生死にも関わるわけだし。
しょうがねえ、気は進まねえがちっとおどしをかけるか。
両手をそろえて悲しそうな目で見てくる生き物にあきらめてもらうために、心無い言葉を吐き出す。
「ったく、これ以上ついてくると、スープの具材にしちまうぞ。」
なんてな。
冗談交じりの脅しに恐怖して多分逃げてくだろう。なんせ森で食われかけたわけだし。
そんな俺の思惑と裏腹に、くだんの生き物は何故かぱあっと目を輝かせた。
……は?
「なんか、嬉しそうだね。」
成り行きを見守ってくれていた相棒の言葉に愕然がくぜんとする。
頭の双葉から花を咲かせたかのごとくキラキラと輝き、むしろ「食べてくれ」とでも言わんばかりのソイツを前に思わず叫んだ。
「どういう反応だよ、それはっ?!」
そんな俺をなぐさめるように、一人と一匹が肩を叩いた。

それからというものの、不可抗力ふかこうりょくで住み着いちまったそのマンドラゴラの幼生は、常に俺の周りをちょろちょろしている。
しかも何故か「俺に食べてもらいたい」っつう願望があるのか、あの手この手で食材に紛れ込んでいるから頭が痛い。
ある時は野菜籠の中、ある時はまな板の上、またある時は収穫前の野菜と畑に埋まっていた事もある。流石に冷蔵庫の中はりたのか、チャレンジは一度だけで終わったが、そもそも、そこまでするか?って話だよな。どんだけ食われたいんだよ。
かたげた如雨露ジョウロから流れ出る雨を受けてくるくるとご機嫌に回るマンドラゴラの幼生――面倒くせえから最近はマンドラって呼んでる――を複雑な目で見る。
最初は森に返さねえとって思ってたが、毎日楽しそうな様子に、もうそんな気も失せてきちまった。
――そろそろ寝床用の植木鉢でも用意してやるかね。
そう思っちまうくらいには、コイツに情が湧いてきているから始末に負えねえよな、俺も。
晴れた空の下、小さな虹を眺めながら、幸せそうな様子の奇妙なペットに苦笑を浮かべた。

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